反論を寄せてくださった方との対話

 HPをご覧くださった方からの共感のメールにいつも励まされていますが、それ以上に反論を寄せてくださった方との対話から、大切なことをたくさん学ぶことができています。
 いろいろな問題について、賛成派、反対派がそれぞれ別の場所で声を上げているだけでは、事の本質は見えてきません。お互いの意見を交換できる場が必要ではないでしょうか。
 そのような場を設ける試みとして、メールのやり取りを公開させていただきました(相手様の承諾のもと)。ただし、読みやすくするために順序を入れ替えたり、若干の加筆、修正はしています。

目次
北朝鮮・イラクについて
憲法9条について
自衛隊について
国境防衛について
自己責任について
あるべき社会と社会奉仕について
日米同盟と経済発展について


北朝鮮・イラクについて


Q: 彼らが(北朝鮮、旧イラク等)なぜ武器を捨てないのか、
 何故、ならず者国家になり下がっているかを知りたい。

A: この問題では、相手の立場になって考えることが重要だと思います。私たちが武器を持っているから、彼等も捨てられないという面もあるのではないでしょうか。
 少なくともイラクは、湾岸戦争で痛めつけられたせいもありますが、武器(大量破壊兵器)をある程度は捨てていたと言えるのではないでしょうか。いまだに大量破壊兵器が見つかっていないのですから。それなのに、アメリカによる攻撃を受け、国土を破壊されました。
 これを見た、北朝鮮が自分たちも武器を捨てれば、これ幸いにとアメリカが攻撃をしかけてくるのではないかと、不安に思っても当然ではないでしょうか。そして日本はそのアメリカと協同で軍事演習を行っているのです。
 彼等に武器を捨てて欲しいと思うのであれば、まずこちらが武器を手放し、憲法9条を実践することではないでしょうか。

Q: 彼らに話し合いの余地はあるのでしょうか?

A: 日本はかつて朝鮮半島を侵略しました。それは過去のことで、今の日本は戦前とは違うと言うのであれば、北朝鮮だって変わる余地があると見なければいけないでしょう。

Q: フセイン政権が続く不幸の方がもっと大きいと考えていました。
 湾岸戦争からの経過をみて、一方的にフセインを擁護するのは判断を狂わせると思います。

A: フセイン政権が続くのはイラク国民にとって不幸だったと思います。また、フセインを擁護するつもりもありません。しかし、だからといって、戦争によって政権転覆を図るのが最善とは思えないのです。多くの一般市民が巻きこまれて犠牲となるのですから。さらに、民主的国家を作るのは、その国の国民が主体となって行うべきことです。そして、私たち外国人は、イラク国民に依頼されたことを行うという立場を取ることが大切ではないでしょうか。人道支援を依頼されれば、もちろん積極的に人道支援を行うのです。国民の上に爆弾の雨を降らせたり、そういうことを行う軍隊を支援することは、イラク国民の願いではないでしょう。そして、国民を不幸に陥れている独裁政権に対しては、人道支援を行いながら、注文すべきことを注文していけばよいのではないでしょうか。

Q: 何百万人もの餓死者を出している北朝鮮に対し、人道支援をするのは当たり前であると思いますが、しかし、その援助が確実に貧しい人に渡っているかどうか疑問です。

A: だから、援助をしないではなく、確実に貧しい人に渡るように監視できるシステムを作ることが必要でしょう。物やお金だけを送っておしまいではなく、人を派遣し、face to faceの支援をして行くことで克服するしかないのではないかと私は思います。

Q: 援助を受けている国が何故、核開発をするのでしょう?

A: 日本やアメリカの軍事力を恐れているからではないでしょうか。大量破壊兵器を持っていなかったのに攻撃を受けたイラクの二の舞にならないためには、核武装しかないと北朝鮮が思っても仕方ないことを、アメリカや日本はイラクで行っているのではないでしょうか。北朝鮮の立場で考えることが重要だと思います。

Q: 北朝鮮だって日本が攻めないこと、攻めることのできない国であることは十分知っています。そして日本は、政府、与野党を問わず、攻撃する意味のないことも知っています。北朝鮮はそのような日本であることを十分知った上での挑発であり、ゆさぶりであると思います。

A: 戦争は、軍需産業にとっては儲かることであり、為政者にとっても経済政策の失敗を覆い隠す隠れ蓑となることを忘れてはならないと思います。深刻な不況下では、戦争によって景気回復を図りたいという戦争待望論が公には語られなくても、水面下に存在します。しかし、自分から戦争を起こすと世論の非難を浴びるので、相手を挑発して、相手が攻めてくるように仕向けて、自衛のためと称する戦争に突き進むのです。
 そして、いつ他国に攻められるか分からないと恐怖心をあおることで、国民は戦争もやむなしという気分になり、戦争に協力するようになってしまうのではないでしょうか。
 ですから、北朝鮮が日本を挑発し、揺さぶっている面はあると思います。北朝鮮国民の不満が金正日体制に向かわないようにするために。しかし、日本も同様のことを北朝鮮に対してしているのではないでしょうか。イラク、イラン、北朝鮮をならず者国家と呼ぶアメリカを支持し、イラクには自衛隊も派遣しているのですから、もし、アメリカが北朝鮮を攻撃すれば、日本の自衛隊が北朝鮮にもやって来るのではないかと、北朝鮮は考えても当然ではないでしょうか。


Q: 金正日の息子である金正男が簡単に入国できる国、それが日本です。それでなかったら金正男はあのようにふてぶてしく歩いてはいなかったと思います。
 竜川の列車爆発がありましたね。先日の平壌放送は各国の支援活動に感謝するでなく、「評価する」といって驚かせた。
 何よりも不可解なことがある。北朝鮮の政治指導者金正日総書記がこの事態に沈黙していることだ。悲惨な子供や女性の被災者に一言の言葉をかけるでもなく、各国の支援に対して謝辞を発するでもない。

