感想 9条世界会議に参加してNEW!! 
  経済発展という枠組みを乗り越えて、環境との平和を求めていくことが重要だと、気づかされました。
  そういう視点から、ガンジーの反近代の思想と9条との接点が見えてきました。
  ガンジーの言葉も紹介しています。報告とあわせてお読みください。

9条世界会議 報告         

全体会 2008.5.4.
第1部 世界の希望としての九条
基調講演 マイレッド・コリガン・マグワイア
       コーラ・ワイス


第2部 戦争のない世界を創る
ベアテ・シロタ・ゴードン
トークセッション 


5月5日

世界に広がる九条の会

環境と平和をつなぐ 人間中心主義から、すべての生命の安全保障へ
辻信一 ナマケモノ倶楽部 
小野寺愛 ピースボート
アリス・スレーター アメリカ 核時代平和財団
星川淳 グリーンピースジャパン 
アウキ・ティトゥアニャ エクアドル・コタカチ郡知事(先住民族出身)

紛争地で生かす憲法九条  非暴力平和隊


全体会 2008.5.4.
第1部 世界の希望としての九条

開会の言葉 吉岡達也 九条世界会議 日本実行委員会共同代表
 戦争で傷ついた人の願いが結集したのが九条。九条は世界中の人の願い。世界の全ての人の宝。世界最強の軍隊が駐留していてもバグダッドに平和はない。つまり武力で平和を作ることはできない。殺しあうことはもうやめて、九条を生かし、戦争軍隊のない世界を作っていこう。

基調講演 マイレッド・コリガン・マグワイア 北アイルランド/ノーベル平和省受賞
 平和憲法は世界中の人々の希望であり、平和に貢献している。日本の技術発展を見れば、軍隊に資源を浪費しなければ何ができるかがわかる。日本が再軍備すれば、それはアジアの軍拡を招くことになり、世界を危険にさらす。さらに、日本が攻撃のターゲットになることでもあり、平和を脅かす。
 ブッシュ政権は、戦争の目的は敵国を占領し体制変更をすることであると、目的を再定義した。これは予防戦争という名の戦争攻撃を認めたことになり、国際法無視である。日本はアメリカに懸念を表明すべきである。人々が手を携えて、核と戦争に反対し、さらにはあらゆる形の暴力に反対していく必要がある。それには、心の中から武装解除を行うことだ。偏見と憎悪を捨て、愛情と思いやりを育て、非暴力の文化を築いていこう。
 日本の被爆者の方々が核軍縮に取り組んでいることに、世界は感謝している。彼らのNo More Hiroshimaの呼びかけは、アメリカを許すという真の和解の姿である。アメリカは原爆を投下したことに対して、日本に謝罪すべきである。
 もし日本が憲法を改正するようなことがあれば、それは被爆者に対する侮辱である。もし核兵器が使われるようなことがあれば、それがもたらす財、環境、人的被害は計り知れない。
 テロの脅威がいわれるが、それは間違いである。テロへの誤った対応によって、世界はより危険な場所になっている。つまり戦争が起こり、市民的自由が剥奪され、人権侵害、テロの増幅、国際法の無視といった事態が生じている。
 解決には、反政府グループも含めたすべての当事者により対話しかない。北アイルランドでは、武装グループも含めた対話によって平和が実現した。反政府グループに対して非暴力手段をとり、市民社会は停戦プロセスに武装グループを引き込んでいった。
 武力は絶望をもたらすことしかできない。許し・和解こそ、平和への重要な要素である。一人の人間として責任を果たすこと。一人一人がピースメーカーになることが重要だ。日本は、過去を謝罪し、隣国と和解することが必要だ。6カ国協議も大切だし、さらには市民が交流して、市民が平和を作っていこう。許しを願い、許しを与えることが平和の鍵だ。北アイルランドでは30年間暴力が続いたが、平和が達成された。暴力の原因となったのは、不平等、不正義、恐怖、分断である。軍隊では解決できない。憎悪を脇に置き、敵と友人になることだ。民兵と政治家、人々、町と町、国と国との間に対話が必要だ。そして、平等と正義を実現し、権力を共有するような解決を図っていく。もちろん、簡単ではない。人々が長い期間に渡って決意を持続していく必要がある。友情、協力、信頼、人権を選びとっていく。簡単ではないが、やるべきことだ。多様性を受け容れ、威嚇なしの問題解決を模索していく。平和を作ることは可能だ。国連憲章にも、殺されない権利、殺してはならないことが明記してある。


コーラ・ワイス アメリカ ハーグ平和アピール 
 1万人が収容できる会場だが、それでも入れなかった人が外に3000人いる。ここに希望がある。九条を世界中の憲法に入れましょう。戦争と核のない未来のために。
 インターネットで、wwwがありますが、これは何の略でしょうか。world wide webでしょうか。いいえ。World Without Warと読み替えましょう。
 コスタリカの憲法12条は、軍隊を禁止しています。パナマも軍隊を排除しました。ボリビアは、戦争を放棄し、軍隊を拒否する新憲法を制定するための国民投票が行われることになっている。コスタリカのTシャツが販売されていましたが、そこには、空軍は鳥でよい、陸軍は蟻でよい、海軍は魚で十分と書いてあった。
 一人の若者が国の歴史を変えた。コスタリカがイラク戦争を支持したとき、24歳の男性が政府を訴えた。その結果、コスタリカはイラク戦争を支持する国のリストからはずされることになった。
 名古屋高裁では、九条を尊重する判決が出た。これはすばらしいことだ。9条についてはもともとの意図、精神を守ることが大切だ。自衛権を拡大解釈したり、曲解してはならない。輸送機を出すことも、戦争への貢献だ。ツツ司教は、1999年5月のハーグ国際会議で、「人類はアパルトヘイトを廃止した。だから、戦争も廃止できる」と述べた。変化は可能である。世界は変えられる。
 戦争が起これば、環境は破壊され、傷は何世代にも及ぶ。女性、子どもが犠牲になる。世界の軍事費は3兆ドルにも上る。生活必需品を供給する資金を軍事費が盗み取っている。資金の犯罪的配分だ。保険、医療、教育予算よりも、軍事費を多い国があってはならない。
 戦争に借り出されるのは、仕事を始めたばかり、家庭を築き始めたばかりの若者だ。未来の担い手を戦争が奪っている。
 われわれの社会の本当の敵は、貧困、病気、無学である。武力はそれらを解決できない、問題をいっそうひどくするだけだ。
 一人一人が九条の大使になろう。将来のために何かしよう。一人一人の力を集めれば、どんな力が生まれることだろうか。たとえば、国会議員を一人選んで、その担当になると決め、九条を守る決議を採択するように説得する。もちろん説得には時間がかかる。しかしあきらめないことだ。コスタリカ、パナマ、ボリビアの例も役に立つだろう。平和市長会議もある。条例に不戦の条項を入れるように要望しよう。草の根の声が大きければ大きいほどよい。「軍事大国からモラル大国へ」(キング牧師)。
 そのためには平和教育が必要である。残念ながら、人間のDNAに平和が刻まれているわけではない。教育を通して獲得していかねばならない。
 九条を有名無実化、拡大解釈していくことに対交して努力を続けるなら、ある日、私達の孫が次のように言うだろう。「昔は戦争があったって聞いたけど。戦争って何?」これはできることだ。
 GPPAC(武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ)というグループがあるが、世界各地の日本大使館に行って、9条への支持を訴えた。


