日記
平成15年7月31日(木)
7月最後の日もいつ雨が降るかわからない陽気である。早朝、京都太秦の撮影所及び映画村に行く。丁度「子連れ狼」の撮影が行われており、北大路欣也はじめ役者が待機している。付近には「静かに」と書いた扇子で来訪者を制し、本番の撮影を行っていた。
実際に撮影している風景を見ることが出来たわけだが、時折JRの電車が通過し、その度に本番は中断する。撮影所自体も老朽化しており、果たして将来もここでの撮影を行うのかどうか疑問もある。
今回の選挙で「小田原を映画の街にしてみませんか」と提案したことも、近代的な撮影所を新たに設置したり、場合によっては使用されていない倉庫なども有効に活用できるかもしれない。小田原市内のそのような所を活用することによって、新たな産業として注目を浴びるであろうとも考えるのである。
東映は東映以外の会社のロケ場所が例え近くであっても宣伝しないであろう。行政や観光が絡むことによって、いくつかの撮影場所が、ロケ地が、映画で使われた場所や物を一同に宣伝させるためには、市の施策としてその効果を生むような発想が必要だと考える。
2泊三日の視察も本日で終了した。雨にたたらることも特になく、また夏のカンカン照りにもあわずに快適な3日間を過ごす事が出来た。
平成15年7月30日(水)
昨日は多少の雨に降られたが、今日もどんよりとした空である。岡山市内より姫路に向かい、姫路市議会にて行政評価システムの概要およびモデル実施について、企業誘致施策について、及び姫路フィルムコミッションの現状と課題についてをテーマに説明を伺った。
行政評価システムの概要およびモデル実施については、資料もいくつかいただいたのであるが、具体的な諸例によるイメージが今ひとつわかなかった。
企業誘致に関しては、住居系と企業誘致の割合を逆転し、これから行われる施策でもあり、実績の面では数値を示されることはなかったが、本市には住居混在の西湘テクノパークもあり、これからの動きに参考になった。さらに、フィルムコミッションについては資料説明となったが、姫路市は大阪から約1時間の距離であり、東京と小田原との関係と似ていることから、お互いライバル市であることを認識した。
午後からは、姫路城址を見学し、長い回廊、美しい天守閣、周囲の整備などを鑑賞し、やはり二の丸御殿跡は芝生を敷いて憩いの場とすべきではないかと思った。
姫路より京都に移動し宿泊した。
平成15年7月29日(火)
朝、目覚めと同時に飛び起きる。時計を見なくても寝坊したことがわかる。布団を出ながらシャツを着てネクタイを締め玄関に下りて行く。
一緒に起きた家内も無言の内に車のエンジンをかけ、待っている。
自分が運転をすると目で合図し、小田原厚木道路を飛ばして小田原駅に向かう。
そうです。また寝坊をして7時50分小田原駅集合のところを7時25分頃に起きてしまったのです。起きて家を出るまで約3分。消防隊員真っ青の速さで身支度を整えたのでありました。当然ながら顔も洗っておらず、車中でなんとか髭を剃って会派視察第一日目の井原市に向けて新幹線に飛び乗ることが出来たのでした。
新幹線、伯備線、井原鉄道と乗り継ぎ、井原市到着。井原市役所にてコミュニティバス(あいあいバス)の現状と課題について及びCATV双方向化事業についての説明を受ける。本市においても福祉バスふれあい号を運行していた時期はあったが、採算面よりも少数利用者という現状から廃止にいたった経緯がある。井原市においても同様な事情のようであるが、不便な地域の中で公共交通にかかる費用も年々上昇していることから今後の対応策を考えているという。
また、CATVについてはCATVによるテレビ受信者が90%を超えるという状況下でもあり、双方向化事業は比較的進みやすい環境下にあることが本市を異なるところだと思われた。行政視察の後、田中美術館、法泉寺、高越城址の現地視察を行った。
朝のバタバタも忘れ、本日は岡山にて宿泊した。
平成15年7月28日(月)
朝、身支度をしていると、近所の方が事務所に見えたので応対した。続いて、知人より電話がありスパウザの話しをしているうちに急に気付いた。..今日は月曜日。そうだスパウザ特別委員会の日だ。
時計を見ると9時20分。取り急ぎ書類を鞄に積めて役所へ。5分前に到着できた。
スパウザ小田原問題調査特別委員会の開会。机にある資料を見てみると、予期していなかった資料が配布されていた。8月上旬と見られていた貸付業者が決定し、運営事業協定に関する合意をヒルトン・インターナショナル社との間で締結したとの事である。本来は、前々回に請求した資料に関しての質疑が行われる予定であったのだが、急遽本資料の説明及び質疑を行うことになった。
本問題についての委員の受け止め方は様々である。が、ここにきていよいよ運営業者が決定されたとなると、それでも後戻りするのか、今後の話しをして行くのか、質問の内容により委員の本問題に対しての方向が見えてくる。
本日配布されたばかりの資料のため、本格的な質疑は次回に持ち越すこととなり、午前中に委員会は散会した。
