My Last Duchess 「逝ける公爵夫人」 Dramatic Lyrics 『劇的抒情詩』(1842) →原文

 詩集の初版では、"Italy and France"というタイトルで、"My Last Duchess"(Italy) と"Count Gismond"(France)がひとつの詩として発表され、後の改訂版で別々の詩になった。正確な月日は不詳だが、1842年の前半の作と推定されている。56行の短い詩で、各行は5詩脚から成り、全体は弱強形 iambic のリズムで、行末は対韻 couplet rhyme (2行ごとに脚韻を踏む、二行連句)になっている。

 語り手の公爵は、a nine-hundred-years-old name (九百年もの古い家系、33)をもつ、イタリア・ルネサンス期の典型的貴族。北東部の町フェラーラの貴族、Alfonso II (1533-98), fifth Duke of Ferrara、5代公爵アルフォンソ2世がモデルだとされている(スペイン、ポルトガル王のアルフォンソとは別)。タイトルの下の Ferrara は、1849年になってからブラウニングが付加したもの。

 1 That's my last Duchess painted on the wall,
 2 Looking as if she were alive; I call
 3 That piece a wonder, now: Fra Pandolf's hands
 4 Worked busily a day, and there she stands.

 「壁にかかっている絵、あれが亡くなった前の妻です。まるで生きているかのようでしょう。今では傑作と呼びますよ。修道士パンドルフが一日、忙しく筆を動かして、そして今、彼女はそこにいるというわけです」

 【Fra】(ローマカトリック)フラ。平修士(friar, brother)の名の前につける呼称。Fra Angelico フラ・アンジェリコ(15世紀フローレンスの画家)、「Fra Lippo Lippi フラ・リッポ・リッピ」(ブラウニングの詩)など。イタリア語でfrate(修道士)の略語。

 公爵が語りかけているのは、新たに妻として迎えることになった令嬢の父君 The Count your Master's (あなたのご主人の伯爵、49)がよこした使者、つまり仲人だ。男を階上の一室に通し、そこに掛けられた前夫人の肖像画を見せている。まるで生きているように描かれたこの絵は、驚くべき作品(I call that piece a wonder, now)で、「真剣なまなざしに秘められた深い情熱」the depth and passion of its earnest glance (8)が見てとれるが、それは夫である自分にだけ向けられたものではなかった。肖像画を描いた Fra Pandolf パンドルフは想像上の人物。

 5  Will 't please you sit and look at her? I said
 6  "Fra Pandolf" by design, for never read
 7  Strangers like you that pictured countenance,
 8  The depth and passion of its earnest glance,
 9  But to myself they turned (since none puts by
10  The curtain I have drawn for you, but I)
11  And seemed as they would ask me, if they durst,
12  How such a glance came there; so, not the first
13  Are you to turn and ask thus.

 「(「修道士パンドルフ」という言葉を聞きとがめ、相手がけげんそうな表情を浮かべたのを見て)おかけになって、どうぞ絵をご覧ください。私が「修道士パンドルフ」と言ったのには、わけがあります。あなたのように初めての方が、あそこに描かれた表情に、真剣なまなざしに秘められた深い情熱を読みとると、必ず私を振り返り(なぜなら、あなたのために私が引き上げたカーテンのそばには私しかいないのですから)、そして勇気を出してできることなら私に尋ねたいような顔つきをされるのです。あのまなざしはどのようにして浮かんだものなのかと。ですから、私のほうを向いてお尋ねになるのは、あなたが初めてではないんですよ」

 Will't = Will it で、Will you please と同じ意味。→deep and passionate eager glance.  durst は dare の過去形。→ seemed as if they durst  → you are not the first to turn and ask thus.

