感想は冷めないうちに〜読書日記 

Jackie Kay "Trumpet" Pantheon Books., New York, 1999/ 278p (July 28, '99記)

『グランタ』63号に掲載された「ミルク(Milk)」を読んで興味をもった、スコットランド出身の黒人詩人ジャッキー・ケイの処女小説。泣ける。

【あらすじ】
 数々の功績を残した栄光のトランペット奏者ジョス・ムーディ、70歳。ハンサムでダンディで、才能豊かで、バンドのメンバーからもファンからも愛された国民的英雄の葬儀は、愛する妻や息子、友人たちに囲まれしめやかに執り行われるはずだった。ところが、彼の死により恐るべき事実が発覚する。まさかまさか、あのジョスが実は女性だったとは。

 この秘密を唯一知っていた妻のミリーはマスコミに追われ、安らぎを求めてロンドンからスコットランド沿岸部にある別荘に一人旅立つ。三十年以上も同じ屋根の下で暮らしながら何も知らされていなかった養子コールマンは、欺かれ裏切られたことで両親に対し激しい憤りを覚え、フリーランスのジャーナリストであるソフィ・ストーンズがジョスの本を出版しようと持ち掛ける話に、心ならずものってしまう。

 秘密を最初に知ったのは、死亡報告書を作成した医者だった。死者を清めた葬儀屋、報告書を受理した登記者、秘密は順々に波紋をよんでいく。ジョスと共に十年以上も世界ツアーを回ったドラム奏者、バンドのメンバーたち、家政婦、家に遊びに来た息子の友人。誰もがまったく気づいていなかった。

 本の出版で何とか名を挙げたいと必死のソフィは、スコットランドへの取材旅行になんとかコールマンを同行させる。二人はどうやって怪しまれずに結婚生活が送れたのか、婚姻届は、幼い頃の写真は、少女時代を知る友人は。男装を始めたそもそものきっかけは何だったのか。

 夫との思い出がつまった別荘で、ミリーは昔を振り返っていた。息子は二度と口をきいてくれないかもしれない。自分のしたことは間違っていたのだろうか。いや、そんなはずはない。誰に迷惑をかけたわけでもなく、自分の信じるままに生きてきただけだ。ミリーはゆっくりと心を癒していく。ソフィからの手紙で本の出版計画
を知るが、それに立ち向かう心の準備はできていた。

 コールマンは父親の過去を暴こうとする自分に次第に嫌悪感を覚えはじめる。そして奇跡的に叶ったジョスの母親との面会後、ついに出版を取り下げる。

【感想】
 ケイはこれまでに詩集2冊を上梓しており、1冊めの"Other Lovers"はサマセット・モーム賞を受賞している。この作品は昨年、ロンドンで出版され、98年ガーディアン・フィクション賞、99年作家クラブ処女小説賞受賞と、小説の世界でも幸先のいいスタートを切った。

 ある有名音楽家が死んだら、実は女性だった。世間も、嫡子すらすっかり騙されていた――こんな奇想天外なプロットを聞けば、誰だって頭のなかが「?」で埋まるのではないか。なぜ? どうやって? 男装の麗人なんて『ベルばら』や宝塚でもあるまいし、と。ところが、ジャッキー・ケイは非常に説得力のあるエピソードで、この一見、冗談のようなストーリーを読者に信じ込ませていく。

 そして、読んでいる側はジョスとミリーの愛情の深さに打たれ、やがてジョスが性別を詐称したことなど、どうでもいいことのように思えてしまうのだ。問題はそんなことではない。人間はこんなにも深く、一人の人間を愛せるものだったのかという、大きな慈愛の気持ちに包まれる。

 ミリーはレズでも何でもない、普通の女性だった。付き合いはじめて半年になるのに、一向にキス以上に進まないのは何故かと不信に思う。ここまでは大方の読者も同じ立場だ。秘密を打ち明けられてショックを受けるものの、二人は結婚する。それからジョスが死ぬ日まで実に40年間も、毎朝毎朝、ミリーはジョスの胸に晒し布を巻き続けたのだ。

 ミリーは白人、ジョスは黒人のハーフだった。ミリーの母親は黒人との結婚に大反対するが、実はもっと重大な秘密があることをミリーは打ち明けることができない。結婚して数年後、ミリーは子どもが欲しくてたまらなくなる。「よくも騙してくれたわね、あなたのせいで私は一生、子どもが生めない!」ジョスは傷つき、やがて二人は黒人の養子をもらう。

 この本を読んで、男性読者はどんな感想をもつのだろう。グランタの編集長イアン・ジャックの評が裏表紙に載っている。「慈愛と思いやりに引き込まれ、夢中で読んだ。作品のもつエネルギーと率直さが読者に大きな満足を与える。自分とはまったく違う種類の人間が、実際は非常に近しい人間だということがわかる」