日記
平成13年8月31日(金)
午前中は市役所建設部来所。午後、経済厚生常任委員会運営についての打合せと陳情一件の対応。夜、小・中三校、幼連絡協議会主催による「こども110番」ステッカーについて、自治会、育成会、駐在そして学校の代表者から意見を聞く。既に当地域について、商工会が率先して各会員へ「こども110番」ステッカーを貼り、子供の安全対策に協力してもらっているが、この度市教育委員会が作成するステッカーの配布についての協議が主目的であったが、先日の校長会で教育委員会から橘地区学校長へ言われた話しは衝撃を与えた。「橘はもうステッカーはいらないとの事で配布しません」と。こんな話しは誰も言っても聞いてもおらず、南北両自治会長も憤慨していた。この件は来週あらためて確認することにする。こんな事もあって、実際の配布方法についての議論に入るのに数十分を費やしてしまった。様々な団体からの意見から、住民全体にこの目的が達成されるために回覧などの周知を徹底する。PTAも特に必要と思われる場所を特定し、その中でステッカーの掲示を協力いただける方にお願いする。内容等はもう一度精査し、さらに会議を行う事で散会した。橘北の自治会長からは、このステッカーは安全対策の補助的なものに過ぎない。親が自分の子供の安全を本気で考えるなら、笛や防犯ブザー等を持たせるなど、人を安易に頼るのでなく自分自身、こども自身が安全対策を講じる事が大事だとの話しも伺った。PTA会長として、保護者にその点は話をしておこうと思った。
平成13年8月30日(木)
学校のプール開放が終了した事に伴い、副会長と片付けをする。いろいろと片付けていると私の嫌いな大きな蜘蛛に遭遇!!気持ち悪〜!蜘蛛と格闘しているうちに汗だくとなる。結局蜘蛛にかまっていたために時間をとられてしまった。やっと終了したプール開放。PTAのお母さんがたに協力をいただき、事故も無く無事終了しました。お疲れさまでした。
平成13年8月29日(水)
朝、PTA副会長と共に県合同庁舎に。今日は平成13年度人権・同和教育啓発ビデオ活用事業が行われる。各学校及びPTAへ参加依頼があり、我が校では先生1名、PTA2名で出席した。同時刻に鴨宮で小田原エコ・ステーションの開所式があり、正副議長、各常任委員長に案内が来たため、揃って出席する。本市における環境施策の一環として公用車のハイブリッドカーの導入や助成制度等積極的な動きもあるが、電気主体から天然ガスを燃料とする自動車も今後大いに注目されるであろう。しかしながら、現在ではまだ10数台〜20台前後しかエコ・ステーション利用の対象となる車はなく、当面は赤字のなかでの運営が余儀なくされるらしいが、何とか踏ん張っていただき、経営面でも安定した収入が得られるよう、市民の環境に対する認識と対象車の増加を望む。しかし、天然ガス車はまだ高価であろうし、これがクリアーされないとなかなか普及しない事も事実。私の車はディーゼルで、それこそ公害車ではないかと言われかねないが、やはり寂しい懐では燃料費が安い物に乗るようになってしまう。ちなみに排ガス規制はクリアしているのであしからず。開所式に終了と共に合同庁舎に戻り、啓発ビデオ、講演を聞く。午後3時過ぎ、用事があり中座。副会長とともに戻る。
平成13年8月28日(火)
9月定例会に先立ち、議会運営委員会が開催された。定例会初日から最終日までの会議日程などについて話しあわれ、併せて公営企業決算委員、合併問題調査特別委員会設置に関わる定数の検討も議論された。丁度本日の新聞紙上に小田原市及び足柄下郡における合併に関する記事が掲載されていた事もあり、行政サイド、議会サイドとも一気に合併に関する機運の高まりが期待できるか今後の動きが注目される事になろう。合併問題調査特別委員会は15名の委員で構成され、我が会派では3名の枠があり、私も一員に加わる事となったので、積極的に議論を行いたいと思っている。本市では歴史的な背景から足柄下郡との繋がりが深いし、既に機軸として1市3町を念頭に置いているだろうが、これは単に県の合庁機関ごとに合併問題を捉えようとしているに過ぎないのではないか。確かに手っとり早いといえばその通りかもしれないが、私の住む橘地区では特に橘団地等は生活圏は二宮町であり、中井町などは上郡でありながらも秦野市との結びつきが強い様に思われる。まだ具体的な議論が始まる前の段階であり、様々な考えもこれから固まっていくのであるが、地方分権法により特例市となった本市は、国と対等的立場を主張するのであれば、中間に位置する県からの権限委譲が速やかに行われ、県の既成組織をことごとく縮小させることが必要となってくる。これは大いにやるべきである。これからの委員会開催が待ち遠しい。
