大島ミチルの音楽性

 大島ミチルの音楽と言っても、曲目や作品によって、大編成のフルオーケストラからピアノソロまで存在するため、その音楽性を一言で言うことは難しいでしょう。
 しかし、共通した傾向はいくつか見つけることがでます。
 まず、生楽器とシンセサイザーの自然な融合においては、右に出る作曲家はいないでしょう。もちろん、現在では両者を組み合わせていない音楽の方が珍しいかもしれません。しかし、そのほとんどは、単純に生楽器をシンセサイザーに置き換えただけ、言い換えれば、シンセサイザーを曲にうまく馴染ませていないのです。生楽器もシンセサイザーも、その特長を生かしつつ一つの楽器として違和感なく用いているのは、大島ミチルのほかにはあまり見受けられません。
 多種多様な民族楽器を用いているのも大きな特徴でしょう。そうであるのにも関わらず、民族音楽特有の「聞きづらさ」を持っていないのは、その曲を彩るのがあくまでも普遍的なメロディーであるからだと思います。オーケストラであろうと、パーカッション中心の環境音楽であろうと、西洋音楽、民族音楽の枠に捕らわれず、地球上に存在するすべての音楽を包容しようとする姿勢が感じられます。それゆえ、エスニック音楽のように聞こえるのにも関わらず、特定の地域は意識させない、「グランド・ミュージック」とも呼ばれる曲が生まれるのでしょう。特に、サックスや弦楽器、パーカッション、シンセサイザーを組み合わせた独特のビートを持つ曲群は、他の作曲家には見られないオリジナリティのあるものです。
 もちろん、大島ミチルの作品の多くは、映像に乗せる音楽、いわゆるバック・グラウンド・ミュージック(BGM)として作られたものですから、元の映像の内容によって、曲の性質は変わります。また、作品によっては制作費、制作時間の制約もあるでしょうから、すべてが上のような特徴を備えているわけではありません。そのため、大島ミチルの音楽を知ってもらうためには、以下の作品を聞くことをお勧めします。いずれも、大島ミチルの本領発揮とも言える作品です。

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