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2008年4月20日 滋賀県の隧道巡り その1 私がここ最近ハマっているのが、明治、大正、昭和初期に 作られた隧道(トンネル)や橋梁を見に行く事・・・ 何処にどんな物件が有るかは、旧道・廃道・廃線・廃隧道などの キーワードで、ググれば大体の情報が得られます。 とにかくこの手の趣味を持つ人達は、判りやすく丁寧に その物件の情報をアップしてくれる方々が多いので 助かります。色々なサイトから情報を得て、滋賀県に 明治、大正、昭和初期に作られた隧道(トンネル)が、作られた 当時に近い状態で存在し、しかも現在も通行可能と言う物件が 数箇所有るという事でツーリングを兼ねて見に行って来ました。 隧道(トンネル)Wikipediaより 日本ではかつて中国語と同じく隧道(すいどう、ずいどうは誤読)と 呼ばれていた。常用漢字以外の文字(隧)が使われているために、 第二次世界大戦後の漢字制限や用語の簡略化、外来語の流入などの 時代の流れにより、今日では一般的には「トンネル」と呼ばれるように なったが、トンネルの正式名称に「隧道」と記されることも多い。 当日は、またまた午後からの出発・・・ 早く起きて、とっとと行けば良いのですが・・・ で、第1目的地は、今回見に行く隧道で、自宅から1番の 遠方に有る旧北陸本線(後の柳ヶ瀬線)に 明治14年(1881年)に作られ当時のままの姿で 現存している福井県敦賀市に有る小刀根隧道を目指します。 ルートは、桑名市から県道伝いにいなべ市の阿下喜より R306とR365の重複区間に入り、途中からR365にて関ヶ原に 関ヶ原から高速で、木之本までワープ・・・ 木之本ICを出ると目の前がR365ですので、そのまま北上 途中から北陸本線と並行して走りますが、余呉から鉄道は 西方面、国道は北方面に分かれて行きます・・・ そこからのR365自体が、廃線跡に作られた道だそうです。 さらに進むと北陸道と並行して走る事に成りますが 何せ道が広くて交通量も少なくペースよく走っていると 小刀根隧道がある敦賀方面に向かう県道140号の案内が 出ているに県道140号に入らず、そのまま通過し 並行していた北陸道も見えなる・・・ あっ、と思いUターンしてゆっくりとガード下を 見ながら戻るとコンクリートの構造物・・・R365から県道140号に入り見えてきたのが、柳ヶ瀬隧道 現在は、柳ヶ瀬トンネルの表記になっています。地図 木之本の辺りは、晴れていたのにここまで来ると 雲が掛かってしまい、おまけに肌寒い・・・
4年の歳月をかけ明治17年(1884)に開通 全長は1325m 日本で初めてダイナマイトを使用し掘削し全長も初めて 1000mを超えた隧道で、明治17年(1884)から昭和32年(1957)まで 北陸本線、昭和39年(1964)まで柳ヶ瀬線の鉄道隧道して 使われ、昭和3年には乗務員の死亡事故も起きています。 木之本側の入り口は、SLの煤煙対策の設備の設置のために コンクリートの作りの入り口に作り変えられたそうです。 昭和39年(1964)から国鉄バス専用のトンネルとして昭和62年 (1987)まで使われ同年のJR発足後、一般開放され県道140号に 成ったそうです。昭和62年だったらR8で敦賀方面にツーリングに 行った事も有ったので、この道を走れる可能性も有ったけど 全く知らなかった・・・ 地元では「お化けトンネル」との愛称で呼ばれている そうですが、別に幽霊が出ると言う事では無いとの事・・・ 地図を見て判るように北陸道の柳ヶ瀬トンネルも 柳ヶ瀬トンネルに沿うように通っています。 