『ソウルハッカーズ』の裏話

 初めてやらせていただいたノベライズ。アスキー(当時)の担当さんが『石ハ』シリーズを評価してくださった上で「ファンタジーよりも現代モノに近い方がいいのでは」と判断した上での配剤です。

 さて、PS版発売に合わせてのノベライズですが『ソウルハッカーズ』というゲームは先にセガサターン版で発売されていて、その時にも牧野修氏による新書版『ソウルハッカーズ〜死都光臨〜』(アスペクトノベルス)が出版されています。これは私にとってプレッシャーでした。元のゲームのみならず「小説版」としても先達がハードルとして立ちはだかっているのですから。
 結局、新書と文庫の読者層の違いも考えた上で、牧野氏がゲームの内容を作家の世界に引き寄せて取りこんだ、かなり独自色の強いものであったのに対して、基本的には原典の物語に準拠したものにしようという事になりました。
 作家の個性を強く打ち出すのか、原典の尊重を優先するのか、というのはノベライズの仕事に常に付きまとう命題だと思いますが、少なくともこの時点で私はファミ通文庫初登場ですし、大した実績もありません。むしろ『ソウルハッカーズ』というゲームの魅力や知名度を利用させていただく立場でした。それに、後書きにも書いた通り元の物語を活かしつつ、小説ならではの面白みを出す、といういわば「コンポーザー」ではなく「アレンジャー」「パフォーマー」としての仕事には特有のやりがいや腕の見せ所があるとも思いますし。

 で、「小説ならではのポイント」としてゲームではシステム上活躍の機会が少ないヒロインの瞳を中心に、スプーキーズの「仲間たち」の話、というカラーを強く打ち出す事にしました。出来についての評価は読者の皆さんにお任せするしかありませんが、自分としては何とか本編のエピソードを上手く継ぎ接ぎして一冊に納められたかな、と思っています。
 ただ、やはりゲームと小説というメディアの違いは厳然として存在します。例えば「多種多様な悪魔でパーティを組む面白さ」「豊富な戦闘オプション」は小説で表現しようとすると紙数を必要とするため、造魔中心で「さまざまな悪魔の能力を顕現させる」という形にアレンジしました。
 また、銃器の扱いに関してもゲームでは気軽に入手できて簡単に使えるのですけれども、今回のノベライズではそこまで殺伐とした世界観にしたくなかったためにああいう扱いとなりました。ゲームが殺伐としている、という意味ではありません。「武器をパワーアップして敵と戦う」という事が予め「システム」「ルール」として盛りこまれ、プレイヤーもそれを望んでいるのを前提としているゲームと、登場人物の「動機」を物語内部で発生させなければならない小説の違い、という事です。
 心残りはシックスという魅力的なキャラにスポットを当て損ねた事。原典のゲームでも、彼がらみのエピソードだけは本筋との関わりが薄いサイドストーリーで、それゆえに深く掘り下げられているのですけど、逆に小説一冊の分量の中では取り上げられませんでした。

 なお、この作品もノベライズであるにも関わらず「ヒーローとヒロインが別れてハッピーエンド」というパターンに陥ったのはどうしてなのでしょうか?


 最後に、こぼれ話をふたつほど。

 執筆前にサターン版をプレイしました。ソフトは資料として借りたものにも拘わらず、取材というだけでなく存分に楽しんだりもしたのですけど、どこかでフラグを立て損ねたのか、最後のダンジョンの最後の部屋の前で立ち往生。
 結局、私はこのゲームのエンディングを見ていません。

『ソウルハッカーズ』ではプレイヤーキャラである主人公の名前だけはプレイヤーが自由に付けられますが、他の登場人物の名前は決まっています。
 それで意外な苦労の種になったのがヒロインの名前「瞳」。このせいで「一般名詞としての『瞳』」という言葉が使いにくくなってしまったのです。「瞳の黒い瞳が潤んだ」とか書いたらマヌケでしょ?
 ゲームやマンガならともかく、小説では特別の意図が無い限りキャラの名前が一般名詞と同じにするのは避けるべきという教訓を身をもって学びましたわ。

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