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Mountain Trekking編 第5日目('97.5.11) |
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そのうち、山の頂に日の出の光が当たってきた。真っ白な雪山の頂上の一転がオレンジ色に輝く。研治は写真を撮るのを辞められない。光の範囲が徐々に広がり白がオレンジにそして金色となって輝きだす。照らされた雪が少し解けたせいで金色にみえるのか。自然の色が織りなす風景に圧倒されるばかり。頭痛と寒さに耐えながら、ひたすら、ひたすら見続ける。そのうち雲が出来てくる。太陽に照らされ暖まった雪は水蒸気となって雲を作る。下から吹き上げ、今作られているのが良くわかる。あたりはしーんとしている。昔から堂々と座っている山々は、四つ足の小さな人間の驚きには何の反応もしてくれない。まさに、シーンとしている。鳥一つ鳴かない。とにかく、静かに、朝が明けていった。 | |
| AM6:30、明るくなって回りが賑わい出してくる。早々と下っていく一人の男性もいる。聞いてみると具合が悪いらしい。勿体ないが、命にかかわることもあるので仕方がない。しばらくして、寒さに耐えられなくなり、朝食を取ることにする。食欲はないので、ミルクティーを頼み、カロリーメイトを少し食べる。暖まると、また直ぐ外に出る。寒いし頭痛がひどいのにひたすら見続ける。とにかく素晴らしい。言葉に言い尽くせないが素晴らしい。存分に景色を堪能し、ようやく記念写真を撮る。タイマーで、そして、横にいた白人男性(多分オーストラリアン)にも、山を背景に二人の写真を撮ってもらう。そして、彼のも撮ってあげる。ヒマラヤホテルで一緒に宿泊したフレンチ隊は既に下り始めている、はしゃぎながら。昨日団らんした、オーストラリアンはジヌーの温泉まで行くといって既に下り、ジャーマンは見えず。みんな、それぞれに、この大自然に抱かれて楽しんでいる。もう一泊したいが、ここにもう一日いるには体力に自信がない。後のスケジュールと体力を考え、出発することにする。そう、たった1日のほんの朝の出来事。でも、その景色を一生忘れる事はない。 | ||
![]() 太陽が当たっていない マチャプチャレ |
![]() すっかり日が昇って明るくなった アンナプルナT&ABC |
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| 空は紺碧の青。AM7:00を過ぎると気温は急激に上昇。AM7:30、カメラ片手に歩き始める。 雪原は、太陽に照らされ光り輝く。もと来た道を振り返り振り返り、写真を撮りながら歩く。昨日とは全く違う世界にウキウキする。駆け出しそうになるが、もったいないのでゆっくり歩く。ABCとMBCの中間くらいのところで、ダンプスで出会いジヌーの温泉以来会っていなかったオーストラリアン4人組と出会う。昨日はMBCに泊まったらしい。軽装であり、ABCの景色を見るために来たようだ。折角だからあの素晴らしい朝日を見ると良かったのに。 | |
| なだらかな平らの雪原・・・こう来るとスキーやボブスレーがしたくなる。重い荷物を何とかしたいkenは、たまらず、ビニール袋を取り出し、お尻に敷いて滑り出す。快適とは言えないが、結構よく滑っていく。追いつけとばかりに、kanaもビニール袋を取り出し滑る。途中で止まってしまうのが悲しい。そうこうしているうちに、あっと言う間にMBCが見えてくる。昨日とは大違いで早い。この頃には、ウィンドウブレイカーとトレーナーを脱いでTシャツになりたい気分になる。すると、日本人3人組(男二人、女一人)に出会う。彼ら曰く通り、のらりくらりのトレッカーで、デューレリに宿泊後、昨日、MBCに泊まったらしい。一日2時間くらいしか歩いていないのかもしれない。ABCまでは2時間で着くと言うと"4時間かけていこう"と言って登っていった。山はマイペースで行けるからいい。AM8:30,MBC着。ウインドブレイカー、トレーナーを脱ぎ、kanaは真っ黒に日焼けした肌に白い日焼け止めをたっぷり塗り(今頃目覚めても時既に遅しなのだが)、35度を超える昼間の暑さに備える。おじちゃんに、"おじちゃんの言ったように、昨日、PM1:00に雪が降り出したね。"といい、訳の分からぬポーター集団に、"コンニチハ""サヨナラ""・・・"と闇雲に浴びせられる日本語に多少ほほえみながら、"ナマステ"と言って出発。
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![]() ABCからMBCへ |