議会運営委員会の後、会派打合せ。午後からはPTA本部が久しぶりに集まり、2学期から実施する保護者への名札作成作業を行った。これにより、下中小学校に来校する保護者は全員名札を着用しなければならなくなる。面倒だと言う人もいるだろうが、児童の安全面を考慮するとともに、保護者同士との交流の面でも良い方向に寄与すればとの思いから実施に踏み切った。パソコンを大いに活用することとなったが、印刷するのに数時間を費やされるようで、すでに夕刻が迫っていたために9月3日にこの作業を継続して行う事となった。夜は市P連研修部長のお父さんが亡くなり、通夜に行く。
平成13年8月27日(月)
午前中から下中小学校校長、教頭、私と3人で、商工会にて作成し配布された「こどもSOSかけこみ所」の看板設置御礼に各事業所、商店を回る。計23件。留守のところもあったが、皆さん非常に協力的だ。この「こどもSOS」については既に何回か記しているが、今度の31日に各学校、PTA、諸団体一同に会しての会合があり、詳細はまた報じることとする。午後は役所廻り。道路補修課、都市整備課、議会事務局。帰宅すると育成会会長よりFAXが届いており、会員に事業出欠確認を電話とFAXでとる。
平成13年8月26日(日)
小田原市総合防災訓練に参加。本日は万年、幸、十字連合自治会合同の訓練であった。市議会議員は18名程が参加していた。朝9:00から11:30分という分刻みのスケジュールも時間通り順調に行われた。この防災訓練については、毎回参加する度にこれでよいのかという疑問を生じることしきりである。この訓練を通じ、自衛隊をはじめ警察、消防等の緊急時の初動態勢及び救援態勢を多くの方々に披露し、信頼感、安心感を与える事は必要である。加えて東電、小田原ガス、NTT、土木工事組合等の諸団体の大震災発災時の活動についても必ずや早期に復旧活動を講じてくれるであろうとの意識付けをもたらすであろう。しかしながら、心配することは、震災の発生とともにパニックに陥るであろう一般市民、阪神淡路大震災でも混乱を生じた人的扱い、すなわち指揮命令系統である。発災と同時に広域避難所に退避してくる市民は本当に自主防災本部長である自治会長の命令傘下に入るのか、自治会長不在の場合は?今日の様に3連合自治会が重なる広域避難所の場合のシュミレーションは?物資の補給は広域避難所の方々優先で幸いに自宅が倒壊しなかった方々への物資供給は?ヘリは三の丸地区では城山競技場に着地するが、交通路分断の場合は?などのシュミレーションも今回の防災訓練で想定されているとは思えない。市の総合防災訓練では大まかな事に考えが行きがちであり、地域での細かい防災想定訓練が必要なことは言うまでもない。このような総合防災訓練は本来ならば実際の災害本部となる小田原市役所を拠点に、各地域が一斉に防災訓練を行うことも必要であろう。、各広域避難所より報告される災害被害状況は実際には大量の情報として災害本部に入るであろうし、その中には真実性が疑わしいなど様々な情報が入る。そして中枢部はこれらの情報をもとに命令等を伝達しなければならない。本部の情報処理能力も現実どうなっているかわからない。役所職員を突然の災害訓練で自宅から徒歩で通勤させるよりも、現実には自宅周辺の状況把握や被災者の救出等を徹底させ、これらの措置を施してから発災から何時間以内には役所に来て災害時に与えられた職務を果たすようにしてもらうことが出来ているのか。ただ単に職員は発災時に役所(地元の自主防災とともに組織に入る方もいると聞くが)に行けば良いものではない。本日の総合防災訓練を通じまた様々な事を思ってしまった。特に備蓄については備蓄食料を広域避難所に置いておくことは感心しない。極限の状態になると道徳も規範も常識も全てがなくなり、ただ欲望の限りを尽くす人も珍しくない。阪神淡路大震災の時にも、モラルが欠如した被災者の話を聞くこともあった。災害の復旧まで3日間はかかると聞く。それであれば3日間は自分自身で食料を確保すべきであるし、それが出来ない者は3日間は我慢することを強いられる認識を持つべきだ。昼に震災が発生したから夕食の用意が必要だなどと考える必要はない。非常時なのである。行政は備蓄食料でなく、発災から復旧に至る際早期に食料を支援してもらえる体制づくりに努力すべきである。既に一般質問でも3日間の食料確保は市民自らがすべきであるとの提言をしてきたが、相変わらず避難所における備蓄食料が用意されている。あれば有り難いのは当然であるが、それで良いのであろうか?