A: 金正日、金正男という個人の資質の問題と、北朝鮮という国家の問題は別に考える必要があると思います。指導者が金正日のような人であっても、また、それがために北朝鮮の人々は支援に対して立場上感謝を表現できなくても、その心には感謝の気持ちが生じるでしょう。金正日氏だって、心の中では支援を感謝をしているかもしれません。頑なな心が少しだけは柔らかくなるかもしれません。そのことが、平和につながって行くのではないでしょうか。
 また、なぜ金正日氏はそういう指導者なのでしょうか? 植民地下の朝鮮半島に、金日成氏の子として生まれ、後継者として育てられたわけで、もっと違った環境であれば、違う人間になっていたかもしれないとは言えないでしょうか。ですから、軽々しく人をならず者呼ばわりし、武力によって排除することを正当化したくはありません。罪は憎んでも罪人は憎まずです。
 また、人とは変化するものです。私自身も子どもの頃と今では、物の見方、考えかたが変化しています。いろいろなことに揉まれて人間が丸くなるということもよくあることです。ですから、たとえ金正日氏のような独裁者でも、善人に変化する余地が全くないとは言えないでしょう。拉致を認めたこと自体が一つの変化とは言えないでしょうか。もちろんその後の対応は不十分極まりないものですが…
 拉致被害者の家族をなかなか帰国させなかった、安否不明の方々の調査もおざなりであるなど、腹立たしいことは多々ありますが、金正日氏は北朝鮮の最高責任者として、朝鮮国民の恨を背負っていることを忘れてはならないと私は思います。日本の植民地下では多くの朝鮮の人々が拉致され、炭坑で強制労働させられたり、従軍慰安婦にされたりしました。家族と再会できないまま死んでいった人々が多くいます。韓国や中国などのアジア各国のそのような被害者たちが強制労働や従軍慰安婦に対する補償を求める裁判を起こしていますが、門前払いされています。だからこそ、北朝鮮は日本との国交正常化交渉では、弱腰で望むことはできないのだと思います。日本の方が過去にもっとひどいことをしてきたではないか。その恨に対して、日本は本当に誠実に対応し補償してくれるのだろうかと、疑いを持っている部分もあるでしょう。
 日本として、拉致を糾弾することは正当なことですが、それであれば、日本の過去も誠実に償いますというメッセージを合わせて送る必要があるのではないでしょうか。経済制裁の脅しをかけるのは、全く逆の事をしているような気がするのですが・・在日の方々が日本で暮らしている経緯を考えれば、たとえ工作員が乗っている可能性があったとしても、万景峰号の入港を差し止めて、在日の人々の里帰りを邪魔してはいけないと思うのです。
 相手が不誠実だから、こちらも対抗措置を取るというのでは、相手をますます不誠実にするだけです。この問題の解決には、相手の良心に訴え、回心を迫ることが最善の道ではないかと私は思っております。だから、たとえ腹立たしくてもまず、こちらが誠意を見せる、少なくとも経済制裁などは行わない、できれば食糧支援を積極的に行うのがよいのではないでしょうか。日本が誠意を見せれば、話し合いの余地も出てくるのではないでしょうか。
 そして、できるだけ早く国交を正常化して、市民が自由に交流できるようにすれば、支援した食糧が必要とされる人々に渡っているかどうかの監視もできるようになるし、拉致事件についていつまでも隠し事はできなくなり、解決へと向かうと私は思うのです。拉致事件が4半世紀にも渡って放置されてきたのも、国交がなかったことに一因があるのではないかと私は思っています。
 亡命した工作員たちが、拉致について証言してくれるのも、善意の交流が、彼等の良心に訴えるからではないでしょうか。

Q: 金正日体制のもとでの北朝鮮の未来に希望が持てるのであれば、何も心配することはない。戦争がなくても何百万の人が死んでゆく、金正日の悪政は続いています。

A: その体制は周辺諸国とも関連しながら歴史的に形成されたものであり、それを変革するのはその国の国民です。最終的に、どのような未来を選択するのかはその国の国民でなければなりません。外からの武力攻撃ではないでしょう。長い目でみれば、国民の支持を失った政権は、必ず倒れるというのが歴史の教えるところです。そして、これまで北朝鮮のこうした「体制」を維持してきたのは冷戦の対立構造であり、互いに対立する周辺諸国の関与だったともいえます。ですから、日本、中国、ロシアの周辺諸国および韓国が、この対立と分断の構造を和らげるようにし、さらには多国間協定などを結んで経済的な共同体を形成し、その中に北朝鮮を導き入れていくのがよいのではないでしょうか。
 北朝鮮も、2000年の南北首脳会談や2002年の日朝首脳会談などに見られる通り、ゆっくりとではあれ、外に対して開き、自らを変えようとしてきています。そして国際社会はこの変化を積極的に支援すべきだと思います。注意深くみるなら、北朝鮮は孤立からの脱出を望み、対話と交渉を求め、平和と繁栄を願っています。北朝鮮に住む人々とも良好な関係を結び、ともに東アジアの未来をつくっていくことが、私たちのすべきことではないでしょうか。(以上「北朝鮮問題に対し日本政府がとるべき紛争抑止政策の提言について」http://eforum.jp/north-korea/policy-proposal.htmlを参照)

Q: 一体この国は国家なのだろうかと思いたくなる。北朝鮮の国民を救済するもっとも良い方法はなんでしょう?