役所で数件の用を足していると、友人が紙折り機を使いたいとの事。事務所にも戻り、紙折り機を貸した。その後、地元の育成会会長が訪れ歓談した。
明日からは、会派の視察で岡山、兵庫、京都を尋ねる。朝早いので早く寝たいが今日は何時に寝れるのであろうか。
平成15年7月27日(日)
午前4時に起床し、地元社会福祉協議会主催の「早朝歩こう会」に出席した。昨晩も遅くに就寝したため、3時間程度しか寝ておらず、身体は休息を欲しがっているのだが、仕方が無い。眠い目を擦りながら小学校に向かう。各地域から参加している方々を前に挨拶の場をいただいた。直ぐに少年ソフト県大会準備のため富士見小学校に行かねばならないためだ。
皆さんを見送り、会場に急ぐ。今日は駐車場係りとなり、厚木、金沢、横須賀の各チームを迎えた。時折陽がさす時もあり、無事に県大会を終えることが出来た。
身体はすっかり疲れ、風呂に入って横になり娘が肩を揉んでくれているうちに寝入ってしまった。暫くして起きると、娘は既に塾に行っており、家内は友人と映画を見に行ってしまった。来週は視察もあり、本当は今日あたりに「踊る大捜査線」を見に行きたかったのだが....。
平成15年7月26日(土)
週末の少年ソフトの話しは今週で取り敢えず一旦休息しそうだ。26日、27日の県大会を終えると暫くは西湘連名に関わる試合は無い。
と言う事で、本日も早朝からグランド整備を行った。県大会も二日目。既に地元チームは初日に敗退しており、西湘チーム自体も4チームだけになってしまった。それも本日の戦いで敗退し、結局明日の決勝戦は地元チームがいない中で行われるという何とも寂しい状況となった。
試合数が各グランドで3試合づつだったこともあり、3時すぎに帰宅できた。次の日程は5時から地元の施設の夏祭りに行く事になっていたが、4時頃からバーッ!と雨が降ってきた。恐らく外に櫓を組んで盆踊りの準備をしていると推察され、心配しつつ会場に向かったが、案の定、夏祭りは施設内に変更されていた。
会場いっぱいの人たちが飲み物と食べ物を持ちながら右往左往している。そんな中で挨拶をさせていただき、車だったのでウーロン茶だけいただいて会場を去った。
平成15年7月25日(金)
朝、事務所で用を足していると、事務所前を犬の散歩で通りかかった近所の方と話す。その後、平塚で待ち合わせのために出かけた。平塚も久しぶりに行ったのだが、夏のこの時期は渋滞で苦労した事が多かったのだが、梅雨がなかなか明かず、車の量も少なかった。
15時にアポ。夕方からは補導活動の為にシティーモールに出かける。昨日にも記したが、洗った靴が明日までに乾きそうもない。シティモの靴屋にて新しい靴を購入。3900円也。
雨も段々激しく降ってきた。いつものたまり場にも人が集まっておらず、一回りして解散した。
平成15年7月24日(木)
午前中は病院に行く。足に湿疹が出来、皮膚科に行って薬をもらってきた。病院の扉を開けると十名程の方々が待合室におり、時間が相当かかると思ったのだが、30時間ほどで見てもらうことが出来た。
午後には育成会の会長、会計と打ち合わせ。散らかり放題の事務所であるが、冷房も完備している事から、少数の会合にはこちらに来ていただいている。途中、アポもあり、母屋で客を迎えた。
早くも週末となってしまう。先週雨でグチョグチョになった靴を昨夜洗ったのであるが、天気も悪くいつ乾くかわからない。既に5年以上も履いていうる靴だし、もう一足買おうか。
平成15年7月23日(水)
今日は地元自治会長とバス路線存廃の件について所管から話しを聞くことになっていたことをすっかり忘れ、事務所でパソコンを打っていると電話が鳴り、既に皆揃っているという。少々雨が降っていたが、バイクに跨り、憩いの家に到着。神奈中側から朝、夕のダイヤをいくつか残すとの報告があった。
自身の新聞も今回はこの件について書こうと思っているのだが、なかなかはかどらない。
午後からは来客が立て続けにあり、外に出れずに一日を終えた。
平成15年7月22日(火)
今日はスパウザ小田原問題調査特別委員会が開催され、中野サンプラザを視察した。
小田原市と同様に中野区が施設取得についてどのような経緯をたどり、どのような対応をしているのかを伺うことになっている。
小田急線、中央線と乗り継いだ一行は、中野駅から歩いて一分の中野サンプラザに到着。これだけの立地条件の下では明らかに小田原市の状況とは違っており、取得には前向きであるに違いないと推察した。
いただいた資料では、現在の利用状況はそれぞれの施設により稼働率の高低があり、今後の運営については検討の余地がありそうである。
本市と大きく異なる点は、取得を前提とする区の意思を住民に既に投げかけ、その集会や意見は少ないものの、既に周知済みとしていることである。
マスコミにおいてあれだけ指摘されてきた施設であり、行政当局も安易な発言を抑えてきたような感がある。しかしながら、既に方向性を示している以上、いつものように説明会等きめ細かい対応策を取れたのではないだろうか。言い訳にならないのは、買う意思があるならあるとハッキリすべきで、貸付業者の決定がなされなければ購入しないとの返答は果たして混乱を起こさないか?
