2004年7月31日

 何とか予定の「7月いっぱい」ぎりぎりのスケジュールで、某社用の改定稿が仕上がる。半日かひと晩、冷却期間をおいてから見直して、問題がなければ担当さんにメールしよう。
 これで8月からは予定通りファミ通の新作。両作品、文体がかなり違うので、並行して作業するより今回はきっちり切り替えたい。

2004年7月27日

『ライトノベル完全読本』という本が出た。恐らく、商業出版された初めての「ライトノベル周辺書」だろう。こういうのが出る事そのものは喜ばしいこし、意義ある事だと思う。
 だが、いきなり巻頭にある「ライトノベル書評宣言」というのはいただけない。『ライトノベルは、文壇で正当な評価を受けなければならない』?
 文壇っていうのは何ですか? どこでナニをやってる人の事ですか? 猿の文壇? ネロス帝国戦闘ロボット文壇?
 はっきり言って、日本で「文壇」なんてものが影響力……いや、価値を持っていた時代はとっくの昔に過ぎ去ってしまったのではないか。しかもこの文章は主語が「ライトノベル」だ。逆ならまだ理解もできる。「文壇は、ライトノベルを評価しなければならない。今までライトノベルと呼ばれる一群の小説が存在し、支持されている事を見落とし、あるいは無視していた自らの不見識を埋め合わせるために」ならね。
 別にこっちとしては評価して欲しいわけじゃないが、文壇とやらが文壇の都合でライトノベルを取り上げるのなら、それはそっちの勝手。普通に読者が面白がったり、つまらないと投げ捨てたりするのと同じで、一度世に出た作品が遠慮ない評価にさらされるのは当然のことだ。
(それに、批評家受けするタイプの作品だって、実のところ「世俗の雑事を離れて思索を巡らせ、思考に遊ぶ」という娯楽の提供なのだし。他のエンターティンメントに比べて高級なわけでも、逆に特に排除せねばならないわけでもない。それが多様性のひとつである限り)
 ただ、この本では全体的に、どうもライトノベルの現状を踏まえていない、上から見下ろして「評価してやろう」というようなズレたところが目に付いてしまうから、ことさらにこの「書評宣言」がひっかかるのだ。

 それは例えば、P156からのアンケート「ライトノベル読者動向調査結果発表」に顕著に現われている。読書量に関する項目で「活字離れが叫ばれる昨今、驚きに値する」とか書かれているが、これは絶対におかしい。「活字離れ」という認識が間違っている事こそ指摘すべきではないか。活字離れを問題視する人々は「ライトノベル」の存在を知らなかったか、あるいは「ライトノベル」を読む事を読書と看做していなかっただけ。『ライトノベル完全読本』なんて本に関わるスタッフがこんな認識でどうする?
 何よりも驚きなのは、アンケート回答者のプロフィール分析だ。基本的に年齢を5歳刻みにしているのだが、これがなんと全体の20%近くを占める19歳以下はひとまとめなのだ。1%もない50歳以上と同じ扱い。ちなみに職業の「小学生」「中学生」「高校生」を全部合計しても、この20%には届かない。ライトノベル読者についてのアンケートなら、19歳以下を2歳か3歳刻みで分類してほしい。このあたりにも、実際にライトノベル市場を支えている、そしてこれからも支え続けてくれる若い読者を無視、軽視して、他の産業と同じロジックだけでアプローチしようとしている見識の浅さを感じてしまう。
 そもそも、インターネットで取ったたったサンプル1300のアンケート。まずネットで取ったというだけでも普及率その他の問題で若年層軽視、男性重視のバイアスがかかるだろう。日常的にネットを利用していると忘れがちになるが、高校生や小中学生では自分で自由になるネット環境を持ってない事だってあり得るし、ライトノベルはそういう若い読者に支えられている。
 最初のサンプリングの時点で偏った、数としても充分と言えないデータに基き、ライトノベルの現状について断定的な事を書かれるのはちょっと愉快じゃない。実際、私の目から見ても、マニアックな年長の読者ではなく、普通の若い読者の支持で売れているヒット作のいくつかが見落とされているように見える。
 誤解を招かないように繰り返すが、この本が出た事自体は評価したいし、歓迎もする。ただ、ある局所的なデータでしかないものが活字になった事で「真実」のように引用され、流布される事を私は恐れている。だから、願わくばどんどん他社からも後追い企画が出て、この『完全読本』が「あるひとつのデータ」になってくれればいいと願う。