道路に転用された鉄道隧道としては、最長の隧道だそうです。 単線の隧道なので、自動車のすれ違いは、不可能。 現在は信号が設置されたので、内部での突っ込み合いは 無くなったと思いますが、設置される前は、待避所まで どちらかがバックして、すれ違っていたようです。 写真を撮った後に通行しましたが、車道に転用されてから 作られてた待避所が、2箇所ありました。 うーんトンネルの内部は、動画で撮りたいですね・・・ 通行の注意点は、センサー式の信号なのでバイクの場合は 押しボタンが有るので、ボタンを押す事。 信号待ちの時間が、やたら長い5分位は有った。 青信号の時間は、やたら短いく15秒位だった・・・ 路面が濡れていると非常に滑り易いので、バイクは特に注意を・・・
道路脇には、萬世永頼(ばんせいえいらい)と参議 伊藤博文と 掘られた石額が有ります。改修時に外された石額のレプリカで 本物は、長浜鉄道スクエアに展示されている様です。 2003年に「土木学会選奨土木遺産」の選ばれた旨の碑も 設置されています。
写真も撮ったので、長い信号を待ってからトンネルを 通過すると福井県敦賀市に入ります。 この手のサイトだと敦賀側のトンネルの入り口の様子も 紹介していますが、ツーリングレポートも兼ねてますので 私が行動した時系列で紹介したいと思います。 小刀根隧道を見た後は、この隧道をもう1度抜けて 木之本に戻るつもりでしたので、敦賀側の入り口は その時に見るつもりでしたので、スルーして小刀根隧道に 向かいますが、道は広くて良いのですが、雪の多い所なので ちょっと路面が荒れている県道140号を2kほど進むと 大きなカーブを過ぎると(地図) 刀根トンネルが見えてきますが そこまで行くと行き過ぎです。小刀根隧道は、背後に有り 死角ですので注意して下さい。 で、明治14年(1881年)完成の小刀根隧道(全長56m)に到着。 自宅から約100kの距離でした。 とりあえず隧道を通り抜けてしまいました・・・ 写真左がUターンした直後で、写真右が隧道に接近した状態。 この日は前日が雨で、隧道の周りが、ぬかるんでいて 一瞬で刀がドロドロに成ってしまった・・・ それにデジカメの設定を変えたら写真右は色合いが変に 成ってしまった・・・これでも補正掛けています。 念の為に書いておきますが、こっちは木之本側の入り口で 刀は、敦賀方面に向いています。
で、隧道の中から撮ったの写真 良い感じに撮れているので、気に入ってます。 この先は私有地の様で、道自体も北陸道に食われていて 途中から無くなっているので、通り抜けは出来ない様です。
隧道の内の路面は、舗装はされているけど落ち葉などが 堆積して出来た土が覆っている状態、非常に滑り易いので 注意しながら再度隧道を通り抜けた後は 写真を撮りまくります・・・ 敦賀側に刀を移動して隧道の中から・・・ 先に見えるのが、刀根トンネルです。
要石には明治14年と彫られています。 敦賀市の指定文化財に指定されてますが、隧道と呼ばれた時代に 作られたのにトンネルの表記にするのは、空気が読めていない・・・
煉瓦と石積みのハイブリット構造の風格と歳月を 重ねた物だけが出すオーラが出ていて、いい感じです。 明治14年(1881年)の完成以来のそのままの状態で 現存する日本最古の隧道が、気軽に見学が出来て 通り抜けも出来るのが良いですね。 初めて隧道を題材に写真を撮ったのですが 隧道を撮るのは難しいです・・・隧道内の暗い所に 露出が合うと外の明るい所が飛んでしまうのと 何せ倒木が邪魔だしカメラのホワイトバランスの 設定のミスも重なり60枚ほど撮りましたが これはいいと言う写真は5枚程度でした・・・ 天気もこの周辺だけが曇っていたし今使っている 28mmレンズのデジカメを22mmにするワンコンも 入手したので、今度は晴天の日に行って もう1度じっくと撮りたいですね。
