| 感想は冷めないうちに〜読書日記 |
イアン・マキューアン『アムステルダム』小山太一訳、新潮社 1999年 (July 22, '99記)
| 去年のブッカー賞受賞作。 【あらすじ】 才知に長け、センスも抜群で男を虜にする女性、モリー。彼女を看取った夫ジョージは出版社社長であり、過去の恋人たちも有名作曲家クライヴ、新聞編集長ヴァーノン、そして外務大臣ガーモニーと華やかな顔ぶれだ。モリーの早すぎた死は、この男たちの運命を大きく変えた。 ジョージは、遺品からガーモニーの女装写真を見つけ、ヴァーノンにもちこむ。現職の外務大臣で次期首相の座も狙うガーモニーを失脚させられるだけの力をもつ、写真である。担当紙の販売部数下降に悩むヴァーノンは格好のネタと飛びつき、反対派を押し切って一面で公表する手はずを整える。ヴァーノンは親友のクライヴに も相談するが、最後まで賛同は得られない。 政府から西暦二千年を祝う交響曲制作を委嘱されたクライヴは、締切に追われていた。痴呆状態で死んだモリーの最期に不安にかられ、ヴァーノンと「もしどちらかがそんな状態になったら安楽死させる」約束をする。クライヴは交響曲の最終部を作るため湖水地方の渓谷に出かける。自然の音をヒントに作曲に集中するものの、 運悪く男女が争う現場を目撃してしまう。 写真公表の前日、難しい手術を成功させTVインタビューに応じた小児外科医ローズ・ガーモニーは、自ら問題の写真を手に夫を擁護し、ヴァーノンを非難する。これが奏効して世論は外務大臣を支持し、ヴァーノンは一挙に窮地に追い込まれる。 曲完成を間近に、もう一歩というところで警察から協力を要請されたクライヴは、欠陥部分を残したままの交響曲をアムステルダムで発表することになる。新聞社を解雇されたヴァーノンもこの場に訪れる。 アムステルダム。そこは合法的に安楽死が認められる地だった。ジョージとガーモニーは二人の遺体を引き取りに行く。ローズの得策に助けられたとはいえ、ガーモニーもまた解任は免れなかった。亡き妻の過去を消し去り満足したジョージは、晴れ晴れとモリーの追悼式を計画する。 【感想】 軽い。ストーリーテリングというか、これがブッカーなら何故アーチャー作品は駄目なのだろう、と思わずにはいられなかった。 四人の男性が描かれているが、なかでも魅力的なのは当代一の作曲家、クライヴ・リンリーだ。絶対音感をモチーフに使う話を最近よく見かける。すべての芸術は音楽に憧れる、という言葉があるが、これといった大音楽家を過去に輩出できなかったイギリスの、音楽への強い憧れをこの作品にも感じた。ビートルズに勲章をあげたくなる気持ちもわかる気がする。 親友同士が感情の行き違いから互いを憎み、悲劇に終わるというメインプロットは明解だ。期せずして、それがモリーとの思い出を独占したい恋敵ジョージの利になってしまうという皮肉も面白い。伏線バリバリの、エピソード盛りだくさんの小説が好みの私には物足りなく思えたが。 一方で、タイトルは印象的だ。「な〜んでアムステルダムなの」と思いながら読み進み、納得したのは最後の最後だった。「訳者あとがき」に題名の由来が披露されている。精神科医の友人との会話で、アルツハイマーになったらアムステルダムに連れていって安楽死させてくれ、という話が出た。それ以来、アムステルダムという言葉が「おまえ、どうかしてるぞ」という暗号になった、と。 数年前、レーガン元大統領が病気を告白して、アルツハイマーへの関心がとても高かったころ、会社で同僚とそんな遊びをした記憶がある。何かし忘れると「あ、アはいってる」などと指摘するのだ。マキューアンのこのエピソードが、ある意味で一番心に残った。この小説のタイトルはもう『アムステルダム』以外には考えられない。 新聞の書評(毎日、東京)と『波』の評を読んだ。二人の評者が「あっという間に読んだ」という表現を使っているのが面白い。これは小説にとって褒め言葉なのかどうか。ただ、翻訳にとってはやはり、褒め言葉なのではないだろうか。とても読みやすい訳だった。 |