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故アレン・ネルソンさんの納骨式・偲ぶ会に参加して
 故アレン・ネルソンさんの納骨式・偲ぶ会が6月25日(木)、石川県加賀市の光闡坊でありました。キリスト教の牧師が司会をし、僧侶の読経、西アフリカの太鼓の演奏があるという、不思議な空間でした。でも、国籍・文化の違いを超えて、みんながひとつの家族として生きていくことを求めたアレン・ネルソンさんにふさわしい会でした。
 当日は、アレン・ネルソンさんにとって日本の家族とも言える人々が、北は北海道、南は沖縄から170人も集まってきました。アレンさんの働きにあらためて頭が下がります。
 ベトナム戦争に従軍し、PTSDに苦しみ、何度も自殺を試みたアレンさん。そのどん底から立ち上がって、平和のメッセージを語り続けたことが多くの人々、とりわけ若者に希望を与えてきました。それは、どこまで落ちても、人は変わることができるという希望のメッセージでした。
 沖縄から来られた方は、「米軍基地建設に反対する座り込みも、最近では人が減って2人、3人しか来られないこともあり、これでどうやって強大な政府と闘えるだろうと落ち込んでいた時、アレンさんが、『ぼくは一人出始めた、だから一人になっても諦めない』と励ましてくださった」と語っていました。そして今では、これまで語れなかった本土復帰前の沖縄での被害を若者たちに語ってくださる人々が出てきたそうです。
 アレンさんは、この10年間、1年の半分近くを日本に滞在し、1000回を越える講演を行ってきました。そのためには、本当に多くの犠牲を払ってこられたことでしょう。昨年の秋に私が新潟でお会いした時も、長距離の移動が連日続いていて、本当にお疲れのご様子でした。それでも辞めなかったのは、神様との約束があったからだそうです。ベトナムにいたときに、「もし生きて帰らせてくれたなら、残りの人生は神様のために働きます。だから生きて帰らせてください」と、神様と誓約を交わしたのだそうです。
 そして、日本で憲法九条に出会ってからは、ますます日本での講演が重要になってきたとのことでした。アレンさんの奥さんのアネッタさんが、最後の挨拶を憲法九条の朗読で始められたとき、九条を守ることは政治運動ではなくて、人間が人間を取り戻していくことではないだろうかと、感じました。アレンさんが、日本での埋葬を希望されたのも、日本で出会った大切な家族とも言える人々とともにいたいということに加えて、憲法九条の行く末を見守りたいということでもありました。アレンさんに安らかに眠っていただけるように、今まで以上に九条を守っていかねばと、思いを新たにすることができました。
 アレンさんのおかげで今回、全国から集まった多くの仲間に出会えたことも、本当に感動的なことでした。平和のために努力している人々が、日本にこんなにもいるということで、大きな励ましと、希望を頂くことができました。アレンさん、本当にご苦労様でした。これからも私たちを見守っていてください。

DVD上映会「本当の戦争・命の尊さとは」
              アレン・ネルソン氏のご案内
  8月8日 1時半〜3時半 上越市民プラザ
 上越九条の会では、アレン・ネルソンさんの講演会を企画していましたが、突然の発病で、実現できませんでした。その代わりに、ネルソンさんのDVD上映会を企画しました。
 昨年の秋に、新潟県十日町市で行われた講演を収録したものです。
   





『戦争の真実を語る

【アレン・ネルソンさんの紹介】
1947 年、ニューヨーク・ブルックリン生まれのアフリカ系アメリカ人。海兵隊員としてベトナム戦争の前線で戦う。除隊後、戦争後遺症に陥ったが、治療により日常生活を取り戻す。
「沖縄駐留米軍をアメリカに連れ戻すネットワーク」の呼びかけ人として活動。アメリカや日本などで精力的に講演活動を行い、戦争の現実を訴え続けてきた。貧困層が戦争に行かざるをえないとう社会の構造的暴力の解決を求めて語り続けた。
さらに、「日本国憲法第九条」の意義を訴えてきた。
 2009年1月に枯葉剤の後遺症と思われる多発性骨髄腫を発病、3月25日永眠、享年61歳。

 


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