平成13年8月25日(土)
発行が遅れている機関誌を作成。夕方には青少年健全育成県民の会講演会に出席。講師による昨今の青少年を取り巻く環境について講演をいただく。すでに小田原市においては、昨年3月に国に対し「青少年健全育成基本法」制定意見書が提出されているが、近隣では小田原市に続いて厚木市、神奈川県、南足柄市の3市のみ。是非とも各町でも行動を起こしてもらわねばならない。幸い山北町では5名の議員が出席しており9月に審議しそうな雰囲気だ。採択される様期待する。
平成13年8月24日(金)
昨日は遅くに帰宅したため、その3日間に溜まった案内状等を整理する。秘書がいる訳ではないので自分で出欠通知等を出さねばならないし、視察レポートも全部自分でしなければならない。しょうがないか。午後役所に行き、税金収納課、議会事務局、防災部等と話をする。役所の帰りに家族がお世話になった自衛隊小田原地方連絡部にお礼の挨拶。夜は南北青少年健全育成会主催の土曜ふれあい事業打合せ。予定時間を一時間も経過しての会合となる。
平成13年8月23日(木)
視察3日目。敦賀市を訪れ、原子力発電所の安全対策などについて担当課長より説明を聞く。敦賀市は全世帯(99%のようであるが)CATVが設置され、その1チャンネルを防災情報を常時流せるようになっている。この設備には約30億円が一般会計より支出(国、県からの支出金も多いと思うが)されており、デジタル化に伴う整備で同額がまた掛かるだろうとの説明であった。しかしながら、やはり原発立地交付金が敦賀市の財政を潤している事は事実であり、また電気料金の減額なども市民生活に大きな影響を与えている様だ。午後には彦根市を視察し、行政改革対抗に基づく事務事業評価システム、彦根城を中心とした観光事業について説明を受けた。事務事業評価システムはその成果を庁内LANにて公表しつつ、市民へホームページ上での公開も予定されているとの事。また彦根城は、平成の大改修工事も終了し、国宝の天守閣を有する城下町として繁栄してきた。しかしながら小田原市と同様観光客の減少から、駅前の商店街の衰退とも相まって、様々な施策が展開されている。彦根城と並び観光名所である琵琶湖の有効利用、また石田光成が築城した佐和山城跡の新たな掘り起こし等を計画しており、小田原も負けてられないと強く誓った。
平成13年8月22日(水)
午前中は21日で記した通り「国宝めぐり」午前の部を回る。午後からは敦賀原子力発電所を視察する。テロや破壊を目的とした過激派対策や放射能への安全対策面を目の当たりにする。広大な敷地の中、強固な岩盤の上に設置された原発は、1号機、2号機の発電方法の差異、巨大なタービンを稼働する機械に圧倒された一日であった。総電力の4割を占めるという原子力発電は、核の平和有効利用として今や日本の産業や生活には欠く事の出来ない事業であり、ただ単に事故や放射能の危険性を誇大に宣伝する者はその安全面や高度な技術によって稼働している原発を是非視察するべきである。駅から少し離れたトンネルを掘ったら温泉が出たという宿で一泊する。ビジネスホテルを探したが無いとのこと。
平成13年8月21日(火)〜8月23日(木)
21日から3日間、会派の視察で福井県小浜市、敦賀市、彦根市に言ってきた。この間PCを持って行けなかったのでまとめて報告します。
8月21日(火)朝小田原駅8:06発の新幹線ひかりに乗り米原で降車。米原より敦賀を経由し小浜に向かう予定であったが、昨日より敦賀小浜間では小浜線の電化作業ということで敦賀、十村間でバスによる代行運転がなされていた。仕方なく代行バスに乗るも1時間あまりバスに揺られ十村より小浜へようやく電車で到着。小浜駅より「国宝めぐり」定期観光バスに乗る。客はわれわれ一行のみ。ここ小浜市は、古代から国際貿易港として奈良や京都へ大陸文化を伝える拠点として栄え、また中世から近世は小浜港を中心とした商都、また小浜城築城の後は城下町としての町並みが形成された。しかしながら、豊富な文化財を有し、歴史と文化を誇りった小浜市も、近年には訪れる者も減少し、観光協会が主催する「国宝めぐり」と称した定期観光バスもその業績から西日本JRバスの運行は本年をもって終了すると聞いた。歴史と文化を市政の基調として観光事業に力を注ぐ小田原市にとっても豊富な文化財、歴史資産を有効に広く伝える施策を展開するにはどうしたら良いかという視点で、この国宝巡りを21日に午後コース、22日に午前コースでまわることにした。21日は国分寺、明通寺、神宮寺、萬徳寺を。22日は羽賀寺、圓照寺、妙楽寺、多田寺をめぐり、奈良、鎌倉時代に建立された数々の寺社や塔、国宝や文化財に指定された坐像や立像を見る事ができた。