深く、険しい渓谷にそこはあった。
山々からのわき水を運ぶ小さな滝。その水をたたえてしばし留める滝つぼ。そして滝つぼに注ぎ込む小さな泉。
彼女はそこで生まれた。そして、育った。
たった1人で…。
ものごころついた時、彼女の周りに居たのは、素早く小さな川の魚達だった。美しい羽根と泣き声を持つ鳥達だった。小さく透き通った虫達だった。
彼女は、それを寂しいと感じた事は無かった。けれど、彼女はそのどれとも違っていた。
「何故…?」
彼女は、魚の身体で泳ぎ、鳥の声で歌った。
そして彼女は大きくなった。
彼女は、泉を守る仙女に聞いた。自分が何処から来たのかを。
泉を守る仙女は語った。彼女と同じ生き物の事を。
何年か毎に川を上る、一族の事を。
「だったら、何故…?」
一族の姿は、彼女を残して途絶えたままだった。
そして、彼女は別れを告げた。この愛すべき美しい渓谷に。
そして彼女は旅立った。きっと戻ると、心の底に刻みながら。