A: 国民が迫害されている民主国家でない国は、まだまだ世界中にたくさんあります。過去にもたくさんありました。
 例えば、ソ連も、チェルノブイリ原発の事故で、情報を流さず、国民を見殺しにしたばかりか、他国にも多大な迷惑をかけました。また、スターリンの時代は粛清も行われていました。中国も文化大革命、天安門事件など、国民を苦しめてきました。それでも今は、どちらの国もならず者とは呼ばれていません。指導者が変わったこともありますが、徐々に国の内部で変化が生じてきたわけです。
 また、アメリカは、民主国家だと言われていますが、イラクでは北朝鮮と同じようなことをやっています。武装組織の一員だと疑わしい人を(密告があっただけで)証拠もないのに、裁判もせず拉致し、拘束しています。しかも、虐待まであったと報じられています。
 人権蹂躙に対しては、傍観者でいることは許されません。でも、だからと言って、武力で介入することが、解決策になるのでしょうか。独裁体制で苦しむ人々に対しては、アムネスティなどが支援の手を差し伸べています。そして、アムネスティはイラク攻撃に反対していました。武力は何の解決ももたらさないことを知っていたからです。フセイン大統領は確かに独裁者です。擁護するつもりはありません。しかし、変化の兆しはあったのです。それが証拠に、査察を受け入れ大量破壊兵器も手放していたではないでしょうか。もちろん不十分な点はまだまだあったのですが・・・それでも、少しずづではあっても変化していたのです。ソ連や中国が変わったように、イラクも変わる可能性があったのです。それを攻撃することで、アメリカは以前よりも悪い状態を作り出してしまったのです。
 ですから、まどろこしいかもしれませんが、アムネスティのように人権蹂躙が行われている事実の一つ一つを取り上げて、独裁体制と交渉し改善を求めて行く。そのことによって、独裁体制を変えていくそういう、地道な取り組みしかないのではないでしょうか。
 また、非暴力平和隊(http://www5f.biglobe.ne.jp/~npj/)と言う組織をご存知でしょうか。トレーニングを受けた非武装の多国籍の市民のチームが紛争地域へ赴き、そこで非暴力的な民主化運動、人権闘争などに従事している人々に付き添うことによって殺戮や紛争の暴力化を予防しようとする試みです。外国人が地元の活動家に付き添うことで、「国際社会が見ている」というメッセージを送り、「国際社会」の目が暴力を抑止するわけです。
 実際に世界各地で一定の効果を上げています。しかし、資金不足から必要とされる人材を派遣できないでいます。軍事費をこのような平和的な活動にまわすことができれば、世界はもっと平和になるのではないでしょうか。
 たしかに、金正日氏はフセイン大統領以上の独裁者ですから、北朝鮮国民にどういう支援の手を差し伸べるかは非常に難しい問題です。しかし、国交正常化をし、草の根の交流を進めていく中で、解決できることもあるのではないでしょうか。人々が自由に行き来できるようになれば、支援物資が本当に必要とする人の手に届いているか監視することも容易になるでしょう。


憲法9条について

Q:大変興味深く読ませて頂きました。世界平和を願う一人ですが、9条が平和に貢献しているとも思いません。貢献しているならば世界は日本を学ぶはずでしょう。

A:世界が日本を学ばないのは、日本が9条を実践していないからではないでしょうか。自衛隊を持っていては、9条も絵に描いた餅でしかないと思います。
 さらに、ものごとが変化するには時間がかかります。ですから、9条が平和に貢献していないと、あまり早く決めつけないで、粘り強く9条の精神を伝えていくことが必要ではないでしょうか。自衛隊を解散させ、9条を実践する国家に日本が生まれ変わることも必要でしょう。日本を学べと世界にいう前に、私たちの方こそ軍隊を持たない国コスタリカから、学ぶことがたくさんあるようにも思います。
 また、9条は、「武力による威嚇または武力の行使を慎まなければならない」と明記された国連憲章を受け継ぎ発展させたものであります。さらに、ハーグ平和アピールが採択した「公正な世界秩序のための10の基本原則」の第1には、「各国議会は、日本国憲法第9条のような、政府が戦争することを禁止する決議を採択すべきである」と宣言されています。このことから分かることは、9条は平和を求める世界の歴史と決して無縁ではなく、静かに世界に浸透しているというのが、現実ではないでしょうか。


自衛隊について

Q: 少なくとも日本は自衛のためではあると思います。
だから軍隊ではなく、自衛隊と言っているのではないでしょうか?

A: 自衛のためといいながら、どうしてイラクまで出かけて行くのでしょうか。
 だから、例えば北朝鮮の立場に立てば、いつ日本の軍隊=自衛隊が北朝鮮までやってこないとも限らないと、恐れを抱くのも当然のことでしょう。そして、その結果、自らを守るために核兵器で武装しようとなるのではないでしょうか。

Q: 日本は軍事力で北朝鮮を脅しているとは思いません。
日本は防衛のための自衛隊です。

A: 日本の軍事費はアメリカに次いで世界第2位です。また、過去の歴史において多くの国が防衛のためだと言って侵略戦争を起こしてきたわけです。日本の軍事力は周辺国にとってはやはり脅威ではないでしょうか。

Q: 日本が北朝鮮に責めて行くことはありません。

A: そのように北朝鮮に日本を信じてもらえるような誠意を日本は示しているでしょうか。攻め込まれるのではないかと思われても仕方のないことを日本はやっていないでしょうか。

Q: タンカーとかを襲う、ならず者はいます。治安が比較的良い日本ですら、ドロボーがいたり、
犯罪事件が起きたりするように、国においてもそれらから守る必要はあります。

