日記

平成19年3月31日(土)
 平成18年度も本日で最後である。明日からは平成19年度が始まる。選挙も刻一刻と迫ってきており、焦りすら感じるこの頃である。
7日に控えた育成会総会準備のため、憩いの家に役員が集まって当日の参加賞作りと自治会への広報紙配布枚数の確認作業を行った。その作業は12時半ごろに終了。午後は、事務所片づけをはじめ、書類作成などを行う。来客も3組。


平成19年3月30日(金)
 午前中から来客が立て続けにある。今日から統一地方選挙の県議選及び精励し市議会選挙が始まったのだが、選挙の雰囲気は全く無い。案の定、午後5時を過ぎて定数2に対して立候補者2名と、小田原市における県議選は無投票で現職の2名が再選を果たした。
 夜には、警察署にて補導員の新旧役員情報交換会が開催されて、平成19年度の事業計画などを相談した。


平成19年3月29日(木)
 本年度も残り少なくなり、神奈川県に政治団体の収支報告書を出しにいくのを忘れていた。いや、時間が無くて行けなかったのが正解かもしれない。今週から仕事を始める娘に横浜までの運転を依頼する。小田原厚木道路の二宮ICの入り口合流は、ベテランドライバーにも難関である。右後方を確認してゴー。何とか合流に成功。今度は東名高速の厚木ICでのETCラインへの突入である。これも難なくクリアーし、保土ヶ谷バイパス、県庁と順調に車を進ませる。途中、中華街で食事(とはいっても、2人で合計1350円のランチ)をして、県庁に到着。県庁駐車場に停め、収支報告書を提出した。一部書き忘れを指摘されたものの、5分足らずで終了。そのまま同じ道を戻るが、東名高速では厚木付近で事故が発生し、2キロほどの渋滞に遭ったが、無事に帰宅した。
 娘は長時間の運転で疲れたのか、腕に低周波治療器を当てている。そんなに力んで運転しなくてもいいのに。まあそのうち慣れてくるさ。


平成19年3月28日(水)
 ようやく昨日で議会は終わったのだが、身体の具合が悪くて事務所でゆっくりと書類整理をすることにした。この時期に寝込むようなことがあってはならないが、議会の終わりが見えた時点で気が緩んでしまったのだろうか。薬を飲みながら事務処理に追われた。 


平成19年3月27日(火)
 本会議最終日である。長かった3月定例会も今日で終了であると共に今期最後の本会議である。予算特別委員長報告に対する賛否の討論、追加議案や議員提出議案が審議され、合併問題調査と区別委員長報告を受けて本議会は終結した。
 昼には幹部職員と議員の懇談会。午後には(仮称)城下町ホールの実施設計説明会に出席した。設計や設備に関して担当者からの説明もあり、一日も早い完成を心待ちにしている市民の期待に応えうる施設であると確信した。
 夕方から身体の調子が今一つである。鼻風邪か、頭も重いので早く寝ることにした。 


平成19年3月26日(月)
 午前中は議会運営委員会正副打ち合わせ。明日の3月定例会最終日の段取りについての確認なのだが、何が起きるかわからない。いずれにしても午後からの議運で混乱が無いことを祈るばかりである。午後の予算特別委員会委員長報告書の検討の時間まで少し時間がある。家に戻って出直しても中途半端な時間でもあり、そこで選挙の宣伝車に関して警察署に事前相談に行った。
 午後の予算特別委員会委員長報告書の検討はいつもの内容とはちがっており、先日付帯決議をした2件を中心にしての報告書である。平成19年度の事業は勿論2件だけではなく、どれも大切なものである。報告案は正副一任とした以上、総体的に書き換える訳にもいかないが、様々な観点で委員の意見を掲載するなどして幅を持たせた報告書にしたほうが良いと思った。
 その後、議会運営委員会を開催し、最終日に追加される議案や議員提出議案の取り扱いなどを協議した。議運閉会の後、挨拶を行ったのだが、この一年、とても勉強になったこと、様々な議論に告ぐ議論で、大変な一年だったことなど本心で挨拶させてもらった。ご協力いただいた議運メンバーの皆さん、ありがとうございました。