 敢えて言うが、今、別にライトノベルは上り調子じゃない。同書の中であかほりさとる氏が往時を振り返って「10万部いかなきゃヒットじゃない」「札を刷ってるみたいだ」と語っているが、その通り。最盛期に比べればライトノベルだって出版不況に喘いでいる。私みたいな最初から低空飛行ぎりぎりの人間はあまり実感できないが、もっと人気のある同業者との話を聞くと、ひと頃よりは部数の縛りは厳しくなっているそうだ。
 この本が出たのはライトノベルが好調だからではなく、周辺業界が「何かメシの種はないか」と嗅ぎまわって、相対的にまだしも落ち込みが小さそうなライトノベルに目をつけたからではないのか?
 それが悪いとは言わない。そういう形で目をつけられるのだって、社会的な認知のひとつだ。
 ただ、現実に目をつぶって「今、ライトノベルの時代!」みたいなもてはやし方をされたら困るのだよね。現場にいる人間としてはさ。たとえ、現場の端っこに辛うじてしがみついてるだけの私でもね。

2004年7月26日

 某社の原稿もある程度目鼻がついたので、新宿までファントマの『ジョリー・ロジャー』という芝居を観にいく。タイトルの通り、海賊モノの冒険活劇で、私にとっては始めての「和風でないファントマ」かな。
 今回は美津乃あわと浅野彰一という看板役者ふたりが主役と敵役を入れ替えて演ずるダブルキャストで、この日は両方のバージョンが二本立てで観られるのだ。
 芝居の内容は相変わらずこってりと脂っこく、サービス精神旺盛。笑いとシリアスのバランスという事でいうと、今まで観たファントマの中でいちばん良かったかな? 終盤に入ってから余計なギャグにふらつかなかったし。舞台ならではのハプニング性(を装った)独特の笑いも個人的にはオッケー。
 それと、ファントマはいつも主役級の数人に比べて脇が弱く、それで芝居全体がパワーダウンしてしまう嫌いがあったのだけれど、今回は脇も脇なりに魅力的。出番は少ないけれど美味しいポイントを取った「名無し」とか、怪しいイスパニア弁(としか呼びようがない)を駆使するスコーピオはかなり心地よかった。
 両バージョンともよかったけれど、敢えて言えばあわバージョンの方が好みかな? 主人公は妖艶でさばけたあわ版も、陽気で一本気な浅野版もよかったけれど、浅野バージョンの悪役あわはちょっと作りすぎというか、ぎこちない感じがした。
 それと、これは劇場の構造の問題かもしれないけれど、端の方の席だと足元のスピーカーから聞こえるSEがうるさくて、セリフがところどころ聞き取れないのが難点かなぁ。

 出かけたついでにコミケカタログや『ライトノベル完全読本』などを購入。後者についてはちょっと言っておきたい事もあるので、翌日分の日記で改めて。

2004年7月21日

 16日の分でも書いた、某社の打ち合わせ。先に出した原稿から何点かの修正要求が出され、その場で方針を決めて何とか今月中に修正する事で話がまとまる。
 まだ発売日も何も未定だが、今までの葛西作品とはちょっと路線が違うので、読者の反応が楽しみ。イラストレーターの方も、担当さんがイメージに合う人に上手く白羽の矢を立ててくれたらしいし。
 まずは今月一杯、集中してこっちを片付け、8月に入ってからはファミ通の新作に全力投球という形にできればいいのだが。

2004年7月20日

 知り合いと誘い合わせて映画三本ハシゴという強行スケジュール。いつもならせいぜい二本なのだが、何でこうなってしまったかというと、三本のうち一本が『いかレスラー』でレイトショーかモーニングショーしかないためである。
 ちなみに『いかレスラー』と『たこドクター』こと『スパイダーマン2』の間に『スチームボーイ』を挟む、イカとタコの蒸し物といった風情の取り合わせ。

