サティシュさんの来日では、安曇野のシャロム・ヒュッテでのリトリートと、長野の講演会に参加してきました。

以下 簡単な報告です。また、http://www.ultraman.gr.jp/~shalom/satish.htmにも、報告があります。

雇用と生業
 人に雇われて働くことよりも、自分が主体的に働くことの重要さを、サティシュさんは語られました。お金でははかれない、労働の価値というものを問うていきたいと思いました。
 綿や糸紡ぎに興味を持ってくださる人が増えましたが、作品を販売したいとか、講習会をビジネスとしてやりたいという人が少なからずいます。私にとっても、ビジネスとしてもっと手を広げませんかという話は、誘惑であります。でも、育てること、紡ぐこと、織ることを純粋に楽しみたい。そこに本当の幸福があると思うし、サティシュさんの話をお聞きしながら、その確信を強くしました。
 サティシュさんの著書「君あり、故に我あり」(講談社学術文庫)の中で、「私は仕事が楽しいの。・・・ミシンが仕事を減らすというのは、単なる錯覚に過ぎないかもしれない。年に一つか二つのショールを作る代わりに、年に10ものショールを作る羽目になって、材料をもっとたくさん使うことになるかもしれない」という、サティシュさんの母の言葉が紹介されています。
 お金のための仕事ならば、たくさん作ることがよいことかもしれません。でも、大切なのは、心を込めて、よろこびをもって仕事ができること。稼ぐこと=仕事ではないというのが、サティシュさんの主張なのでしょう。大切なのはショールを作り、それを用いることであって、販売したり、ビジネスに従事する必要はない。そうすることで本来あるはずのよろこびが失われるということなのでしょう。
 となれば、主婦が主婦であることに誇りを取り戻すことだと思うのです。「電話をかけても留守のことが多い、何がそんなに忙しいの」と私はよく、母に言われます。家にじっとしていてもつまらないという価値観に自分自身がとらわれているなと感じます。どうして母はいつも家にいて満足だったのだろう?どうして自分も含めて、今の主婦の人たちは、主婦であるだけではだめだと思いこむようになってしまったのだろうか?そして、先ほども書きましたが、何らかの形でビジネスをしたい、収入を得たい、稼げなければ自分自身に価値が見いだせない。そういう思いに捕らわれてしまっているのはなぜか?みんなが幸せになる生き方とは?、社会とは? 追求していきたいと思います。
 所有という概念に挑戦しなければならないと、サティシュさんは言っておられましたが、これも雇用と生業に関係してくる、おもしろいテーマだと思いました。

手仕事は精神的営み
 「手作りは遅れたこと、大変なこと、貧乏になることというイメージがある。だから、簡素な生き方を追求するよりも、技術革新によって危機を乗り越えようとしがちであるが、私は、より良い生き方、人にとって幸福な生き方として、簡素な生き方を提案したい」と、サティシュさんは語られました。
 手仕事をしていると、心が穏やかになります。
 そういえば、太陽や雨も、我々に多くの恵みをもたらしてくれますが、我々は太陽や雨に対して、何もお返しをしていませんよね。何の見返りも期待せずに、太陽は日々我々を照らしてくれています。手仕事をしながら、そういうことに思いをはせるとき、私たちは、これだけがんばっているのだから、こういう結果が生じないと許せないという気持ちから、解放されていきます。見返りを期待せずとも、正しいことをやっていればよいのだ。そして、手仕事こそまさにその正しいこと・・・今、ここで、これをしていることの幸せに満たされます。

正義よりも非暴力
 「正しいことは複数ある。それぞれの主張のどれもが正しいということもある。だから、正義を振りかざすのではなく、非暴力の態度で、語ること、耳を傾けることが重要だ」とサティシュさんは教えてくださいました。そして、非暴力は、戦略ではなく、「生き方」であるとも。
 もし、私たちの心に怒りがあるなら、その怒りが、言葉に態度に出てしまいます。だから、何かを主張する前にやっておかなければいけないのは、怒りを克服することなのです。非暴力の態度で、話ができるようになるまで待つ必要があります。そして、そのような訓練として、有効なのが、手仕事であったりするのです。だからこそ、非暴力は「生き方」なのですね。


以上は、安曇野でのリトリートで私が感じたことです。
次に、 長野講演会の概要を以下に記します。(講演を聴きながら取ったメモをもとにしていますので、不完全なものです)