A: 犯罪に対しては、警察組織があります。警察まで否定するつもりはありません。しかし、警察と軍隊が決定的に違うのは、軍隊は人を殺す集団だということです。警察が犯罪人を捕まえる場合、証拠を調べ上げ、逮捕状を取りますし、たとえ死刑に相当するような犯人であっても、その場で殺したりはしません。裁判にかけるわけです。
 他方、軍隊は問答無用でその場にい合わせた人を殺し、そのことで罪に問われることもありません。イラクのファルージャなどでは、まさにそのようなことが起きています。武装ゲリラと一般市民の区別がつかないから、10人のうち9人は善良な市民でも1人の武装ゲリラをやっつけるためには9人の犠牲もやむをえないという米兵の発言もあります。また、いつ自爆テロに合うかわからないという恐怖心から、動く物は何でも狙撃するという事態になっているようです。これが軍隊の実体です。そして、そのような人殺しに対して兵士が罪に問われることはありません。
 米軍に限らず、イラクにいる自衛隊がイラクの人を殺しても、イラクの法律が適用されて処罰されることはありません。

自衛隊のイラクでの法的地位については、CPAの地位協定を適用することが
確認されていると、1月14日付読売新聞に載っているそうです。
民事・刑事の犯罪を犯したばあい、国籍のある国でさばく。イラクの法廷では裁
かれない、イラクでは逮捕などもされないということです。

 このように、自衛隊といいながら、いつのまにか軍隊になってしまったのではないでしょうか。そして、日本の治安を守るために、そのような軍隊は必要ないと私は思っています。警察組織で十分ではないでしょうか。


国境防衛について

Q: しかし日本は北朝鮮の武器の脅しに言いなりになっています。言いなりになることはいけないから、防衛するのであると思います。
 尖閣諸島・魚釣島の中国活動家7人が不法上陸したが、政府の対応には納得がいかない。日本政府の弱腰、事なかれ主義にほかならない。このような現実を見据えると、9条も世界に通用していると思いません。

A: 北朝鮮はなぜ日本を武器で脅すのでしょうか? 日本にも原因があると思われませんか?そして、そのような北朝鮮に対処するのに、防衛、つまり、軍事力で北朝鮮を脅すことが有効でしょうか。ところで、北朝鮮は日本に攻めてくるでしょうか。それだけの余裕は、今の北朝鮮にはないと思います。もし、攻めてくることがあるとすれば、それは経済制裁などで追いつめられてやけくそになって暴走するときではないでしょうか。日本がかつて経済封鎖されて戦争に突入してしまったように。
 私は、真の防衛は、近隣諸国と友好関係を築くことだと思っています。かつて、戦国時代には日本国内がいくつかの諸国に分かれて争っていました。城を築き守りを固めていました。しかし、江戸時代以降、県境を防衛する必要があると主張する人は一人もいません。それと同じことが国境についても言えるのではないでしょうか。
 さらに、北朝鮮側からの挑発に対しては、軍備で備えるのではなく、憲法9条の精神に則り、無防備地域宣言をすることで対処するのが、日本にとっても世界にとっても安全で、平和に貢献することだと私は思っています。
 ジュネーヴ条約第1追加議定書59条に、「紛争当事国が無防備地域を攻撃することは、手段のいかんを問わず禁止する」という条項があります。
 無防備地域宣言というのは、「私たちは戦争する気がありません。協力する気もありません。したがって戦うための道具など持っていません。だから、攻めないでください。もし攻めたら戦犯と見なされ罰せられますよ」と宣言することを言います。これが、日本人の安全を守る最も確かな方法ではないでしょうか。
 生ぬるいと思われますか?核武装でもして威嚇した方が抑止力になると思われますか?私がそれに反対なのは、膨大な軍事費もさることながら、軍備、軍隊というものが人間性を否定するものであるからです。米軍によるイラク人虐待の問題もそうですが、個々の兵士の問題というよりも、これは軍隊が必然的に抱える宿命だと思います。軍隊というのは、人を殺す訓練を受ける場です。そこに身を置くことで人間性が失われて行くのではないでしょうか。「ネルソンさんあなたは人を殺しましたか」(ベトナム帰還兵が語る本当の戦争)アレン・ネルソン著、講談社:という本にも軍隊の本質が良く描かれています。ですから、日本にそのような物が存在すれば、やはり日本人のよさが取り返しがつかないほど失われていくと思うのです。それは、日本が国際社会において名誉ある地位を占めることとは反対のことになると思います。

 尖閣諸島については、私は学習不足です。日本の領土と言いきってよいのかどうか分かりません。ただ一つ言えることは、地球が誕生した時そこに国境線はありませんでした。後から人間が勝手に線を引いたのです。これからの時代、国境をなくしていくことが必要ではないでしょうか。尖閣諸島の領有権争いの問題では、地域の住民を差し置いて、日本や中国政府が領有権を主張していますが、そこは、その地域に住んでいた人々の共有財産で、日本人も中国人も関係ないとは思われませんか。例えば、北海道や樺太に住んでいたアイヌの人々は、国境線によって引き裂かれてしまいました。でも、どこに国境線が引かれようと、あの地域はアイヌの人々が自由に行き来できる場所であるべきだと私は思うのです。国境線を守るために世界中で世界の人的、物的資源の3分の1が消費されているというデータもあるそうです。環境危機が叫ばれる今、国境線を守るための争いをしている余裕はないでしょう。住民が手をつなぐことを大切にしたいものです。そういう世界の実現を目指しているのが、9条の精神だと私は思っています。
 日本政府の弱腰、事なかれ主義と書いていらっしゃいますが、中国政府には中国政府の主張があり、日本政府には日本政府の主張があります。中国側の主張に一切耳を傾けることをせず、日本側の主張を押し通すべきなのでしょうか。
 9条があるために強力な軍事力を日本が持てないから、弱腰に終始せざるを得ないとお考えなのでしょうか。軍事力で相手を威嚇して、言うことを聞かせるというのが正しいことでしょうか。本当に理にかなったことであれば、軍事力で威嚇しなくても、耳を傾けてもらえるのではないでしょうか。
 尖閣諸島の周辺海域に石油資源が眠っていることが分かり、突然脚光を浴びたようです。それまで、どちらの政府も無関心だったのに、急に領有権の主張を始めたということのようです。背後には石油を独り占めしたいエゴ、欲望があります。どちらの政府も欲望の虜になっている点では同じです。現代のような大量消費を続ける限り、資源をめぐる争いは絶えないでしょう。しかし、化石燃料の大量消費を続ければ、地球温暖化が進み、人類の生存が危うくなります。今私たちがやらねばならないことは、中国を排除して尖閣諸島を我が物とすることではなく、この私たちの生き方を方向転換していくことではないでしょうか。自然が日々与えてくれる恵みに感謝して、つつましく暮らすことです。皆が足るを知る生活ができるようになれば、自ずと争いもなくなって行くのではないでしょうか。

