Jan.30, '00 更新

いつかどこかで見たような〜寄稿・投稿 

ホワイトハウスの入りかた (Nov. 15, '99)

 オハイオにいる弟に急用ができ、アメリカに行ってきた。準備をせずにバタバタと出かけたので、アメリカ素人の私は電話のかけ方すらわからず終始オタオタと不安な旅だったが、念願かなってホワイトハウスの見学だけ
は成功した。今年はじめにミステリの下訳をした際、ホワイトハウスの場面で照明関係の調べ物に埒があかず、実際に見てみたいとずっと思っていたのだ。それでインターステートを飛ばして6時間余りのワシントンDCまでわざわざ足を伸ばした。

 さて、『地球の歩き方』には「ビジターセンターで朝7:30より整理券を発行、遅くても7:00ごろまでには行くべき」とある。出発前に数人の友人に訊いたところでは「ツアーでないと無理」「5回目でやっと入れた」との返事。現地の日本人も「前に行ったときはダメだった」と頼りない答え。
 
 ところでこの時期、アメリカはハロウィンの10月31日まで夏時間で、朝が遅い。7:00なんてまだ真っ暗。浮浪者だらけのホワイトハウス前に女の子が一人で行くものではないと強硬に反対され、泣く泣くこの大役は弟夫妻に任せた。

 ホワイトハウスの見学は火曜〜土曜の10:00〜12:00、一日5,500人と決められている。また、いろいろな事情で中止になることが頻繁だ。私が行った日の前日・前々日もツアーを含めすべてキャンセルになっていた。

 さて、シーズンオフのこの日は、なんと整理券を発行しない日だった。いったんホテルに戻った弟たちと、母を連れて再び9:30ごろに着いたときはすでに長蛇の列。入場できるのだろうかと不安ながらも、後から後から人が来て私たちの後ろに並んでいく。旅行者はもちろん多いが、国内各地からもずいぶん来ていた。

 ようやく入場できたのが11:30ごろ。セキュリティチェックはしたが、空港程度の簡単なもので、こんなのでいいのかなという感じ。見学できるのは1階の図書室、銀メッキ室、2階の緑・赤・青の各部屋、ダイニングルームだ。歴代大統領の肖像画が至るところに飾られていた。

 2階の窓から前の公園や向こうに見える塔、ジェファーソン記念館などを臨む風景に感動。撮影禁止で写真が残らないのが残念だ。帰りに偶然、クリントン大統領の愛犬バディくんに会った。猫のソックスちゃんは写真だけだった。そうそう、警備の照明関係はバッチリ確認できた。ワシントンへお出かけの際はぜひお試しください。

グランタ翻訳クラブの"野望" (Jul. 15, '99)

 昨年秋、ニフティの文芸翻訳フォーラム内に発足したグランタ翻訳クラブは細々と活動を続けている。イギリスの季刊文芸誌"GRANTA"をテキストに読書会を行いつつ、英米文学周辺の話題で盛り上がっている。今年2月には翻訳勉強会を行う場としてワークショップを開設した。最初に取り上げた作品はグランタ誌64号に掲載されたバリー・アンズワースの短篇。

 アンズワースはイギリスでは権威ある文学賞・ブッカー賞の受賞者で、邦訳はないが欧州では有名な作家だ。彼が今秋、ネルソン提督を主題にした歴史小説を刊行するにあたり、取材のため訪れたナポリでの顛末を書いた旅行記で、ユーモアとペーソスに溢れた美しい文章である。30枚足らずの短篇だが、勉強会には約2ヶ月をかけ、参加者全員で念入りな検討を行って各自全訳を仕上げた。

 続いて4月にはブッカー賞の歴史を扱った短篇の全訳を、そして5月からは65号に掲載されたハニフ・クレ
イシという新進作家の短篇を訳し、そろそろ終了しようとしている。これで3本の全訳が完成する。手塩にかけたせっかくの訳文、どこかに発表できないものか。雑誌掲載の小説を無断転載するなど以っての外、それは翻訳も同じだ。それに翻訳権の問題もある。一方、クラブで発行しているメールマガジン「グランタ通信」。これに発表するのはどうだろう。

 そこで早速、ロンドンのグランタ編集部に熱烈なレターを書いた。どきどきしながら首を長くして待っていると、エディターから返事が。同時に、アンズワースのエージェントにも連絡を取ってくれ、さきごろ無事、本人の承諾を得ることができた。おお。

