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2008年4月20日 滋賀県の隧道巡り その2 柳ヶ瀬の集落の後にしてR365を木之本に向かって走ります。 途中の国道沿いに有る余呉町役場の前に(地図) 柳ヶ瀬駅と木之本駅の間の駅だった「中ノ郷駅」の跡が有ります。 国道の直ぐ横にホーム跡が有るのですが、正確な場所が 頭に入ってなく見当違いの所を探していたので、見つからず スルーしてしまった・・・ 行きに余呉町役場の前は、通ったのに・・・ 今度行く時は、必ず見て来る事にしょう・・・ 木之本まで戻りR8にICに直ぐ近くのコンビに入り小休止 R8は、琵琶湖方面からの車とバイクが多く京都方面の 向きは、渋滞が凄い事に・・・ 時刻も15時30分過ぎだから仕方が無いね。 で、次見に行くのは 木之本ICから直ぐ近くR8を長浜方面から来て木之本を 過ぎてトンネルを抜けると琵琶湖の目の前に出る そのトンネル(賤ケ岳隧道)の真上にR8の旧道と成る 大正から昭和に掛けて作られた隧道が有るんです。 以前から現在のトンネルが出来る前は、どんなルート だったのか気にはしていたのですが・・・ 地図を見て頂くと判りますが、大音の信号からの 不自然な道の分かれ方・・・分かれた道をそのまま行くと いかにも地形に沿った幅が広い急カーブを曲がり 勾配のキツイ坂道を登ると大正の終わりから昭和の 初めに掛けて作られ現道のトンネル(賤ケ岳隧道)が 昭和45年(1970)出来るまで、R8の隧道として 使われていた地図名前の表示無いですが 賤ケ嶽隧道に辿り着きます。 一旦隧道を通り過ぎて琵琶湖側に出た所で、写真を 撮り始めます。西日が良く当たるので、ちょっと 露出が飛び気味なのと草が煩いのですが まじまじと見ると煉瓦と石で作られた入り口は 神殿を思わせるデザインでカッコ良いの一言。R8の渋滞を避けた車やバイクが、時より来ますので 絶えず背後を気にして写真を撮りまくります。 隧道の手前で見つけた注意を促す看板を発見 おそらく国道だった頃に立てられたんでしょうね。
看板と隧道の位置関係 ブラインドコーナーの先に隧道の入り口 国道だった時代にこの場所で、写真を撮るなんて 危な過ぎて無理だったでしょうね・・・
で、刀の右手は、琵琶湖・・・ 標高の高さが良く判ると思います。 ガードロープなので、写真写りは良いけど 逆光がキツ過ぎ・・・
西日で眩し過ぎる一粒で二度美味しい琵琶湖側から 木之本側に移動すると一転 写真のデータによると時刻は16時10分 日の当たらない微妙な薄暗さが向こう側と 同じデザインの筈なのに違う迫力が出てます・・・
入り口の脇に賤ヶ嶽隧道の記録のプレートが 埋め込まれていました。 賤ヶ嶽隧道 延長 千二百六十尺 中心高 十六尺 幅員 十八尺 工費 二十七万九千六百四十二圓 起工 大正十三年三月廿一日 貫通 大正十四年三月十一日 竣功 昭和二年八月丗一日 あと工事に携わった人々の名前 1尺は、約30.3cm 千二百六十尺 は、約381.7m 竣功した昭和2年(1927)8月から今年で81回目の 夏がもう直ぐやってきます・・・
賤ヶ嶽隧道を後にして、現在のR8に戻りの木之本方面に向かいます。 木之本は昔の宿場の風情が残っていますし今回はスルーして しまいましたが、昭和初期に作られた隧道が、もう1つR303の 旧道に有りますので、いずれゆっくりと見に行きたいです・・・ 次の隧道に向かう為に木之本でR8からR365に入り長浜方面に 湖北町過ぎて長浜市に入って直ぐの「田川」(地図)の交差点の 県道265号を東方向に向かいます。途中、小室と言う集落での 県道276号との分岐地点のヤフー地図とGoogle地図 ヤフー地図には隧道の入り口が、ちらっと見えていますが Googleは表示無し、但し拡大すると隧道の表示されますが 隧道の名前は表示されません・・・ でもヤフーは県道○○号の表示無しGoogleは表示有り・・・ ヤフー地図に県道の番号が表示されたら完璧だと・・・ で、センターラインが無くなり「険道」に近い状態の 県道265号を更に進むと見えて来たのが 昭和10年(1935)竣工の谷坂隧道 地図 初めて隧道の前で止まりました・・・ 煉瓦からコンクリートが一般的に使われ始めた隧道 上記の賤ヶ嶽隧道とは、違ったカッコ良さ・・・