Q: 国境について同感です。国境がなくなれば良いと思います。
国境がなくなるためには何が必要ですか?

A: 国境をなくすということは、先進国の人間にとっては国境によって守られている特権を放棄することを意味します。先進国の人間が途上国の人々の何10倍もの物を消費する生活を手放し、等しく共有することを意味します。それが嫌だから、国境を作って、ここからこっちは大量消費がOK。向こうはだめよ。貧しいのもあなたがたの自己責任で解決しなさいと言っているのが今の世界です。
 国境がなくなれば、人々はビザがなくても自由に往来できるようになります。途上国の人々が先進国の豊かさにあこがれて、押し寄せてくるでしょう。しかし、国境がないということは、入国管理事務所もなくなるということですから、彼等を不法滞在として追い返すことはできません。
 日本国内で県境を防衛する必要がないのは、県による格差がそれほどひどくないからです。しかし、国はそうではありません。今まで見ずに済んできた矛盾が一度に噴出すでしょう。ですから、国境を無くす準備として、先進国と途上国の格差を無くす必要があると思います。つまり、先進国の人間は贅沢、浪費をやめ、足るを知ることです。

Q: 家庭には家長という中心がいます。町には町長が、市には市長が、県には知事が、そして国には首相がいます。地球の中心には誰がなるのでしょう?中心のない組織は全て崩れてしまいます。それが自然の摂理です。

A: 中心よりも個人の自立が大切ではないかと私は思います。家庭に家長がいなくても、それぞれが家族の一員としての責任を果たし、助け合っていくことは可能ではないでしょうか。
 北米インディアンの人々には、巨大な権力を握った中心はいませんでした。権力者が存在しないのですから、マヤやアステカの文明のような遺跡を残すこともありませんでした。一人一人を自立した大切な存在として認め合い、物事を決めるときには徹底的に話し合うという手法が取られました。そして、白人たちが入植してくるまで平和に暮らしていたのです。今、そういう彼等の生き方を見なおそうという動きがあります。そこに、平和の鍵があるような気がするからです。
 程度の差はあれ、権力を握るということは、人を腐敗させるものだと念頭に入れておいたほうが良いと思います。だから、国の指導者に権力が集中しないシステムが必要ではないでしょうか。北米インディアンやアイヌの人々のような先住民社会に学ぶことも良いのではと思います。


自己責任について

Q: こんどの人質事件は特殊で異様な状況の下で起きています。
その一つがイラクは“超危険地帯”として再三に及ぶ最高度の退避勧告が出されていた。確かに国家には国民保護の責務がある。しかし退避勧告を無視して行動する人を、国としてもそこまで面倒見切れません。自分が責任をとってくださいよ、というのも仕方がないと思います。

A: イラクを危険地帯として、日本と区別することが妥当かという問題があります。例えば高遠さんは、イラク戦争が始まる前からボランティアとして子どもたちの世話をしていました。子どもたちにとって高遠さんは母のような存在であり、高遠さんにとっても子どもたちは我が子のように大切な存在だったでしょう。愛する者が生活している場所なのです。戦場になり、危険だからといって、人間として知らん顔できるでしょうか。
 工事現場や大きな穴がある場所など、もともと誰も住んでおらず、危険だから近づくなとされている場所に入ったのであれば、自己責任を問われても仕方ないでしょう。でも、イラクという国は工事現場とは全く性格を異にする場所です。そこにも、人々の当たり前の暮らしがあるのです。
 退避勧告は一つの情報として出す意味はあると思いますが、その勧告を無視しても人間としてやらねばならない活動はあるのではないでしょうか。もちろん、危険が伴いますから、誰にでもできることではありませんが、私はそのような活動は尊いと思います。
 また、誰がイラクを超危険地帯にしたのかも忘れてはなりません。アメリカが攻撃して戦場にしてしまったこと。そのアメリカの政策を日本も支持し、自衛隊を派遣したこと。自衛隊は、復興支援だけでなく、武装したアメリカ兵を空輸したりもしています。ですから、イラクの人々にとって自衛隊はアメリカ兵と同じに写っているのです。その結果、日本がイラクの敵になった。そういう文脈の中で起きたのが、今回の人質事件でした。NGOの人々は、自衛隊を派遣すれば、自分たちの活動が危険にさらされることになるので、自衛隊の派遣に反対していました。それを無視して、自衛隊派遣を強行したのが今の政府です。
 ですから、退避勧告を無視したと言われますが、それ以前に、イラクを日本人が狙われるところにしてしまったその責任がまず問われねばならないのではないでしょうか。
 政府は国民を危険に落とし入れているのです。ひるがえって、これまでイラクで働いてきた人々はイラクの人々に良い印象を残しています。ボランティアでいろいろな支援をしている人もそうですし、イラクのいろいろな施設設備を作った技術者たちも、勤勉で高い技術を持った人だったと評価されています。そのような親日感情のおかげで、人質は解放されたのではないでしょうか。本来なら、政府こそ、イラク市民が日本に対して友好的感情を持ってくれるように、働くべきでありましょうに…