これから毎週のように特別委員会が開催される。委員会のとりまとめは非常に難しいと思われるが、取得反対者は民間取得に賛成するという事で了解すると解釈してよいのだろうか。
平成15年7月21日(月)
朝4時起床。5時小学校集合。5時半よりグランド整備に取り掛かる。いよいよ今日から少年ソフトボール神奈川県大会がスタートした。グランド整備の後、自チームでは朝食を用意してくれていたのだが、直ぐに理事の打ち合わせがあり、朝飯抜きになった。開会式を終え、試合開始。
時折雨が降ってくるが、試合は続行。グランド整備時に濡れた靴と靴下が気持ち悪い。一昨日渡されたTシャツが全員同サイズのため、私には小さく、脇及び腹のあたりがパンパンで何時はち切れるかわからない。
午後5時過ぎにようやく本日分の試合は終了。足元から頭の先まで疲れた。
帰宅して風呂に入って夕食を取り、横になった途端に記憶が無くなり、12時頃に一度起きたが再びダウン。6時半に起きるまで延々寝続けた。10時間も睡眠をとったのは何年ぶりだろう。とにかく疲れた一日であった。
平成15年7月20日(日)
昨日から子ども達は夏休みである。しかしながら、娘は中学生最後の部活の試合、息子は剣道の試合と夏休み初日を過ごした。
今思えば、私の子どもの頃の夏休みは、40日間ずっと夏休みで、行事といえば子ども会でサマーランドや熱海後楽園に行ったことや早起き会、ラジオ体操くらいであった。
夏休みの初めには午前中2時間の勉強時間、食事、昼寝、自由時間などの日程表を作ったが、結局守られず、後半には提出物にあたふたとした記憶がある。
このところ、議会で学校の施設改善の話しで学校へのエアコン導入を主張する声がある。
「少なくとも保健室を」との話しは理解できる。出来るのであるが、具合が悪い児童・生徒は基本的には帰宅させるべきである。今はどうかわからぬが、保健室は悪ガキのたまり場となりやすい。エアコンなど付けば尚更である。パソコンルームをエアコン化しているところも在るようだが、そこまでしなければパソコンが故障してしまうのであろうか。暗幕や日中は窓を開けるなどの対策でよいのではなかろうか。
また、各教室への導入は出来るようならしても良いだろう。その代わり、夏は暑くて勉強がはかどらないから夏休みを設けるという根拠(私が勝手に思っているだけかもしれないが)は無くなると思う。どうしますか?
