彼女が戦いを知ったのは、母なる大海亭で過ごし始めてからしばらく経っての事だった。
山奥で育った彼女の事、この世界の成り立ちさえも、想像した事は無かったのだが、その想像に足る以上に世界は広く、そして複雑に絡まりあっていた。
様々な思いを抱いて戦場に赴く人々が、一時鋭気を養う酒場。この世の陰惨な面を知らないかの様に、さざめき笑う乙女達…。
そして、誰かが教えてくれた、彼女が仲間を探す限り、戦う以外に道は無いと。多くの川は、他の元素の支配する地を流れ、また、国を取りまく果てしない大海ですら、その支配の手を完全に離れるものではないのだと。
『灼熱の砂漠において惨敗を喫した火陣営は、陣営を立て直す為に砂漠より一時撤退、セレスエル山脈の麓・カザフの廃墟に陣を構えた。火陣営の撤退により、ドレイグ山脈の火のエレメント力が弱まり、その機に乗じて水陣営は一気に勢力範囲をタラス高原に向けて広げた。
カザフの廃墟で4陣営が対峙し、いよいよ決戦を控えたその夜、不気味過ぎるほどの静寂を血の叫びに変え、血をすするべく各陣営の前に現れたのは、古き時代に活躍したであろう無名の戦士達―そう、今は亡き死者の群れだった……。』(EW 第2戦「カザフの廃墟、死者の魂」課題背景より)
寝静まっていたと思われた戦士達は、ふいの空気の流れに耳をそばだてると、一時の根城にしてた崩れかけた屋敷の長い廊下を走って行った。
遠くの方から、土塊が崩れ落ちれる様なくぐもった音が響き渡る。
彼女が外の様子を見ようと、扉の隙間から小さな身体を覗かせたその時、そんな彼女の姿を目の端にも捕らえなかったかのごとく、その頭の上を通り過ぎて行く影…。その姿に、彼女は慌ててその身を隠した。
あの者たちは私達の敵じゃ無い…、しかしたぶん味方でも無いのだ。
彼女は、屋敷の奥に急いだ。
廃虚の屋敷の奥には、けが人とその手当てにあたる者達がしばし休息の時間をもっていた。戦える者が出て行った今、外の様子を知るものも居なければ、外から来る者と戦える者も居ない…。
その時だった。周囲の空気が色を変えた。
見回すと、霧の様に湿った、重い空気が辺りを取り囲んでいる…。
「安らげぬ魂よ…。」
そう、戦いを挑んで来たのは、蘇った土塊の様に形有る者達だけでは無かった。遠い過去に滅んだ魂の叫びが、彼女を押しつぶそうとする…。
これ以上奥には…、彼等を皆の所に行けかせてはならない…。
魂の叫びを断ち切る様に、彼女の『魅惑の声』が暗い廊下に響き渡っていった…。
