

| 息子の担任 今日は入学式だった。あまりにも堅苦しい(笑)式が終わって 担任の紹介となった時に 息子のクラスのがっちりした体型の男性が大きく左手を振って 挨拶をして 子供達からも 思わず 歓声が上がっていた。 しかし 彼に左手しかないことに 気がついたのは その後の クラス懇談会 でだった。 小学二年生の時に 農作業機に腕を 巻き込まれて 切断。しかし片手でも 柔道・相撲と続け 相撲では北海道で一位となり 全国大会でも 上位入賞したとのこと・・ まだ26歳の若さ。 今でも現役で相撲を取ってるという彼は障害者というハンデはまるで 感じさせなかった。 片手で テニスでも なんでも スポーツを生徒達と 楽しみ 生徒の一人が 言った一言が 「先生って左利きなんだぁ!」当たり前の話しなのだろうが それだけ ハンデを感じさせない 彼の明るさと目に見えない努力の素晴らしさを思った。 息子はきっとこの一年間で 色々なことを 得てくれるだろうと思う。 障害を持ってる人でもごく自然に 過ごせる 特別視しない社会は 一人一人の 心の持ち方一つで実現できるのじゃないかって 沢山の 希望や 勇気をもらえた 入学式だった |
| 援助とは・・・ 三日間 介護福祉士の現任研修に行って来た。 その中で もっとも心に残ったのは 長崎国際大学の助教授でもあり 福祉法人の枠を 外して 重度身体障害児施設を 運営している 綿 祐二さんの 講義だった。 彼は 援助や福祉について シビアすぎる目をもっているとご自身でも語っていた。 オムツ換えも 100点でなければならない 80点であっても それは 0点と同じだと・・・ そのわけは 彼の育った環境にあった。 障害者同士での 結婚で生まれ 母親は最重度の障害をもち 全盲の上 自由に動く のは 手首だけ・・ 父親は下肢麻痺である。 四人の子供を身ごもり そのうち 三人が 障害を持って生まれていて 彼だけが 末の子であり 健常者である。 6人家族の 中 5人が一級障害を持っての生活は 彼の言う「生きるためのオムツ換え」 の生活だったのだろう。三歳から 母親のオムツ換えを していてオムツ換え歴35年 オムツ換え選手権があったら 絶対に優勝出来ると 笑うが 家族の話を出来るようになったのは 30を過ぎてから やっとだったと語る。 そんな彼も やはり思春期16才の頃は 外出時の 母親のオムツ換えは辛かった。 今もだが 障害者トイレは少なく 女性用のトイレで 換えるしかない。 入っていくなり 女性の目が 自分に集中するのが 恥ずかしくてならなかったという。 しかし男性用トイレでも 試みたのだが 実はこちらのほうが ずっと 自分にとって 辛いことがわかり愕然としたという。女性トイレのほうが 楽なのだ なぜなのだろうと 考えると 確かに 男性用だと自分には 視線は集中しないが 異性である母親は その目にさらされるのである。そして プレッシャーから尿が出ないのだ。 援助とは主体的なものであり いったい誰が排尿するのかが 問題なのだ。 そして 援助とは すべて 助け 手伝うことではないと・・・ 彼をのぞき全員が 一級の障害者である家庭で いったい誰が 料理をしてたのか? それは 最重度である母親が作っていた。綿家の まな板は釘が 打ち付けてあって そこにキャベツでもたまねぎでも 串刺しにして 全盲の母がみじん切りでも千切りでも 作ってしまう。父親が 一家の介護のコントロール役をしていたのだが 係りを命じられる 彼の係りのひとつは「二回目の卵焼き係り」であったと言う。 目が不自由な場合には 触感だけが 頼りである。しかし 二回目は 鉄板が熱く なってるために 作ることが出来ない。だから彼は 二回目の卵焼き係りなのである。 援助とは 出来ないところに 「あ・うん」の呼吸 不自由な部分に 自由な手が入ること なのだ。主体性は すべて 援助者にあるのではない。不自由さを決めるのも援助者 ではないのだ。 話を聞いていて 今まで 自分が主体的なケアをしていたのだろうかと 考えを新たに させられた。オムツ換えでも 食事介助であっても 相手の意思決定を待っていたか? 「オムツ 替えましょうね!」「ご飯 食べますね」・・・本当だったら 「オムツを替えていいですか?」「ご飯にします?おかずから先に食べますか?」なのだ。 それから ラポール(信頼)の重要さについても 思いを新たにした。 介護のコントロールをしていた父親に ある日 「そろそろ 母親の介護をまかせてくれないか?」と 問うたことがあったそうだ。介護に大切な 三つのもの。知識・・・助教授をしているほどなので もう十分ある。 技術・・・これはもう 三歳からおむつかえをしていて 誰もが納得するほどの力がある しかし 母親が納得しなかったという。「まだまだ あんたじゃね・・・」と・・・ 大切な三つのものの 信頼なのだと。どんなに 皺だらけの オムツしかあれられない 0点の生徒 でも 利用者から 絶大な信頼を得ている人もいる。最後は 技術も大切だが ハートが上回るのだと 器官からの言葉についての話も 考えさせられた。重度の障害があり 発語が出来ない 子供たちは 熱かったり 寒かったりしても 訴えることは 出来ない。 だからこそ 器官から 出る 汗や 耳の赤み それを 見逃さずに 援助する。 寒いときには鳥肌が立つが たつ前に 産毛が立つのだという。それを見逃すな!と 私も 娘が 入院中には 重度の身体障害児と共に 暮らしていたのだが どんなに重い 子供たちであっても 母親が来ると 彼らの出来る 最大限の 表現方法でそれを 伝えるのだと 養護学校の 先生が 話していたのが 忘れられない。 母親の声を聞き 柔らかい体で 抱きしめられると その匂いや 感触で わかるのだろう 最大限の方法 それは よだれを いつもより たくさん出すことでしか 表現できないのだが そうやってきっと 器官から 心の叫びのような 感情を伝えているのだと 思う。 本当の意味での 援助ってなんだろうと 考えを新たにさせられる 講義だった。 |