Mountain Trekking編

第4日目('97.5.10)
ヒマラヤホテルからデューレリ、そして、
MBC(マチャプチャレベースキャンプ)、
目標のABC(アンナプルナベースキャンプ)へ

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 AM5:30起床。快晴。川の轟音が聞こえる。昨日の雨の影響で水量が増えたのか。朝食にチベッタンブレッドを食べる。自然な甘みのある、あっさり揚げパン。おいしい。一口食べてお気に入りとなる。
  AM7:00出発。フレンチ隊は既に出発している。アイリッシュも出発するところ。ひたすら登る。昨日より脚が軽い。山の生活になれてきたのか。確かに、筋肉で足は堅くなっている。細くはなっていない(残念ながら)。ひたすら登る。こればかりだが、本当だから仕方がない。登り登って40分。「ヒンクの小屋」に到着。「地球の歩き方」には1時間と書いてあったのでちょっと早め。小屋といってもただの岩。山に空洞があるのみ。昔はここで夜を過ごしたのだろう。休息をとり、写真を撮る余裕を見せ、出発。



氷河

多少下り、また進むが、今度は氷河とご対面。朝早いためカチンカチンに凍っている。せっかくの竹の杖もこれでは刺さらない。氷河の下はモディーコラーの川。滑ったら真っ逆様に落ちてしまう。くぼみを見つけ、足を運び、時には手も使う。道産子らしくかっこよく歩きたいが、不格好に慎重に歩く。氷河はいくつか小山を作って連なっていたが、最初の氷河の2,3個小山を超えたところで、ネパール人女性が転んだのか足と手を着いたままへばりついている。動くにも動けない状況。研治がバックパックを降ろし、手を貸す。比較的平らなところまで引っ張り上げる。現地の人にとっても大変な道のりである。
 山の中腹にデューレリの村が見える。1日目でも同じ名前の村を通ったが、ここは別。山には、同じ名前の村がいくつかある。デューレリとは峠をさすようだ。氷河を渡って少し行くと"old trek dangerous"の看板があるが、横に"this trekkinng road was made by owner of Deurali guest house"と書いた新しい看板がある。その道を歩く。道を築いてくれた村の人々に感謝しつつ道を行くと、デューレリの村に着く。AM10:00。
  デューレリを後にし、どんどん登っていき川に近くなる(ここでは川も高い位置にある。)。二人とも無口になる。何故か水戸黄門の主題歌が浮かぶ。♪人生楽ありゃ苦もあるさ〜♪ 杖もある、リズムも合う、このトレックにぴったりの歌。そうしていると、また凄いポーター2人とすれ違う。ほんとに自分と同じ大きさの荷物を背負っている。一人は、一般的に想像できる大きなバックパックに上下左右小さなリュックをつけているという感じの出で立ち。もう一方は、テーブルセット4つを背負っている。体は小さい(日本で言うと、小学校6年生くらい)し、履いているのはサンダル。ポーターの力を見せつけられる。それを見て、kenはポーターになれないと呟く。でも私の大切なポーターとkanaは思う。
途中、他岸に渡るか、上へ登るかのルートがあったが、川におり、大きい石を縫うようにして、たまにジャンプを交えながら川の上を歩く。ここからは、マチャプチャレの頂上がはっきり見え、研治曰く"ティラミスのような"、だんだんでそこに雪が積もっている山もある。研治はしゃぐ。ケーキとは無縁の生活をしているのにやっぱり思い出すよう。幸い、この山をデザートと間違えてダッシュすることなく、正規ルートを進む。
ティラミスに見とれているうちに、またもや氷河。登りのとんでもない氷河の連続となる。でも、暖かくなって氷がゆるんできたため、さっきより歩きやすい。マチャプチャレは次第に近づいてきたが、氷河を超えると頂上だけではなく下の部分も見えてくる。遠くから見ると、とがっていて一体どこから登るのかと思わせるけど、ここから見ると、少し開けていて、マチャプチャレ・ベースキャンプ(MBC)がこちら側にあるのも理解できる。正面にはアンナプルナVが見える。とにかく近づいている。想像していた以上の雄大さに圧倒されつつ歩を進める。

