川辺町の文化財
最終更新:2001/01/18
川辺町の有形、無形の文化財を紹介します。
【県指定】 鹿児島県教育委員会の資料などを元に作成しました。
| 文化財名 | 場所 | 制定 | 有形/無形 | 制定 年月日(西暦) | 制定 年月日(和暦) | 内容 | 備考 |
| 君野権現洞穴 | 川辺町上山田君野 | 県 | 記念物(天然記念物) | 1954年5月24日 | 昭和29年5月24日 | 自然に出来た穴です。縄文時代の住居跡と推測されるとのことですが、多分に信仰的なことに使われていたような気がします。 地元は”ごんげんどう”と呼ぶ? |
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| 天然橋 | 川辺町上山田柿房虚空蔵獄 | 県 | 記念物(天然記念物) | 1954年5月24日 | 昭和29年5月24日 | 自然が作りだした”橋”です。20メートル程度と聞いたように思います。昔は大きな道の脇に案内がありましたが、今はなくなっています。農道と山道を登っていきます。数百メートル直前の案内の写真です。 | |
| 飯倉神社の大クス | 川辺町宮 | 県 | 記念物(天然記念物) | 1956年9月27日 | 昭和31年9月29日 | ||
| 清水磨崖仏 | 川辺町清水 | 県 | 記念物(史跡) | 1959年6月10日 | 昭和34年6月10日 | 写真は川辺町の碑の部分です。このほかにもたくさんの磨崖仏があります。 | |
| 上山田太鼓踊 | 川辺町上山田 | 県 | 民俗文化(無形) | 1961年12月20日 | 昭和36年12月20日 |
【町指定】川辺町教育委員会の「社会科副読本 川辺の歴史散歩(改訂版)」を元に、一部加筆や補足説明や写真とのリンクを行いました。(補足説明や写真をこれから充実させます。)
有民---有形民俗文化財 無民---無形民俗文化財
史跡---記念物史跡 天然---天然記念物 有文---有形文化財
| 番号 | 分類 | 名称 | 所在地 | 説明 | 備考 | 解説 |
| 1 | 史跡 | 平山城跡 | 平山 | 1100年頃河辺の初代領主道房が築城。本城,花見城,天神域,新城の西城から成る。 | 川辺小学校の(階段ではないほうの)入り口近くに碑があります。近くに成人式の碑が多いので少し見つけにくいです。 | |
| 2 | 有民 | 宝光院の薩摩塔 | 平山(広域文化センター) | 宝光院跡から発掘されたもので,室町時代の作。薩摩半島にだけ残る貴重な仏塔。 | ||
| 3 | 史跡 | 和泉直火塔 | 平山 | 松尾城・平山城の役(1417)で島津久豊に従い,戦死した直火の五輪供養塔。 | ||
| 4 | 史跡 | 和泉忠次塔 | 平山 | 兄直久と共に久豊軍に従って出陣した忠次の五輪供養塔で俗に殿墓と言う。 | ||
| 5 | 有民 | 田部田島の地蔵尊 | 田部田 | 元禄9年(1696)につくられたもので,田部田島公民館前の道路脇に立っている。 | ||
| 6 | 有民 | 永田の田の神 | 永田 | 1724年に建立され,町内最大。稲作を司どる神で拝めば豊作と幸福をもたらすとされた。 | ||
| 7 | 無尽 | 日送り踊 | 永田 | 18ユ7年唐から伝わったとされ,日々の暮しを仮面姿で面白おかしく踊る。 | ||
| 8 | 有民 | 下山田日吉の田の神 | 下山田 | ユ735年建立。山の神は春に里に下って田の神となり,秋の取入れが終ると山へ帰ると信じられていた。 | ||
| 9 | 史跡 | 下山田鳥越石塔群 | 下山田 | 巨大宝篋印塔と五輪塔で構成され,雄大な規模から格別強大な豪族の墓と思われる。 | ||
| 10 | 史跡 | 大野忠宗夫人の墓 | 下山田 | 勝目城主大野忠宗夫人の墓で,1707年建立。通称御大風殿(おてほどん)。 | ||