『いかレスラー』は『えびボクサー』のパロディというか、あてこみ映画のフリをした全然関係ない映画。イメージとしては《『えびボクサー』というタイトルだけ聞いたプロデューサーが便乗して作った映画》というところか。悪くはないんだけど、全体的に安っぽいバカ映画にしようとしてなりきれていないような歯がゆさを感じた。伏線なんて全然張らないかもっと露骨に張るか、どっちかにすればいいのに、ちゃんとさりげなく張ったりしてるし。いかにもな「カメオ出演」風の表現もまだまだ食い足りない。どうせなら本物のレスラーをキャスティングしたりしないで、もっと貧弱な体格の役者を無理矢理レスラーと言い張るとか、イカやタコのありもの記録フィルムで尺の水増しをするとか、そこまでやってほしかったな。

『スチームボーイ』は、正直パッとしない出来。主人公が最後の最後まで「自立」しないで周囲の状況に流されているばかりで一貫性がないし、背景になっている父と祖父の争いにも説得力がない。確かに「絵」としては丁寧に動かしているのだけれど、メリハリに乏しく、また19世紀のイギリスっぽくしたかったのかも知れないけれど、彩度や明度が低くて映像そのものが生み出すカタルシスも弱い。
 何よりも致命的なのが、タイトルに反して「蒸気」の扱いが極めていい加減な事。稼動している蒸気機関のパイプに上半身裸の人間が縛りつけられてもまるっきり平気。作中の蒸気が熱くも冷たくも見えない。単に「絵に描いたエフェクト」でしかないのだ。
 映像の演出面でも、主人公にインパクトを与える「瞬間」をご丁寧に全部避けているし、わざと盛り上げないように作ってるんじゃないかとさえ思ってしまった。

 で、本命の『スパイダーマン2』。
『吼えよペン』じゃないが、普通にちゃんとしている映画の素晴らしさをたっぷり堪能した。たこドクターとピーターの対比、エピソードや映像で語られるドラマの味わい(冒頭のピザ配達シーンのサスペンスフルな音楽の使い方、コインランドリーの場面の重層的な意味、電車での市民がスパイダーマンを助けるシーンの押し付けがましくない宗教的イメージ)など、実にしっかりした映画だった。
 前回のグリーンゴブリンもそうだが、敵キャラもビル街での三次元的な動きが出来るため、スパイダーマンのアクションが実に映える。ラストの、解放されたスパイダーマンが光あふれるニューヨークへ飛び出していくシーンの圧倒的な映像の快感も素晴らしい。
 実に丁寧な、上質なエンターティンメントを味わった。この日は前の二本がいまひとつだった分、最後がこれで後味がよくなったかな。

2004年7月16日

 久々の完全徹夜作業で、何とかファミ通用新企画のプロットを仕上げて朝一番でメール。これで、来週の早いうちに返答がくる予定。
 タイミングよく、というべきか、5日に原稿を出していた某社の担当さんからも連絡があり、近く打ち合わせたいとの事。
 7月下旬から8月いっぱいは夏休みで講師の仕事がないから、この間に本業の原稿の方を進められるだけ進めておかなければ。それにしても、この日に進めただけの作業量がコンスタントに出せればもっと仕事のペースが上げられるはずなのだけど、やっぱり根本的な怠け癖とか集中力の欠如が問題だよなぁ。

2004年7月15日

 ファミ通文庫の担当さんが交代する事になったので、引継ぎと新シリーズの打ち合わせのために顔合わせ。
 先だって提出していた企画書のうち、本命の一本が基本的にOKという事になり、新しい担当さんと細かいところを煮詰めたのだが、最初のうちはどうもお互いにイメージしているものが違うのか話がかみ合わなかった。それでも、意見を交換しているうちに落としどころが見つかり、当初の私の構想で欠点になっていたポイントの突破口も見つかった。やはり自分ひとりであれやこれやと考え続けるよりも、こうして打ち合わせる事で新しいブレイクスルーが起きるからこそ、仕事は面白い。
 まるまる三時間、意見をぶつけ合った甲斐があったというものだ。
 企画書ではキャラや何かの固有名詞は未定のままだし、ストーリーもおおよそのアウトラインだけだったので、演出面まで含めた詳細なプロットが欲しいという先方の要求があり、どうせなら今夜中に提出すれば週末の時間を無駄にせずに済むという事で、ひと晩でプロットを仕上げる事を請け負う。
『不思議な一座』の商業的失敗を取り戻すためにも、ここは気合を入れて頑張らねば。

