ダーウィン『種の起源』(1859)

Charles Robert Darwin(1809. 2.12-1882. 4.19)
 18世紀イギリス産業革命の担い手、ジョサイア・ウエッジウッドとエラズマス・ダーウィンの孫として生まれる。祖父および父にならい医学を志してエディンバラ大学に進むが、解剖実習に耐えられず挫折。牧師の道に転向し、ケンブリッジ大学で神学、古典語などにとりくむかたわら、自然研究のてほどきもうける。

 1932年12月、無給スタッフとしてビーグル号に乗船。南米やガラパゴスをへて36年10月、帰国したときには、一生のテーマを自覚したナチュラリストに変貌。39年1月、エマ・ウエッジウッドと結婚。以後、『ビーグル号航海記』(1840)、『種の起源』(1859)、『人間の由来』(1871) など世界に衝撃をもたらした著作を刊行するかたわら、6男4女をもうける。大地主階級の恩恵をぞんぶんに受けつつ、英国国教会派や保守勢力をラディカルに否定する論証をかためる日々で、生涯心身不調になやまされる。

 神を自然界から追放した張本人ながら、没後は英国国教会の象徴、ウェストミンスター大聖堂に葬られる。

Charles Darwin, The Origin of Species by Means of Natural Selection or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life, Penguin Books, 1968

ダーウィン著/八杉龍一訳『種の起原』上・下(岩波文庫)

 [内容]  家畜や栽培植物には多くの品種がある。それらの品種は,育種家が長期間にわたって生物の微少な変異に着目し,それを選択(人為淘汰)することによってつくられたものである。自然界における生物も,その体部にさまざまな小さな変異をもつ。しかも生物は生じた種子,生まれた子のごく少数しか育たないほど多産である。これは,おのおのの種の生物の間に生存闘争があることを示している。日光や水分,品を求め,あるいは繁殖の相手を求め,敵からのがれるというような闘争の中で,少しでも有利な変異をもつ個体(適者)が生き残り,さらに繁殖する(これを人為淘汰に対して自然淘汰という)。それらの子孫は親の代より有利な変異がいっそう著しい。このようにして軽微な変異が蓄積され,やがて変種を生ずる。新しい変種は適応力の劣っている祖型を滅ぼし,それにとってかわる。生物の形態学的・発生学的観察事実,痕跡器官の存在については,おのおのの生物がより下等なものに由来ししだいに発達してきたと考えることによって,よく納得される。進化論に対して,化石が連続的でないという反論があるが,これは地質学的記録が不完全にしか保持されていないとして説明される。(平凡社世界大百科より引用)

◆ジリアン・ビア/渡辺ちあき+松井優子訳『ダーウィンの衝撃』(工作舎、1998年)(書評/2)
 Gillian Beer, DARWIN'S PLOTS: Evolutionary Narrative in Darwin, George Eliot and Nineteenth-Century Fiction, 1983

 ダーウィンの『種の起源』は1859年に発表されるやいなや、幅広い層に衝撃をもたらした。ジョージ・エリオット、トマス・ハーディら19世紀のイギリスの作家たちも進化論に染まり、小説を書く上でさまざまな形でこれを取り入れたり、あるいは反発したりした。彼の進化思想が19世紀小説の構造に与えた影響ははかりしれない。

 『種の起源』はダーウィンの時代の人々に広く、しかも徹底的に読まれた。種の変化・発達・絶滅の生じる段取りに対する彼の考えが、自然の秩序に対する人々の理解に大変革を起こすことになった。我々はダーウィン以降の時代に生きている。たとえ『種の起源』を一語たりとも読んでいなくとも、誰もが気づくとダーウィン的な考え方に染まった世界で生きていて、それ以前の考え方はすっかり過去と化し、思い込みか神話でしかなくなっている。だから、ある作家がダーウィンを読んでいたか否かを問題にしてもはじまらない。

 が、ある思想の影響を受けたかどうかは、その思想を体系的に述べた著作を読んだことがあるかないかでかなり違う。ジョージ・エリオットの場合、彼女がダーウィンを読んでいたことは日記、書簡、その他から明らかである。

(Letter to the Brays, 25th Nov. 1859) We are reading Darwin's book on Species, just come out after long expectation. It is an elaborate exposition of the evidence in favour of the Development Theory, and so makes an epoch.

(Journal, Nov. 23, 1859) We began Darwin's book on 'The Origin of Species' to-night. Though full of interesting matters, it is not impressive, from want of luminous and orderly presentation.

(Letter to Madame Bodichon, 5th Dec. 1859) We have been reading Darwin's book on the 'Origin of Species' just now: it makes an epoch, as the expression of his thorough adhesion, after long years of study, to the Doctrine of Development -- and not the adhesion of an anonym like the author of the 'Vestiges', but of a long-celebrated naturalist. The book is sadly wanting in illustrative facts -- of which he has collected a vast number, but reserves them for a future book, of which this smaller one is the avant coureur. This will prevent the work from becoming popular as the 'Vestiges' did, but it will have a great effect in the scientific world, causing a thorough and open discussion of a question about which people have hitherto felt timid. So the world gets o step by step towards brave clearness and honesty! But to me the Development Theory, and all other explanations of processes by which things came to be, produce a feeble impression compared wigh the mystery that lies under the processes.

                                     (J.W.Cross, George Eliot's Life, より引用)

☆『翻訳の世界』2000年4月号「99年 翻訳書ベスト10」ノンフィクション部門37位