| マチャプチャレは本当に美しい。頂はフィッシュテールと呼ばれるように魚の尾のように鋭くとがり、今までだれも登頂していない、まさに神の住む山なのだ。目標をバンブー、出来ればチョムロンまでとする。チョムロンからABCまでは二日かけてきている。ひたすら下る。こんなところを登ってきたのかと、レベルは違うが、有森選手のように"自分をほめてあげたい"という気分。来るときつるつるだった氷河も渡る。ABCで写真を撮ってくれた男性は氷河の途中から引き返して来て、氷河を避け、川の向こう岸に渡り、また戻ってくると言う。向こう岸には人々が平らなトレイルを歩いている。私たちもそうすべきなのだが、二人とも折角来た道を戻るのは勿体無いので、氷河の上を足下を慎重に選びながら進むことにした。何度かこけた。全く性懲りがない。ずっと上の方では雪崩が起きている。それでも特に問題なく氷河を超えると、今度は急坂のトレイル。いずれはまた同じ高さまで下らなくてはならないのだからと、来たときと同じように川に降り石を飛んだりしながら前に進む。まだ頭がくらくらしてバランス感覚が良くないので慎重に進む。 こんな事を繰り返し、下りがほとんどの道を歩きながら、AM10:00デューレリをスルー。先を考えここでは休息をとらない。デューレリは高度3300m。800m下ったが頭は重い。途中で、このマウンテン・トレッキングを始めて10分後に出会った、話好きの、北アメリカ南部またはオーストラリアのカップルに3日ぶりに出会う。あのときの陽気さは消え、前に進むという必死さが伝わってくる。男性は両ひざにサポーターを付けている。良くこの軽装でここまで来たが、ABCまで行くとしたら大丈夫だろうか。その後、彼らを首都カトマンズで見かけたが、とても元気そうに見えた。 また氷河越え。間違って下に下ったためトレイルとはずれ、急坂を一気に登ることになる。鼻をつく強烈な草の臭いがする。この頃には、背にしていたマチャプチャレも雲がかかって見えなくなってしまう。その後トレイルは、沢の中のようにぐちょぐちょ。相当の雨が降ったらしい。すれ違う、苦しそうにしているトレッカーを見て自分たちもこうだったとしみじみ思いながら、下って下って、ちょっと登りヒンクの小屋に着く。ここで岩に腰掛け休息したが、殺風景。その後、ヒマラヤホテルで一晩中聞こえていた激流の川音を聞き、ホテルが近づいていることを感じながら、いくつかの支流を超え、AM11:30ヒマラヤホテル着。登りは6時間の道のりを、下りは遊びながらも4時間で着いてしまう。加奈恵はちょっとお腹がすきだしたが、雨が降り動けなくなることをおそれてそのままスルー。ぬかるみと言うよりは、水の流れる道をひたすら下り、アイリッシュカップルと雨宿りした木を見て彼らのことを思ったりしながら進んでいった。PM0:15ドーバン着。そこを一気に通り過ぎようとすると、なんと、行きに一緒に雨宿りしそこに宿泊することにした、インド人とそのポーターが、宿泊したゲストハウスの隣にあるゲストハウスのいすに座っている。二人とも"あれエー?"とおもったものの、聞くに聞けずに、ちょっと離れたところで水を飲み、そのまま通り過ぎてしまった。彼らはあれからずっとあそこにステイしていたのか、それとも少し先に進んで引き返したのか。やはり、山には色々な人たちがいる。 ここからはアップ&ダウンの繰り返し。でもやはりダウンの方が多く、ここでも行きの自分を思いほめた。途中、あまりにシティーカジュアリスティックなシンガポーリアンと出会う。"あのー、ピクニックですか?"と思っていると、陽気なポーターがしっかり荷物を背負ってついて来て、私たちに向かって"コンニチハ"と声をかける。よほど多くの日本人がポーターを雇うらしい。PM1:15バンブー着。フレンチ隊も写真を撮ってくれた彼もここで食事をとっている。私たちもここで食べることにし、ミルクティーを頼む。そして、折角ポカラからもってきて食べていないビスケットに缶詰の魚のトマトソース煮を乗せて食べる。久々の魚。それほど味が濃くないトマト味に塩の利いたビスケットが良く合っておいしかった。最後にビタミン剤一粒ずつを口に入れ昼食とした。 そうしているうちに雨が降り出してきそうな気配。歩き始めるかどうか悩んでいると、ABCで出会ったジャーマンカップルに出会う。雨対策はばっちりで、チョムロンの手前のシヌワまで2時間という事を確認し、チョムロンに向かうと言ってスルーしていった。私たちも悩んだが、ロッジの兄ちゃんの"多分雨は降らないよ"という一声で、PM2:00スタートすることに。けだるそうに言った兄ちゃんの真意は、"君たち泊まりそうにないから早く行ったら"のような気もする。チェックポストまではひたすら登りで、途中からフレンチ隊の後ろ姿を見ながら歩いていき、チェックポストPM2:30着。