2004年7月5日

 本来先月末が締め切りのはずの某社用原稿がようやくアップ。担当さんにメールする。まったく某掲示板でいらん事をしてる暇があるならもっと集中すればいいものを(何しろ担当さんが某所をチェックしてるのは確実だし)。
 まだ第一稿だし、初めて仕事をする出版社だから、これから先方の要求を受けてあちこち手直しする事になるだろうが、とりあえずはこれでひと段落。
 それと、平行して進めていたエンターブレイン用の新規企画書も送付。『不思議な一座』がコケたので、それとは路線の違うものを、という内々の話は受けているので、ストックしているネタの中から傾向があうものをいくつか選び、内容を修正してみた。できればこっちの話もスムーズに進んで、うまく仕事のサイクルが回ればよいのだが。

2004年7月2日

『XXDX』。こう書いて『カケルエックスデラックス』と読む。
 お気に入りの劇団、TEAM発砲B・ZINの公演のタイトルで、過去に上演した『カケルエックス』のリニューアルバージョンだけど、元の作品は未見なので今回が私にとっては初の『カケルエックス』だ。
 恋多きヒロイン・来栖めぐみの元に届いた謎のペンダント。それは身に着けた者が異性と触れ合えば、相性に応じた強さを持つ超人「カケルエックス」へと変身させる超古代文明のアイテムだった……というヒーローもののギミックを持ったラブストーリー。オリジナル版だと改造人間だったカケルエックスが今回は古代文明ネタになっていたのは、やっぱり『仮面ライダークウガ』を意識したからか。古代のカケルエックスが戦うシーンはモロにそうだったし。
 今回はラブストーリーという事もあって女優陣が光っていた。ブサかわいいというよりはブサかっこいい女として脇をきちんと締めた武藤晃子に、メインヒロインめぐみとは逆の一途な情念の女として主役と真っ向から絡み合った福田千亜紀。そして素晴らしいアクションで舞台狭しと肉体による感情表現を見せてくれた客演の高瀬郁子。
 しかし、やはり今回は主役の小林愛が光っていた。正直、来栖めぐみというキャラクターにはあまりいい印象を抱けなかった。クライマックスに入ってからは素晴らしいのだけど、そこまでは浅慮でわがままで、ちょっと不愉快なキャラなのだ。ところが、それを演じている小林愛は魅力的なのである。役者が嫌なキャラを表現できていないという事ではない。何というか説明が難しくて、己の言葉の力不足に歯噛みするのだけど、魅力的でない来栖めぐみを魅力的な小林愛が見事に演じきっていて、舞台の上に存在している事そのものがたまらなく魅力的なのだ。
 最近成長著しい森貞文則のカケルエックスも無茶苦茶な設定を見事に表現していて、素直に楽しい。
 ここしばらく、悪くはないけれどやや無難にまとまった印象があった発砲だけど、今回は久々の大当たりだったかな。
 あえて難を言えば、カケルエックスが絡まないアクションシーンがちょっと流れを阻害してる感じがした事かな?

2004年6月24日

 某氏の誘いで『デイ・アフター・トゥモロー』を見る。当の某氏は「オール災害総進撃」と素晴らしい勝手邦題をつけたが、まさしくその通りの映画であった。
 前半、これでもかこれでもかとディザスターが襲い掛かってくるあたりの画面作りは素晴らしい。しかし、後半はかなり話がグダグダ。根本的にエメリッヒ監督というのは真面目で楽天的な善人なのだろう。ま、そういう人じゃないと娯楽としてのディザスタームービーなんか撮れないだろうけど。ただ問題なのは今回の「事件」は宇宙人の襲来とか、放射能怪獣の出現とかとは違って、人間の叡智じゃ「倒せない」事。一応、過剰な文明が二酸化炭素の排出を増やし、温暖化から氷河期を招いたって設定だから簡単に解決できたらまずいし。
 で、後半の話を「氷河期にどう立ち向かうか」じゃなくて「吹雪を超えて再会しようとする親子」とものすごいスケールダウン。ただ、ここでの展開は伏線にも無理があるし、動機は弱いし、描写にもリアリティがないしで、正直映画としてのパワーが弱い。致命的なのは「外出したら凍死する」と言われてるのに映像では東北や北海道の真冬ほども寒そうに見えない点か(「寒さ映画」という点では『ホワイトアウト』にも負けているかも。このジャンルには『八甲田山』という最高峰があるし。余計な災害とか事件とかなしに、純粋に寒さのせいで人間が発狂したり死んだりする「寒さ映画」の頂点だよな、やっぱり)。
 それと「一週間でみるみる氷河期」になったせいで、ラストでは「この氷河期ってあと三日もすれば治まって元の気候に戻るんじゃないか」という印象になっちゃってるとか、イギリス人の学者や父親に同行した仲間とかが本当に無駄死にだとか、カナダやら日本やらが壊滅してるはずなのに触れられていなくて、中盤以降「地球を襲う氷河期」じゃなくて「アメリカを襲う異常寒波」にしか見えないところとか、欠点を数えたらキリがないんだけど、まあ娯楽映画としては料金分楽しめたな。大して期待してなくて、長所も短所も予想通りだったというせいもあるけれど。