その中でも興味深かったのは、神宮寺という神仏混合の寺社で、「そもそも日本人に限らず、宗教にまつわる争いごと、戦争は絶えることがない。これは全て我が信ずる宗教こそ絶対であり、その考えが排他的な宗教を生んでしまう。日本人は特に神式やキリスト教による結婚式を挙げたり、葬式は仏式でと知らず知らず神仏混合と相成っている。神や仏を崇め宗旨を大切にする事は良いが、常に大所高所から物事を見る事もまた必要である」と説く住職の言葉に深く感銘を受けた。この寺社の本尊は鈴であり、この鈴についても「鈴の中の球を子どもに置き換えると、そのままでは綺麗な音を奏でない。しかし、両側を包み込む金(両親)によって、この球(子供)は美しい音色を奏でるのである」との話しを伺い、子供への土産として鈴を2つ買ってきた。
心配する台風11号は、紀伊半島で停滞している。雨足も激しい一日だったが、雨に濡れた寺社や塔は、逆に神秘的で落ち着いた風情のなかひっそりと佇んでいる様に見る事が出来た。
平成13年8月20日(月)
明日から会派視察。午前中箱根の友人より電話あり。箱根町議会議員選挙も近く、資料が欲しいという。役所で待ち合わせ資料を渡す。午後、会派打合せ。定数検討委員会、合併調査委員会、議会改革についての代表者会議での内容を聞く。その後明日からの視察打合せ。調査内容は後日報告するが、台風が本土に接近している。それも紀伊半島を通過する時間に丁度新幹線に乗車している頃と重なりそうだ。もう切符の手配も、先方の役所にも連絡済である。いろいろな困難は予想されるが、運を天に任せ出発する。
平成13年8月19日(日)
夏休みに行った「鳥居平やまびこ公園」のサマーボブスレー」が強烈に印象に残っていたので、夏休み中、我が小田原のわんぱくらんどはどんな状況か見てみる事にした。小学4年の子供を誘うが、「小さな子供のための物ばかりでおもしろくないから行かない」と言われてしまった。仕方なく一人でバイクで行く。丁度晴天であり、また日曜日という事もあり、多くの来園者を期待していたが、午前11時現在では50人程度といったところか。園内には約1年ぶりに入ったが、管理棟前では公益事業協会による弁当売りのテントが立っている。当初より簡単なファーストフード等必要でないかとも言ってきたが、今年5月頃から販売しているらしい。同じく管理棟前では箱根物産連合会による木工教室及び輪投げゲームのテントがあった。「夏休みの宿題(創意工夫)にどうぞ」と記された紙が貼ってあるが、最近の小学校ではそのような宿題は出されない傾向ですよと声をかけると驚いていた。確かに私が小学生の頃は夏休みの最後の週に大慌てで何かを作った記憶がある。話をしていると何人かの小学生が木工教室(材料費500円程度)を申し込んでいた。また、小さい子供は輪投げ(1回200円)で楽しんでいた。わんぱくらんどの目玉である汽車は行列が出来ている訳でも無く、閑散としていた。昼近くになり、日照りがきつくなってきた。お弁当持参で来園する家族も目にする様になった。しかし、日陰が少ない。これは人工的にも木陰を作る事を考える必要があろう。
また管理棟前の池も葉や小さな虫が淀んでおり、管理室に水を流すべきでないかと言ったところ早速流し始めた。夏の期間は常にオーバーフローさせておく事を提案する。先の木工細工で船を造った子供が、早速池で試している。子供たちも続々と池に集まってきた。やはり子供は水遊びが大好きな様だ。率直に言うと、現段階の公園は未就学児童やせいぜい小学1〜2年生
くらいは喜ぶかもしれないが、それ以上の子供には楽しくないだろう。特に芝滑りが出来ない状況では困る。
本市ではこれから二期工事も予定されており、すでに13年度当初予算では二期工事内の展望広場整備工事を行う事となっている。当初の来園者数、来園対象年齢、リピーター数、満足度等が果たされているのか調べていかねばならない。たった一時の公園の風景を見ただけだが、決して皆が満足する施設のようには思えない。なにしろ「わんぱく」はスリルを味わいたいという子供の気持ちを表した言葉の一つでもあり、この言葉を冠した施設ならばもっと派手な遊具などを取り入れても良いと思う。そこには「自己責任」という来園者への認識をもってもらうためのパンフや看板設置は必要であろうが。
平成13年8月18日(土)