長野講演会。
1999年以来の来日だが、そのころと比較して大きな変化が起きている。
一つは経済が停滞し、失業や自殺が増えていること。これがネガティブな変化であれば、もう一つは、環境問題やスピリチャル、持続可能な生き方への関心が高まっているというポジティブな変化もある。
経済の停滞は、好ましくないと思われるかもしれないが、人々が目覚めるための良い機会とも言える。
経済の停滞がなければ、愚か者の天国にいたるだけ。
経済危機のおかげで、我々は、資源には限りがあるという本質的な危機に気づくことができた。天然資源を自動車、コンピュータ、ガラス、コンクリートに変えてきた。しかし、それらを今後も大量に作り続けていくことは不可能である。良いことも、ある限度を超えると負の結果をもたらすのである。経済の成長は、ある限度を超えると人間にとって重荷となる。我々を養う食物も、過度に食べると肥満となって健康を損なうように、経済的肥満の状態に我々はあり、その結果、満足することが減り、不幸が増大している。
我々は、社会を作り直す必要がある。
自然が200万年かけて蓄積したものを、200年で使い果たしている。
暮らし方、社会の仕組みをもう一度吟味し、評価し直す必要がある。
地球を大切にすることを第1とする設計でなければならない。なぜなら大地は、あらゆる命の源だからだ。だから、どのようにしたら地球を大切にできるかを学ばねばならない。
これまでの考え方は、自然をあたかも奴隷のように見なしていた。人間以外の種は人間に仕えることが期待されていた。しかし、自然と人間は一体である。
自然が有用だから、大切にしようという考え方は、自然に対して人間が主人として振る舞うことであり、人間中心の自然観である。

すべての種に存在する権利がある。川はダムにじゃまされないで海に達する権利がある。
ディープエコロジー
地球規模の危機だという恐怖に駆られて、何とかしようというのではない。パニックから決定しても、良いことは出てこない。
自然界と一体となった本来の生き方を作り出さねばならない。
公正で敬う気持ちに基づき、
地球を愛し、人々を愛することから。
恐怖ではなく、愛を動機として進む。

soil, soul, societyに対する愛を提案したい。
3つのものを並べて表現することは、以前よりよく行われている。
フランス革命の自由・平等・博愛は、スピリチャル、エコロジーの側面が欠けている。
キリスト教の、父・子・聖霊は、女性、エコロジー、社会的側面が欠けている。
ニューエイジの、マインド・ボディ・スピリットは、個人的で、社会性、エコロジーがない。
そこで、soil,soul, societyである。
soilとは、全宇宙である。自然界の全てである。太陽、月、地球、水・・・
 われわれの、土への態度は、まるで戦争を仕掛けているようだ。
 動物、森林、海に対して残虐行為を働いている。
 農薬で土壌を汚染している。これらをやめないといけない。
 自然界と平和を築くこと。それなしに人間の未来はない。

soul soilを愛することが、soulへの愛につながる。
 物を所有するという考えによって、われわれは自分が何者であるかを忘れている。
 忙しいと、人間の魂を忘れてしまう。
 時間を取り戻して、ゆとりを取り戻して、魂を取り返さないといけない。
 お金は少なくても、時間がたっぷりあるほうがよい。
 大切な人々、大地との時間をたっぷりとろう。
 お金のために働くことは、1週間に3日で十分だ。
 そうすれば、失業する人もなくなるだろう。

society 自分の魂を大切にすることは、社会=人間のコミュニティを大切にすること。
 技術が進歩しても、世界の半分が飢えている。
 貧困は暴力である。
 土地へのアクセスを全ての人に保障することで貧困を取り除くべきだ。
 所有権という考えにチャレンジする必要がある。
  少数の人々がどうして、資源を独占できるのか?
  太陽を所有できるだろうか。神からの贈り物である。
 所有という概念から、関係性という概念へ移っていくことだ。
 われわれは自然界に所属しているのであって、自然が我々のものではない。
 よろこびと幸福に満ちた社会を作っていこう。
 廃棄物が出ないようにすることが大切。
  会社が自然に戻らないようなごみを出すことを禁止する法律を作ればよい。
 エレガントで簡素なライフスタイル。よろこびがあって、エコロジカルの生き方。
 日本人は、それを外国に学ぶ必要はない。
 わび、さびという日本文化の中にすでにある。
 簡素な美しい暮らしをしよう。


よろこびとは?
 内面が満ち足りた状態。
 堕落的快楽は、外側からやってくる。 
 インドのことばで、よろこびはアーナンダという。僧侶になると名前にアーナンダがつく。
 ヨガナンダという言葉もある。ヨガをやっても、そこによろこびがなければ意味がない。
 雇用よりも生業に喜びがある。生きる意味を見つけ、それに従って生きるのが本来のよろこびである。他者に親切にしたり、仕える中に、心からのよろこびが見出される。

サティシュさんの日常生活は?
6:30〜 瞑想
7:00〜 お茶、スピリチャルな会話。事務的用件は語らない。
 〜13:00 書斎で編集の仕事
13:00〜15:00 昼食と昼寝。 電話、面会一切なし。
15:00〜 ガーデニング 散歩
     料理・夕食
     読書
23:00 就寝

週に各1日ずつ、マッサージ、家族会議、カレッジで教えるが入る。

何をするにしても、心を込めて、今に集中すること、大切に扱うこと。
瞑想と生活に区別がない。
心がよそに飛んでいない。

音楽について
音を出すことだけが音楽ではない。生活それ自体が音楽。生きることが芸術である。
自分自身や宇宙からはずれて、歌を歌っていないか?
音楽を全ての人の生活にとりいれよう。プロの人だけのものではない。
アーティストは特別な人ではなく、全ての人が特別なアーティストである。