氷河では雪崩れも
 しばらくそうして感動しながら登っていると、山の上の方にロッジが見えてきた。あれがMBC。そこを目標にどんどん行く。やっと近くまできて愕然。そこへ行くには下って川を渡り急な石段を登らなくてはならない。なかなか山の地形を理解できず、無造作にはしゃいだりしてしまう。幅狭の崖のような雪道を慎重に歩き、下り、川を渡り、階段を休まず登る。最初のゲストハウスに着く。ビールを飲んでいる。おいしそう。kanaゴックンと唾を飲む。しかしここで飲むのは危険。がまんがまん。この先に本当のベースキャンプがある。このゲストハウスをスルーして無事MBC到着。AM10:30、標高3700m。遠くから先だけ見ていたマチャプチャレがふもとから頂上まで見える。想像を絶する美しい景色。骨格は男性的。一目見ると忘れられない美しい形をしている。神が住む山と言われ、現地の人たちはこの山のポーターを拒む。未だ未登頂の山だ。

MBCからマチャプチャレを望む
目標地点のアンナブルナ・ベース・キャンプ(ABC)は直ぐそこ。人の良さそうなおっちゃんがトランプをしている。山小屋ではトランプが唯一の娯楽らしく、以前にも、夜、暖炉を囲みながらトランプをしている姿を見た。このおじさんによると、PM1:00かPM2:00には雪が降ると言う。出発時間をAM11:00とし、ミルクティーを頼み、びしょ濡れになっていたジャンパーを干し、最後の登りに備える。赤く長い尾の珍しい鳥が飛んでいる。
 おじさんは、"君たちは韓国人か日本人か"と聞く。日本人だと応えると、安心したように、"昨日、韓国人男性が崖から落ちて頭を打って死んだ"という。ABCに到着し、写真を撮るのに夢中になって崖の方に登り、目眩でも起こしたのか、そこから落ちて頭を打ってしまったらしい。まだ、ABCの一室に安置され、ヘリコプターが来るのを待っているとのことだった。驚くと共に、こんなところで命を落とすとは本当に残念なことだと思う。このような話をしているうちに、バックパックにぶら下げていたTシャツとソックスはすっかり乾いてしまった。このときばかりは日差しの強さに感謝する。
 トレッキングを始めた当初はTシャツだったが、ここでは長袖シャツ、トレーナー、ジャンパーを着込む。靴ひもをしっかり結び直して、いざABCへ雪原を歩き始める。広い雪原の中にかすかにある足跡が残っている。そこをたどりながら進む。前方に人が見えるが、かなりゆっくり歩いている。すぐ追いつけると思っていたが、なかなか追いつかない。おじさんの言ったように、雪か雨が降りそうだし、急ぎたいのに、高山病のせいか、頭グラグラ、足フラフラで思うように前へ進めないのだ。
 歩き始めてしばらくすると、靴は濡れ、足は取られ、見えていたアンナプルナも雲や霧で全く見えなくなる。もう少しだというるんるん気分は薄らぎ、前に進むことのみを考え始める。何とか足を前へもっていき、先へ行く。しかし、いくら進めどもロッジは見えず、真っ白の中をひたすら歩く。一寸先は闇という感じで、心細くなる一方。前にいたブリティッシュガールに追いついたが、彼女も、あとどのくらいか判らず、心細いのが一人増えただけ。気温は下がり、視界も悪くなり、kanaはお腹もくだった。休み休み、とにかく前へ進むことだけを考えて、何とか進んでいく。ふと、かすかに、ロッジらしきものがみえた。大きな岩にも見えるが、形が整って、集団になっている。kenには見え無かったらしいが、それを見たとたん、kanaは腹痛に耐えられず岩陰へ走る。そのとき、ブリティッシュガールは、追いつき、kenが"あと500m"と言うと、疑い深く"ほんと?はずれたら上で紅茶一杯おごって。当たっていてもおごって!"と言って追い越していく。先方に見えるのは確かにロッジ!!気合を入れ直し、"もう少し、がんばれ"と言い聞かせながら一歩一歩目標地点へ近づいていく。ABCには、既に到着している人が、数名見える。最後の階段を中腹まで登り、中程からは二人で手をつないで、一歩一歩登り、1・2・3でとーちゃーく!!
 なんとすばらしいこの雄大な景色!そう、ここで二人は抱き合い感動し祝杯を挙げるはずだった。しかし、雪で何も見えず、頭もぼーっとしたまま、"we want room"と言って、snow lodgeの部屋に言われるままに入り、チェックイン。もっているシャツを更に重ね着し、二人ともベットに倒れ込む。なんて言ったってここは4100m。寒いし頭痛で気持ちが悪い。頭はフラフラで、吐く息は深く重たい。息苦しさが続く。感動も束の間、二人とも無言で天井を見るのみ。
 