平成19年3月25日(日)
 朝から強い雨が横殴りで降っている。今日は選挙事前審査のために書類を役所に行って届けなければならない。私の番は昼直前であるが、まだいくつかの書類は完成しておらず、朝から事務所で印刷したりしているうちに時間が来てしまった。
 役所に着くと、雨は止み始めており、傘もいらなかった。書類は全てOKであり、告示日に封をされた書類を提出するだけである。
 夜には地元の交通安全協会総会に出席した。


平成19年3月24日(土)
 午前中は明日提出すべき「選挙届出書類」の準備を行う。午後には地元の戦没者慰霊祭に出席した。今にも雨が降り出しそうな天気であったが、なんとか行事中に雨は降らずに終わった。追悼の辞では、他の来賓者の倍以上の時間を要してしまったが、言いたいことは言えたと思っている。夕方にはアポイント一件。夜は地元の自治会連合会の総会に出席した。同僚議員が地元の2件の問題について先に話したので、橘住民にも関係する国府津駅の駅前整備の話をし、事務所に戻ってきた。


平成19年3月23日(金)
 今年度最後の朝のパトロールである。既に中学3年生と小学6年生は卒業しているため、人数は少なくなっているのだが、皆いつもより早く学校に行っているのか、いつもの時間に会う児童生徒たちが少ない。
 午前中は福祉文教常任委員会に出席。陳情一件と報告事項一件なので、一時間で終了。午後には役所でアポイント。事務所に戻って「選挙届出書類」の作成。
 昨日から鼻水が出始めて、身体もだるくなってきた。インフルエンザを疑いつつ医者に行くと、のどが少々赤いので薬をもらう。こんなところでインフルエンザや風邪にかかってしまったら大変である。
 夜には地元のパトロール。青灯車二台にて地域を巡回した。


平成19年3月22日(木)
 午前中に印刷会社に行って、ポスターの作成契約書を渡しながらポスター及び選挙ハガキ印刷の依頼。午後には事務所にてアポイント一件。夜には違反屋外広告物除却協力員の講習会に参加。小田原市内全部の除却協力員が集まっていると思っていたが、意外に少なかった。これでは講師の方も寂しいのではないかと思った。自分自身は新規登録者であり、来年度は協力員にもなる。除却については、計画書作成無しでも取れるようにとの意見が出たが、全くその通りである。行政からは「いつでも結構です」との返答があったが、県土木の悪いところを継承するようなことはすべきでない。有害広告物は、特に青少年の目には一分でも一秒でも触れさせてはならないのである。


平成19年3月21日(
 春分の日である。国旗を掲げ、友人を待つ。今日は友人達が集まってくれるという。家内の友人が午前中、私の友人が午後と、狭い事務所に一斉に集まらなかったことは、幸いである。皆さん仕事を持っている身であり、今日は休日なので家族サービスもあったと思うが、有難く思う。まだまだ、準備に取り掛かれるような体制にもなっていないが、現況を話しながら今後の対応をお願いする。


平成19年3月20日(火)
 小学校の卒業式に出席した。いつもはかなり陽気が暖かくなっているのだが、今日は少々冷え込んでいる。ストーブが何台か稼動していなければ、もっと寒かったに違いない。いつものように卒業生が卒業証書を受け取り、校長、教育委員会、私、PTA会長が挨拶し、お別れの言葉となる。卒業生が席から移動し、壇上を背にして在校生と対面する形だ。在校生や卒業生が思い出の言葉を述べているのだが、何時も同じような言葉で感動しない(個人的意見です)。卒業生がその場で立ち上がり、振り返って在校生と卒業生がお互い「お別れの歌」で送ったほうがよいと思う。少しでもフロア形式にさせようとしている意図も垣間見れるのだが、考えすぎだろうか。
 ひねくれ者と思われても仕方ないが、6年生と在校生との間で、作品を褒めてもらったり、優しい言葉をかけてもらったり本当にしたのだろうか。そうであれば、その子が作文やお手紙で表現したほうが良いと思う。形式だけの言葉にしか聞こえないへそ曲がりの私である。
 いずれにしても、卒業生は来年度は中学生である。勉強に部活に大いにがんばってもらいたい。