九条ピースウォーク  2月に広島を出発し、今日幕張に着いた。
 文明とは、人を殺さぬこと。物を壊さぬこと。許してこそ、許される。


池田香代子 
 憲法の主語は私たち市民である。
 5月3日に各地で九条の是非を問うシール投票が行われたが、変えないが81%だった。毎年変えないが増えている。
 4月1日に、エクアドル議会は、軍事基地を禁止する憲法条項案を可決した。コスタリカ、パナマも常備軍をもっていない。非核地帯を広め、武器を禁止していこう。戦争を否定できて始めて民主主義は本物になる。
 

土屋公献 元日本弁護士連合会会長
 軍隊を持たない国は、第2次対戦前は7カ国だった。20世紀末には30カ国になった。歴史の前進である。



第2部 戦争のない世界を創る

エマニュエル・ボンバンデ ガーナ 西アフリカ平和構築ネットワーク
 アフリカは資源が豊富にあり、多様性、文化の豊かな国だ。しかし、戦争があり、貧困がある。アフリカほど九条を必要としている地域は他にない。日本が九条をもっていて、経済発展したように、アフリカも九条をもって戦争を阻止することで、発展したい。
 豊かな国は、軍事力による安全保障にとらわれているが、それは間違いだ。社会正義、平等を体現している9条こそが必要だ。


ベアテ・シロタ・ゴードン
 日本政府が民主的な憲法草案を書くことができなかったので、マッカーサーは憲法草案制定会議を召集した。我々スタッフは7日間で草案を書かなければならなかった。そこで、図書館に行っていろいろな国の憲法を調べた。また、社会党や共産党も独自の草案をGHQに提出してきた。その結果できあがったのが、日本国憲法である。だから、いろいろな国の歴史的叡智を反映しているし、決して押し付けではない。普通、他者に何かを押し付けるとき、自分が持っているものよりも良いものを押し付けるということがあるだろうか。日本国憲法はアメリカの憲法よりもすばらしい憲だ。だから、押し付けではない。日本政府はこの憲法をあまり喜ばなかったが、国民は大変喜んだ。
 日本国憲法によって、女性は参政権を獲得したが、19世紀から、国民の権利を求める運動が日本でもあった。少数の女性達が、投票権を求めて運動していた。だから、この憲法は、国民のそれまで押さえつけられていた意思を表現したものであり、国民はとても喜んだ。
 日本は歴史的にも、よその国から良いものを輸入してきた。漢字、仏教、陶器、雅楽などがある。だから、よい憲法であれば、他の国から輸入して自分のものにしたら良いのではなかろうか。
 この憲法を改正しないで宣伝すれば、世界のモデルとなるだろう。


イ・ソクテ 韓国・弁護士、人権活動家
 交流することが紛争を防止する。だから民間レベルを含めた国どおしの交流が大切。日韓中が争うと、他の国にも争いが拡大する。
 平和的解決をする義務を九条は与えている。戦争になれきった人類に説得と対話を勧めている。ガンジーの非暴力に連なる精神であり、日本を超え、世界が目指す規範である。つまり、人類の義務を守れと命じている。
 しかし9条が無視され、軽視される現実があるが、名古屋高裁の画期的判決が出た。今後も九条のねじ曲げを防ぐ運動が必要。


カルロス・バルガス コスタリカ/国際反核法律家協会
 九条の原則は、戦争をやめさせる最強の法的手段だ。だがそれには、市民の働きが重要で、それぞれの国で、この原則を採択するように政府に圧力をかけていく必要がある。1949年にコスタリカは、市民の力で憲法12条でこの原則を盛り込むことに成功した。
 互いの経験から我々は学ぶことができる。平和の力は、軍事的影響力を凌げる。中央アメリカは80年代は紛争の中にあった。アメリカのレーガン政権がニカラグアを侵略した際、米軍は、コスタリカの領土を使わせろ、基地をおかせろと要求してきたが、要求に屈することなくこれた。84年に中立を宣言した。あらゆる軍事活動を禁止した。


トークセッション 
アン・ライト アメリカ/元陸軍大佐・外交官・反戦活動家
高遠菜穂子 日本/イラク支援ボランティア
カーシム・トゥルキ イラク/人道支援ワーカー
エイダン・デルガド アメリカ/イラク帰還兵
雨宮処凛 日本/作家

アン・ライト
 私は29年間米軍に仕え、最後は大佐だった。アメリカ政府の外交官でもあったが、イラク戦争に抗議して辞任した。アメリカは対話ではなく、武力で他国の政治や経済に影響力を行使している。武力の行使を取り締まるものがなければ、どこまでも落ちていってしまう。だから九条という防波堤は守らなければならない。日本はアメリカから改憲の圧力を受けているが、これはテロとの戦いに日本を参加させたいからだ。アーミテージは9条が日米同盟の障害になっていると言った。つまり、9条がアメリカの軍拡主義の歯止めになっているわけだ。九条のために日本を参加させられないし、日本は武器の輸出もできないからだ。アメリカは軍需産業が盛んで、戦争を止められない理由の1つになっている。平和で儲かる産業を創らないといけない。