| 11 | 有民 | 中山田下之口の田の神 | 中山田 | 顔が欠損し,文字もないが,享保年間のものと推定される。 | ||
| 12 | 史跡 | 勝目城跡 | 中山田 | 1565年加世田地頭となった島津忠網が勝目城を居城とし,大野駿河守と称した。 | ||
| 13 | 有民 | 上山田牧之田の石敢当 | 上山田 | 中国で始まった魔よけの民間信仰で,石柱を道路の突き当たりや橋の下に建てる。家にぶつかる邪気や悪魔をくいとめ,追い払う威力があると信じられた。 | ||
| 14 | 有民 | 上山田中福良の石敬当 | 上山田 | 中国で始まった魔よけの民間信仰で,石柱を道路の突き当たりや橋の下に建てる。家にぶつかる邪気や悪魔をくいとめ,追い払う威力があると信じられた。 | ||
| 15 | 有民 | 上山田本門の地蔵尊 | 上山田 | 元禄14年(1701)に建立。地蔵尊は野の仏で,庶民信仰の対象であった。 | ||
| 16 | 有民 | 上山田有村の田の神 | 上山田 | 台石に元禄4年(1691)建立の文字がある。 | ||
| 17 | 天然 | 君野権現洞穴(県指定) | 上山田 | 権現谷にある間口2m,高さ1.3m,奥行41.5mの水平な横穴で縄文時代の住居跡と推測される。 | ||
| 18 | 無民 | 上山田大鼓踊(県指定) | 上山田 | 朝鮮出兵に従軍する兵士の出陣祝に踊られたもので現在,竹屋神社の方祭に奉納している。 | ||
| 19 | 天然 | 天然橋(県指定) | 上山田 | 県下で唯一の天然の石橋。幅員45m,長さ8m,高さ3.3mの半月形の穴になっている。 | ||
| 20 | 史跡 | 善積寺跡 | 上山田 | 薩州三ケ寺の一つで応永年間の創建。仁王像や住持の墓碑,庚申供養等がある。 | ||
| 21 | 史跡 | 高田磨崖仏 | 高田 | 1687年から25年間にわたって西山寺号珊住持の時彫刻された仏像の浮彫り。 | ||
| 22 | 史跡 | 霧島社 | 高田 | 霧島神の分祀社で,附近は桜樹やつつじが多く,地域住民の尊崇と憩の地となっている。 | 副読本では、分祀社の”祀”新しいほうの示偏です。 | 川の渓流がきれいです。 |
| 23 | 天然 | 川辺の大クス(県指定) | 宮 | 飯倉神社境内にあり,根回り25m,目通り周囲16mの巨樹で推定樹齢1200年。 | ||
| 24 | 無民 | 宮棒踊 | 宮 | 島津藩が民兵訓練のため普及させたといわれ,飯倉神社のお田植祭(ア月10日)に奉納。 | ||
| 25 | 有民 | 小野谷川の石敢当 | 小野 | 道祖神,塞神,岐神とも言い,「向う所敵なきなり」とか「石敢えて当る」の意。岩石の堅固な性質がこの信仰のもととなっている。 | ||
| 26 | 有民 | 小野後方の石敢当 | 小野 | 道祖神,塞神,岐神とも言い,「向う所敵なきなり」とか「石敢えて当る」の意。岩石の堅固な性質がこの信仰のもととなっている。 | ||
| 27 | 有文 | 小野南方神社の狛犬 | 小野 | 1689年小野集落民が魔よけのため久保田太右衛門に依頼造立した狛犬2対。 | ||
| 28 | 天然 | 蟹が地獄 | 小野 | 麓川と厚地川の合流する一帯で,河床の岩盤が侵蝕作用により奇岩怪石群をなしている。 | ||
| 29 | 史跡 | 矢掛松 | 両添 | 島津伊久が島津元久に相伝の家宝甲冑と大刀をこの地で贈り,契りを交した。 | 副読本では、甲胃となっているが、甲冑のことと思われる | |
| 30 | 史跡 | 明山塔 | 両添 | 松尾城・平山城役に島津久豊軍に従って出陣,戦死した弥寝清平(法号明山)の供養塔。 | ||
