Mountain Trekking編

第9日目('97.5.15)
トレパニからバドルック、バイサリを経てラグガートへ

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細道を行く馬
(中央にニルギリが見える)

ゆっくりと遅くまで寝た。タトパニで2泊し温泉三昧と思っていたが、特に魅力的な町でもないので、ベニーへ向って下ることにした。ミルクティーと一番安いチャパティーを頼み、持ってきたツナ缶を挟んで食べる。AM9:00チェックアウト後ゆっくりと歩き始める。何日も雨が降っていないため、ほこりが舞い、熱い。荷物を運んだ馬がこの町に到着している。前に書いたかな、この馬は10から20頭で隊を成して町から町へ荷物を運んでいるのだが、馬と言うよりはロバと言った感じで体が小さいが、米袋二つとか、石油缶2缶とか、たまに橋を造るために物なのかリール線とかを運んでいる。先頭の馬はインディアンのようなひらひらの羽飾りを頭に着け、各馬も鈴を付けていて遠くからカランコロンと聞こえて近づいてくるのがわかる。また、まさに馬力もあり、坂野細道をぐいぐいと頭を上下しながら登って行くし、今にも崩れそうな橋の上で糞をしているという愛嬌もある。
 長々と説明してしまったが、まず、昨日通った吊り橋を渡り、カリガンダキ川沿いを歩く。やや下りの道。AM9:30温泉があるといわれるラトパニを通り過ぎる。温泉のサインはあったが、温泉らしき場所は見えなかった。途中、崖を通ったり、馬の隊とすれ違いながら、代わり映えのしない道を歩く。ヨーロッパ風の人に"シャッターを押せるか(CAN YOU・・・?)"と聞かれる。kenをすっかりポーターと間違えている。バナナを頭にかぶって真っ白な日焼け止めを指跡のついたまま顔にぬって、"ハイチーズ"!  スタートが遅かったため気温が既に高く、体力が消耗していく。振り向くと、ニルギリが丁度谷の間に見える。絵のように、緑の山と山の間に白くどっしりと座っている。この景色を見ながら歩くのなら、少しは楽しいのだが。


タラパニからベニーに行く途中の橋
 ひたすら単調な道を歩き、AM10:45ネパールでは驚くほど近代的な鉄製の吊り橋を渡る。暑さに耐えかねて、AM11:00BADRUK(1040m)の村はずれの茶屋になだれ込み、チャイを飲む。この店の人は女性も時計をはめていて、都会に近づいていると感じる。AM11::15再出発。気温はどんどん上がり、道には水分が無く、人とすれ違うと砂埃で息苦しい。ほとんど砂漠である。のどはからからで、顔はほこりと汗が混ざってべっとりしている。道ばたに水があると、タオルを濡らし、首に巻き、体を拭きながら歩く。炎天下を歩き続け、PM0:40BAISARI(940m)着。もう少し先まで行くつもりだったが、かなり体力を消耗していたので、休息し、昼食を取ることにした。愛想の良い少年のいる"restaurant"と書いてあるところに座る。コーラを頼み、一気に飲み干す。コーラとチャイは直ぐに来たが、食事のロースティーとヌードル・スープが来ない。ここであまりゆっくりしたくないし、もうあきらめて歩き始めようかと思っているところ、注文して1時間後に、やっと食事が来る。挙げ句の果てに、カレー味のヌードルスープを地図にかける。ちなみに私達は現地で買った2種類の地図を持っていたが、それぞれ道順や町の名前などが異なり、どちらかが正しいという状態で、2つでやっと1つ分の役割を果たしていた。何か判らないで注文したロースティーはパンケーキだった。
 そうしているうちに、タトパニのホテルで一緒で、途中追い抜かしてきた二人の女の子がやってくる。一人は、体格がいい。ダイエット旅行だったのだろうか。そういえばkanaもこう宣言していたこともあった。彼女たちはこの暑さに参りここに宿泊するとのこと。私たちは当初の予定通りベニーへ向かうことにし、勘定をしてもらうと、20才を過ぎていると思われるこの少年は足し算が出来ない。そういえば、今までゲストハウスやレストランではこういうトラブルはなかった。kanaのアドバイス及びお姉さんと思われる人のチェックにより何とか合計を出し、支払いを済ませ、PM2:00再出発。