> 確かに国家には国民保護の責務がある。

A: 国家の国民保護の責務は、退避勧告を出せば終わりになるのではないと思います。退避勧告を出さなくてもすむ平和な世の中を実現する責務が国家にはあるのではないでしょうか。武力で攻撃するアメリカを支持していたのでは、その責務を果たしているとは言えないのではないでしょうか。
 イラクの復興を本当に願うのであれば、自衛隊派遣よりも先に、破壊を止める努力が必要でしょう。これ以上の攻撃を行わないようにアメリカ政府に働きかける責任が日本にはあるのではないでしょうか。
 今回の自己責任論は、そのような国家の責任がクローズアップされては困るから、そこから国民の視線をそらすために、自己責任論の大合唱が起こったように思われます。愛する人がいれば、人を愛する気持ちがあれば、退避勧告を無視しても行動せざるを得ない、それが人間というものではないでしょうか。イラクの人々の立場になって考えると、そのような愛以上に彼等が必要としているものはないのですから。

Q: 二つは、人質の多くは反戦活動家としていわれている人で、日ごろは国家や政府を否定し批判している。その人たちが、いざ困った時は国家が自分を助けろというのは少々虫が良すぎはしまいか。

A: 反戦活動家といえども、税金を払い、国民の義務を果たしているわけです。税金だけは取っておきながら、政府に反対している人なら政府は助ける必要はないとなれば、そちらの方がおかしいのではないでしょうか。

Q: だが家族は「個」の責任をそっちのけにして「公」の政策変更を声高に要求した。それにたいし違和感や嫌悪感をおぼえたのが世論ではないでしょうか?“被害者たたき”でもなんでもない。国民のごく普通の感覚であり、気持ちだったと思います。

A: もし、それが国民のごく普通の感覚であるなら、私は非常に恐ろしいと思います。日本は言論の自由のある民主国家のはずです。どんな意見を口にしても、きちんと耳を傾け、是は是、非は非として話し合うことが大切です。それを、自衛隊派遣の是非について論じることはそっちのけで、「公」の政策変更を要求するその態度がけしからぬと批判するのは筋違いではないでしょうか。こうして、自由にものが言えない空気を作ってしまうことに、私は恐ろしいものを感じました。
 記者会見の一部始終が放映されているわけではないです。家族が強い口調で要求している場面ばかりが流されていたという話も私は耳にしました。自衛隊派遣の是非を論じることから国民の関心をそらすための意図的編集があったのではないかと考えるのは、疑い過ぎかもしれませんが、身内が人質に取られれば動転します。そういう中での、精一杯の思いから、時には反感を買うようなこともしてしまうことがあるかもしれません。しかし、そこは、暖かい目で見守って差し上げたいと思うのです。
 犯人側は自衛隊の撤退を要求してきていたのですから、家族が撤退を要求することは、ごく当然のことではないでしょうか。そして、冷静に撤退すべきか否かを論じることができていれば、このような後味の悪い思いは残らなかったと思います。
 人質は解放されましたが、犯人側は、政府が自衛隊を撤退させるように政府に働きかけて欲しいと日本の人々に要請しています。犯人はテロリストだ。テロリストの要求を飲む必要はないという意見もありますが、人質の方々の話では、普通の市民が、家族を殺されているという非常事態の中で、自分たちの窮状を世界に伝える方法はこれしかないと追い込まれた中での人質事件だったようです。人質をとるという手段には賛成できませんが、イラクの人々の苦しい立場によりそい、今日本人として、何をすべきかを考えていきたいと思います。

Q: 政府に反対している人ならば助ける必要はないとは言っていません。それだけの覚悟で行くのが当然であり、助けられれば、先ずは「ありがとう」と感謝を述べるべきです。「税金を払っているから助けろ!」ではちょっと次元が違います。

A: 人質だった方々は、感謝の言葉は述べていらっしゃいます。それに、「税金を払っているから助けろ」というスタンスでもなかったと思います。でも、世論が要求したのは「迷惑をかけたのだから謝れ」という謝罪の言葉でした。それに対して、「謝罪の必要はない」と言うと、感謝もしないとんでもない人と言うレッテルが張られてしまったようです。しかし、感謝と謝罪は違うと思うのです。彼等は感謝を述べています。

Q: 仮に税金の未払いの人であっても、人として、日本人として、あの場合は助けましたよ、救済に精一杯で、そんな税金のことなど考える余裕はなかったと思います。
 救済費用は20億とも30億とも言われています。それも国民の税金なんです。

A: どこからこういう額が出てきたのか、一切不明です。数字だけ一人歩きして、人々がそれを信じていることが、恐ろしい気がします。人質事件が起きて政府が真っ先にやったことは、自衛隊の撤退はあり得ないと言う声明を発表することと、人質の方々の身元調査でした。一刻を争う事態だと言うのに、人質の方々がどういう思想、信条を持っているか調べていたのです。信じがたいことですが、そういう情報があります。
 確かに、外務省の職員が情報収集にあたり、ヨルダンにも出かけていきましたから、費用はかかったでしょうが、20億というのは桁外れではないでしょうか。
 今回の人質解放は、政府よりもむしろ国境を超えてつながった市民・NGOの人々の不眠不休の努力の結果でした。市民が各国のメディアに三人のこれまでの働きを伝え、彼等がイラクの敵ではなく友人であることを知らせ、それに呼応してイラクの人々が動いてくれたから彼等は解放されたのです。

Q: それにね、道路だって、学校だって、税金で出来ているでしょ、生きることって、国のおかげさんでしょ、(国を批判するな、という意味ではありません)。殆どの人は出した以上に与えられている(使っている)のではないでしょうか?