あっと言う間の2日間。中央高速道に乗り帰路につく。箱根回りで帰るが、途中約20年振りに関所に寄ってみる。天候は小雨が降ったり止んだりであるが、観光客は比較的多い。オルゴール館には老若男女が溢れかえっている。土産物屋も盛況だ。これだけの観光客を迎えるにあたり、道路の混雑ぶりから自動車での来客が多いと思うが、やはり小田原経由で箱根にやって来られる観光客も多いだろう。箱根を訪れる観光客は、東京方面からでは所要時間40分程度なのでこだまでも構わないが、関西方面からではひかり号は朝は10時23分のみ。夜は20時台、22時台があるが、こんな時間に小田原駅を利用するものは小田原市民または近隣住民である。もちろん私も何度か利用し重宝しているが、観光客は利用できない時間帯である。また、小田原駅からの新幹線ひかりの下り線が朝2本、夕方16時6分の計3本では、帰路につく観光客を対象とすると余りにも少な過ぎる。以上から、観光で生きる箱根、小田原は更に強くJR東海に小田原駅に停車する「ひかり」「のぞみ」を増やすよう要請すべきである。これに対して東京と新横浜間はひかりが相当数停車している。新規に停車が難しければ新横浜分を小田原に持ってくる等市民を挙げての運動を展開していきたいと思う。
平成13年8月17日(金)
いつも通りに起床。朝食を済ませ本日はペンションから徒歩3分の「白樺湖ファミリーランド」に。9時開園だというのに既に人、人、人。フリーパス券を購入するも、平均20分位は並ばないとアトラクションに乗れない。でも1時間待ちは当たり前のディズニーランドよりマシかと思いながら並ぶ。幾つかのアトラクションに乗るも、子供が喜んでいたのは漁業用の浮きをロープで吊るし行き来する遊具のようだ。高い金を払わなくても楽しめる遊具はまだ沢山ある。まる一日ファミリーランドで過ごしたが、施設の古さは否めない。お化け屋敷なども中学校の文化祭で作った様な作品で300円の料金は高過ぎる(フリーパスなのでどっちでも良いが)。夕方には宿近くでボートに乗る。噴水を突っ切ろうとしたらハンドルをきり過ぎて近くの岩にぶつかり座礁。何とか復旧させ戻る事が出来た。夜は昨日と同様に就寝。
平成13年8月16日(木)
今日から2泊3日で家族旅行に出かけた(18日に戻ってきてからこの日記を付けているので、このような書き方になってしまいます)。「白樺湖でゆっくり過ごす」が今回の旅行である。宿泊は昨年子供に好評であった某ペンションに2連泊とあいなった。一日目は諏訪湖インターを通り過ぎ、次の岡谷で高速を下り、目的地である「岡谷市鳥居平やまびこ公園」に寄る。鳥居平やまびこ公園は面積30
ヘクタールと言う広大な土地に様々な施設が整備された長野県ならではの公園の様な気がした。入場は無料。すでに気温も上昇し、来園者は日陰に腰を下ろし弁当を頬張る家族も見受けられる。園内にはレストランもあるようだが、特に中身を見ていないので詳細はわからなかった。1時間200円(子供は100円)のレンタサイクルで園内を一周する。途中、ジャンボすべり台の看板に自転車を止める。全長15メートル程の適当なアールに曲げたステンレス棒のすべり台は、特にすべり易いこともなく、子供も不機嫌である。やはり二宮の吾妻山公園の様なローラー式すべり台が最適と考える。案内所からもらった案内図では、「サマーボブスレー」という施設がある。自転車を止め、斜面を下りるとありました。大人1回400円(子供200円)。リフト100円。リフトとサマーボブスレーの3回セット券(子供900円)。フリーパス等選択できる。子供は900円のフリーパス(リストバンド)を購入。3回以上で元がとれる計算。私も大人の1往復(リフトとサマーボブスレー)券を購入する。リフトに初めて乗る息子は、椅子に座るタイミングを逸し、柱は掴むもののあわや宙づりに!慌てて手を離す様叫び事なきを得る。さあいよいよサマーボブスレー。90センチほどの板の中央にブレーキレバーがあり、押すと走行状態に、引くとステンレス素材の半円状のコースの路面を自転車のブレーキと同じようなゴムでブレーキがかかる仕組みのようだ。いざスタート。思ったよりスピード感があり、特にコーナーではノンブレーキで突っ込むと遠心力で身体が真横になりながら走破する本当のボブスレーのような体験も出来る・・ようだ。(実際最初は子供がビビって、ブレーキを何度も掛けていたため、すぐに追いつきそんな体験はできなかったが・・)。でもおもしろかった。私は1回券だったのでやらなかったが、味をしめた子供は、時間で返さなければならない自転車を置いてきている間、10往復もしていた。すごく楽しそうにすべる息子を見て、小田原のわんぱくらんどもこんな施設があるともっとおもしろいのになあと思う。
この鳥居平やまびこ公園は平成元年、日本の都市公園100選に選定されている。昭和56年3月に事業認可され、昭和62年迄に居間ある施設のほとんどが整備されている様だ。自然、展望、遊戯、スポーツ、文化の5つのレクリエーションゾーンに分かれた施設は、ローラースケート場やテニスコート、サイクリングコース等の特色があり、一日では足りないくらい楽しさを満喫できる場所とみた。先の小田原市のわんぱくらんどは果たして来園者に満足感を与えているのであろうか。1年を経過したわんぱくらんどに行ってみることにしよう。
