感想は冷めないうちに〜読書日記 

キャサリン・ハリソン『キス』岩本正恵訳、新潮社クレストブックス、1999年(May 06, '00記) 

 事実は小説より奇なり、なんていう今はクリシェとなったバイロンの言葉を、どうしても使ってしまう。キャサリ・ハリソン『キス』。《近親相姦》、《近親相姦》と派手に書き立てる宣伝文句を見ていなければ、もっとゆったりと文章を味わいながら読めたと思うのに。それは何年かたってから再びの楽しみにするとして。

 生後半年で、離婚のため自分の元を去った父親と二十年ぶりに再会し、恋におちてしまうという筋書きは、フィクションのプロットとしてならこれまでにもあったに違いない。ノンフィクションだからこその価値である。最後まで読み、補足にムックの『来たるべき作家たち』でハリソンのインタビュー記事を読んでもなお、彼女の気持ちがつかめない。

「それからの年月、あのキスの一刺しがわたしを変えたと思うことだろう。サソリの毒針のように、口から脳に広がる麻薬。あのキスをきっかけに、わたしはゆっくりと、容赦なく、眠りに落ちる。意志の力を放棄し、麻痺しはじめる。父がわたしをむさぼるために与える毒。わたしがむさぼられたいと望むように仕向ける毒」

 この《キスの一刺し》という言葉が、全編にわたってそれこそ毒のように効いている。彼女は決して饒舌ではない。おそらくは一度書いた文章を削って、削って、……まるで詩を書いたり、作詞をしたりするような作業をするのだろう。1の文を書けば、10の気持ちを読み取ってほしい、というふうに訴えている声が聞こえるような気がする。性描写がほとんどないために、読者は否が応でも想像力を働かせてしまうのだ――知能犯。

 出版当時、7歳だった子どもはまだこの本の存在を知らない。どんな形で知ることになるのだろう。夫は最初から協力的で、夫の実家にも刊行前に一読してもらい、了承を得たという。ムック本に掲載されたハリソンの美しい顔を見つめながら、強い意志をもった人なのだなと思う。この本を書いたことの評価が本当に判別するのは、これから彼女が多くの作品を著し、小説家としての才能を世に認められてからのことだ。20年後、ハリソンが還暦を迎える頃に、この作品が彼女の業績のなかで金字塔のように輝いているといい。

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