フレンチ隊がチェックを済ませたところで私たちもそれに続き、またアップ&ダウンの繰り返しの道をひたすら歩き続ける。この頃、ようやく頭痛が消え、ただ雨を気遣いながら進んだ。一方、足はだんだん疲れていた。ひたすら歩いているうちに、フレンチ隊が休息している横をパス。"OH!!"という数人の声。さすがのフレンチ隊も、kenの荷物の大きさと足取りの速さに驚いたのだろうか。しかし、見かけとは大違い、二人とも疲れ果ててていた。 PM3:30シワ着。ジャーマンカップルに出会う。ここにステイするらしい。ここからは、谷の川を挟んで向かい側のチョムロンの町が見える。何となくスルーし、チョムロンを見て、一回川まで下ってまたここの高さまで登るのかと思うとふりしぼる元気もなかったが、次の町はチョムロンしかないと覚悟を決めた。しかし、雲行きは怪しくなる一方。この辺から人家では牛を飼っているため、牛の糞との対決も始まった。下り続けているうちに雨が本降りになったため、ちょうど良い岩陰があったのでそこで雨宿りをすることにする。やむ気配もなくここで野宿してもしょうがないので再出発する。ずっと下り、橋を渡る。やっとここまで来たという思いと、また、同じだけ登らなくてはならないという思いが交錯し、このまま川沿いを下りホットスプリングを目指したいという思いになる。しかし、PM5:00になろうとしていたため、危ない賭は辞め、急坂を登ることに。雨強し、坂険し、牛に道を遮られ、足は棒。思えばABCから9時間。心細くなりながら、雨と汗にまみれながら、ひたすら歩く。そのうちゲストハウスが見えてくる。当初は山の村の真ん中あたりにステイする予定だったが、"24hours hot shower"の看板に吸い付けられるように、キャプテンロッジにステイすることにした。 早速シャワーを浴び、洗濯し、落ち着く。3日ぶりのシャワーで全身リフレッシュ。久々に自分の顔を鏡で見たkenは驚く。日焼けとひげで人相が変わっているのだ。更に皮もむけている。その後、ダイニングルームに入る。今朝ABCで写真を撮ってくれたオーストラリアンの彼もいる。他には、ニューブリッジから来たスキンヘッドで一部モヒカンボーイとハスキーボイスガールのオーストラリアンカップル、ABCから10時間かけて降りてきた中年ブリティッシュ隊等がいて、テーブルを囲み会話が乱れ飛んでいる。何とか割り込み食事をオーダーした。食事はトマトチーズマカロニとベジ・ツナフライドヌードル。ちょっと味は濃いめだったが、スペシャル・キャプテン・ロッジ・ソースというチリソースをかけて食べ、おいしかった。モヒ・ハスカップルにABCまでのルートを説明したが、ハスキーガールは、"No problem at all.He carries everything."といって笑っていた。さすがインド3ヶ月旅行した人は違うなあと思ったが、翌日見てみると、ハスキーガールの荷物は、本当に小さく、背中にハンカチとティッシュくらいしか入らないような小さい巾着を背負っているだけだった。一方のモヒカンの彼は大荷物。これほど似合いのカップルはなく、ヒッピーまでは行かないが、これからも世界中の旅を続けて欲しいとう。部屋に戻りこの旅日記を書き始めることとした。しばらく書いていたが、食事の味が濃かったせいかのどが渇き、もう一度ダイニングルームへ行ってコーラを飲むことにした。 コーラを飲んでいると、このゲストハウスにはいるときに声をかけてくれた、Mr.Bart君が一枚の紙を見せてくれた。そこには、埼玉の草加市に住むあゆむさんが書いた、彼の住所、日本地図、日本の様式を表した絵があり、彼との関係などを色々はなしてくれた。Mr.Bはポカラ出身で、以前はポカラで働いており、チョムロンに来て10ヶ月とのこと。非常に人なつっこく親切で、ミルクティーをおごってくれた。日本人ゲストにはいつもこうしているらしい。ここにきた日本人の話もしてくれた。その"あゆむ"という人が今年の12月にまたこの町に来ることを心待ちにしているとのことだった。私たちのルートの相談にも乗ってくれ、当初ガンドルンに行ってからゴレパニへ行く予定だったが、時間が無駄になるという彼の助言に従い、チョムロンから谷越えのタラパニそしてゴレパニへと行くことにした。そして彼からは、ビジネスカード及びポカラダムサイドにあるガーデンホテルのリコメンデーションをもらい、更に、タラパニではパノラマホテルがいいと教えてくれた。彼の宛先を聞いて驚いたのは、P.O.BOXがチョムロンではなく隣町のガンドルンになっているということでだった。部屋に戻ると電気がついた。山で始めての経験だった。 |
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