思う存分写真を撮ったので、県道140号に戻りました。 敦賀方面から来ると刀根トンネルを抜けて、鮮やかな レモンイエローの看板の向こうに小刀根隧道 電柱にカメラが設置されているので、ググったら 「福井 冬の雪みち情報」 と言うサイトで 冬季限定でライブ映像が配信されている様です。 年中配信すれば、季節を問わずにこの付近の様子が 見れるのに・・・ とりあえず刀の進行方向に有る刀根トンネル方面に 向かって、走る事にします。 この写真、ホワイトバランスが狂っています・・・
刀根トンネルを通り抜けたらパーキングが有ったので立ち寄ります。 真ん中が県道140号の刀根トンネルで両脇が北陸道の上下線の刀根トンネル 地図 3個のトンネルの入り口が見事に並んでいます。 県道140号の刀根トンネルは、小刀根隧道と同時期に作られた195mの 鉄道隧道でしたが、北陸道のトンネル工事(昭和51年-53年)と同時期の 昭和51年(1976)に拡幅工事を行い現在の姿に成っています。 ここでUターンして木之本に戻る事にします。
刀根トンネルを再度通り抜け小刀根隧道をチラ見しながら 柳ヶ瀬トンネルの敦賀側に戻って来ました。地図 右手に切れてしまっていますが、柳ヶ瀬トンネルの 記念碑が立っています。 上を走るのは、北陸道・・・しかしタイトな配置だ・・・
作られたが小刀根隧道と同時期なので入り口の 見た目は似てる様に見えます。 萬世永頼(ばんせいえいらい)と参議 伊藤博文の 石額を取り外して柳ヶ瀬トンネルの石額に 付け替えられた跡が、よく判ります。 向こうから来るとこの出口付近は、地図でも 確認出来ますが、カーブと言うより角に 近い道筋ですので、速度に注意して走って下さい。 写真微妙にボケてる・・・悔しい・・・
柳ヶ瀬トンネルを通り抜けて県道140号からR365に戻り 木之本に向かって少し走ると国道脇に柳ヶ瀬の集落が 有りますので、立ち寄る事にします。 木之本から福井県南越前町今庄までのR365は、北国街道 東近江路と呼ばれた街道をトレースしていますので 柳ヶ瀬は、関所が設置された宿場として栄えたようです。 明治15年3月には、北陸本線の柳ヶ瀬駅も作られました。 流石に古い家屋は、僅かしか残っていませんが、街道の両脇に 家屋が立ち並ぶ風景は、街道沿いの宿場の雰囲気は有ります。 集落の北の口元に倉坂峠し玄蕃尾城と書かれた案内板と 道しるべ(地図)が有ったので、おそらく除雪に使われていた 重機と一緒に撮ってみました。 この道しるべには、表に 「右えちぜん かがのと道 左つるが 三国ふなのりば」と 裏には、明治16年1月に立てたと掘られているようです。 右に行くと北国街道で越前へで、そのままR365に 当てはまりますね。 左に行くと敦賀へ行く道は、柳ヶ瀬道と呼ばれ倉坂峠を 超えて、さっきまで居た小刀根隧道の有る刀根の集落方面に 行く道が有ります。 峠道は、柳ヶ瀬隧道が開通して寂れたようです・・・ 旧北陸本線、敦賀から木之本のまでの間は、柳ヶ瀬隧道を 除く区間は、明治15年3月には開通していましたが 柳ヶ瀬隧道が明治17年4月に開通するまで間、乗客は峠道を 歩いて次の駅まで移動していたそうです・・・
滋賀県の隧道巡り その1は、ここまでです。 その2は、木之本町R8の旧道に有る賤ケ嶽隧道を 手始めに3つの隧道と成り行きで立ち寄る事に成った 有名な戦国武将の生誕地も紹介してみたいと思います。 その2へ
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