夏は暑くて冬は寒いのである。暑ければどうするのが良いか、寒ければどうするのか、いくら自立や自由を声高に叫んでも、温室で育てては身につかない。おしくらまんじゅう等は子どもの知恵だったのではないだろうか。甘やかしもここまでくれば滑稽である。
平成15年7月19日(土)
このところ毎週、土、日には少年ソフトの試合があることは以前記した。この一年間の土、日は毎回このような書き出しとなるであろう。
本日も早朝よりグランドの整備から始まった。富士見小学校を借りての試合。本来、リーグ戦であったが、日程の関係により、各会場毎の同順位チームによるトーナメントとして、我がチームは敢闘賞狙いの試合となった。一試合目は勝ったものの、二試合目は残念ながら敗れ、惜しくも敢闘賞を逃した。
試合後は酒匂河川敷に理事たちが集合し、21日に開催される県大会の最終打ち合わせを行う。60チーム以上が河川敷に集う大会でもあり、各理事、幹事共に疲れる一日となる事は必至だ。
平成15年7月18日(金)
銀行及び信用金庫に行き、各口座に入金してくる。家内は足の具合が悪いようで、辛いようだ。仕事も休んでおり、ヘルニアの再燃かとも思われ、気がかりである。
同僚から話しがあるとの電話があり、一つ用をたして役所に向かう。お城周辺は何故だか駐車場が一杯で停められず、待ち合わせ時間に大分遅れて到着した。
議会改革。これは我々議員に課せられている命題なのであるが、お互い行動を起こす気持ちは充分にあるのであるが、相手がいることでもあり苦難を極めている。今期よりスタートした特別委員会もどのように展開するのかわからないが、そもそも4年前に常任委員会の権限強化のために協議会及び特別委員会設置を止めた歴史が既に忘れられている。一期だけの期間で全てを成し遂げる事は難しく、今期においても常任委員会にもっと重きを置くべきであると主張してきたのであるが、多勢に無勢で押し切られてしまった。
愚痴をこぼしても仕方ない。市民に笑われない議会運営をしなければならない。
本日の読売新聞の記事で気になる事があった。朝刊一面の連載に「長崎事件 暴発の深層」があり、今日は第2回目である。その中で、事件を起こし補導された12歳の少年の家庭は近所の目には「仲良し」と映り、家での躾は厳しかったと述べている。更に、非行少年に対する家裁の調査では、酒鬼薔薇事件も少年が母親からの厳しい躾で内向的となり、カエルやネコを解剖しているうちに人を攻撃するようになったと指摘し、西鉄バス乗っ取り事件の少年も祖母と母から悪口を聞かされ、いい顔をしているうちに空想と混同して犯行に至ったとの分析をしている(一部抜粋)。
また、法務省の虐待調査では少年院の少年の48%、軽い暴力も含めれば65%が被害を受けており、家族以外の虐待となるとその数は96%となり、加害者もまた被害者であったと結論づけている。
果たして、このような調査は本当に今の原因となっているのであろうか。
少なくとも、我々の子供時代、いやもっと前の時代の親は今以上に子どもに対して暴力をふるっていたと思う。本来は暴力と言うに値しないと思うが、叩いたり叱ったりしている場面は多かったのではないか。更にはもっと躾に厳しかったのではないか?
だが、果たしてその時代には今のような少年の残虐な事件や犯罪が多発していたのであろうか。様々な角度から事件の深層を探る事は必要であろう。自分自身もその原因はハッキリわからない。
ただ、どんな親でも父親は男として、母親は女としての「らしさ」を失わせるような今の社会状況は益々混乱社会となるのではないかと懸念する。弱いものを守る。これが男の本能であり、だからこそ体力に劣る女や子ども、年寄りを身体を張って守る男を女は求め、しとやかでも活動的でも肉体的な繋がりを大事にし、母の強さを持つ女性を男は求める。こんな素朴で自然な姿を否定する事が自立と勘違いしている風潮にはもううんざりだ。新聞が言う「負の体験」は、子ども心を傷つける事はあるかもしれないが、それをプラスに考えるか、マイナスに考えるかもその子の家庭環境、生活状況に左右する事が大きいのでないかとも思う。
平成15年7月17日(木)
懸案事項であった当地域の比奈窪〜国府津間の路線バス廃止問題について、所管から報告があり、廃止から減回運行の方向で話しがまとまったという。具体的な時間帯はわからないが、朝、夕の運行は出来る限り確保し、利用の少ない日中の便についてはなくなりそうだ。
都市建設常任委員会において報告された際には、しつこく質疑し、その動向を大変気にしていたが、何とか全面廃止に至らなかったことに安堵した。今回の件は、協議会において採算性確保の為に安易な助成金態勢を取らないと宣言した市の姿勢は支持するものであるが、いきなり全面廃止という態度を示したバス会社への不信は我が地域で残るに違いない。