写真を撮った後、延長約300mの隧道を通り抜けて反対側の 入り口(地図)電柱と配線が邪魔だけど生きている隧道だから 仕方が無いですね。 しかしまぁ立派な作り・・・ 地図を見て頂くと判りますが、幹線道路でも無い道に 手の込んだデザインの入り口を作るのだから、間違いなく 設計者の趣味なんでしょうね。 ちなみに上の賤ヶ嶽、この谷坂、この後紹介する観音坂と横山も 全て同じ「村田鶴」と言う人物が設計した様ですが これほどの物を設計をした人の割には、人物像がよく判らない人で あるサイトでは、明治時代に来日し数々の有名な建築物を 設計したアメリカ人のペンネームでわ? 複数の人が使用したペンネームでわ? と言った推測を書かれていて、大変面白い話だと思っています。
谷坂隧道を後にし次の隧道を目指して草野川(地図)下ります。 川沿いの風景の写真を撮る余裕が無かったのが残念でした。 途中、道が読めなくなり遠回りをして、なんとかR365に戻り 米原市の野一色東の信号(地図)に辿り着き、次の昭和8年竣工の 観音坂隧道を目指し県道19号、県道509号と走りそのまま 隧道(地図)を見事にスルー・・・ 米原方面から長浜市内に抜ける幹線道路の様で、時間も17時過ぎで やたら交通量が多いのと入り口付近の路側帯が無いに等しく バイクを止めるのも気が引けたため今回は諦めました。 どんな隧道なのか興味の有る方は「観音坂隧道」でググって頂くと 私がいつも見ているサイトがヒットしますので見て 頂けますと良いかなと・・・ そのまま県道509号を長浜市街に向かう途中にやたらと 石田三成公出生地と書かれた看板が立てられてるので 折角なので、見に行く事に・・・ で、着いたのが、石田三成の生家が有ったとされる場所に 集落の公民館を兼ねた資料館でもある石田会館(地図)が ありました。が、残念ながら人気は無く資料館には 入る事は出来ず・・・
石田会館で一休みをして次の隧道に向かいます。 県道509号から県道243号を南に向かい県道244号を西に向かうと 真新しいトンネルが見えてきますが(地図)目的地は 古い方なので、確か2001年竣工の新トンネルの手前の 脇にある旧道に入りやたら砂や小石・落ち葉で走りにくい道を 走りカーブを抜けると先ほど紹介した賤ヶ嶽隧道を そのまま縮小した様な大正12年(1923)の延長約164mの 横山隧道(地図)に到着。程よい小ささが良いです。 新しいトンネルが出来る2001年まで、普通に使われていたと 言う事に成りますね・・・ あー刀を前にして撮っておけば良かったのに・・・ 道のど真ん中に刀を置いて写真撮っていても 下に新トンネルが有るので、一般車は来ないです。 もし来たらおそらく同じ趣味を持つ人でしょうね・・・
隧道を通り抜けて西側の入り口にうーん流石に17時47分 賤ヶ嶽隧道同様に薄暗い・・・ 10枚ほど撮ったけど上手く撮れているのは無し・・・ この写真も妥協、もっとカメラを使いこなさなければ 薄暗い状況で良い写真が撮れないを実感・・・ あと刀は見事にドロドロですな・・・
横山隧道を見終わったのが、18時頃と言う事で今日の隧道巡りは とりあえず終了。R365に戻り関ヶ原を目指します。 関ヶ原に入り石田三成繋がりという事で、古戦場跡に寄って 行く事にします。 関ヶ原古戦場(地図)決戦地
石田三成が陣を張った笹尾山の前にて・・・
関ヶ原古戦場で本日最後の写真を撮った後は、自宅に直行 本日の確か走行距離は、240k程だった隧道巡りツーリングは、終了。
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