古館語録解説

80年代後半から90年代前半の古館語録の私の覚えている物の解説です。実際には まだまだ一杯あったと思うのですが。

当時、古館実況は、一部のF1マニアからは大不評を買っていたようです。 「うるさい!!」って…。

でも、私は嫌いじゃなかったな〜。なんとなく、F1オタク以外の人にも、F1の 面白さを伝えようって感じがあったし、楽しかった。

実際は、古館自身、この仕事が来るまでは、F1は「自分の世界以外の物だった」のが 実況にあたり、かなりF1を勉強した様で、各レースの歴史、ドライバーの横顔なんか 私の知らない事や忘れていた事もサラリと言っていたあたりに、プロのすごさを感じました。


◎音速の貴公子(走る四面楚歌、天才F1アマデウス)
 これは、御存知アイルトン・セナ。ちなみに、"四面楚歌"っていうのは、   前のFIA会長が、完全にセナよりもヨーロッパ人であるプロストをひいき   し、セナ=危険なドライバーのレッテルが張られた事をさしていると思います   (ちなみに、後に当時のFIA会長はセナにひいきが有った事を認め謝罪した…)

◎振り向けばブーツェン
 ティリー・ブーツェンというドライバーの事、ベネトン・ウィリアムズ・リジェ等で走っていたドライバー。当時の彼のレース運びは、ちょうど99年のフェレンツェンのように、序盤は仕掛けられても無理に張り合わず、マイペースでレースをしレース終盤になり、ふと気が付くと表彰台圏内あたりにいたりしてんたんだよね。

◎顔面ネオジャパネスク
 鈴木亜久里の顔をこう表現していた

◎荒法師(風と共にぶっちぎりで去りぬ、必殺のアドレナリン走法、F1ドンキホーテ、かませ犬からの下克上!、人間ドーベルマン、逆噴射男)
 これも、有名、ナイジェル・マンセルの事。
 "下克上"って言うのは、彼がはじめにウィリアムズに加入した時にチームには既にチャンピオン経験者のネルソン・ピケがいて、誰もがマンセルはNo2としての加入と思っていたら、チームはドライバーの待遇の優劣をつけず、さらに、マンセルもピケと互角の勝負をして、一躍優勝候補になった事。ちなみに、当時のF1で優勝候補が5人いて"ギャング5"とか"キング・オブ・5"と呼ばれていたんだよ、内訳は  マンセル・ピケ・セナ・プロスト・ケケの五人、

 "逆噴射"って言うのは、フェラーリ・ウィリアムズ時代にそれぞれ1回レース中のピット作業のミスでピットレーンでバックした…、当然、ルール違反でそのレースは失格…なのに、フェラーリ時代は、失格の黒旗無視してセナとバトルして2台でクラッシュで、面白いのは、マクラーレンはセナに「マンセルは失格だから無視して先に行かせろ!!」って無線で指示したのに、熱くなったセナはそれを無視してバトルで、クラッシュ…、ばつの悪いセナは、「無線の調子は悪いし、マンセルへのブラックフラッグ゙も 逆光で見えなかった。だから、マンセルも黒旗が見えずレースを続けてその結果ぶつかっちゃったんだ」ってマンセルを弁護していた…(^^;

◎妖怪通せんぼ爺
 ルネ・アルヌーというドライバーがおりまして、デビューした頃は、それはそれは金髪の線の細い美青年だったのが…。引退間近の頃は、リジェ(現プロスト)に乗っていて、周回遅れにされる際にも全然譲らない、で、"妖怪通せんぼ爺"とか、"ぬり壁"って言われていた。

◎サイボーグ(ターミネータ)
 これも、説明不要、シューミですね。一番受けたのは"顔面大倉山シャンツェ"ってのもあったな〜

◎刻み納豆走法
 中嶋悟のレース振りを表現、遅い車に乗っていても、シコシコと粘り強く走るとうい事(私的には、あまり好きな表現じゃなかった…

◎赤ベコ走法
 片山右京の事、右京って結構加減速中や、コーナーリング中に首が揺れていた事から 。同様の意味で「張子の寅走法」ってのもありました。

◎ベネトン・ランバダ・ブラザーズ
 ベネトンで、たしか、91年、ナニーニの右腕切断事故でドライバーがいなくなった時、もう一人のドライバーがピケで、その推薦で、自分の弟 分のロベルト・モレノが加入。二人ともブラジル人で、当時ランバダが日本でちょっと流行った事から。