 3号の柴田元幸先生講演録も、掲載に当たっては講演会の主催者と連絡を取って許可をいただいた。これも、どきどきものだった。お蔭さまで反響も大きく、書いて良かったと思う。現在編集中の、今年2月に亡くな
ったアイリス・マードックを特集したグランタ通信4号は本日、配信する。そして、次の5号にはアンズワース「ナポリは休館中」の全訳を掲載する。クラブの勉強の成果をご覧いただきたい。

 まだファンクラブ程度の活動だが、根気よく全訳作品を貯め、いつかアンソロジーなど作れたらいいな、と考えている。

自分専用辞書を作る (Mar. 15, '99)

 昨年秋、PDIC でコツコツと作っていた自分専用辞書のファイルをうっかり捨てていたことがわかったときは、ショックだった。翻訳フォーラムの仲間のアドバイスをもとに、今度はエディタで作りはじめたのだが、これが
なかなか具合がいいのでご紹介しよう。

《用意するもの》 秀丸エディタ。

《作り方》 訳しながら「これは」という名訳語が浮かんだときに、すかさずコピー&ペーストする。原文も書いておく。それだけだ。

(例) an enormous imposing edifice 迫力ある殿堂
    威容を誇る(他を圧するようないかめしい姿。威厳のあるかたち)
    壮大な建物、堂々とそびえたつ宮殿

 秀丸にはGREPという検索機能がついている。「これは前に出てきたぞ。あのときはどんな訳語にしたっけ」というときに、enormous、imposing、edifice、殿堂、威容、壮大などのどれかを窓に放り込めば、すぐに見つけてくれるのだ。かんたん、かんたん。

 勉強会でほかのメンバーの思わず唸るような訳語を見たときも、対訳もので「いいな」と思ったときも登録する。まめにバックアップしよう。まだ3000行程度の文書だが、秀丸なら何万行になっても小さなファイルなので、フロッピーで十分だ。

奨励賞、頑張ろう (Dec. 15, '98)

 今年はミステリ。私はジャンルが違い少々がっかりしているが、喜んでいる人は多いだろう。現在受講しているクラスの先生の言葉をお借りすれば「奨励賞というのは出すもの」だそうだ。課題の向き不向きもあるから、とりあえず出し続けてみなさい、ということだろうか。

 私も去年、初めて挑戦した。結果は一次通過で、今年はそれ以上をめざす。ところで、前回の奨励賞で一緒に勉強会をやった仲間が優秀賞をとったが、今のところシノプシスを2本やっただけで、仕事がこないと嘆いている。一方、努力賞をとったもう一人の仲間は、直接Bから依頼された仕事ではないが、すでに訳書(絵本)を一冊出した。

 彼らの姿を見ながら、学ぶべき点がたくさんあると思う。事務局の方が去年の受賞者になかなか仕事がつかなくてと漏らされたことがあった。また先日、優秀賞の仲間の話になったときも、同じようなことをおっしゃっていた。翻訳の能力はさておき、コミュニケーション能力のほうに問題があるのだという印象を私は受けた。

 受賞したらその肩書きを武器に各社に売り込もう、くらいに思ってどんどんアピールしないと、なかなか仕事には結びつかないのだ。自信がないのはもちろんだが、はじめてしまえば後からついてくるものなのかもしれない。これからはあらゆる手段を使ってアクションを起こそうと思う。

 さあ、売り込みを開始しよう。といっても「○○賞一次通過しました」では却って自分はまだ能力が足りませんと宣伝するようなものだが。

バイアット講演会 参加報告 (Nov. 15, '99)

 10月29日、ブリティッシュ・カウンシルにて上記講演会が開催された。A S Byatt は1990年、"Possession:a romance"(邦題「抱擁」)でブッカー賞を受賞。ロンドン大学で教鞭をとる傍ら精力的に小説を発表し、日本でも
ファンの多い女流作家だ。ユーモアを交えての淀みなく内容の深い話はさすが先生、ビジネスマンのご主人や二人のお嬢さんのエピソードも見え隠れして、楽しい講演会だった。

 なかでも印象に残るのは、これからは全世界を対象に作品を創作すべきだ、ということ。イギリス人、日本人、といった自国の読者だけを想定するのではなく、ガブリエル・ガルシア マルケス やカズオ・イシグロのように、世界に発信する作家が文壇の主流になっていくだろう、ということだ。

 最近の political correctness を重視する動きは誰もが感じていることだと思うが、アンソロジーものや雑誌の編集を考えてみても、WASP作家だけが取り上げられる時代ではないと思う。そんな意味で、バイアットさんの語る世界的作家を心に留め、自分なりに新鋭作家を追ってみようと思った。

ホームページの表紙に戻る