●ムスコが顔を出した話

私が入院した病院では院長回診というのが週に1度あり,院長の後にはぞろぞろと担当医師やインターンの医師,看護婦がついてきます。医師や看護婦が緊張気味に病状や日常の様子を説明し,院長が「ウム」などと言いつつ,気になる患者については,さらに検査の結果を聞いたり,患者に直接近況を聞いたり,軽く触診などをするのです。この院長回診のときは,普段,親しくしているスタッフが緊張しているので,何故か患者も緊張してしまいます。

糖尿病で入院していた方の話。院長回診のとき,院長が「どれ,ちょっとお腹を出して…」と言ったので,看護婦がパジャマの前を開け,ズボンを下げたそうです。そのとき,ズボンを下げすぎて…

「ムスコがいきなり,顔出しちまったんだよ」

「…で,一瞬時間が止まったみたいになっちまって…。院長がすぐ戻してくれたんだけど,俺は恥ずかしいやら,その後みんな何もなかったようにマジメな顔してるんでおかしいやらで,いや〜苦しかったぁ」

この話を聞いたわれわれ患者は,その場の緊張した雰囲気がよくわかるだけに,皆でメチャメチャに笑ってしまいました。

●ボンベおやじの話

煙草を制限されていない親しい患者同士では,食事の後など,皆で煙草を吸いながら談笑するのが常になっていました。あるとき,多分,気管支とか肺に障害のある方なのでしょうが,小さな酸素ボンベらしきものを携帯し,そこから酸素吸入をしているにも関わらず,喫煙をしにきたおじさんが現れました。髪を伸ばした,痩せた文学者風の60歳になったかならないかぐらいの年代の方でした。髪の色を灰色にして,やや脂気を増した晩年の川端康成という感じです。われわれとは直接話をしなかったのですが,物静かな感じで口から吸入器をはずし,ゆっくりと煙草を1本吸いました。

このおじさんが去った後,皆で話しました。あの人は,明らかに酸素ボンベで吸入している。もし煙草の火が引火したら…

「あのオヤジ,爆発するぞ」

誰かが言いました。おじさんが妙にお行儀よく,落ち着いてゆったりとしていたことと,爆発するということのギャップがおかしかったのだろうと思います。皆で大爆笑してしまいました。笑いながら「たまんねぇよなあ,そばでいきなり爆発されたらなあ〜」などと言い合っているうちに,彼はその場でいつの間にか「ボンベおやじ」と呼ばれるようになっていました。

その後ボンベおやじは1・2回現れましたが,皆がそれとなく席をはずしていったせいか,それとも退院されたか,すぐに姿が見えなくなりました。


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