 語っているのは公爵だけだが、使者が椅子に腰を下ろし、夫人の絵を見て、そこに並々ならぬ表情を読みとり、そして公爵に物言いたげな視線を投げかけたことまでが、読者には想像できる。夫人のまなざしは絵を見る人に強い印象を与え、一体どんな画家が描いたのだろうと思わせずにはいられない力をもっている。公爵は妻の肖像画を描かせるにあたり、俗人の画家を近づけさせたくはなく、色恋の対象にならない聖職者を選んだのかもしれない。ところが、修道士に対してさえ、お世辞を言われれば喜びの表情を浮かべてしまう妻に、不満や怒りを感じていることも伝わってくる。

                   Sir, 'twas not
14  Her husband's presence only, called that spot
15  Of joy into the Duchess' cheek: perhaps
16  Fra Pandolf chanced to say, "Her mantle laps
17  Over my Lady's wrist too much," or "Paint
18  Must never hope to reproduce the faint
19  Half-flush that dies along her throat"; such stuff
20  Was courtesy, she thought, and cause enough
21  For calling up that spot of joy. She had
22  A heart . . . how shall I say? . . . too soon made glad,
23  Too easily impressed; she liked whate'er
24  She looked on, and her looks went everywhere.
 
 「夫人の頬に喜びの表情が浮かんだのは、夫の前にいるときだけではなかったのですよ。おそらく、修道士パンドルフは言ったかもしれない。『マントが奥様の手首にかぶさりすぎております』とか、『喉の辺りを薄れていく、そのほんのりとした赤らみは、とても絵の具で再現することなどできそうにありません』とか。そうした言葉を、彼女は儀礼的なものだと思ったでしょうが、それでもあの喜びの表情を引き出すには十分だったのです。あれの心は……さて、なんと言ったものか、すぐに嬉しくなってしまって、すぐに感銘を受けてしまう。目につくものは何でも好きになって、しかもあらゆるものに目を向けたのですよ」

 'twas = it was.

 公爵夫人は画家のちょっとしたお世辞にも頬を赤らめ、どんな人からの贈り物にも愛想よく言葉をかけた。妻であるなら、愛情は夫である自分にだけ注ぐべきであるのに、夫人の軽率さは日に日につのるばかり。見るに見かね、ある日、微笑むのをやめるように命じると、それ以来、ぱったりとやみ、やがて死んで、肖像画に収まった。

25  Sir, 'twas all one! My favour at her breast,
26  The dropping of the daylight in the West,
27  The bough of cherries some officious fool
28  Broke in the orchard for her, the white mule
29  She rode with round the terrace--all and each
30  Would draw from her alike the approving speech,
31  Or blush, at least. She thanked men,--good; but thanked
32  Somehow . . . I know not how . . . as if she ranked
33  My gift of a nine-hundred-years-old name
34  With anybody's gift. Who'd stoop to blame


 46 Then all smiles stopped together.  微笑みはぱったりとまった

 この簡潔な一行が、詩全体のなかで強烈な印象を残す。無情な公爵はそれきり夫人の話題をやめてしまい、階下へと男を促しながら、持参金の話を持ち出す。階下に向かう途中に青銅の像がある。

 54 Together down, Sir! Notice Neptune, though, (階下へ)まいりましょう。ごらんなさい、海神の像ですが
 55 Taming a sea-horse, thought a rarity, 海馬を手なづけている、珍品と言われるしろもの、
 56 Which Claus of Innsbruck cast in bronze for me. インスブラックのクラウスが私のために青銅で型どったものです。

 インスブラックのクラウスも想像上の芸術家。「海馬を慣らしている海神」は、「公爵が前夫人を手なずけ、やがて死に至らしめたことを暗示している」(大庭)。男を通じて自分の尊大さを示し、新しい夫人の愛情を独占したい旨を伯爵家に伝えようとしている。

《参考》
石井正之助『英詩の諸相―様式と展開―』(大修館書店、1984年)
大庭千尋『ブラウニング詩集』(国文社、1977年)

ed. by Adam Roberts. Robert Browning. Oxford University Press. 1997
ed. by Robyn V. Young. Poetry Criticism. Gale Research Inc. 1991 (Vol.2 "Robert Browning")
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