直線と循環について
直線型:ヨーロッパの合理主義、二元論、物質と精神に分ける。
    進化、発展、開発
循環型:東洋、先住民文化
    命の循環・soil, soul, societyもその輪の中にある。
  1つのことに3つの側面がある。
   ガーデニングは、魂を養う訓練でもある。
進歩というが、どこに向かっているのか?破滅に向かっての進歩ですか?
 経済成長の結果の貧困
 廃棄物の問題。
だから、循環型でないと、エコロジーではない。
 戻していくことが大切だ。コンポスト。
 いただいたら、返していくこと。
 ホンダ・トヨタ・ソニーには、これがない。
環境運動でも、与えてばかりでは疲れてしまう。与えたら、受け取ること。魂に返していくことが大切。社会から恵みを返してもらい、自分が豊かになることが必要。
自分自身を大切にすることは、自己中心ではない。

直線型はキリスト教の影響か?
循環型の考えは、自然と接している文化に根ざしている。ヒンズーでは、学校のことを森の文化と呼んでいる。森の中では、自然が循環していることを見ることができる。
自然から離れると、人間の頭の中だけで思考するようになる。その結果出てきたのが、合理性、科学などの直線型思考だ。
キリスト教の影響というよりも、自然から離れたことが大きいだろう。キリスト教以外の文化圏でも、東洋でも、自然から離れるにつれて、直線型の考えにとらわれるようになってきている。
自然の中に立ち戻ることが必要だ。

介護について
介護などをプロの専門家に任せてしまうことに問題がある。そこに、不満の種子がまかれている。障害者など、ハンディキャップのある人に対する思いやりを社会の中で育てていくことが必要。そして、地域で世話をしていくことが大切である。もちろん、必要なところで専門家の手助けを求めることはあっても良いが、専門家に全責任を負わせるのは間違っている。
以上の点を踏まえた上で、介護の仕事を高く評価し、尊敬するようにならないといけない。コンピュータを作るよりも、人間に関わる仕事の方が大切である。
今は、テクノクラート(技術専門職)が、社会システムを支配している。このようなテクノクラシー、技術者支配の社会から、バイオクラシー(生命中心)の社会へとして行こう。生命に仕えることが第1であって、コンピュータや自動車は第2でよい。

恐れについて
提案しているのは、より良い生き方である。
ここに2種類のモデルがある。
 1つは、醜い商業主義のモデル。ストレスが多くつまらない。派手だけど表面的
 もう1つは、美、自然、人間愛にあふれるモデル。
私は、2番目のモデルを実現しようと言っている。
ここに恐れることは何もない。
自然を信頼することだ。
1粒のりんごの種が、木となり、何千もの実をつける。
人間の手が、善光寺を作った。

恐怖はわれわれを牢獄に閉じ込める。
自由な社会を想像し、そのような想像力を高めることで、力が解き放たれるだろう。

技術を否定しないが、技術は人間に奉仕するべきで、人間が技術の奴隷になっていはいけない。
自然を大切にできれば、自然は私たちを大切にしてくれる。
ストレスに満ちたつまらない暮らしを辞めて、全体的な良い暮らしをしよう。
お金から自由である方法も学ぼう。
お金が交換の道具であればかまわないが、今では手段が目的となってしまっている。

恐れないで、自然を信頼しよう。人間の創造性も信頼しよう。
人間はよりよい社会を作る能力を持っている。
人間は、人間らしく、自然界と調和して生きることができる。
Well-being is better than wealth.
際限なく多くのものを所有しようとすることよりも、生活の質が大切だ。
技術を消し去るのではなく、バランスをとること。質と量のバランスである。


マハトマ・ガンジーの非暴力の思想に共鳴し、ニューデリーから徒歩で、モスクワ、パリ、ロンドン、ワシントンを旅し、核大国の首脳に核兵器の放棄を説いた。この平和巡礼については、プチ・グレート・ジャーニーhttp://pub.ne.jp/cubaorganic/?entry_id=238444に、詳細があります。


<来日スケジュール>
2007年4月25日(水)6時半―同志社大学今出川キャンパス・ハーディホールで講演会    PDFファイル
                                                                http://www.ultraman.gr.jp/~shalom/satish.htm#4月25日
2007年4月26日(木) 
英語を主たる言語とするリラックスしたギャザリング。黒谷の永運院
                             http://www.ultraman.gr.jp/~shalom/satish.htm#4月26日
2007年4月27日(金) 明治学院大学横浜キャンパスで講演  「GNH−豊かさとは何か」公開授業
2007年4月28日(土) 東京で加藤登紀子さんらとイベント

                    http://www.ultraman.gr.jp/~shalom/satish.htm#土の日アースデイトーク
2007年4月29日(日) 安曇野シャロム・ヒュッテでリトリート     http://www.ultraman.gr.jp/~shalom/satish.htm
2007年5月01日(火) 長野市の市民ネットワーク「N2C2」で講演      http://n2c2.naganoblog.jp/
2007年5月02日(水) 東京の「懐かしい未来ネットワーク」で講演       http://kachina.sakura.ne.jp/kumar/