2004年6月21日

 ファミ通文庫の担当さんから電話。『パメラパムラの不思議な一座』、残念ながら数字が伸び悩んでいるため2巻の作業は凍結し、再開予定未定の延期という形になった。まあ、単純に言えばシリーズ打ち切りである。ただし、今後まったく再開の見込みがないわけではないというレベルか。
 今回はファミ通のサイトで事前に宣伝していただいたし、イラストのぽぽるちゃさんも実に素晴らしい仕事をしてくれたので、売れないというのはまあ私の企画が最初から弱かったとか、作品そのものに読者を捕まえる力が弱かったと判断するしかないだろう。幸い、今は他社の原稿を一本抱えている最中だし、ファミ通でも次は別路線でという話は出ている。ここは作業中の原稿に力を注いで、さっさと気持ちを切り替えるのが吉だろう。
 人によって考え方はいろいろだろうが、個人的には「本が売れた時は編集やイラストの手柄、売れなかったら自分の責任」と考える事にしている。売れなかった原因が自分なら、次の機会があれば自力で何とかできるからだ。どうしようもうない事に翻弄されていると思うよりは、自分でなんとかできると考えた方が精神衛生にもいいし、モチベーションの維持にも役立つし。
 まあ、こうやって己を鼓舞しなければならないというのは、実をいうとそれだけ落ち込んでいるからなのだけどさ。

2004年6月18日

 課題図書10冊をどうにか読みきっていつもの講義。前にも書いた通り、自発的な選択だけならまず読まないような本に触れる機会が得られたのは、自分でも勉強になった。

 ちょうど今日が最終日なので、出かけたついでに『グッバイ・レーニン!』という映画を観る。
 ヨーロッパ映画、しかも作ったのがドイツ人となると何となく堅苦しそうなイメージが湧いてくるが、この映画はコメディ。しかも人情喜劇である。しかもドイツならではのコメディ。
 およそ10年前の東ドイツ・ベルリン。熱心な社会主義者である母は、主人公が反政府デモに参加してるのを目撃したのがきっかけで、心臓発作で昏睡状態に陥ってしまう。母が寝ている間にベルリンの壁は崩壊し、街の状況も家族の生活も一変。ところが倒れてから8か月後、母が意識を取り戻す。今度強いショックを与えれば命の保証はないと言われた主人公たちは壁の崩壊を伏せ、母を騙し通そうとするが……という、10年という歳月がたったからこそ穏やかに扱える素材を美味しく料理した秀逸なコメディ。このシチュエーションの美味しさを存分に活かしきった脚本が何よりも素晴らしいし、食料品だとか子育てだとか車の購入だとか、垣間見える東側らしいディテールの盛り込みが説得力を与えている。ラストの収め方も上手い。
 ただ、これは某氏の指摘だけど、この映画のコンセプトって『君が望む永遠』と同じなんだよなぁ。同じアイディアで、バックグラウンドが違うとこんなに差が出るのか。

2004年6月12日

 昨日の定例講義に続き、今日はAM学院の入学を検討している希望者のための説明会にゲストとして出席。富永浩史さんとふたりで作家志望者にプロを目指すに当たっての心構えや方法論などを話したのだけど、富永さんは痩せ型で長身、私はチビで太っちょ、しかもふたりとも中途半端なスーツ姿だったのでまるで出来損ないのブルース・ブラザーズかカートゥーンに出てくるお笑い悪役みたいであった。
 一時間強、何とか無事にこなして帰宅。課題図書の消化は現在4冊。まだ先は長いか。