エイダン・デルガド
 911が起こった日に米軍に入隊したが、911をきっかけに愛国心にかられたからではない。18歳だった私は、何をしたらよいか人生の目的を見失っていた。何かをやりたい、大きなものに加わりたいという漠然とした思いを抱いていた。アメリカには軍隊を崇拝し、理想化する文化がある。子ども達は戦争を美化するテレビ漫画の「GIジョー」を見て育つ。アメリカ人にとって第二次世界大戦は、黄金の時代である。そして、兵士になることは高貴なことであるとする価値観をもっている。
 兵士となって、戦争とはこんなものだと美化されてきた全てがうそだったとわかった。そして、良心的兵役拒否者になった。戦争とは、真理と正義を広めることだと教わってきたが、イラクでは罪もない市民が米軍に踏みつけられていた。市内がめちゃくちゃに破壊されていた。戦争とは、人殺しであり、破壊であり、互いを囚人として扱うことであると理解した。それで私は仏教徒になった。米軍は苦しみを増やしており、アメリカはとんでもない国になっている。
 アメリカは間違っていると感じたわけだが、感じているだけではなく、口に出さないとだめだ。口に出すことはリスクがあるが、それをしないかぎり同意している、yesと言っているのと同じである。

カーシム・トゥルキ
 イラク戦争が始まったときはイラクの兵士だったが、今は人道支援活動をしている。2003年3月、イラク戦争当時は、国を守ることは、攻めて来る敵を殺すことだと思っていた。しかし、イラク戦争で兄、従弟、仲間を失い、考えが変わった。戦争前は、武装して戦って守ろうと考えていたが、戦争は破壊をもたらすだけだと知った。国を守る最善の選択肢は、国民を支援し、国を再建し、誰とも敵対しないことであった。
 人道支援活動をすることで最も困難なことは、人々が我々を誤解してしまうことだ。イラクには様々な軍隊がいて、いろいろな軍事活動がある。軍事活動と支援活動が混同されてしまい、市民からも、米軍からも、アルカイダからも、他の武装勢力からも、スパイではないかと疑われる。米軍に逮捕されたり、アルカイダに誘拐されたこともある。

雨宮
 イラクには2度行った。憲法25条の生存権を大切にしたい。生存権が保障されていないために「希望は戦争」という若者もいる。(今はある面、格差が固定されている。正社員になれなかったものは一生フリーターでいるしかない。でも、戦争が起これば、固定された枠組みもこわれて、もう一度チャンスが回ってくるのではないかと、、それが唯一の希望。だから希望は戦争となる)
 日本の貧困率は世界第2位。軍事費は世界第3位である。アメリカでは貧困層が軍隊に入っているが、日本も同じ状況が始まっている。フリーターをねらった自衛隊の勧誘が活発で、自衛隊に入れば年収がいくらで、資格が取れて、結婚して子どもを持つこともできると勧誘しているわけだ。だまされて戦争に行くものかと思ってはいても、職がないので自衛隊に入るしかない状況がある。憲法25条が脅かされると、食べるために自衛隊に入ることになる。
 派遣社員をトラック運転手としてイラクに送っている派遣会社もある。多重債務者がイラクに行かされている。民営化された戦争である。今フリーターが106万人いる。最低時給が618円だから、フルで働いても月12万円ほどにしかならない。自衛隊に入ったら人生がやり直せると考えて、フリーターが自衛隊に入っている。貧困と格差が戦争を後押ししている。これは国内で広がっている棄民、難民である。
 軍事費を削って、生存のためにお金を使うべきだ。お金を、殺すことに使うのか、生かすことに使うのかの問題である。日本では自殺者も増えているし、11年間で800人が餓死しているというデータもある。2006年には6日に1人が、餓死している。日本国内での話しだ。最低限の生活が保障されるべきだ。人の命に格差がついている。命の重さが違っている。戦争というのは軍隊に入ってくれる貧しい人を必要とするから、こういうことが起こっている。
 
高遠 
 2004年にイラクで人質になったが、それは日本が自衛隊を派遣して、九条を突破したからである。解放されたのは、イラクで丸腰で、非武装で、対話をし、支援をしていたことが認められたからだ。つまり、九条の実践ができていたからだと思っている。9条で命が守られた。私はもう人質になるような体験をしたくはない。他の人にも同じような体験をしてもらいたくない。だから、九条を守りたい。


第3部  Music Live

UA ウーア
 息子は11歳だが、9条がなくなるということは息子が戦争に行かされるかも知れないということ。自分の子どもに「人を殺してきなさい」と言える母がいるだろうか。


5月5日

世界に広がる九条の会

ガーナ:九条を分かち合って、連帯していきたい。西アフリカは日本に多くの支援をしてもらっている。日本が方向を変えると支援がなくなるだろう。9条が残れば、支援も残ると思う。

韓国:九条は東アジア、東北アジアの平和の要だ。日本の九条を守ることも大切だが、世界に広げることも大切。アメリカの憲法に九条を創る運動が必要だ。また、北朝鮮は、百カ国以上と外交関係を有し、国連にも加盟している。北朝鮮を含めたグローバルなネットワークを作りたい。

ドイツ:ドイツにも米軍基地があったが、市民の組織で運動して軍事基地を閉鎖することができた。ベルリン九条の会もある。軍事基地に反対するドイツネットワークもある。法による統治ということについても触れておきたい。名古屋高裁は画期的な判決を出したが、国は判決は意味がないとする談話を発表している。2年前にドイツでも同じようなことが起きた。最高裁がイラク戦争は違法だと判断したのに、ドイツ政府は無視している。これで法治国家といえるだろうか。すべての大臣、政治家を裁き、処罰する必要がある。

スイス:もし9条が改正されると、アジアで軍拡競争が起き、ロシアも太平洋側をねらう軍備の増強を強いられるだろう。スイスは中立国だが、中立を宣言してから、それをスイスの力に変えていくには時間を要した。十六世紀のはじめにマリアーノ(イタリア)での戦いに敗れてからは、ヨーロッパの紛争に介入しないことにした。つまり中立を宣言した。30年戦争、ナポレオン戦争を経て大国から中立を認めてもらえるようになった。ハーグ平和会議によって、国際的にも中立が認められるようになった。

