| 感想は冷めないうちに〜読書日記 |
Jeffrey Archer "Old Love" (in "A Quiver Full of Arrows" 1980) (July 08, '99記)
| 英文学史に登場する作品が『ベーオウルフ』にはじまり山ほど出てくるストーリー。OEDやTLSの話題もあり、興味深い短篇。 【あらすじ】 ウィリアムとフィリッパはオックスフォードの大学生。新入生のときから互いをライバル視し、異常な執念を燃やして勉学に励んできたが、フィリッパの父親が癌で亡くなったのを機に、心のなかに占める相手の存在の大きさに気づき、結婚する。その後も二人は互いをライバルに研究に励む。同時に博士号を取得し、戦時中には二人で暗号解読に当たり、そして同時に英文学教授になる。フィリッパがデイムの称号を与えられれば、ウィリアムもナイトの称号を得る。「闘うハチャード夫妻」はオックスフォードの伝説となりつつあった。退官を前にしたある日、フィリッパは突然倒れて死んだ。それを知ったウィリアムは自殺する。結婚以来、二人は数時間と離れたことはなかった。 【感想】 I・マードックに関する本を何冊か読んでいるうちに、アーチャーで私がいちばん気に入っているこの短篇を読み返したくなった。オックスフォードで生まれ、尽きた愛、というテーマが、最期まで夫ベイリーの愛情に支えられたマードックの生涯とダブったからだ。二人に子がないところも似ている。 さて、主人公のこの二人、文学部1年生でブレイク、ワーズワス、コールリッジ、シェリー、バイロン、キーツとロマン派の詩人についてはすべて修了してしまうなんてすごい勉強量。3年生で「シェイクスピア作品における風刺」という課題の懸賞論文に応募するときは、 ...they worked their separate ways through the entire Shakesperian canon, from Henry VI to Henry VIII. 以前は気づかなかったのだが『ヘンリー六世』はシェイクスピアの最初の作品で、『〜八世』は最晩年期の作品とされているから、彼の全作品を読んだ、ということだ。 この論文で「僕がトップ6に入らなかったら、この6人の名前があるはず」とウィリアムが挙げてみせた C.S.Lewis、Nichol Smith、Nevil Coghill,Edmund Blunden、R.W.Chambers、H.W.Garrard という名前。ルイスとチェンバーズしかわからないが、きっと有名な文学部の卒業生なのだろう。 プロポーズのシーンに『空騒ぎ』の台詞を使うとは、みごとだと思う。最近、グランタの作品を読んだり訳したりしていてよく感じるのだが、引用が減っていないだろうか。以前、翻訳学校で版権の切れた昔の作品を訳していたころは、バートレットなどの引用句辞典で躍起になって探した記憶がある。小説に引用を使うと同じことを言うのでも深みが出るのに。 60年代のはじめにこの教授夫妻がフィリップ・シドニーの作品についてTLSで紙上論争をした、というエピソードも拍手喝采面。こうしたことはいかにもありそうだ。モデルがあれば、尚おもしろいが。 ウィリアムが唯一しゃくに触るのは妻が自分より先に新聞のクロスワードを解いてしまうことだった。最後の朝、珍しくフィリッパがパズルで悩んでいる。解けない最後の鍵はスケルトンの詩。起きてきたウィリアムはすぐさま"whym-wham"だと自慢気に言うが、妻はそんな言葉はない、とキッチンにあったオックスフォード・ショーターを引いて応酬。すると夫は、10万語程度しか操れない人間が使う辞書なんか引くから載っていないのだ、研究室にあるOEDを引いてくるよ、私のように50万語を操れる学者にふさわしい辞書だ、といって大学へ出かけるのだ。 キッチンに英語の辞書が置いてあるところなど、二人の日常生活が見えてくるようでいいと思う。きっと言語や文学をテーマに食事中もずっと議論していたのだろう。ジャーナリストの千葉敦子さんが生前、どこにいても辞書が引けるように、とキッチンはもちろん全部の部屋に英和と和英を置いていた話を思い出した。 ところで、私がもっているOED第2版のCD-ROMには"whym-wham"という単語は入っていないのだが……。 |