A: 学校など公共の福祉のために使われる税金と軍事費、原発、ダム、使用もされない箱物など無駄な公共事業に使われる税金の比率を考えたとき、出した以上に与えられていると言えるのか私には分かりません。
 「国のおかげ」という言葉に素直にうなずいてしまうと、だから感謝しろ、文句を言うなとなりそうで怖いです。権利ばかりを主張するつもりはありませんが、それでも、生きることは当然の権利だという意識を持って、主張すべきことは主張して行かないと、戦争など、間違った方向に国が向かうのを止められなくなるのではないでしょうか。
 軍事費を増大させ、イラクでの米軍を支援することで国益がおおいに損なわれていると私は思っています。イスラムの敵に日本がなってしまったのですから、日本もテロの標的です。このような税金の使われ方によって、安心して生きる権利が奪われていると言えるのではないでしょうか。
 確かに国のおかげで教育を受けさせてもらいました。だからこそ、日本をより良い国にしていくことが私なりの国への恩返しであるわけです。そして、そういう意味では、高遠さんらは、平和を求めて行動する新しい日本人像を世界に向けてアピールしてくださったわけで、税金を払う以上の働きを日本の為にしてくださったと言えるのではないでしょうか。爆弾を落とす米軍を自衛隊が支援するのを、日本人が皆支持しているわけではない。イラク国民のために命がけで働いている日本人もいると知って、日本に対するテロ行為を思いとどまった人がいるかもしれません。少なくとも彼等のおかげで、日本は少しだけ安全になったとは言えないでしょうか。これこそ国益にかなう行為ではないでしょうか。
 それに引き換え、米軍を支援することで彼等の活動を危険にさらしている日本政府は一体、国益をどのように考えているのでしょうか。


あるべき社会と社会奉仕について

Q: それでも稼ぎの半分以上の税金を支払っている人たちのお蔭で、国は成り立っているのではないでしょうか?
 長者番付に乗った友人は言いました。君の10倍以上の税金を払っているが、「選挙の票は同じ一票だ」ってね。

A: お金のある人が権力を握ると大変ですね。何事も受益者負担が当然視されてきて、既にそうなりつつありようですが。
 ガンジーは「この最後の者にも」(ジョン・ラスキン)という本に感銘を受けて、最も貧しい・弱い立場の人々のためになる生き方を心がけました。彼等を搾取しない生き方をするには、寄生虫的生き方をやめて、生活の必需品は自らの労働によって生み出さねばならないという結論に達したのです。以下、拙訳書「ガンジー・自立の思想」からガンジーの主張を引用させていただきます。
 「人は糧を知的労働によって得ても構わないでしょうか。答えは否であります。体が必要としているものは、体を使って手に入れる必要があります。・・頭脳だけのつまり知的労働は、精神のために行うもので、それ自体で満足が得られます。決して報酬を要求すべきものではないのです。
 「人間に知性があるのも多くの物を獲得したり、活力を奪い、魂を損なうぜいたく品で身の回りを満たすためではなく、自らの徳性を高めるためだと思われます。つまり創造主の意思を知り、人類に奉仕するために知性を捧げるのです。そうすることで実際には真に自分のためになる生き方ができます。
 「肉体を維持するための糧は、肉体労働を通して得るべきです。知的労働は、知性を耕すために必要とされるのです。分業が発生するのはやむを得ないことですが、それは様々な種類の肉体労働を分担することでありまして、ある階級が知的労働を独占し、別の階級には肉体労働が押しつけられているという類いの分業とは違います。
 「知的労働の価値を軽視しているつもりはありません。しかし、どれほど知的労働をしたところで、それによって肉体労働をしなくても許されるというものではありません。・・知的労働が肉体労働の代用には決してならないのです。書物などの知性を磨く食べ物も、我々が食べる穀物よりもはるかに優れたものですが、決して穀物の代用にはなりません。これと同じことです。実際、大地の恵みがなければ、知性による産物も不可能なものとなってしまいます。」(P75〜76)

 そして、ガンジーは最低賃金だけでなく、最高賃金も定めるべきだと主張していました。能力のある人が多くの働きをするのは構わないが、それは自らが贅沢をするためではなく、人類に奉仕するためにその知性を捧げなさいとガンジーは言うのです。ですから、稼ぎの中から自分が必要とする分を取り、残りは喜びを持って捧げられるようになると良いですね。普通の人の10倍も税金を払っているのに、票は1票だとケチなことは言わないで…
 何の役にも立ってないように見える例えばホームレスの人々にも、一人一人にかけがえのない命があるという眼差しで接することができる優しさが溢れる社会に、この日本がなれれば良いと願います。そしてそういう彼等にも、自尊心を持てるような仕事として、糸紡ぎがあったのです。
 今の世の中は、人が商品となっていますから、商品価値のない人は捨てられる運命にあります。しかし、能力で競い合う社会は、勝ち組の人もストレスいっぱいです。いつ病気になったりして捨てられるか分からないからです。病気にならなくても、人間はいつかは老い、そして邪魔者にされて行くからです。
 競い合わない社会はどうすれば実現可能かと言うと、人も物も商品であることをやめることです。必要な物だけを自らの手足を使って心をこめて作り、それを物々交換する社会であれば、競争はなくなり、協力関係が築けるとガンジーは主張したのでした。