平成19年3月19日(月)
 予算特別委員会の総括質問の日である。各会派順番で質疑を行い、午前中に3会派の質問が終わった。自分の会派は最終である。一番手の私の最初の質問は意見的なことも含めての質問でもあり、再質問も一件に絞って質問し、同僚議員に残りの質問時間を託した。今期で引退を表明している議員でもあり、過去から専門的に関わってきた問題の集大成とも言うべき質問を行い、最後を飾った。まだまだ未熟で足元にも及ばない私だが、先輩議員の思いを継承してその問題にも取り組んでいくつもりである。
 採決に入る前に断続的に休憩が入った。付帯決議の要請があり全会一致で可決。予算特別委員会における採決は賛成多数をもって可決すべきものとの結論となった。
 長い長い予算委員会であった。同僚とも今の3月定例会のあり方について何時も議論している。来期に持ち越しの問題だが、このところはきっちり議論し、変えていこうと思いながら委員会室を後にした。


平成19年3月18日(日)
 朝から新聞配りに出かけようとしたが、今日は湘南国際マラソンの日であることをすっかり忘れていた。江ノ島をスタートした選手達はR134から西湘バイパスの二宮インターを折り返してスタートに戻るコースで、高橋尚子も10キロコースにゲストで登場するとも聞いた。どちらかというと市民マラソンであり、小田原を通る訳ではないのだが、成果無かった湘南市構想に関係した市町が後援してのイベントということに興味があった。更には、東京国際マラソンの成功もあり、箱根駅伝にて伝説のランナーを生み出している5区を擁する小田原において今後の活性化策としてマラソンは大きな起爆剤となりえると信じる私にとって、隣のイベントにも関心を持たねばならなかったのである。
 国道一号は混雑が予想されたがそうでもない。二宮ICの様子はどこで見れるのか、車線に人を入れているのか等の情報が全く無かったので、取り敢えず原付で行ってみた。だが、左カーブを曲がったとたんにリアタイヤが滑り出し、逆ハンを切って転倒は免れたが、リアタイヤはパンク状態となってしまった。その原付では何度か経験しているが、ホイルの曲がりがあるのかもしれない。エンジンをかけたままバランスを取りながら自宅まで戻ってもう一台の原付で向かった。二宮中学校付近から海岸に降りる道の途中をバイパス沿いに見ると、折り返しした選手達が散見できた。
 午前中、午後と新聞配りを行ったが、何人かの方のお宅に呼ばれて話をするなど、予定量をこなせなかった。明日は予算委員会総括質問日である。順番は最後であり、市長にはいくつかの提案をしていくつもりである。


平成19年3月17日(土)
 朝から自宅を出て、知人のお宅を訪問する。選挙情勢をはじめ様々な話をする。午後も同様に出かけたのだが、早く事務所に戻るはずが夜になってしまった。今日は雨が少々降ったり止んだりしていたため、新聞配りはどっちにしても出来なかった。昨日配布された事前説明会の内容を見直そうとしたのだが、それに目を通せないほど、事務所に戻っての仕事がたまってしまっていた。


平成19年3月16日(金)
 昨日は夜遅くまでパソコンの前に向かっていたので眠くて仕方ないが、7時半からの朝のパトロールに出かけた。8時に小学校北側道路にブルーアイズが集合し、橘ブルーアイズ結成一周年のセレモニーを行った。今日は風も吹いており物凄く寒い。会長をはじめ各人に一年が経過した思い等を語ってもらった。
 自宅に戻って今度は幼稚園の卒園式の支度をして幼稚園に出向いた。42名の卒園生が来年度は小学校に入学する。入学式と違って、年少さんも年長さんも大人しく席に座っていた。おめでとう。
 午後からは市議会議員選挙説明会に出席。友人と待ち合わせをして二名で参加。色々と噂が飛び交った候補予定者も今日が一つの判断材料となる。定数28に対して説明会参加者は34名。すなわち6名オーバーであり、新人は8名の名が挙がった。いよいよ選挙態勢に突入と言いたいところだが、予算委員会もまだ残っているし、議会最終日にはいくつかの議案採決も行われる予定である。
 事務所に戻り、今日は夕方に仲間が来るので暫し作業を行う。数人の友人を集めて今日の模様を報告。今後の予定について相談をする。