それに加え、現在の人口では何時また廃止の話しが出るかわからない状況であり、地域全体が現在進行中の都市計画道路、工業団地、土地区画整理事業の推進を図ることの必要性を認識するキッカケとなればとも思う。その点からしてみると、どれだけ橘新駅構想(少なくとも新規に3000人の乗降客が新駅設置の条件)が程遠いものかもハッキリしてくるのである。
任意の会の運動であるので批判をするつもりは無いが、ただ単に地元の要望だから地元議員である私がその活動に参加しないのはおかしいと言われる事は心外である。
少なくとも可能性を見出すだけの材料がなさすぎる現状を認識していただきたいのである。
平成15年7月16日(水)
8年振りに知人から連絡があり、事務所で応対する。仕事の話しなのであるが、積もり積もった話しも有り、午前中までかかってしまった。途中,自治会の方も見えたのだが、後日話しをすることになった。
午後にも相談事の予定を入れており、事務所で応対。その後、終業時間ギリギリであったが、役所に行き用をたしてきた。
先日の育成会会合で割り振りをした啓発看板を公園に設置。バイクで公園に乗り付け、看板を設置してデジカメで撮影している私の脇を明らかに不審人物を見るような面持ちで通り過ぎる親子。
このところ変質者の報告もあり、うっかりサングラスをしたままでウロウロするような行為だけはやめないと疑われてしまう。
平成15年7月15日(火)
午前中は自治会長が来訪し、地域の件について話をする。
午後からは役所に行き、数件の相談事について所管を回ろうとしたのであるが、役所に着くなり同僚と話し込んでしまった。おまけに次から次へと同僚や職員と話しをしているうちに肝心の用件を済ませなければならない事に気づき、それぞれに連絡をとる。
このことは、無駄話のように見えるが、実は様々な行政の動きや議員の動きがわかる一面もあり、とても参考になるし、必要な時間だ。
事務所に戻ると、知人が直ぐ近くまで来ているというので、しばし歓談。
夜には青少年健全育成会役員会があるため、昨日作った資料で会合を行う。
育成会啓発看板の設置、研修会の日程などの後、その他の議題となり、中学校でたむろしている状況が最近あるというので、会合を終了し中学校にパトロールに行く。
幸いにも、何事も無い状況であったが、これから夏に向かって更なるパトロールが必要となろう。
平成15年7月14日(月)
昨日の未明に決定した厚木市議会議員選挙結果を受けて、当選祝に回る。あいにく本人は挨拶回りか留守であったので、候補者の父母にお祝いを述べ立ち去る。
家内も数日お手伝いをしたこともあり、感謝されていたようだ。お互い様であり、今後も同じ議員として付き合っていくつもりである。
何気なく通ったリサイクルショップに家内が寄りたいと言い出し、チョッと立ち寄るとそこは昔からの知人の店であった。知り合い故、何も買わないわけにもいかないかなと思ったが、丁度少年ソフトで欲しかったカウントダウンタイプのタイマーと、2階に置きたい折り畳みのテーブルが手頃な価格であったため購入した。
本日は、日記についての意見をいただいた。長崎の事件についてを感情的な一面で書いたことはご了解いただきたい。
今回の事件で下されると思われる措置を勘案すると、そのことは平和で安心した生活を送りたいと願う多くの国民にとって不安な様相を与えるものと思っている。
今回の事件や酒鬼薔薇事件は確かに少数の異端者の犯罪かもしれない。しかしながら、酒鬼薔薇事件の時にその行動に共鳴するような意見も少年達に少なからずあるといったアンケートが発表されていた事を思い出し、今や度肝を抜かれるような数々の事件が多くの青少年の価値観に影響を与えているのではないかとの懸念をどうしても持ってしまうのである。
鴻池大臣の発言については、当事者を処罰できない状況に対して親に対する罰則で被害者の感情や国民感情を宥める上では誰でも考える事だと思う。
そもそも、まだまだ義務教育下(だけではなく未成年)の子どもの監督責任は当然親にあり、例えば少年院に入った子どもの保護者は、親に代わり保護をしてくれる施設にあるのであって、その時点で親は保護者失格との烙印を捺されたと同然になるのであるが、親の保護者としての資格を問い、教育するような施策はされていないことが不思議でならない。
人それぞれだろうが、少なくとも我が子が犯した罪を、親はなりふり構わず被害者に謝罪し、償う姿勢を見せなければなるまい。たとえ週刊誌やテレビが報道したとしても、それを理由に雲隠れするような行為は許されまい。
平成15年7月13日(日)
昨日の会合の結果、本日は予定していた少年ソフトの試合がなくなった。今日は地元のお祭りであり、白髭神社において神事を行った。神事の最中に地元の神輿が境内に入ってきたのであるが、まだ神事の最中である。神輿を担ぐ「ドッコイ」「ドッコイ」の声に、まだ御魂が入っていない神輿を大声で担ぎ、おまけに神事の最中に入ってくるのは、非常識である。厳粛な式に水をさされ、とても不愉快な気分であった。