 ちなみに、この時から、ベネトンのマネージャーが例の怪しい親父のブリアトーレ、当時はイギリス籍のベネトンチームとして、スポンサー受け等を考えると、ブラジル人二人というのは美味しくない、そんな時に、シューマッハがジョーダンからデビューし本戦はリタイヤだったけど、フリー、予選で鮮烈な走りを見せ。そこにブリアトーレが惚れて、強引にジョーダンの契約を買い取って、モレノはその後泣かず飛ばず、シューミの活躍はご存知の通り

◎偏差値走法
 アラン・プロストの計算されたレース運びの事

◎プチ・プロスト
 一時期、ミナルディで活躍(当時、ミナルディはフェラーリ・エンジン搭載したりで結構速かった)したピエール・ルイジ・マルティニの事 、顔や髪型がちょっとプロストに似ていたし、レース運びもそれっぽかった。

◎200戦錬磨(鉄人、史上最強のNO2ドライバー、最速の鉄道オタク)
 リカルド・パトレーゼの事、ウィリアムズで90年初頭にマンセルと共に一時代を築く 、スキーが好きで、また、物凄い鉄道マニアで、自宅にNゲージやHOゲージの物凄いジオラマがある。

◎走るF1オタク
 ティレルで中嶋悟とコンビを組んだ、ステファノ・モデナの事。結構速く表彰台にも乗ったことがあるんだけど、すごいF1オタクだったらしい。

◎マクラーレン・イリュージョン、フェラーリ・マジック
 燃料補給がなかった頃、タイヤ交換のみのピット作業だけど、この2チームが他チームより抜群に作業が早く、この2チームはピット・ストップが5秒をきった事もあった事から。(2000年にFポンでPIAA・NAKAJIMAが同レベルの作業でビックリした)

◎勝利のナンパ師(スピードと快楽のシンドバッド、この男ただのスケベではなかった!)
 ゲルハルト・ベルガーの事

◎サテライトクルージング走法(F1ボルサリーノ)
 ジャン・アレジの事、フェラーリにパイオニアが技術サポート始めた頃、パイオニアのNAVIシステムにCMにアレジが出ていたから。
 ”ボルサリーノ”ってのは、イタリア系フランス人のアレジの顔を思えば説明不要?

◎F1界のフラメンコダンサー
 A・ナニーニの事

◎眠れる森の美青年
 ハッキネンの事

◎F−1界の星一徹
 フランク・ウィリアムズの事(言いえて妙って奴ですな〜)

◎イベリア半島決戦
 ちょっと前は、日本GP前は、スペイン・ポルトガル等のイベリア半島でのGPが3・4戦続いていた時の事。最終戦日本GPに向けてチャンプ争いの一番大事な頃だった。

◎F1界のおりも政夫
 今宮 純の事

◎エルフの吟仕込
 一時期、F1では各燃料メーカが特殊燃料を作ってパワーを出していた。どうも、中でもエルフ+ルノー+ウィリアムズ、シェル+ホンダ+マクラーレンがパワーを出していた。
 ちなみに、その後、環境及びF1関係者の健康面の問題で特殊燃料は禁止になった。対抗した言葉で、シェルの一番絞りってのもあった。

◎サーキットの通り魔
 アンドレア・デ・チェザリスの事

◎札付き男(走るイエローカード、一人IRA、無差別テロリスト)
 エディ・アーバインの事

◎サーキットの岸壁の母
 レース開始後に、ピットインを待つクルーの事

◎顔面北京原人
 バルバッツァというレーサーの事、顔が…
 ジェネ、マッツァカーネを足して2で割らないって顔をしていた…

 

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