| 31 | 史跡 | 松尾城跡 | 野崎 | 松尾城小組合の共同墓地を中心に松尾神社を含めたあたりが城跡である。 | 松尾神社は共同墓地の反対側です。本尊からは平山の方が展望できます(ただし今は木が生い茂っています)。 | |
| 32 | 無尽 | 野崎ほうそう踊 | 野崎 | ほうそうの難をのがれるための神々への祈りで,210年位昔から行われていた。 | ||
| 33 | 天然 | 八瀬尾の滝 | 野崎 | 第一の滝は高さ25mで,左側の林間をよじ登ると次々に第八の滝まで現われる。 | ||
| 34 | 史跡 | 市之瀬 | 清水 | 1591年,山田の領主大野忠宗は,島津義久の命で誅死され,この地に葬られた。 | ||
| 35 | 史跡 | 宝福寺跡 | 清水 | 1422年覚卍和尚が開基。薩州三ケ寺の一つで山寺ともいう。 | ||
| 36 | 史跡 | 清水磨崖仏(県指定) | 清水 | 高さ20m,長さ400mの岩壁に,鎌倉中期から明治28年まで630年間に彫刻。 | ||
| 37 | 史跡 | 河辺氏居館跡 | 清水. | 居館は桜の屋形といい,豪壮をきわめたという。 | ||
| 38 | 有民 | 水元神社の薩摩塔 | 清水 | 川辺町に三基,坊津町に一基現存し,貴重なもの。清水の雲朝寺跡から発掘。 | ||
| 39 | 史跡 | 層塔群 | 清水 | 河辺氏の菩提寺である宝光院跡から発掘されたもので鎌倉朝期の作と推定される。 | 実際は、旧清水小学校の工事現場から出てきたそうです。なお、町の碑の近くに垂れ札がかかっていますが、地元の学校か何かがオリエンテーリングのために掛けたたもののようです。 | |
| 40 | 史跡 | 宝光院跡 | 清水 | 河辺氏隆盛の頃真言宗の末寺として建立。仁王像や不動木像,巨大宝篋印塔がある。 | 院跡の仁王像の写真です。左の掲示を見て山の方へ行くと大宝篋印塔などがあります。大宝篋印塔は復元したそうです。 | |
| 41 | 史跡 | 虎御前供養塔 | 神殿 | 曽我十郎の愛人虎御前の供養塔。 | ||
| 42 | 有民 | 神殿下里の地蔵尊 | 神殿 | 松尾城・平山城役の際,鳴野原における敵味方の戦死者供養のため新納氏が建立した。 | ||
| 43 | 有民 | 神殿下里の庚申塔 | 神殿 | 田の神と似た一種の民間信仰。1795年に造立。 | ||
| 44 | 史跡 | 宝篋印塔 | 神殿 | 川辺の地頭であった初代新納入饒の供養塔。 | (神殿だとしたら私が勘違いしているかもしれません。写真は清水のものです。) | |
| 45 | 有文 | 川辺焼花瓶 | 平山(広域文化センター) | 明治30年〜大正2年の間に,川辺町野間にあった窯で焼かれた川辺焼の花瓶。 | ||
| 46 | 有文 | 川辺名勝誌 | 平山(町立図書館) | 川辺郷の自然と史跡,神社,仏閣などを大字別に記載した古文書。寛政年間に編纂された。 | ||
| 47 | 有文 | 川辺大境並内網引張 | 平山(町立図書館) | 元禄年間になされた山田,知覚との境界測量野帳。 | ||
| 48 | 有文 | 川辺郷藩政時代の地図 | 平山(町立図書館) | 元禄年問に作られた川辺郷の絵地図。 | ||
| 49 | 史跡 | 清水桜元のかくれ念仏跡 | 清水 | 元禄年間から始まった島津氏の一向寒禁制によって,信仰する人たちに様々な迫害が行われた。その迫害に耐えながら,人々は洞穴の中などで熱心に念仏を唱えていた。 | 入り口はこんな感じです。草に覆われていたりして分かりにくいです。念仏跡の写真は、入り口の様子です。 | |
| 50 | 史跡 | 中山田のかくれ念仏跡 | 中山田 | 元禄年間から始まった島津氏の一向寒禁制によって,信仰する人たちに様々な迫害が行われた。その迫害に耐えながら,人々は洞穴の中などで熱心に念仏を唱えていた。 |
秀明寺跡 町の史跡でないのかもしれません。ただし、教育委員会の碑があります。