ABCのスノーロッジ

どのくらいたったか、寒さがしみてきて、部屋にいられなくなり、起きあがってヒーターのあるダイニングルームに入る。ミルクティーのビッグポットを頼み、体を温め、少し落ち着いてからカロリーメイトを食べる。高山病のせいか、食欲はなく、とりあえず栄養を補給したという感じ。そこには、私たちの他に、オーストラリア、ドイツの、それぞれカップルがいた。彼らの旅程を聞いて驚いたのだが、二組とも、アンナプルナ一周をした後、このABCに来ている。アンアプルナ一周とは、ポカラから、ジョムソン、ムクティナート、トロン峠、マナン、デュレムと、アンナプルナ山群をぐるりと一周するもので、最低20日はかかる。特に、トロン峠は、5416mで、寒く、きつく、相当な体力を要し、死亡者も出している。それを、終えた後、チョムロンからまた更に、このABCまで登ってくるのだから相当な体力の持ち主と思われる。高山病を避けるため、トロン峠は3日かけて超えたとのこと。そうしているうちにも、おっちゃんの言ったとおりPM1:00頃から降り始めていた雪は、更に強くなり、辺り一面真っ白になり、やむ気配はない。オーストラリアン、ジャーマンともに数々の興味をそそる旅をしている。山を下った後は、オーストラリアンはトルコへ、ジャーマンはチベットへ行くらしい。やはり、自然を求めて旅しているようだ。頭はぼーっとしているが、旅の話に花が咲く。
 その後、地図を見ながら明日のスケジュールを立てる。いつものように、PM6:00過ぎに来る食事のオーダーを、3:00頃する。なんとなく暇を持て余しつつあったので、研治のかけ声で、国対抗神経衰弱(トランプ)をする。それにしても、頭の回転が鈍くなっている時に、、、。ジャーマンが強い。新参者の私たちは、ぼーっとしていていつもの調子が出ない。ということにしておく。オーストラリアンについては語らないことにして、2回目はジャパンチームも健闘したものの、ジャーマンの圧勝に終わった。そうこうしているうちにPM6:00を過ぎ、食事が出てくる。ここは手早い。それとも夜が早いのか。お昼が少なかった反動か、ちょっとオーダーしすぎた。トマトマカロニ、ベジ・エッグ・ヌードル、チベッタンブレッド。ABCには食事がないと思ってもってきたツナ缶も開け、チベッタンブレッドにはさんで食べる。まとまりのない食事だがおいしかった。ジャーマン男性は、以前はデザート付の食事をしていたが、予算が無くなってきたので、これに限ると、ライス、ベジ、スープすべてお代わりできる、現地食ダルバードを食べていた。
 外の雪はしんしんと降り続けている。ふと、アイリッシュカップルのことが思い出される。ヒマラヤホテルで朝別れてから会っていないが、今頃また雪の中を歩いているのだろうか。体調を崩していなければよいが・・・。残念ながら、その後、彼らに出会うことはなかった。食後、旅の情報交換をし、頭痛もするので、早々とベッドに戻った。体が暖かいうちに寝袋を二枚重ね一緒に寝た。しかし、二人とも、頭痛や胸焼けで眠られなかった。


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