平成19年3月15日(木)
 予算特別委員会の現地視察。決算と違い、まだ整備されていないものについて見に行くのだが、この必要性の是非については初当選以来ずっと考えている。各所管審議の後にはこの現地視察をしてから総括質疑を行うことになっており、総括質疑の内容をこの視察の機会を利用して聞きに来るのである。
 来期に改めて予算委員会のあり方については議論されるだろうが、やはり総予算については全議員がある程度詳細な一年間の行政施策内容を把握していないといけないことから、まず二日間にわたってもよいから、執行部側の各所管による説明を行う。もちろん質疑は無しとする。その後、各委員会に分割して審議。その後、総括質疑として会派による代表質問を行うことを提案したい。現在のように、施政方針と説明されていない予算書を見ただけで代表質問を行うよりも、十分内容を聞いた上で市長の姿勢を問うほうがより充実した議論が出来るものと確信する。
 夜には育成会の定例会に出席。総会の内容などについて協議した。


平成19年3月14日(水)
 各所管別の予算審議は今日で最後である。教育費についての審議。学校教育部、生涯学習部の二つの所管だったが、終了したのはやはり夕刻となってしまった。今日はホワイトデーらしい。娘から家内にチョコのお返しをしなさいとのメールを受けたのだが、やはり買い忘れ、隣のコンビニで物色したのだが、既に夕刻でありそんなコーナーはもう既に無かった。仕方なく、ケーキとポッキーを買って渡した。


平成19年3月13日(火)
 朝のパトロールを終え、予算委員会に出席した。本日は都市部、建設部、消防、下水道部、水道局の各所管の審議であるが、都市部だけで夕方近くまで審議が続いた。昨日の反動からか、まだ数部署残っているのに既に外は暗くなりかかっている。今日は夜までかかると皆思ったに違いない。少々腹ごしらえをして夜にかかった委員会に出続ける。8時頃ようやく終了。長かった一日である。控え室に置いてあった携帯電話には5通もの留守電が入っており、駐車場にて電話をかけた。
 明日は教育費であるが、疲れ果てて予算書を見る気にもなれない。いや、寝床で巣の質問は考えよう。


平成19年3月12日(月)
 先週から予算特別委員会で朝から晩までみっちり審議しているため、他の用が出来ないでいる。今日はポスターや選挙ハガキ準備のため、業者に取り敢えず必要資料を渡しておくため、早めに自宅を出る。本日は経済部所管の審議と公営事業部の審議だったが、珍しく5時頃に終了した。いつもは6時半過ぎなので1時間半も早く終わった。
 なかなか散髪にも行けなかったので、この時間を使って理容店に。車に戻るとアポの依頼があり、事務所に戻る。


平成19年3月11日(日)
 朝一番に小田原アリーナで開催する「尊徳マラソン」に出席した。朝から雨が降っており、この分では中止か?と思いHPを開いてみても雨天中止や決行の文字は無い。参加費は3000円とあり、余程のことでない限り中止には出来ないだろうと思って会場に向かった。
 多くのランナーが雨の中ではあるがランニングしている。いつもは駐車場内での開会式だが、本日はアリーナ入り口にて開会式。議員は5人と少々寂しい出席状況だ。
 午前中から午後にかけて新聞作成を継続し、何とか紙折りまで終わった。育成会総会案内もやらねばならないし、防犯シートの名入れ作業もあって材料を買いに行きながら知人に選挙情勢などを聞きにいく。
 その方曰く、「選挙どうこう言うよりも、最近おかしいよ」と言う。どうやら、自治会や子ども会など今迄地域の中で順番や当たり前に組織され運営していたものに対して批判的な声が少なからず沸いているという。確かにいくつかの地区で様々な問題はいつもあるが、報酬をくれないと協力しない、役員は受けたくない。受けたくないだけでなくそうした組織はそもそも必要なの?などと自分に勝手のいい答えが返ってくることが余りにも多すぎると激怒していた。
 ボランティア人口が急増したり、何か協力しようと考える者も多数居るとの調査も報告されているとも伺っているが、その正反対の事例が噴出しているのは何故だろうか。東京国際マラソンでボランティアに配られる黄色いパーカーが足りなくなり、代用品を渡したら怒った者が多く居たとの記事も読んだ。人のためでなく、自分のため。見返りを求める心。ボランティアという言葉だけが一人歩きしていないだろうか。


