(6人目−2886日)
1847〜1913(弘化4〜大正2)。軍人・政治家・陸軍大将。公爵。元老。
戊辰戦争に出征し東北各地を転戦。横浜語学学校で学び、1870年に私費でドイツに留学し軍事学を研究、73年帰国。陸軍に入り、1875年にドイツ公使館付武官として軍政研究に従事。1878年帰国後、参謀本部管西局長となる。1883年再渡欧後、陸軍省総務局長、陸軍次官を歴任して軍政改革を推進した。1891年第3師団長に転じ日清戦争に出征、1896年台湾総督、東京防禦総督を経て1898年第三次伊藤内閣陸相。1900年第4次伊藤内閣まで留任し、義和団鎮圧を担当、一段落したところで辞任。1901年第一次内閣を組織し日露戦争を遂行。1908年第二次内閣を組織して条約改正を完成、韓国併合を強行するとともに大逆事件、南北朝正閏問題の処理に当たる。1912年内大臣兼侍従長から第三次内閣を組織するが、第一次護憲運動の高まりの中で1913年辞任。立憲同志会の結成に着手するが中途で病死。
<内閣のデータ>
| 第一次内閣 | 第二次内閣 | 第三次内閣 | |
| (11代) | (13代) | (15代) | |
| 内閣の形態 | 貴族院を基盤 | 貴族院を基盤 | 貴族院を基盤 |
| 首相就任年齢 | 53歳 | 60歳 | 65歳 |
| 就任日 | 1901年6月2日 | 1908年7月14日 | 1912年12月21日 |
| 総辞職表明日 | 1905年12月21日 | 1911年8月25日 | 1913年2月11日 |
| 総辞職日 | 1906年1月7日 | 1911年8月30日 | 1913年2月20日 |
| 辞職理由 | 日比谷焼き打ち事件の 対応の不手際 |
西園寺公望との交渉 | 第一次護憲運動 |
| 首相在職日数 | 1681日 | 1143日 | 62日 |
<出来事>
| (第一次内閣) | 田中正造、足尾鉱毒事件で天皇に直訴(1901.12.10) 日英同盟締結(1902.1.30) 日露戦争(1904.2.10〜1905.9.5) 日韓議定書調印(1904.2.23)、第一次日韓協約調印(1904.8.22) 第二次日韓協約調印(1905.11.17) 桂・タフト協定(1905.7.29) ポーツマス条約調印、講和反対国民大会(日比谷焼き打ち事件)(1905.9.5) |
| (第二次内閣) | 「戊申詔書」発布(1908.10.13) 新聞紙法公布(1909.5.6) 伊藤博文暗殺(1909.10.26) 大逆事件(1910.5.25〜1911.1.25) 第2回日露協約調印(1910.7.4) 韓国併合に関する日韓条約調印(1910.8.22)→朝鮮総督府設置(1910.8.29) 韓国の国号を朝鮮と改める(1910.8.29) 白瀬中尉ら南極探検に出帆(1910.11.29) 南北朝正閏問題(1911.2.4) 日米新通商航海条約調印(1911.2.21) 工場法公布(1911.3.29) 青踏社結成(1911.6.1) 第3回日英同盟協約調印(1911.7.13) |
| (第三次内閣) | 第一次護憲運動始まる(1912.12.19) 大正政変(1913.2.11) |
<閣僚>
| 第一次内閣 | 第二次内閣 | 第三次内閣 | ||
| 発足時 | 1903年9月 22日〜 |
|||
| 総理 | 桂 太郎 | 桂 太郎 | 桂太郎 | |
| 外務 | 曾根 小村寿太郎 |
小村寿太郎 | 寺内 小村寿太郎 |
桂 加藤高明 |
| 内務 | 内海忠勝 児玉源太郎 |
児玉源太郎 桂 芳川顕正 清浦 |
平田東助 | 大浦兼武 |
| 大蔵 | 曾根荒助 | 桂 | 若槻礼次郎 | |
| 陸軍 | 児玉源太郎 寺内正毅 |
寺内正毅 | 寺内正毅 | 木越安綱 |
| 海軍 | 山本権兵衛 | 斎藤 実 | 斎藤 実 | |
| 司法 | 清浦奎吾 | 波多野敬直 | 岡部長職 | 松室 致 |
| 文部 | 菊池大麓 児玉 |
久保田譲 桂 |
小松原英太郎 | 柴田家門 |
| 農商 務 |
平田東助 清浦 |
清浦奎吾 | 大浦兼武 | 仲小路廉 |
| 逓信 | 芳川顕正 曾根 |
大浦兼武 | 後藤新平 | 後藤新平 |
| 書記 | 柴田家門 | 柴田家門 | 江木 翼 | |
| 法制 | 奥田義人 一木喜徳郎 |
一木喜徳郎 | 安広伴一郎 | 一木喜徳郎 |
| <閣僚の辞任(第一次内閣)> | |
| 菊池は教科書疑獄事件、児玉陸相は台湾総督との兼任を解く、児玉内務は参謀次長就任 奥田は自身の行財政改革案の内閣拒否、平田は取引所限月復旧問題 内海・久保田・芳川逓信・芳川内務は不明 |
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| (注) | 児玉は陸相時代から台湾総督兼任、内相と文相はほぼ同時期の兼務だが、陸相は兼務していない。 |
| 芳川は逓信相の後に閣外に出た後、内相に就任 | |