在米日本人の会:海外の日本人も国政選挙に参加できる。国民投票にも参加できる。ただ、方法が非常にわかりにくいので、選挙での投票率は非常に低い。そこで、投票方法の啓蒙活動なども行っている。また、ホームページには英語のページも開き、アメリカ人に向けて、税金の半分が軍事費に消えていること、そのためにいろいろなしわ寄せがあることをアピールしている。

カナダ:カナダは平和的な国に見られがちだが、軍事費に160億ドルも費やしている。援助は国家予算のわずか0.5%に過ぎない。平和を維持する国になろうとするのか、選ばないといけない。2006年のバンクーバー平和アピールで、憲法に九条のような戦争を放棄する条文を入れるように求めている。


*成果を妨げるものに恐怖心がある。憲法9条がアジアにおいて恐怖心を減らす働きをしている。九条を盛り込む国が増えるほど、恐怖心が減り、世界は安全になるだろう。隣国が9条をもっていれば、隣国を恐れる必要がなくなるからだ。もし9条がなくなれば、恐怖心が生じて、軍拡競争が始まるだろう。

*確かに日本は軍備をもっているが、たとえ軍隊を保持していても、九条をもっているから日本に対する恐れが軽減されている。だから各国がとりあえず軍隊を保持したままでも、九条のような条項を盛り込んで行けばよいのではないか。軍隊を保持したままでよいのなら、条項を盛り込みたくないという理由もなくなるだろう。このように分けて考えるのがよいのではないか。

*ベルリンの壁が崩壊して平和になるかと思っていたら、対テロ戦争が始まり軍備は拡大している。ネオコンがアメリカを代表して、軍拡を進めている。これに対抗するには、各国の市民が手を結ぶことだ。姉妹都市縁組などを通じて、市民が交流を深める中で、ネオコンを排除していくようにしてはどうだろうか。市民の輪が広がれば、ネオコンも好き放題にはできないだろう。

*警察による暴力、経済的な暴力、差別、外国人排斥などいろいろなことにも目を配っていく必要がある。

*911の当時アメリカにいて感じたが、恐怖感は作られるものである。ブッシュがテロリストは怖いと宣伝し、ブッシュ政権に反対するもの全てが、テロリストに仕立て上げられ、人々に恐怖心を植え付けていった。日本でも北朝鮮は怖いと宣伝されている。そのように植えつけられる恐怖心を利用して、軍備が増強され、戦争へといたる。

*戦争は社会の有様と結びついている。軍需産業などでもうけている人が混乱を作り出して、戦争をし掛ける。イラクを多国籍企業の開放すれば稼げるからだ。

*アメリカでは戦争反対を唱えると、戦っている息子を侮辱するのかと非難される。だから、Support the Troops. End the War.(兵士を支えよう、そのためには戦争を終わらせよう)を主張している。軍隊は支持します。頑張っている軍人のためにこそ、彼らが一日でも早く家族の元に戻れるように、戦争が終わることを願っているのだというスタンスである。軍隊は良いことをしていると信じている、人のよいアメリカ人が大勢いる。そういうアメリカ人を説得するためには、こういうスタンスを取らざるを得ないのではないかと感じている。いきなり軍隊を廃止するということにはもっていけない。段階を踏む必要があるのではないか。医療・社会福祉が後退していることと戦争とが結びついていることを理解してもらうように努める必要がある。今はそこを取り掛かりに、アメリカ人との対話に取り組んでいる。いろいろな国がそれぞれ異なる事情を抱えている。そして、どのような政府を選ぶかの権利は、各国の国民にあるわけだから、それは尊重しないといけないのではないか。いきなり9条を取り入れろというのではなく、それぞれのやり方でやっている運動は尊重していく必要があるのではないか。

*普段はカナダで暮らし、時々(年に1度ほど)日本に帰ってきている。帰ってくるたびに、ビルなどにいる保安要員が増えているのに気づく。日本にずっといるとそのような変化に気づかないかもしれないが、私はそういう変化に気づいている。少しずつ変っているこういうことにも注意しておく必要がある。いつの間にか手遅れの事態にならないように・
*広島の被爆者だ。恐怖心ということが取り上げられていたが、原爆ほど恐ろしいものはない。しかし反核ということが以前ほどは叫ばれていないような気がする。日本は原発を攻撃されたらおしまいだ。軍事で防衛することがいかに非現実か。攻撃されないように対話をしていくしかないのが、原発を持つ日本の現状である。



環境と平和をつなぐ 人間中心主義から、すべての生命の安全保障へ
辻信一 ナマケモノ倶楽部 
小野寺愛 ピースボート
アリス・スレーター アメリカ 核時代平和財団
星川淳 グリーンピースジャパン
アウキ・ティトゥアニャ エクアドル・コタカチ郡知事(先住民族出身)

辻:昨日の全体会は本当に感動的だった。何が一番大切なんだろうかという問いをみんなが発するようになったのではないだろうか。そして、経済が成長することなんかじゃなくて、当たり前の日常が、本当はとても大切だったのではないか。愛する人の命が守られることが大切なのだという原点に戻りつつあるのではないか。そして、1万人が収容できる会場に3000人が入れなかったという、それだけ多くの人が集まったことに、今、変化が起きつつある事を感じる。
 最近、エコ(環境)とピース(平和)が融合しつつある。すばらしいことだと思う。これまでは住み分けがあって、環境運動をやっている人は、平和の問題は関係ないという感じの人が多かったし、護憲派の人はタバコも吸うし、マクドナルドで食事をすることも問題だとは思わない。そういう感じだったのが、今は同じ人間が、同じことのようにエコとピースの両方について語り始めている。すばらしい兆しだと思う。
 非常に感動的な九条世界会議だが、一つだけ残念なことがあった。それは、九条世界会議のロゴの入ったペットボトル入りの飲み物が会場で販売されていたことだ。(辻さんは、どこにでも水筒や箸を持参するマイ水筒・マイ箸の愛用者です)ペットボトルの問題は、ひとつの大きな環境の問題であるのに、こういう会場でもペットボトル飲料が、しかもロゴまで入れて販売されていることが残念だった。また、水を求める争いもあるし、水が戦争を作り出そうとしている。自分の飲み物は自分で持参しましょう。水から変える。自ら変えるが大切。
 アインシュタインは、「問題を引き起こしたのと同じマインドセット(心の枠組み)では、その問題を解決できない」と言っている。イヴァン・イリイチは、「現代の平和はパックスエコノミカ(経済支配の下での平和)である」と言っている。これが現代のマインドセットではないだろうか。だから、平和というものを経済支配の下から抜け出させていくことが必要ではないだろうか。