平成19年3月10日(土)
 仮免許を取った娘が今日は一日フルに教習すると言うので送っていった。就職まであと20日程しかないのに、まだ相当教習がかかるらしい。しかしながら、本当に娘は自動車を運転するのだろうか。怖くて横には乗れないかもしれない。
 事務所にて新聞印刷作業。印刷機は時折変な音がして印刷がずれてしまう場合が頻繁になった。数十枚に一枚のペースでミスペーパーを抜く作業も楽ではない。夕方にはインクが無くなってしまった。予備も持っていないし、業者に連絡を取るも留守。或いは休みである。暫く他の用足しをしてもう一度電話してみると繋がった。今日は定休日らしいが、インクだけなら店を明けてくれるという。感謝感謝である。
 娘を迎えに行く前に店に立ち寄り、無事にインクを購入した。そこから教習所までは土曜日ということもあってかなり渋滞していたが、何とか5分前に到着できた。
 そのまま事務所で印刷作業を続行し、気がついたら12時を回ってしまっていた。 


平成19年3月9日(金)
 小田原市内公立中学校の卒業式が各学区で行われた。我が息子も今日で義務教育終了である。家内は朝から着物の着付けに出かけ、息子もいつも通りの時間に学校へ。私は式辞をもう一度見直して学校に出向いた。
 例年より少しは暖かい体育館に入る。在校生を見ると男の子はトレーナーやパーカー姿の子が多いが、女の子は殆どが制服っぽい服装だ。式典に相応しい格好を親や自分自身が考えて着てきたのだろうか。改めて制服を廃止した(正確には自由化した)意味は何もないと感じる。
 卒業生が入場し雛壇に座る。フロア形式のため、卒業生がいかにも主役というどこかの政党スローガンよろしく鎮座ましましている。おいおい、本日卒業できるのは、親や先生、地域の方々全ての自分に関わった方々がいたからこそ卒業を認められるという立場に君達が居ることなんだよ。いや、卒業生にこんなことを言ってもしょうがないか。そもそもそんな事を考えない、考えさせない「何者か」によっていつの間にか全国的に広まってしまった不思議な式典風景なのだから。
 国歌斉唱はいつものように大きな声で歌っているのにあまり目立たない。そうか、皆の声が大きくなったんだ。右側の在校生の声も良く聞こえてくる。その声は、後に歌った在校生の歌でもいつもより大きな歌声が響いた。
 息子をはじめ友人達も本当に大きくなった。幼稚園の頃遊んでいた仲間も幼い面影はあるにしろニキビ面の者もいる。おめでとう。心で叫ぶと自然と涙が出てきた。
 卒業式の歌は、何年ぶりに聞いたであろう「仰げば尊し」が復活した。息子からも聞いていたので嬉しい限りである。毎年卒業式の模様をこの日記に書いてきたし、主張にも掲載したように「仰げば尊し」への思い入れが人一倍強い私にはこらからもずっと続けて欲しいと願うばかりである。他の歌はピアノ伴奏であったが、この歌はアカペラであったことで尚更感動した。生徒達にはどのように感じているのだろうか。
 一足先に自宅に戻って家内と息子の帰りを待ったが、家内は友人と食事会へ。息子は打ち上げで自転車に乗って帰って来るなり出かけてしまった。
 夜のパトロールの最中に息子と友人の自転車とすれ違ったが、皆自転車のライトを点けていたので安心した。さあ、息子はこれからどんな高校生活を送るのだろう。今日は相当疲れたらしく、息子は早く寝入ってしまった。


平成19年3月8日(木)
 予算特別委員会3日目。衛生費、国保をはじめとする特別会計、病院企業会計を審議する。昨日と同様、書くときりが無いので省略させてもらう。今日も6時過ぎに終了。
 自宅に戻って急いで食事をして、事務所にて育成会相談会を行った。