Q: なぜ人間は争いが好きなのでしょう?スポーツでも、政治でも、商売でもみんな争いです。

A: 争いではないスポーツ、政治、商売もあるのではないでしょうか。そのようにスポーツ、政治、商売を変えていくことはできないでしょうか。つまり、この競争社会を協力社会に変えて行くのです。
 例えば、椅子取りゲームというゲームがありますが、これはご存知のとおり敗者がはじき出される競争のゲームです。そういうゲームをする代わりに、みんなが輪になって、合図と同時に全員が後ろの人のひざに座るという協力のゲームをすることもできます。「静かな力、子どもたちに非暴力を教えるための実践マニュアル」(嵯峨野書院1995年)という本にこのゲームが紹介されています。
 競争社会はよくないと気づいて、協力社会に変えて行こうと動き始めた方々が大勢います。そのような一人一人に、私たちもなっていけるとよいと思います。身近なところから、少しずつ変えていきませんか。


日米同盟と経済発展について

Q: 国益のためには日米同盟は必要です。日米同盟のお蔭で日本の経済発展があるのです。
 あの廃墟と化した日本がこれほどまでに経済復興したのは何故だと思いますか?

A: 日本が経済的に発展できたのは、アジアを経済的に侵略しているからではないでしょうか。例えばフィリピンには戦後賠償費で、港湾施設を作り、その施設を利用して日本企業はフィリピンに進出して行きました。また、朝鮮戦争でも日本は大儲けをしています。それらを踏み台にして日本は経済復興したのではないでしょうか。
 日本がアメリカに助けられながら、一緒になってアジアを経済侵略した結果の経済発展です。経済のことだけを考えれば、日米同盟は必要なのかもしれません。しかし、命より経済の方が大切なのでしょうか。
 資本主義経済は、成長しなければ成り立ちません。しかし、限りない成長は、限りない資源の浪費であり、限りない環境破壊であり、行きつく先は人類の滅亡です。しかも、それは50年、100年後には必ず起こるだろうという差し迫った危機です。もっと早いかもしれません。途上国では既に起こっています。アフリカやアフガニスタンなどの地域ではひどい旱魃が続いています。
 また、この経済を守るためには、中東からただ同然の値段で石油を手に入れる必要があります。グローバル化というのは、商品を遠くから運ぶことですから。そのためには、戦争も必要悪となってしまいます。こんな犠牲を払ってまで、この経済を守らなければいけないのでしょうか。
 こんな血なまぐさい経済にとって代わる、命の経済を私たちは作り上げる必要があるのではないでしょうか。それが、ガンジーの言う「糸車」の経済学です。

Q: あのとき小泉さんが、イラク攻撃を支持しなかったら円高は続いたかもしれません。トヨタ自動車はパッシングを受けたかもしれません。もっと日米関係はギクシャクし、貿易摩擦があったかもしれません。
 従ってもっともっと景気回復は遅れ、もっともっと深刻な状態になっていたのではないでしょうか?

A: 景気回復が必要なのでしょうか。バブルの頃は、例えば時計は1年間に日本で4億個生産されていたそうです。単純に計算すれば、赤ちゃんからお年寄りまですべての日本人が、毎年4個の時計を買うことになります。そんなに時計が必要ですか。バブルというのはやはり異常だったのです。あのような好景気がもう一度訪れれば、地球はそれだけで破綻するのではないでしょうか。
 また、自動車産業が繁栄することが、本当に良いことかも疑問があります。1992年に私はインドに滞在していましたが、ちょうどそれまで保護主義の政策を取っていたインドが市場を開放した頃で日本の自動車会社が必死に売込みをしかけていました。10億人のインド人口を考えた場合、大半がその日暮らしの貧しい人であっても、上位1割の裕福な人だけで日本の人口に匹敵するからです。そして、彼等に車を売りこむわけです。しかし、大人口を抱えるインドではすでにバスとトラックだけでひどい交通渋滞ですから、彼等が自家用車に乗るというのは、駐車場の問題だけでも大変なことで、ましてや排気ガスによる大気汚染、地球温暖化の問題を考えたとき、とても勧められることではないのは明らかでした。しかし、自動車会社は売れること、儲ける事しか考えていませんから、公共交通機関を整備することよりも自家用車の販売に力を入れます。
 自動車会社の社員とすれば、それで給料を貰って、家族を養っているわけです。そして、税金も納めて、国民としての義務も立派に果たしているとなるのかもしれません。しかし、その結果が地球規模の環境破壊となり、人類の滅亡となった場合、それが果たして日本の国民として、ひいては地球に住む1人の人間として、正しいことなのでしょうか。
 少なくとも今回人質になられた方々のように、NGOに関わって平和のために活動されている方々の多くは、非常に優秀な方々です。語学も堪能ですし、良く勉強されています。そして彼等は、現在の経済システムを推し進めて行った場合の破綻を見て取って、別のシステムを作り上げようとしているのです。その一歩として、今のシステムから降りているわけです。ですから、多くを稼いで税金を納めることはできません。しかし、もっと本質的なところで、人類が生き延びることのできる未来を作ろうとしています。どちらが日本の、そして地球の未来に貢献することだと思われますか。
 人類の滅亡などと言うと、SFの世界の出来事と思われるかもしれませんが、差し迫った危機です。すでに気象がおかしくなっています。雪国で降る雪の量も減りました。インドでは熱波で毎年数百人、年によっては数千人の人が死んでいます。井戸も涸れました。温暖化によって南極の氷が融ければ、海面上昇により平地は水没します。これが50年ほどで起こると予想されていることです。若い人たちにとっては現実の問題です。だから彼等は必死なのです。そして、最大の環境破壊である戦争に対しては、身体を張ってでもNoの声を上げているのです。
 私には彼等ほどの行動力はありませんが、それでもできるところで、子どもたちに未来が残せるような働きをしたいと思っています。