小野寺:ゴーデンウィークをグリーンウィークと呼び変えようという運動もある。ゴールド(黄金・お金)ではなくて、グリーンを大切にということですね。

辻:グリーンウィークにと言っている人に、あの元環境大臣で、元防衛大臣でもある小池さんもいる。あの人は日本の再軍備やアメリカの戦争への加担にも熱心だが、その一方で、地球温暖化問題にも熱心だ。エコとピースが全く切れている。どうしてそういうことが可能なのか、その構造を考えていくことも大切だ。

アリス:今は確かに危機的状況にある。しかし、3000人が入れなかったというのは、日本人が危機を認識し始めた証拠ではないだろうか。自然災害は増えているし、トウモロコシが車の燃料に使われるようになって食料をめぐる暴動も発生している。御用科学者達は、石油、核、バイオなどのテクノロジーを推進する以外に危機を克服する道はないという。しかし、事実は異なっている。太陽、風力、潮汐、地熱などでエネルギーを十分まかなうことが可能だ。しかし、太陽などは無料で存在するもので、販売して儲けることができないから、企業はだめだと言っている。
 これらが9条とどう関係するか。石油のために戦争する必要はない。さらに先進国は、自分達が原子力をもつのは構わないが、他の国はだめだと言っている。イランはだめだ。もし持つのなら爆撃するぞというわけだ。原発は爆弾工場でもある。六ヶ所村の再処理工場も問題である。これらは環境に対する戦争だ。しかし、九条は新しい視点を与えてくれる。環境に対する戦争のかわりに、環境との平和だ。すべての命との平和だ。ところが原発は半減期が25万年という放射性の廃棄物を出す。これは環境を破壊し、すべての命に戦争をし掛ける行為だ。原発の周囲では子どもの白血病の発生率が高くなっている。
 原発を推進し、原発にお金をかけるということは、太陽、風力などの自然エネルギーの推進にお金が使えなくなることだ。つまり環境は悪化する。世界で使われている軍事費の1%を使うだけで、地球上の全ての子どもたちに初等教育を提供することができる。

星川:ペットボトル入りの飲み物をここにもっているが、これは自分の家でお茶をペットボトルに入れてきたものだ。あまり潔癖な人間ではないので、ペットボトルが家に何本かある。本来は外国のようにペットボトルを再利用する仕組みを整えるべきだと思うが、そうなっていないのであれば、自分が再利用したらよいと思っている。ペットボトルは水筒ほど重くなくて便利なので、こうして持っているわけだ。
 環境や平和運動は余裕のある豊かの国の人の運動だと言われることがあるが、グリーンピースは途上国にも入り込んで活動している。昨日イラクのカーシムさんが、自分はピースメーカー(平和の作り手)になりたいと話されていたが、12世紀の北米大陸にあるピースメーカーが現れた。5つの部族が戦乱に明け暮れていたのを百年かかって辞めさせた。人間には理性がある。話し合いで解決しよう。ということでイロコイ連邦ができた。
 彼らの平和の大いなる法には、「何かことを決めるときには、7世代先の事まで考えて物事を決めよう」と書いてある。やがて白人達がやってきたときに、互いの自治を認め合う先住民達の民主的な営みに接して、それが合衆国(合州国)という形態にも影響を及ぼしている。
 24万年もの置き土産を残すことになる六ヶ所の問題については、憲法に則って話し合って決めることが行われていたら、憲法を我々が使ってきていたなら、起こらなかった問題だと思う。六ヶ所は原発が1年間で出すのと同じ量の放射能を1日で出すと言われている。さらにここでできるプルトニウムがテロとして使われたら、という核拡散の問題もある。原発はもともと経済的に成り立たないと言われているし、電力会社も本当はやりたいわけではない。第2の戦艦大和でしかないと言われている。しかし、一部の政治家が強引に推し進めるので、電力会社もやるしかない状況におかれている。どうしてこうも政治家がやりたがるのか。核武装のオプションを持っておきたいのではないかと、私は疑っている。しかし、日本が核武装したら終りだ。
 このように大きな問題であるのに、メディアは六ヶ所の問題を一切取り上げない。9条もそうだ。9と6がタブーになっている。そういうメディアはおかしい。
 温暖化を防止するには、日本は2050年までに二酸化炭素の排出量を8割減らさないといけない。これを原発でやろうとすると、2週間に一機建てないといけない計算になる。絶対に無理である。ところが原発推進にお金を使ってしまうと、自然エネルギーや省エネに使えるお金がなくなる。グリーンピースでは電気を3割削減して、原子力をはずそうということを提案している。それは可能である。詳しくは、グリーンピースのホームページにあるエネルギー・レボリューションを見て欲しい。
 自然エネルギーの比率を7割にすることが必要だ。難しいと思われるかもしれないが、複利計算で行くと、毎年4%ずつということになるので、十分可能である。