娘の中学生最後のソフトテニスの試合があるというので、観戦に行ったのであるが一回戦で敗退した。他の学校を見てみると、やはり指導者がいる所といない所では雲泥の差があるようだ。いつから中学校の部活動にちゃんとした顧問の先生がいなくなったのだろう。
「キレる14歳」「中学生の非行化」等が叫ばれたキッカケはそんなところから生まれたのだろうか。因果関係が無いとは決して言えない気がする。
夕方から少年ソフトの県大会抽選会が開かれ、県内各チームを迎える事となった。無事に抽選会を終え、その後、懇親会が行われたが、狭い会場のため我々理事は8人がけの所に10数人が集中する結果となり、設営上の問題点が大いにあると感じた。立食などの工夫が必要である。
夜には厚木市議会議員選挙の結果が出る。インターネットとテレビの情報を頼りに気を揉んでいると、まず知人の現職が早々と当選が決定し、続いて後輩も当確の表示が。
疲れも吹っ飛んだに違いない後輩に対し、直ぐにでもお祝いに駆けつけるべきだが、懇親会でアルコールが入っているため明日で向く事にした。
平成15年7月12日(土)
朝から雨が降っている。毎度の事だが、本日も少年ソフトの試合がある。今日、明日と県西大会があるのだが、5時半に起床して電話を待っていると、6時前に中止の連絡。取り敢えず、各理事は8時に管理棟に集合し、今後の予定を詰めることになった。
自軍のチームに中止を連絡し、理事会を開いてまた監督に報告をした。
珍しく土曜日を自由に使えることになった。一杯となったいらない書類をまとめたり、以前から行う予定であったバイクのサイドスタンドの装着を行ったりした。外は蒸し暑く、ボタボタと汗が流れる。
夕方には、久しぶりに家内とリサイクルショップに行き、購入予定の商品があるには在ったのだが、とても高い。その商品の横にある商品は、部品が一部無いとの事を聞きつけ、早速交渉する。おかげで半値以下で商談成立。明日取りに行く事にしたのであるが、明日は雨かもしれない。どうしようか。
平成15年7月11日(金)
会派の代表者会議が開催された。本日の議題は、3特別委員会の設置に関わる9月補正予算の予定と合併問題調査特別委員会の設置目的を各会派から聴取することである。どの会派も基本的には具体的な数値のシュミレーションを提示していこうとの趣旨であり、その旨を議会運営委員会に送ることになった。
代表者会は20分程度で終了し、引き続き市政研究会が開催され、前例により副議長が会長となり、これもまた先例で副議長の指名により副会長が選出されるとの事で、不肖私が副会長に指名された。
開かれた議会を目指す事は誰もが思うことであるが、この市政研究会も、秋の工場見学、新年の講師を招いての講演と、年2回のイベントだけで、その存在価値を高めたいとの意向もある。
これからの活動に期待していただきたい。
午後には、平塚美術館において、湘南地方市議会議長会議員研修会が開催され、各市から議員が訪れ、統一選挙移行会うことの無かった懐かしい方々ともお会いする事が出来た。
相変わらず、講師の野村稔先生の話しは楽しく、一期生もとても勉強になったに違いない。夕方から厚木に行く事になっていたため、役所からのマイクロバスに乗らずに自家用車で現地に到着したのが開始15分前。役所出発が開会の45分前という事で、本来ならば10分くらい前に到着できそうなのだが、なかなか到着しないので聞いてみると、西湘バイパスを小田原インターから入ったのではなく、橘インターで入ったようだ。それでは遅刻するだろう。小田原市が遅れたことで、5分開会が遅れてしまったのである。何故このようなことになったのか。
講演も終わり、厚木の選挙事務所に激励に行く。候補者はいなかったが、激戦の選挙はどのような結果となるか、予測もつかない状況である。
後一日、頑張ってくださいと延べ、選挙事務所を後にした。
平成15年7月10日(木)
スパウザ小田原問題調査特別委員会が開会された。注目の特別委員会だけに傍聴者はどのくらい来られるのかなと思ったのであるが、ロビー、傍聴席共に静かである。
担当部長から、今までの経緯についての説明の後に質疑が始まった。一期生にとってははじめての説明であり、新聞やテレビでの報道と説明事項との確認作業なりが必要であろうと思い、質問はその後にすることにした。
数人の質問について、執行部側の答弁は後に文書で回答しますの連発であった。とても不親切な、そもそも質問想定をした中で資料を用意すべきであるとの指摘もあり、それは当然のことながら委員,傍聴者ともに感じたと思う。
だが、現在行政側と優先順位によって交渉している業者との契約に関わる事項については現時点で躊躇する事は理解できる。この事により不利な契約となった場合には、責任は何処に在るかが問われるからだ。