宿には4時ごろチェックイン。風呂に入り夕食。白樺湖周辺は夜も静かである。涼しさと近くの酒屋で買った1.8リットル1280円のワインを飲んだことで、10時頃には就寝した。
平成13年8月15日(水)
朝7:00。眠い目をこする息子と共に我が家の旗竿に半旗の日の丸を掲げる。朝食は「すいとん」だ。8月15日の我が家の朝は20年程同じ光景である。私の母の兄4人は共に戦場に赴き、奇跡的にも全員生還している。長男は赤道直下のハルマヘラ島、次男はビルマ、三男は近衛兵、四男は大学在学中に学徒出陣の元特攻隊員。この叔父から小さい頃から戦争の話を聞き育った私であるが、亡き戦友を思い、戦後を過ごした叔父の気持ちはわからないまでも、戦争の悲劇は決して風化させてはならないと誓いながら毎年同じ事を繰り返している。息子たちもどう思うのであろうか。午前中、小学校に行き校長先生、教頭先生と「こども110番」の件について話しあう。正午、居間で一同正座し黙祷を捧げる。0:30。石原東京都知事が靖国神社を参拝したと聞く。マスコミをも叱咤する都知事の行動にひとりほくそえむ。
夜は上町自治会の盆踊り。いつもの抽選会でまた当たってしまった。四等。皆様には申し訳ないが、毎年何かがあたってしまう。すみません。
平成13年8月14日(火)
小泉総理が昨日靖国神社に参拝された。総裁選挙、参議院選挙と一貫して8月15日の参拝を公言していただけに誠に残念でならない。公約違反でもある。しかしながら、小泉総理の苦渋に満ちた表情を伺うと、これは俗に言う抵抗勢力はいままで言われていた方々よりも福田官房長官をはじめ、田中外相、YKKなど総理側近が一番の抵抗勢力であった事が原因だと思う。結局本日のマスコミ各社の番組では、やっぱり足して2で割った様な行動は、双方から批難されている。靖国神社を殊更軍事国家の象徴とする輩は本当に神社を訪れ、宝物館をはじめとする施設を見学したことがあるのだろうか。だれも粛々と頭を垂れ英霊が安らかに眠らんとする事を願い、英霊の礎の下に現在の平和な世の中がある事を誰もが感謝する。これが普通の姿ではないのか。宗教を超え、国家がその国の繁栄を信じ犠牲となった者を国民総意で敬いおまつりすることはとても自然な事であり当然のことである。そこで国立墓地のような構想があるが、これは「靖国で会おう」と散華された英霊に対して誠に失礼な現代の価値観での考えである。靖国神社国家護持が私の信条である。宗教法人という垣根をどう超えるか課題はあるにしても靖国神社は平和の象徴であると常に思っている。国家に殉じた者を国家が(どういう形態であれ)お参りしなければならない。個人の宗教の相違があるのであれば個人の墓で独自の宗教でお参りすれば良い。その事は既に最高裁での判例を示すまでもなく、国家が宗教行事を通じその効果が期待されるもの以外は憲法20条に違反しないことが示されている。ただこの20条も所詮GHQによる日本の歴史、慣習をたたき潰す目的で作成したものだから憲法第1条は認めようとせず、20条は金科玉条のごとく振りかざす輩が言っているだけに過ぎない。
今回の前倒し参拝は中国、韓国からの外圧を受けて日本側が折れた見方を諸外国からされるであろう。これが国益にどのような結果をもたらすか心配である。勿論「聖域なき構造改革」も然りである。今回の行動、言動を見ていると一番無念の気持ちを持っているのは小泉総理自身でもあるだろう。怒りや嘆息を通り越し、小泉総理にはお気の毒と言ってあげるしかない。
伊勢原亀井代議士宅へ夏の挨拶に伺う。
平成13年8月13日(月)
軽自動車の任意保険加入を行う。これで我が家も車が一人一台になった。しかし私のワゴン車は剣道の時やその他に使われてしまうためなかなか自分だけのものにはならない。午後、挨拶廻りを続行。上郡で新盆を迎えた家に線香をあげる。夜、青少年健全育成会恒例の夜間パトロールを行う。今日は地元の盆踊りのため公園その他での少年の蝟集はなかった。
平成13年8月12日(日)
朝から小泉首相の靖国神社公式参拝特集でいくつかの番組をはしごしてしまった。まず、中国や韓国が反発しているからやめるべきだという意見はおかしい。このことは内政干渉であり、与党野党共に反発すべきなのに、その要求を自分の主張に置き換えている者が目につく。また憲法問題では正月の首相による伊勢神宮参拝には口を閉ざしながら靖国神社参拝にはヒステリックに反発する勢力、村山元首相も参拝していると思うが・・・。いろいろと議論はあるが、結局のところ、自民党総裁選挙、参議院選挙を通じて「8月15日には靖国神社に参拝する」と公言していたのが小泉総理であり、ご承知の通り自民党の圧倒的勝利に終わっている。特に野党は小泉総理の「聖域なき構造改革」をはじめ、靖国発言をも批判の対象として参議院選挙を戦っていたではないか。そして敗北したではないか。靖国問題は総理、そして外務大臣が公式参拝することでケリがつく。靖国に参拝する事でまた軍事国家になる恐れが・・・等との妄言やある議員のように天皇への忠誠を尽くした(個人的にはそうでなくてもそれは個人の心の問題)者へ首相が参拝するのはおかしいなどと個人的思想を押しつける様な言動は議論に値しない。正々堂々と小泉総理は靖国神社に参拝に行くべきである。