アウキ:南米の先住民は500年以上差別され、民主主義から排除されてきた。世界に民主主義は存在するか?世界に民主主義はないと言わざるを得ない。デモクラシーのデモは民衆、クラシアは力という意味だ。人民に力がないのだから民主主義は存在しない。今力を持っているのは、政治的グループであったり、経済界だ、人民ではない。民主主義はなく、石油の力、ドルの力、テレビの力がある。
 これを変えるのにはどうしたらよいか。先住民の諺に、「川を渡ろうと思ったら、水の中に入らないといけない」というのがある。まず参加する事だ。変革は参加によって生まれる。504年の大変な時代を超えて、新しい参加型民主主義を作り出そうということだ。我々先住民には、国家もなければ、法的な枠組みもないし、経験も本もなかった。しかし、先住民の知恵の中に参加型の民主主義を見つけた。
 その知恵を用いて、持続的な開発をして行こうという責任あるビジョンを持つに至った。そこでの3つの原則とは、怠け者にならない、嘘をつかない、盗まないである。なぜなら、我々先住民は、怠け者で、嘘つきで、泥棒だと言われてきたからだ。
 我々は大きな民衆集会を毎年開いている。子どもからお年寄りまで女性も含めて、この世界会議に集まった倍の人数が毎年集まっている。そして、医療、教育、環境、税、予算について話し合っている。さらに地域における開発が、透明性を持ち、腐敗を追い出せるように政府とも話し合っている。
 民衆集会では、一緒に働こう、成功も失敗もみんなで担い合おうとやってきて、12年間いつも勝利してきた。コタカチでは投資案件はすべて住民が参加して決めている。予算も参加型で準備している。成功の鍵は対話と多様な文化を尊重し理解することだ。
 私が知事をやってきた12年間というのはエクアドルの危機と重なっている。憲法を変えてドルをエクアドルの通貨にした。政権は9回も交代している。
 我々はその中で、対話によって平和文化を構築し、ユネスコは、コタカチを平和の町と宣言した。2005年4月にコタカチは100%の識字率を達成した。91の自治体がコタカチをモデルに継承しようとしている。伝統的先住民医療を見直し、医療費の無料化も実現した。2000年にはエコロジーコタカチ宣言をし、森林農法を行うことで、木材の伐採や鉱山開発にブレーキをかけてきた。15年闘って、腐敗した政治家や経済の権力者が、コタカチを食い物にするのを食い止めてきた。採掘権の無効化を可能にしてきた。
 現政権は、選挙の時の公約に違反して、鉱山会社(銅を採掘)を歓迎している。彼らの言葉が信用できないので闘っていくことは難しいが、やるしかない。エクアドルでは石油の開発が始まってから、貧困も対外債務も増大した。銅山の開発が発展につながるとは思えない。エクアドル政府は国家予算の25%を使って、戦闘機20機を購入することに決めた。9条があれば、予算を文化や社会のために使える。

辻:アウキ氏は詩人でもある。忙しい中で何時詩を書くのだろうと思うが、彼は、「全てのことをするための時間はある」と教えてくれた。アウキ氏をエクアドルの大統領にしようという声もある。九条を持つエクアドル、エコなエクアドルが実現したらすばらしいと思う。

アウキ:エクアドルの中にあって、コタカチは非武装で闘っている。環境教育者や森を作る人を養成することで、鉱山で働かなくても雇用が守れるようにしている。

辻:日本でもダムや無駄な道路など開発によって破壊が行われてきた。森を守り持続可能な発展を目指すことが課題だろう。
 我々は経済成長というマインドセット(心の枠組み)にとらわれすぎていたのではないかと思う。豊かさを計る指標としてGDPやGNPが使われているが、ロバート・ケネディーがこんな演説をしている。
 「今や8千億ドルを超えたアメリカのGNPだが、その中には、空気汚染や、タバコの広告や、ハイウェイでの多数の事故死者を運ぶ救急車が含まれている。家を守るための特殊な鍵、それを破って侵入する犯罪者たちを収容するための牢屋もGNPのうちだ。巨木の立ち並ぶレッドウッド原生林の破壊、美しい自然を呑み込んでゆく都市化の波も、GNPを押しあげる。戦争で使われるナパーム弾も、核弾頭も、街頭のデモ隊を蹴散らす警察の装甲車も。ウィットマン社製のライフルもスペック社製のナイフも、子どもたちにおもちゃを売るために暴力を礼賛するテレビ番組も。
 しかし、そのGNPの中には、子どもたちの健康も、教育の質も、遊びの楽しさも含まれていない。そこには詩の美しさも、夫婦の絆の強さも、政治における知的な議論も、役人たちの誠実さも、勘定されない。私たちの機知も勇気も、知識も、学びも。私たち一人ひとりの慈悲深さも、国への献身的な態度も。
 要するにこういうことだ。国の富を測るはずのGNPからは、私たちの生きがいのすべてがすっぽり抜け落ちている」
 この演説をしたときにロバート・ケネディーは大統領になることが確実視されていた。しかしこの演説の2ヵ月後に彼は暗殺された。
 豊かさを我々は求めてきたが、豊かさの中に幸せは入っていない。大切なものが抜け落ちているということではなかろうか。
 しかし、ここに多くの人が集まったように、「1番大切なものは何だっけ?」という問いを我々は取り戻しつつあると思う。デヴィッド・スズキは「きみは地球だ」という本で、それがなくては生きていけない大切なものは、まず空気、水、大地、太陽だと述べている。でもそればかりではない。生物の多様性が我々人間の存在を支えている。また、人間は愛なしには生きられない。愛し、愛され、世話をし、世話をされながら生きる存在だ。

アリス:ミサイル防衛には三菱が参画している。リーダーを地域に連れ戻し、力を奪い返すために市民の力を結集する必要がある。

星川:大切なものは何かという話があったが、自分にとって大切なのは、この世界が大丈夫で、自分達も家族も大丈夫で、命の網の目が保たれて、自分が持っている可能性をのびのびと花開かせることできることだと思う。そのためにはたくさんのYesとたくさんのNoを言って行かないといけない。目一杯生きて志の限りをやりつくす、ありつくすというのが人間のあり方だろう。
 自衛隊や警察力が強くなっている。技を磨いて警察力を見張る必要がある。彼らは怖いイメージを植え付けようとするから。でも、政府の力が一番怖いと思う。政府がテロリストではないか。
 民主主義はまだ始まったばかりだ。工夫を凝らして守り育てていかないといけない。我々の税金が生きる状態にしていくことも必要だ。

辻:九条を守ろうとよく言われるが、「守る」という言い方の中にある防衛的で、「現状維持」的なニュアンスが気になる。9条がもつこれからの大きな可能性を考えると。「守る」ではもったいないと思う。九条はまだ十分に生きられていない。9条はもっともっと活かされなければならないと思う、つまり9条はいよいよこれからじゃないかと思う。9条について何も選択しないという選択肢はないと思う。9条は選びなおさなければいけない。9条が活き活きしてくるのはこれからだ。60年前に書かれた9条には、今日我々が抱いているようなエコロジーの視点は盛り込まれなかった。現代世界に起こっている動植物を含めたすべての命に対する暴力、自然界に対する戦争という視点も。しかし、これらを含むことで9条はもっと生きてくるだろう。
 若者の中には、平和もエコも一緒というよい意味での混同がある。生き物を大切にしよう、地球を、命を大切にしよう。思いやりを持とう、親切にしよう、挨拶をしようというのと同じレベルで平和が語られる。ここにすばらしい可能性があると思う。