そこで、市と業者との条件ではなく、国と市の条件は何があるのか再確認の意味で問うてみた。また、既に8億数千万という数字が何処でも踊っているのであるが、その根拠自体が明確でないので教えて欲しいと質問しておいた。
次回は各委員から質問のあった事項の結果が示されるものとみられ、今後の集中審議の行方に注目いただきたい。
午後からは実際にスパウザ小田原を現地視察した。既に数回訪れているのであるが、いつ来ても豪華な施設であり、今後も本市だけでなく、市内外多くの方々に利用していただきたい施設である。
平成15年7月9日(水)
今朝から、長崎県で起きた4歳児殺人事件の容疑者が中学一年生の12歳の犯行らしいとの報道で溢れていた。昨日から中学生らしいとの事であったが、テレビ等では13歳か14歳か、即ち少年法による刑事事件の対象となるか否かが問題であるらしい。確かにこの境目がどんな根拠でそうなったのかは理解に苦しむ。
そして、今回の事件は12歳の犯行である。補導され、児童相談所に送られるだけで事件は忘れ去られて良いのだろうか。被害者及びその遺族の無念はそれで癒されるのであろうか。
このような報道がなされる度に訳のわからない弁護士達がテレビに登場し、刑罰を重くしても加害少年の更正には結びつかないなどとぬかす輩がいる。そもそも更正させることを目的とした裁判があってはならないのではないか。心神耗弱や心神喪失で無罪を主張してきた戦術を、大阪池田小学校児童殺傷事件の犯人である宅間によって打ちのめされ、挙句には「加害者の更正」を金科玉条の如く掲げても、空しい風が吹くだけである。
しかしながら、悲しいかな司法に関わる者たちは人権を守ると口では言っておきながら人権を踏みにじる者達が多すぎて、このことが現代の日本の治安を脅かしている一因である事を考えようともしない。
犯罪者の更正を胸を張って運動している「明るい社会づくり」ミニ集会を法務省から各育成団体に開けとの通知も最近まであった。今も在るかもしれないが、関心ややる気が無いので知らないが。
今回の事件は、私の意見は「死刑」である。親も当然責任をとって貰わねばならない。当然である。だが、司法によってそれは出来ないのである。
酒鬼薔薇も近々名前を変えてシャバに復帰するらしい。普通の生活を営みたいものが常に異常者を気にしながら生活を送らなくてはならない社会は安全でも何でもない。
立法府が常識的な法律を作成しなければ、危機管理も治安維持も達成できる筈が無い。
朝,一件の陳情があり、陳情者宅に出向く。事務所で一件のアポ。午後からは育成会看板設置に向けて、各公園をデジカメで撮影に行く。
夜には中学校区の会合に出席した。
平成15年7月8日(火)
昨日、国道を走るといくつかの不良看板が貼られている。地域の方々には気がついてから24時間以内にそのようなものを剥がすと宣言した事もあり、昨日、車を置いていった場所へ取りに行くついでに数枚の不良看板を剥がす。
役所に寄り、いくつかの用事を済ませて一旦事務所に戻り、夕方からは補導活動の為に鴨宮駅に向かう。今日は駅前補導かと思ったのだが、高校の先生方と社会環境浄化のためのティッシュ配りだという。
そもそもティッシュ一つ配って社会環境浄化が出来るなら、1億数千万個のティッシュを配布してやればよいのである。交通安全にしても、そろそろ発想を転換できないものか。金の無駄遣いである。
そんな思いの中、補導員は約束の5時に駅前集合。先生方が来られないので確認したところ6時だという。会社を早退して来られた人もおり、ちゃんと事前に確認してもらいたいものだ。
一人10ケ程度のティッシュを配布し、10分とかからずに作業は終了。聞くところによると、PTA等へは6時に集合をかけていたようで、その分はちゃんと確保していたようだ。今度この話しが来たら拒否しようかな〜。
予定時間より一時間も早く終了したのであるが、今日は班の懇談会という事で一杯やることになっている。しかしながら、もう一つ予定が在る為、バイクで移動し、帰りには家内に迎えついでにバイクを車に乗せて帰る手筈となっている。
街中の会合では話しが弾み、既に一杯やっている班の者から何度も電話が入るが、結局1時間以上かかりバイクで懇談会会場に向かう。
またまた連日となってしまったが、救いは、雨が降らなかったのでバイクで移動できたことである。
平成15年7月7日(月)
厚木市議会議員選挙も二日目。今日は家内が事務所に手伝いに行く事になっているのだが、事務所への道が複雑なため道案内をしながら事務所に向かった。
事務所では選挙ハガキ書きをしており、それを手伝う事になった。家内を事務所に残し、引っ越してはじめての亀井大臣の事務所を訪れた。
午後からは私の選挙の際に訪ねていただいたもう一人の候補者の事務所に寄り帰途につく。
夜には一つの会合があり、いつも通り深夜に帰宅した。
平成15年7月6日(日)