2004年6月11日

 一週間に十冊、課題図書を読まなければならなくなってしまった。
 詳しい説明は端折るが、AM学院の講義のために、既存の作品の中から学生が選んだものを10冊読む必要が生じたのだ。最近、原稿もちょっと押し気味なのでスケジュール的には厳しいといえば厳しいのだけど、これも仕事として引き受けた事のうちだ。それに自分の読書傾向を拡張して、新しい作品に出会うチャンスと思って頑張るしかないか。
 とりあえず講義帰りにリストアップした本を買えるだけ購入して、帰りの電車や晩飯を食いながら早めのペースで2冊半を消化する。もちろjん本業の中の本業である原稿もスピードも上げなければ。担当さんから進行状況確認の電話なんかも来ているし。

2004年6月6日

 6月6日午後6時、即ち獣の数字666。
「シネマ秘宝館」でお馴染みの酒徳ごうわく監督を初めとする自主映画の作り手たちがPFFに対するテロ行為として行った「オーメン・プロジェクト」の上映会が高田馬場で開催されたのだ。
 自主映画のイベントとしてはおそらく有数の権威であろうPFFに、内容は何でもいいからとにかく「オーメン」と題した作品を送りつけようというハタ迷惑な企画で、偶然にも参加者は「13人」。その結果、その年のPFFの応募総数は「666本」! 出来すぎにも程がある話だ。
 会場が分かりにくそうだと思っていたのだが、実際に現場に行ってみると礼服姿で「指差しマーク&オーメン」という表示を手にしたスタッフが曲がり角に立って案内していた。ちなみに入場料も666円(清めの塩付き……ってナニ教だよ!)実際にイベントが始まると、いきなりメガネっ娘メイド姿のおねーさんが現われてヒーローショー風演出。こ、こんなバカイベントになぜそこまで手間隙かける! いや、もちろんそれこそが素晴らしいのだけど。バカは徹してこそ華、中途半端ならば落ちて泥。

「オーメンプロジェクト」の前年に実行された同種の企画「ベンハー・プロジェクト」も上映された。個々の作品は一応原典を踏まえた怪しいダイジェストあり、タイトルのイメージから勝手に妄想を暴走させたものあり、元ネタの映像をビデオクリップ風に処理したものあり、他人のバカ映画を悪用したものありと、もうどこを切ってもバカ汁がだらだら流れる傑作のオンパレードであった。眼福眼福。

2004年6月2日

 コンディションが怪しいのに無理に映画に行ったためか、風邪を拗らせてしまった。今までなら多少の体調不良は無視していたのだけど、今は臭に一度講師の仕事がある。午前午後各3時間、人の前に立って話をする身としてはかすれ声や鼻水を放置するわけにはいかないし、感染源になってもまずいので、さっさと病院に行って点滴を打ってもらう事に。
 講師の仕事を請けたおかげで生活にケジメがついたばかりでなく、自己管理のレベルも一ランク向上したのはいい事なのだろうな。

2004年6月1日

 映画割引デーという事で、同業者友人知人を誘い合わせて例の如くハシゴをする。

 まずは『トロイ』。
 宣伝で「愛のための戦い」とか言われてるけど、実際にはペーターゼン監督は軍団と軍団が激突して、肉が震え血が流れるところを描きたかったのだろう。正直な感想として、暴力マシーンとして活躍し、アガメムノン王に対して一介の戦士としての矜持を貫いている間は魅力的。必殺技のアキレス・ジャンピング・アタック(多分、レバー+パンチボタン)もかっこいいし、実力に裏打ちされた傲慢さもいい。おかげでオデュッセウスが知将や軍師というよりもアキレスを説得するサラリーマンみたいになっちゃってたが。
 しかし、そのアキレスが中盤以降女がらみになってしまうといきなり精彩を欠くのだ。根本的に監督は女を描くのが下手というよりは、描く気がないんじゃないかと思ってしまう。アキレスとヘクトールの対決がメインで、トロイ戦争といえばまず思い出す木馬以降のエピソードは極めてあっさりと手続きとして処理されてしまうし。
 話は変わるが、同行した某氏は『ガンダム』のソロモン戦を連想したと言っていた。腑抜けなガルマが人妻であるイセリナと不倫してジオン本国につれてきちゃったんで、これ幸いと悪のレビル将軍がコロニーに攻めこんできて、おかげでハンサムなドズルが必要以上に苦労する話。アキレスはアムロじゃなくて「ガンダム」そのもの。オデュッセウスがそれを出撃させるブライトさんとセイラさんの混合物か。