会場から
ダグラス・ラミス:なぜ戦争をするかと言えば、危機状態を作れるからだ。危機状態になれば政府はやりたい放題ができる。何が大切かを話すことなどできなくなる。怠けることも悩むこともできなくなる。戦争が全てに優先する。山は壊さないほうがよいと言っても、それどころじゃない、そんなの関係ないとなる。環境破壊、人権侵害が起こる。つまり、軍国主義ができるために戦争を起こすのだ。政府はそうしたいのだ。沖縄の人はこう言う。「今の日本社会を支配しているのは9条ではなく、安保条約です」と。

辻:これまで日米安保と九条を守るがセットになっていたと思う。日米安保の傘に入って、日本は9条でとりあえず安全であればよいというような。そして安全が保たれた中で経済成長を目指した。一度、安保や経済成長と切り離して九条を真剣に考える必要がある。

正木高志:もし日本が九条を守るから、九条を改めて選ぶという段階に進めたら、世界に衝撃を与えると思う。九条を捨てないという人に投票するときに、私は日本人から地球市民になるのだと思う。9条はこれまで芋虫だったのかもしれない。それが蛹になり、蝶々になるときが来ている。空飛ぶ9条だ。(正木高志氏には「空飛ぶブッダ」(ゆっくり堂)という著書がある)

アリス:アメリカの憲法は1700年代に白人男性によって書かれた。その時代、奴隷を人間として認めていなかったし、女性の権利もなかった。人々の意識が高まるにつれて奴隷制は廃止された。憲法9条も同様に長く実践していく必要がある。
 9条は戦争を否定しただけで、エコロジーの視点が含まれているわけではないが、九条をその方向で拡大解釈していくことは可能だろう。

星川:安保も米軍基地も憲法違反である。安保は10年ごとに見直すことになっている。1960年は大きな闘争になったし、70年も学園紛争などと一体となってそれなりに盛り上がった。ところが80年以後途絶えてしまった。2010年を日米安保を考え直すときにしたい。パックスエコロジカ、環境の下の平和を目指そう。

アウキ:500年間で7000万人の南米の先住民の命が犠牲になっている。これは2つの大戦での犠牲者数を上回る。我々は命を愛し、平和を愛する部族だ。私のやっていることはコタカチにとどまっている。エクアドルが変わっているわけではない。しかしコタカチが変わっているそれが第一歩だ。
 ハチドリの話をしたい。山火事がおきて、森に住む動物が逃げ出していったとき、ハチドリのクリキンディがくちばしで水を運んで、1滴ずつ山火事にかけていた。ライオンがそんなことをしてなんになると言ったら、クリキンディは「私は私にできることをしているだけ」と答えた。
 今民主主義は山火事にたとえられる。コタカチはその火事を消そうとハチドリのような働きをしているだけだ。でも、みんなが、それぞれの場でハチドリのように小さな行動をすれば、それをつなげることができれば、やがて火を消すこともできるだろう。



紛争地で生かす憲法九条  非暴力平和隊

 非暴力平和隊は2002年11月、インドで設立された。ガンジーの非暴力の理念が背景にある。政治的立場は取らず、養成があって派遣するというのを基本にしている。非暴力平和隊が平和活動をするわけではない。あくまでも現地の人が当事者である。つまり非暴力平和隊が平和を作るのではなく、対話の場の安全を確保したりなど、平和を作るためのスペースを作るのが、非暴力平和隊の活動である。具体的には、護衛的同行や護衛的プレゼンスの活動をしている。平和活動家が集会に行くと中で誘拐されないように、同行したり、平和集会が弾圧されないように、集会の場に居合わせるということだ。外国人がその場にいるということで、外国人が被害にあえば外国メディアにさらされるので、誘拐や暴動の抑止力となっている。
 市民が権利を主張したり、警察に訴えることができるような力付けを行うが、実際に主張したり、訴えたりするのは市民である。
 最初の地域としてスリランカが選ばれ、11人が派遣された(うち一人は日本人)。スリランカは3割のタミール人(主としてヒンズー教)と7割のシンハラ人(主に仏教)で構成されている。英国の植民地時代、タミール人が優遇されていた。独立後力を持ったシンハラ人がタミール人を迫害するようになった。そして内戦状態に至った。スリランカにはイスラム教徒も少数のキリスト教徒もおり、それぞれが別の町内に住んで、互いに敵対していた。各集団ごとに、どの集団に殺されたかという記憶は子どもたちにも伝えられていくので、敵意を取り払うことは難しく、原因をさかのぼって行くといろいろな事情が錯綜していてこんがらがっていくだけだ。そこで第三者が話し合いのテーブルを設定する必要が出てくる。

大島みどり(スリランカプロジェクト第1次派遣メンバー)
 ある時シンハラ人が夜中に突然仏像を建てた。それに怒ったタミール人が仏像に手榴弾を投げつけた。政府(シンハラ系)は軍隊を出動させた。そういう状況の中でパトロールをした。何かあったときの被害調査のためでもあるし、国際社会の目があるということで、防止をねらった。
 また別のときは、タミール人武装勢力「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)が攻撃に来るといううわさがたって、シンハラ人たちが逃げ始めていた。そこでノルウェー政府が派遣している停戦監視団に連絡をして、LTTEに攻撃中止をするように要請して欲しいとお願いした。(非暴力平和隊は中立の立場なので、直接LTTEに要請することはしない。それをしてしまうと、LTTEは非暴力平和隊をシンハラの代弁者とみて、信用してもらえなくなる。)
 結果は何事も起こらなかった。攻撃してくるというのはただのデマだったのか、自分達の行動の結果だったのかはわからない。ここに平和の評価の難しさがある。橋を作ったりするのであれば、実績を評価してもらいやすいが、そういう証拠を見せることができないので、なかなかお金が集まらないという悩みがある。