私は毎年、先の大戦で亡くなった多くの英霊の方々への感謝と畏敬を、国旗を半旗にすることで表している。
平成13年8月11日(土)
お盆間近のため、車庫の清掃を行う。午後、挨拶廻り。家内の車にフィルムを貼る。
平成13年8月10日(金)
終日、夏の挨拶廻り。
平成13年8月9日(木)
我が家の家族と近所の家族が自衛隊駒門駐屯地へ見学に行くため、駐屯地までバイクで先導する。バイクは勿論Z1000ポリス。昨年来正式導入された紺のBDUに身を包み、国道246号を駒門へ。駐屯地に着き資料館見学、74式戦車見学、売店と、あっと言う間の1時間半。丁重にお礼を言いラーメンを食べ、私だけ帰路に着く。今夜は和洋中のバイキングだという。いいなあ。こちらは会合だよ。家に帰宅し着替えて夏の挨拶廻り。急いで夕食をとり青少年健全育成会南北合同会議に出席。10着き8日開催の中学校区フェスティバルについて9時まで協議。今日は時折陽がさし蒸し暑い。はやく風呂に入ろう。
平成13年8月8日(水)
午前中、地元を回る。午後、福祉文教常任委員会を傍聴する。11件の所管報告事項の中で、委員も注目したのは7月に起きた中学生による暴行事件2件であった。学校名、個人名は伏せてあり、既に逮捕されて少年鑑別所から観察処分になっているものや現在鑑別所に入れられているとの報告だが、いずれも数十日の間には普段と変わらぬ生活(と言ってもどうせ荒んだ生活だと思うが)をぬくぬくと送るに違いない。委員からは加害者は今後どのような事になるのかとの質問があったが、被害者(一人は教員、一人は加害者の下級生)へのケアについての質問は聞けなかった。そもそもこれらの事件は加害少年がいなければ起きえない事件である。鑑別所を出て保護観察か少年院かわからぬが、いつかは戻ってくる。被害者からすればこの事件は、加害者が更生をし、謝罪をした時点でようやく安堵するだろう。それまではおちおち眠れない事は目に見えている。しかしながら、短期間で更生など出来る訳がない。それはすでに十数年間という長い間に培われた性格、生活環境によってもたらされた結果であるからである。事件を起こし、逮捕され、鑑別所に送られ家裁によって観察か、少年院かの判断をされてシャバに出てくる。この間、特に少年院に送られ更生の可能性がある少年も結局再犯を重ねる事も多いと聞く(少年院側は再犯少ないという)が、本当のところはわからない。これより持論を展開する。そもそも少年院は入院した少年を従来の保護者に代わり保護する役目を持つ。と言う事は言い換えれば欠格がある保護者にその原因があると言ってもよいことになる。それでは、少年院から出た者がなぜ再犯を重ねるのか。それは少年犯罪の原因といわれた親(保護者)側がその責任、欠格に対する処方が何も行われずに旧態依然のままの状態で再び退院少年を受け入れてしまうからだと考える。以前、松山や奈良の少年院にも視察をしたことがある。退院間近の院生は家族とともに少年院内の特定の部屋で数日過ごしてから退院する事もある様だ。それ自体は素晴らしい事だ。親子とのふれあいやすれ違いとなってしまった環境を取り戻すために大いに行ってもらいたい。しかし、先にも述べた通り、保護者自身が本当に退院生を受け入れるだけの器量、すなわち保護者としての自覚を持っているかは疑問だ。それは、だれも保護者に対して指導、助言、教育を施す事が無いからである。少年院生の退院期間は保護者の受け入れ環境、教育成果等を考察し、受け入れ可能となった時点で退院させることではいかがであろうか。いつまでも現行法制度が絶対的なものである訳がない。様々な創意を施し、実践すべきであると考える。
平成13年8月7日(火)
政務調査費の集計。午後役所にて都市整備に地元の事業進展状況を聞く。家に戻ると子供が学校の野菜に水をやる当番だというので一緒に水をやりに行くが、早朝降った雨でまだ畑が湿っているため結局そのまま帰る。今日は家内の軽自動車を取りに行く日。二人で自動車屋に行き納車。早速新しい(と言っても中古だが)車に乗ってご機嫌の家内。帰りがけガソリンスタンドに寄り帰宅。私も試乗しようとエンジンをかけたところで電話が鳴る。2日後に家内と近所の友人家族が毎年恒例のキャンプに行くのに今年は自衛隊の見学をしたいとの事となり、小田原の自衛隊地方連絡所に見学を申し込んでいた返事であった。名簿の送付等をしてふと気づく。軽自動車のエンジンが1時間もかけっぱなしになっていた。