 もう一本は『キューティハニー』。前回の『キャシャーン』に続く今年のピュア祭(アニメやマンガの実写版を『鋼鉄天使くるみピュア』に倣って「ピュア」と呼ぶ。今年は『デビルマンピュア』とか『ハットリくんピュア』とかが控えているわけだ)の第二弾である。
 個人的な感想としてはかなり楽しめた。宣伝とかで押し出されている映像面は、実は大した事はない。戦隊シリーズや『セーラームーン』を毎週観ていて、「シネマ秘宝館」に足しげく通っている身としては見慣れているものだ。人間の姿をアニメ的に加工する事で、現実にあり得ないような動きにするなんていうのは、それこそ『セーラームーン』の必殺技バンクでも使っている。
 さて『キューティハニー』というのは元々キャラクター性が意外に希薄だ。これは原作の出来が悪いというのではなく、変身美少女ヒーローというコンセプトそのものが秀逸だから、性格そのものはプレーンな方がよかったという事。本郷猛だってハヤタだって性格に際立ったところはないし、そもそも「七変化ヒロイン」というギミックと極端な性格は折り合いが悪い。
 だけど、元祖である時点ではよかったけれど、今あえて『キューティハニー』を、しかも実写でやるとなると何らかの性格を付与した方が有効なのは言うまでもないわけで、そこで庵野監督が「子供のような無垢」を選んだのは正解だと思う。今回の映画は「セクシーでキュートだけど、エロティックではない」という微妙なラインを押さえている。生身の人間にハニーを演じさせるというのは、一歩間違えば悪い意味で生臭くなってしまうだろうに、ハニーの性格を無垢にして、感情も「父への思慕、家族愛」と「同性との友情」に限定して、下手にロマンスを持ちこまなかったのがよい。
 せっかく高いところを戦いのステージにしてるのにクリフハンガー映像がなかったり、クライマックスが観念論の対決になってカタルシスが乏しいなどの問題は残るが、宇津木博士というマクガフィンを夏子という「ドラマ上の重要キャラ」にぬけぬけとトレードしてしまう脚本の上手さあたりは好みだ。
 時間も短いし、変に気取ったところはないし、軽めの娯楽作品としては充分合格点は出せるんじゃないかな。

 出かけたついでに『アムドライバー』のモトバイザーやら強化武器やらも買いこむ。
 いろいろ弄っていると、フィギュア本体も含めて、意欲は買うし、魅力がないわけではないのだけど精度が低くてトータルでは不満が残ってしまう商品。モトバイザーはゴムダイヤや変形システムなど頑張ってはいるものの、各パーツの形状のすり合わせが悪く、装着させてもポーズが全然取れない上に腕や肩がボロボロ外れる。フィギュア本体も品質管理が甘いのか肩ブロックや脛パーツの裾などに隙間が目立つ。設計やデザインでも努力は買うが「関節可動箇所は多いけれど可動範囲は決して広くない」というのが現状だ。
 実のところ『アムドライバー』という番組そのものについても、第一話を観た時点では本気で期待したのだ。コンセプトはユニークだし、それを活かすための設定も一応は整えてある。各キャラについても最低限の個性や動機は描かれているし、きちんと30分にメリハリがあった。設定だけは凝っているけれどキャラの動機や一貫性が支離滅裂なアニメが目立つ中、これは評価していい。
 ところが、話数が進むと脚本・演出の不備で細かいアラが大量にあふれ出て、結局着想の良さを殺してしまった。そうなるとセリフの上滑りぶりや映像としてのつまらなさなど、欠点ばかりが目立つ事になってしまう。
 発想は悪くないし、評価すべきポイントもある。ユーザーフレンドリーなところは大きなメリット。しかし、経験の不足からか細部の作りこみが甘く、結果としては満足度の低いものになっている……作品と商品のポジションがまったくパラレルというのはちょっと泣けてくるぞ。


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