| 感想は冷めないうちに〜読書日記 |
A.S.Byatt "The Game" (London:Chatto & Windus, 1967/ 238p) (July 19, '99記)
| バイアットの初期の作品。 【あらすじ】 オックスフォード大学で中世文学専攻の特別研究員である姉のカサンドラと売れっ子小説家の妹ジュリア。幼い頃から二人の間には姉妹ならではの確執があった。姉はリーダーシップを取りたがり、妹は姉のもつものは何でも欲しがる。 カサンドラが中世の物語を交えて創作した双六のようなゲームでも、先導役はいつも姉のほうだった。カサンドラはストーリー作成に才能を覗かせ、多量の日記とともに詩や創作を書いた。そしてジュリアは、姉の書いた物を盗み見する常習犯だった。 二十歳の頃、カサンドラは故郷で生物学を専攻するサイモンに恋をするが、姉の日記から一部始終を知るジュリアに横取りされる。これが原因で疎遠になっていた二人は、父親の臨終に際し久しぶりに再会する。雪に閉ざされ逗留を余儀なくされた姉妹は過去を水に流し打ち解けようとするものの、実際には互いに憎しみに近い感情をもっていることを改めて自覚する。 ジュリアには夫トールと娘デボラがいる。信仰心篤い宗教家の夫は貧民を自宅に住まわせるなどジュリアの理解を超える行動をし、娘も母親に対し常に反抗する。恋愛も含め自分の周囲に起きた出来事は何でも小説のネタにし、包み隠さず人に話さなくては気の済まないジュリアには、不倫相手のアイヴァンまでもが批判的になる。 ジュリアはふとしたことから姉の精神衰弱を知り、強烈な創作意識を覚えてカサンドラとサイモンをモデルにした小説を一気に書きあげる。多少は罪の意識を感じつつも出版してしまい、カサンドラをまたもや傷つけるばかりか、遂に死に追いやってしまう。 【感想】 豊かな想像力をもつカサンドラは物を書かずにはおれず、文章のうまい妹はストーリーさえあれば人をうならせる小説に仕立てる。二人で協力し合えば素晴らしい作品が生まれるだろうに、世の中、うまくいかないものだ。 姉や兄の立場にある人なら誰でも経験があるだろう。大事な宝物、たとえばマンガ本やゲーム機やレコードなどを、妹や弟にもっていかれないように隠したことはないだろうか。自分の書いた日記を実は弟妹がこっそり盗み見していたとしたら、そしてある日出版された小説を読んで書かれているのが幼いころ自分が書いた物語だと知ったら……。 実際に有名作家(マーガレット・ドラブル)を妹にもつバイアットがこんなプロットの作品を書いたことは非常に興味深い。 ボーヴォワールがサルトルの晩年を書いた『別れの儀式』を読んで、「身内に作家をもつこと」をしばらく考えさせられたことがあった。偉大なる大哲学者の老いた姿を公表することの是非はもちろん、自分が関わりをもつ人間について書くことがどの程度ゆるされるかという問題も突きつけられた気がしたからだ。 身内を題材にエッセイや小説を書いた作家は枚挙にいとまがない。中島梓は出産日記を書いたが、生後1年を境に「これ以上は息子の人権にかかわる」と中止した。大江健三郎、穂積隆信、モチーフの使われ方は様々だが、身近にあった衝撃的事実を元に作品を書いている例はたくさんある。柳美里の小説の問題なども記憶に新しいところだ。 バイアットも考えたことがあったのだろう。過去の恋愛や挫折、その後の後遺症を暴かれたカサンドラが自殺することで、一見、書かれた側が被害者のように思える。ところが、姉がいなければ日記を盗み見したりはしなかった、姉を題材に小説を書くこともなかった、その気にさせたのはカサンドラのほうでゲームの指揮はいつも姉が取っていたのだ、というジュリア側の理屈も一方にはあったのだ。 さらに、カサンドラは自らが死ぬことによりジュリアを罪人にしようとした、という見方も成り立つわけで、結局、この姉妹が人生を賭けて闘い続けたゲームの勝敗はどちらとも言えない。もしかしたら、この作品『ゲーム』自体が、カサンドラの死後、姉の日記を元にジュリアが書いた小説かもしれないのだ。 こうした状況で、いつも兄や姉が死に、弟妹は逞しく生き延びる気がするのはなぜだろう。それにしても、妹が大事なものを盗むのは姉が隠すからだと、そんな論理もあったとは。 |