平成13年8月6日(月)
5:00実践倫理宏正会「平和記念朝起き会」に出席。演壇を行う。9:30より経済厚生常任委員会開会。議題は環境部関係の報告事項4件。産業政策課関係1件。視察案承諾の件の後、本日は小田原競輪52周年記念競輪前節最終日の視察を行う。昭和24年の開設以来、小田原市財政への繰入金が総額834億円にも上る競輪事業ではあるが、近年の景気の低迷とともに競輪収入が低迷し撤退申し出自治体もある中で、今後の事業展開について、実際に競輪場に赴き、視察すべきではないかとの思いもあり、常任委員に観戦してもらった。自分自身、市財政への繰り入れ金がある以上、ファンサービスへの努力、経営改善、施行者を取り巻く環境改善を図りつつその存在意義への評価はするものだが、昔も今も競輪に通う者のイメージは以前変わらず、このことが一般市民から競輪そのものを遠ざけている部分もあると思う。本日も最終レース終了後、競輪場内には新聞、紙コップ、はずれ券等が散乱し、この状態を「綺麗でない」と誰も意識しないのか不思議な状態である。小田原駅周辺地域ではポイ捨て禁止条例の徹底を図っているのに、その周辺と位置づけられる競輪場内ではゴミの山である。美化に関するモラルが問われるべき者が市財政に貢献しているのであれば許されるのか!
以前、雨降りの日に小田原駅西口を通ったことがある。駅周辺には競輪場帰りの客が脱ぎ捨てて行ったと思われる黄色いカッパが山と溢れ、一部は風で飛ばされとても汚いイメージを持った記憶がある。このような悪いイメージを払拭することも競輪事業の活性化にも通じると思うのだが・・・。夕方からの懇親会にも正副議長、副委員長とともに出席。自宅に戻るとすぐに陳情者の来訪。明日関係機関へ依頼することに。
平成13年8月5日(日)
昨日は緊張感もあってかいつもより遅く起床する。全身の疲れはまだ取れない。今日は「さかな祭り」。子供をバイクに乗せさかな祭りへ。本部に寄り各イベント会場を回る。子供は退屈しているみたいだ。帰りがけ市内のおもちゃ屋に連れて行くと元気を取り戻した。夜は地元のカラオケ祭。坂本九ちゃんの「見上げてごらん夜の星を」を熱唱?した。御鷹山事故で亡くなった九ちゃんを偲びながら最近はいつもこの歌を歌ってしまう。夜10:00帰着。
平成13年8月4日(土)
今日は9:00から17:00まで市P連研究集会のため中央公民館に缶詰状態。助言者、分科会責任者への説明、反省会司会進行、分科会時間調整等研修部会副部長としての役目は重要だ。おかげで気遣いで疲労が溜まっているところへ19:00より消防OB会。本来は酒匂川花火大会へ補導活動とともに参加しなければならないが、市P連の終了時間も流動的でもあり、欠席の返事をしておいた。OB会でしこたま酒を飲んだが、先輩が事務所に寄り暫く雑談。23:00過ぎまで話す。今日は家内が近所の方々と夏休みキャンプの打合せ(毎年一回)なので迎えに行かねばならないため事務所で待機。結局1:30頃電話があり迎えに行く。
平成13年8月3日(金)
かねてより陳情案件となっていた件が大詰めを迎えた事から、相談者に経緯を話しに行く。午後からは会派打合せ。議会改革について議論を行う。明日は市P連研究集会。最後の確認作業を行おうとしたが、電話やら書類の整理やらでこれから(22:30〜)考えなくてはならない。なんとか成功したいなあ。
平成13年8月2日(木)
10:00より都市建設常任委員会を傍聴。午後、昨日の陳情処理。役所にて所用。夜、橘中学校区三校・幼連絡会議。議題は子ども110番設置について。今日の会議事項を欠席した役員にメールで送る。
平成13年8月1日(水)
いよいよ8月に入る。10:00に小田原市内幼・小・中学校先生方を対象にした防犯講演会及び護身術の実技講習に参加。小田原署石神生活安全一課長の講演を聞く。実技時間に議会では代表者会議が行われているため、中座し会派控室に。7日に改めての協議のため緊急会議が決定する。午後、市P連研究集会のための教育長との打合せ。その後中央公民館において下打合せ。公民館から外へ出ると今にも泣きだしそうな雲行き。慌ててバイクに乗るも、昨日休業日で寄れなかったバイク屋に行きオイル交換。ポツポツと降ってきた雨の中、まだカッパを着る程でもないくらいの降りの中帰宅する。夕食までメールチェックをしていると近所の方が来所。相続に関する陳情。子どもからは夕食の用意ができたと電話。様々な相談事を聞いているうちに21:30に。遅い夕食を食べることとなった。