大畑豊(非暴力平和隊日本共同代表、非暴力平和隊ができる前に類似の組織(PBI) からスリランカへの派遣経験がある)
 反原発運動に関わっていたときに、非暴力トレーニングを受ける機会があった。湾岸戦争のときに非暴力は無力なのかという思いに駆られ、非暴力について知りたいと思ったからだ。ただし、PBIという団体が主催する非暴力トレーニングを受けたら、スリランカに派遣されることになっていた。紛争地だから危険が伴うわけである。ドアをノックするので開けたら撃たれたということがおきていて、PBIで派遣されているものがドアを開ける役目を担ったという話を聞くと、やめておこうという思いが生じてきた。やらない理由はいくらでも思いつくことができた。
 迷っているときに、憲法の前文を何度も読み返した。全ての人に平和的生存権があり、日本国民は全力を挙げてこの理想を達成すると誓っていた。憲法のない国の人が紛争地で頑張っているのに、平和憲法を持つ日本人である自分がこの誓いを踏みにじっていいのかと思ったら1歩が踏み出せた。つまり、憲法に背中を押してもらえたのである。

阿木幸男(非暴力平和隊国際理事、非暴力トレーニング国際トレーナー)
 国際援助というと救援活動が多いが、紛争をなくさない限り、いつまでも救援活動をしていかないといけない。紛争をなくすという取り組みが必要ではないか。しかし、政府はなかなか動こうとしない。政府がやらないのなら民間でやろうということだ。

ラム・マニバナン(インド・マハトマ・ガンジー平和・紛争解決センター)
 ガンジー主義の非暴力とは何か。日々の生活が非暴力でないといけない。ガンジーにとって非暴力は個人から、家族、社会、国家、世界へと広げていくもの。九条の中にガンジーの思想は生きている。ユートピアではなく現実的な思想である。ガンジーにとって最高の力は真理であり、人々の愛を信じ、相互に慈しみ協力し合うことが真理であって、そのことに勝る力は他にない。
 軍隊の兵士は勇敢であることが求められる。非暴力の戦士も同様に勇敢でなければならない。自分を律するということも非暴力の戦士には求められている。軍隊に所属する兵士は自分が殺されることを恐れるから、敵を殺す。しかし、非暴力の戦士には、恐れがないから殺すことはしないし、自分が殺されることも恐れない。この恐れないということが鍵である。弱虫が非暴力を唱えていると批判されるが、実は全く逆である。非暴力の戦士の方が勇敢である。非暴力は強さの武器である。
 1940年6月25日、ガンジーは当時独立運動を闘っていたインド国民会議派に九条のような条項を憲法に入れるべきだと提案している。しかし、会議派はそれを拒否した。非暴力は独立闘争では有効だったが、独立したインドが国を守る手段にはならないと拒否したのだ。ガンジーはインドの父と言われるが、父が提案したものをインドの政権は拒んだのである。
 ガンジーはインド国民は非暴力自衛の準備ができていないとした。そして、非暴力的自衛を達成するために建設的プログラム(農村の再建、村の産業の再興)を推進しなければならないとして、それに没頭していった。
 日本人も九条を生かすためには、勇敢にならないといけないし、建設的であるべきだ。 ガンジーは、軍隊の兵士を訓練するのに2年かけているのだから、若者を2年間自分のやり方で訓練させて欲しい。そうすれば非暴力の兵士を育て上げられるだろうと主張したが、無視された。人々に忍耐と信頼がなかったわけである。
 ガンジーにとって平和とは、社会的、経済的、政治的、技術的、精神的領域を含む非常に広い概念である。だから、政治の問題だけでなく、貧困をなくすことなども含めたあらゆる領域で平和を構築できる人を養成する必要があった。貧困も不正義も環境問題も、ガンジーにとっては戦争と平和の問題である。
 ガンジーの有名な言葉に「世の中に変化をもたらしたければ、自らがその変化になれ」というのがある。一人一人がガンジーの言う広範な平和に目覚めることが一歩だろう。非暴力防衛はいつでも始められる。今、あなたが始めることができる。
 また、手段と目的は種と木のように密接な関係がある。よい目的を達成しようと思えば手段も純粋でなければならない。非暴力の手段でなければならない。非暴力の社会を得ようと思えば、心の中に非暴力の種がないといけない。今日の戦争が明日の平和を作れるわけがない。
 日本人だ、インド人だという国民という概念が、世界の連帯を妨げている。平和は個人的なものであると同時に世界規模の普遍的なものである。まずはコミュニティレベルで平和を積み上げていく必要があるが、それを国全体に、そして最後は国を超えて世界へとつなげていく取り組みも同じくらい大切だ。
 私は自分の子どもたちをフリースクールで学ばせている。インドではITビジネスが盛んになり、そのための教育が行われているが、子供たちに競争心をもって欲しくなかった。人間の心を学ぶ学校で学ばせたいと思った。


会場からの質問
*大量虐殺の場合には軍事介入も必要ではないか。人々が殺されていっているのを非暴力者が傍観しているだけでよいのか。
大島:ルワンダの虐殺を扱った「ホテルルワンダ」という映画を見たときに、あそこで自分たちにできることはほとんど何もないと認めざるを得ない。しかし、あそこにいたる前にできることがあったのではないかと思う。リスクマネージメントが言われるが、最悪のシナリオに至る前にやるべきことを精一杯やることが大切だと思う。

*どうしたら核兵器がなくせるか
ラム:これは非常に難しい問題だ。なぜなら核兵器に関わる問題ではなく、人間の問題だからだ。人間に恐れがあるから、核兵器を所有してしまうのである。そこには、核を持つことで力を手に入れたいという野望がある。アメリカの原爆投下には正当化できる理由はなかった。それでも原爆を使用したのも野望の故である。
 原爆投下後、原爆を作った科学者が大統領に面会を求めて、原爆投下の理由をただしたが、それに対する大統領の返事は、「そのようなことを問うのは、あなた達の仕事ではない」というものだった。その結果、憂慮する科学者の会ができて、どういう理由でこの兵器を作るかという理由を説明されないかぎり兵器の製造を拒否することにした。
 何事においても、疑問を持つこと、考え続けること、考えたら行動してみることが大切だと思う。そうすることで、世の中は少しずつ変化するものだ。

*9条は生まれたばかりの赤ちゃんにたとえられるかもしれない。そして戦争は成人したおとなにたとえられよう。戦争を取るか九条をとるかという議論で、自分で立って歩くこともできないじゃないかと九条を批判する人は言う。でも、どうして九条という赤ちゃんを大切に育ててみようともしないで、血で血を洗う戦争を選ばないといけないのだろうか。九条を育ててみよう。

ラム:私は皆さんが幸せであること、そして世界に幸せを与えられる人であることを願っています。


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