平成19年3月7日(水)
 予算特別委員会2日目。総務費の市民部、防災部、監査及び民生費を審議する。詳細は後日報告。市民部所管の審議には多くの傍聴者が来られたが、集中審議となった件が終わると退席してしまった。関心のある所だけではなく、他の審議も見て欲しいなというのが率直な感想だ。本日も6時半ごろに終了。今日も疲れた。


平成19年3月6日(火)
 朝一番に来訪者。今日から予算特別委員会が始まった。市長の挨拶の後、議会費、総務費、公債費、諸支出金、予備費、宿泊施設特別会計を審議した。改選期の予算委員会はいつもなら例年に比べ相当に早く終わるようだが、今年はそうはいかないようだ。一日目は昨年よりも若干早い時間に終わったぐらいらしい。さあ、これから長丁場である。しっかり予習しとかないとね。
 明日の準備をしていて、本日育成会役員会があることをすっかり忘れてしまっていた。


平成19年3月5日(月)
 代表質問も本日で終了。一番手は我が会派の代表の出番である。代表もインフルエンザがすっかり完治した模様だ。明日から始まる予算委員会でも本日質問して受けた答弁についてもう少し細かい内容を聞く必要もあることから、メモしながら代表質問を聞いていた。
 ようやく代表質問も終了した。明日からは地獄の予算特別委員会である。選挙準備に忙しい時期に二週間にわたり毎日缶詰で審議しならなければならない状況は思っただけでも怖くなる。毎回夜にまでかかることも予想され、悩んでしまう。


平成19年3月4日(日)
 昨日から引き続いて新聞の原稿作成。昼頃にようやく原稿が出来上がった。印刷を始めようとしたのだが、紙が無い。おまけにインクも少なくなってきている。もう少し落ち着いてから印刷作業に入ろう。
 今日は日曜日なので、バイクをいじることにする。と言っても、選挙に使う広報車作りであり、2月18日にスピーカを取り付けたのだが通常使うホーンの故障のため新しいホーンを買ってきたのだが、今までそのままにしてあり、今日やっと着けることが出来た。アンプもリアボックスに納めて、いつでも準備万端である。今回出馬する新人さんは相当多いらしい。もしかしてバイクで回る者もいるかもしれない。そのときは「元祖」というべきだろうか。いや、小田原での元祖は早川の山口さんかも知れない。


平成19年3月3日(土)
 先日作った会報の次の会報を出すことにした。この4年間の主に一般質問の内容を抜粋した記事にするつもりだ。自分のHPから抜粋してA4裏表に印刷しなければならない。
 午後には伊勢原に行く予定であったのだが、この作業を始めてしまいキャンセルした。夕方にも来客があり、なかなか進まないで一日が終わってしまった。


平成19年3月2日(金)
 代表質問二日目。本日は朝起き会に出席。前夜の模様を皆に話す。我が会派の代表は、昨日熱があるため早退し病院にいったところインフルエンザと診断され、今日は欠席している。来週早々の質問にもしかしたら出られずに代理となる可能性がある。いや、その前に議運を開いて代理を認めてもらえるか否かも諮らねばならない。などと勝手に想像しながら二会派の代表質問を聞く。
 月曜日にならないと何とも言えないが、まあ、元気に来られることだろう。取り越し苦労に終わってもらいたいものだ。


平成19年3月1日(木)
 各会派の代表質問が始まった。本日は勇退を表明している2氏が登壇して最後の質問を行った。市長からもエールをもらい最後の登壇となった同僚そして先輩議員も晴れ晴れしている。今日は息子の公立高校受験結果の発表日である。控え室においてあった携帯電話にメールが入っており、早速見ると「不合格」の文字が・・。息子は相当がっかりしているに違いない。しかし、これも人生。「人間は挫折を繰り返して大きくなっていくんだ。」と息子に言ってやろうと思いながらも自分自身に言っている自分に気付く。
 まあ、仕方ない。代表質問が終了の後、自宅に戻り息子に「残念だったな」を声をかけると、意外にも平気な顔をしている。いや、心の中は大変に違いないのだが、一切そのような面を見せないでいる。「私立のほうが大学行きやすいかもよ」と、慰めにもならないセリフを言いながらも「これが現実だ」と親も子も思った一日であった。