ラフガートの川
 何度も書くが暑い。とにかくあと2時間なので頑張ることにする。PM3:45LAGHUGHAT川に着く。カリガンダキ川に注ぎ込んでいるこの川はとても澄んでいて、少年達が飛び込んだりして遊んでいる。和気あいあいとした雰囲気で楽しそう。思わず仲間入りしたくなる。その川の吊り橋を渡ったところで、地図で位置を確かめ、ベニーがそう遠くないことを確認する。kenもkanaも気持ちは一つ。ここにステイして彼らと一緒に飛び込もう!
  地図を広げて位置を確認していたときに説明してくれた人がゲストハウスを持っているので、部屋を見せてもらいチェックインする。その名もRIVER SIDE GUEST HOUSE。部屋で水着に着替え、すぐさま川へ行き、少年達に混ぜてもらう。
 川は予想以上に冷たく、紛れもなく山の川。特に、流れの速いところは心臓がとまりそう。見かけとは大違い。でも、相変わらず気温は高い。少年達は、こんなにもすぐに仲間に入ろうとする私たちが不思議なのか、物珍しそうに見ながら、様々なダイビングを見せてくれる。中心の子が5人くらい、他の10人くらいはたまに飛び込んだりしながら一緒に笑っている。最初は端の方にいたが、少年達に混ざって川の真ん中にある大きな石の上に並んで馴染む。いつの間にか川の上にかかっている吊り橋の上に学校帰りの子ども達が群がっている。石の上の子ども達と大声で話したりしている。だんだん人が増えて、子ども達だけでなく、トレッカーやポーター、村の人たちもいる。そんなに大勢で一度にのって大丈夫かと心配していると、一人の子は、吊り橋のひもで逆上がりをして見せる。たくましい。
 kenは子ども達と同様飛び込み、子ども達を湧かせる。バック転する事も考えたが子どもがまねするといけないので辞める。kanaは飛び込むのが怖いのでお尻を滑らせながら慎重に岩を降り川に入ったが、岩のすぐ下の水深がかなりあり、驚いてあたふたする。よって、子どもに笑われる。やがて、他のツーリスト達も仲間に入ってきた。川に入るや否や、"アオ!"と叫んで石の上に急いで戻る。髪を洗い出す人もいる。一度思いっきり泳いで、直ぐ帰っていく人もいる。色々な人がいるが、ほこりまみれで暑さに火照ったからだには、川の水は非常に刺激的で、かつ、川に身を任せ流されるのは気持ちがよい。川の流れる箇所は他にもまして水が冷たく、直ぐに石の上に上がることになるのだが・・・。
 子ども達は、ダイビングの他、向かいの岸まで泳ぎ、その切り立つ岩を旨く手と足を使ってロッククライミングのようにして登る。子どもはこうあるべきだとつくづく思う。ここでは、パチンコも流行っている。自分で作ったご自慢のものだろうか、吊り橋の上や川岸から、お菓子の袋のようなものなどが飛ばされて来る。また、長いスカートをはいている女の子も、石の上で少しためらっていたが、最初はスカートをまくって川に入り、気がつくとスッポンポンではしゃいでいる。私たちが去り暗くなった後も最後まで遊んでいたのは、このスッポンポンの子ども達である。自由になると辞められないらしい。何ともほのぼのとしていて愉快だったが、O157等の影響でプールでさえ遊べない日本の子ども達を思いちょっぴり寂しい気持ちにもなった。
 充分川遊びを楽しみ、日が陰り始めたPM5:00 頃、部屋に戻りシャワーを浴び、洗濯をする。まだ暑いが、昼間の焼けるような火照りは川遊びで治まり、川風に吹かれながら涼む。夕食までは時間があるので、この村を歩いてみる。建設中の立派なロッジがある。ベニーの町に近いため、往来も多いのだろう。しかし、4,5件の店と、寺、学校、住宅があるだけのこじんまりとした村だ。さっき、一緒に遊んだ子どもも家族の元に帰っていて、顔を合わせるとにこっと笑いかける。車が走り人が多く騒がしいベニーへ行くより、ここで泊まる方が余程楽しくて良かったと思う。
 夕食は、kenはダルバード、kanaはフライドヌードル。味はまあまあ。ダルバードは、ダル(豆のスープ)、バート(ご飯)、タルカリー(ジャガイモたっぷりの野菜カレールー)すべておかわり自由。全てお代わりし、給仕の人も"彼女にもあげて"といってくれたので、kanaも恥ずかしがらずしっかり食べる。食後、暗がりの中、川の音を聞きながら、いすに座って涼んでいると、食事を運んでくれたホテルの人が、私たちが聞いていた短波用のラジオを指して、ネパールの音楽を聴きたいと言ってきた。一生懸命周波数を合わせたが、キャッチできなかった。そうしているうちに、一人の白人女性が真っ暗な中を真っ赤な顔をして入ってくる。けがでもしたのか、少しびっこをひいて歩いているように見える。いくらネパールが安全だと言っても、電灯もない暗闇の中女性一人で歩くのは危険だ。この女性の度胸、芯の強さに驚く。彼女は、私たちの横の部屋に泊まった。その後、いつものように星を見ながら歯を磨いた。この頃には、風に吹かれた洗濯物がからからに乾いていた。横になって目をつぶっても、子ども達の笑い声と歓声が聞こえるような気がした。

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