本日は少年ソフト県西大会が開かれる。しかしながら外は雨。雨の場合は大会関係者に6時半以降に各チームで確認するようにとの事だったので、インターネットで今日の天気予報を確認し、6時半になるのを待っていると、理事の連絡網が回ってきた。
「天気が悪いので、理事は至急酒匂グランドに集合し、そこで協議し判断する」との事。次の理事に連絡をとり、急いで着替えてグランドに向かう。各チームとも弁当の手配やチームの集合の都合で早くに結論を出さねばならず、結局今日は中止となった。
このところ疲れが本当に溜まっており、久々に日曜の午前中を家で過ごせると思い、横になったところ30分ほど寝てしまった。
午後からは、本日より挙行された厚木市議会議員選挙立候補者の出陣式に行き、激励の挨拶をした。28名の定数のところ39名の立候補者という、まさしく激戦の選挙である。とても小田原は2名オーバーだったなどとは言えなかった。いつもニコニコしている候補者であるが、今日は顔も引き締まり、戦いの顔になっている。厳しい戦いだが、精一杯頑張って欲しい。
平成15年7月5日(土)
またまた週末がやってきた。6時に起床。グランド整備のためバイクで酒匂川スポーツ広場を目指す。マイナーリーグの二日目。4年生以下の小学生による試合であり、本当に面白い。我がチームは残念ながら敗退し、メダルをもらうことは出来なかった。
時折、強い日が差し込み、おかげで顔や腕は真っ赤。夕方に開催された会合では,皆から「凄い日焼けだね。遊びに行ったの?」と言われたのだが、「遊びじゃないです」と答える。遊びで日焼けしたいと思う今日この頃です。
平成15年7月4日(金)
新聞作成と同時に書類の整理等を行う。議会の各書類もただ単に委員会毎に分けていただけであったが、特に使わないものは処分する事にした。
最近、テプラというインデックスをつける機器のPC対応版というのを買ってきた。入力関係はPCで行う、いわゆるプリンタ機能だけの機器であるのだが、様々なフォントも使え重宝である。
今日は、前の仕事の時の後輩が今度の厚木市議会議員選挙に出馬するため、友人達と応援に行く事にしていた。仕事帰りに直接向かうとの連絡を受け、事務所で待っていてもなかなか到着しない。
とてもわかりづらい位置にあり、誰もが迷うという。忙しそうに駆け回る後輩に「頑張れ」と無言で声援する。いよいよあさってから始まる選挙戦。多数の候補者と聞いているが、従来の明るさで何とかこの選挙を乗り切って欲しい。
平成15年7月3日(木)
新聞作成に取り掛かる。地元の問題点をテーマにしようとしているが、余りにありすぎてA4サイズでは収まらないようだ。新聞と共にホームページの更新も行う。
今日は健康診断の日である事から、今朝ヨーグルトを食べただけで昼も摂らなかった。木になるウェイトを少しでも低い数値にしたいためだ。本当は昨晩から食事を制限しようとしたが、無理な事は止めた。
おかげで、昨年と同じ体重だったようだが、実は問診表を忘れてしまったために役所で新規に書く羽目となり、2年間のデータとの比較が出来なかった。
健康診断も無事に終わり、秦野に向かう。従兄弟から紹介された方と会う予定であるが、アポもとらずに伺ってしまった。偶然にも私の近所の方であり、様々な話しをさせてもらった。
夜には中学校で学年集会。警察署から生活安全課長が来られ講演。その後、学年ごとの話し合いが行われた。さっきまで音を立てて降っていた雨も変える頃には一時止んでくれたので、バイクで学校に行った私には幸いであった。
平成15年7月2日(水)
今日も朝から来訪者あり。以前からの懸案事項についての相談であり、早期に決着をつけたいのは山々なのであるが、相手もあり、うまく行かない。難しい問題なのである。
午後には役所に行き、各所管を回り相談事の処理にあたる。
選挙以降、行っていなかった知人のところを伺う。突然行ったため、生憎一件は留守。もう一件は居られたのであるが、体調が不良だという。数年来親しくさせてもらっているが、やはり健康でないと気持ちまで落ち込んでしまう。
明日は健康診断がある。昨年は受けには受けたのであるが、海外視察、選挙準備と時間が取れずに精密検査も出来なかった。外見上の問題は無い(肥満?!)のであるが、血圧が高いのが心配だ。
平成15年7月1日(火)
いよいよ7月。もう夏である。朝、身支度をしていると近所の方が来訪した。暫し話しをして事務所にて書類整理。新聞も作成しなければならない。
選挙以来、そのままになっていた荷物を整理する。が、まだまだ完全に終わらない。本来は土・日に行いたいのであるが、7月一杯まで少年ソフトで朝から家にはいない。コンテナの外装も塗り直さねばならないし、バイクも選挙仕様のままである。事務所も汚いし、やらねばならぬ事だらけだ。
暑くなるとそれだけで参ってしまうので、今の時期にやりたいのである。来週は厚木市議会議員選挙が始まる。定数28名に対し40名程の出馬のようだ。後輩の応援に行かねばならない。