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長かった4日間終了/悲しいときは…,落語(090212)
6日(金)の夜亡くなった義姉。7日(土)・8日(日)は家におり,9日(月)に家を出て地元のホールで通夜,10日(火)に告別式。
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長い4日間だったなあ〜。義姉と義兄の弟として,義姉の子どもたちの叔父として,義父母の娘婿として,ツマの夫として,そして,子どもたちのオヤジとして,今回ばかりは本当に,周囲のみんなが受けたショックがあまりに大きかったため,“アタシがしっかりしてなきゃイカンぞおお〜”と何度も思ったことでした。50歳男子。そんなこと自然にできないでどうすんだよ,ってなところではありますが…。 |
上は10日の月。満月は9日でしたので真ん丸ではありませんが…。去年の正俊の告別式の夜もこんな月が出ていました。月が満ちるちょっと前がヤバイときなんでしょうかねえ? 私は満月が嫌いになっちまいそうだ。よく亡父は,人の死に際して「干潮の時間」を気にしていました。人の死と月の満ち欠けの関係がどうだかは知りませんが,そういえば「潮時」という言葉があるので,生死と潮時には経験的な知見があるのかもしれませんねえ。
51歳という若さで亡くなった義姉ではありますが,可愛い孫が2人います。3歳の女の子と0歳の男の子。特に3歳の女の子のもろもろの振舞いは,周囲をだいぶ和ませてくれました。しかし今回,心底わかったこと。いかに可愛い孫がいても曾孫がいても,親にとって最も大事な宝は“我が子”なんだということ。義父母や正俊のご両親の痛恨を思うと,胸が苦しくなります。また,義兄は男やもめになってしまい,義姉の子どもたちは,母を失った子になってしまったんですね。子どもたちは親を失うには若すぎる。義兄のこれからはどうなるんだろうかと,これはオヤジ同士(私より10歳ぐらい年長なんですが)としての心配。
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昨年末に義父と義姉が入院し,2人とも病状は芳しくないとのことで,私は,いつも通奏低音的に悲しくってしょうがない状態になってしまいました。その頃ふと,以前,日航ジャンボ機が墜落した翌日か2日後ぐらいに乗った飛行機が大揺れに揺れて怯えきっていたときに,機内で「落語」を聞いて凌いだことを思い出しました。「あんまりコワイので笑うっきゃねーだろ作戦」。
タイミングよく左の「落語 昭和の名人決定版 三代目古今亭志ん朝」というCDが初回ということで安く売り出され,これを購入。入院中の義父・義姉にも見舞いとして提供。志ん朝さん,歯切れがよくて聞き取りやすい,素晴らしい。義父と義姉は残念ながらCDを聞くことすら鬱陶しかったようで役には立たなかった模様ですけれども…。 |
私はその後,図書館でCDを借りてきて,「あんまり悲しいので笑うっきゃねーだろ作戦」をず〜っっと展開中。自分の部屋にいるときは,三遊亭円生さん(六代目)をかけっぱなし。円生さん,素晴らしい。残念ながらお歳を召してからの録音が多いようで(映像となるともっと見つけづらいし),志ん朝さんに比べると,だいぶ聞き取りづらいところが多いですが,こちらが集中して聞けば問題はありません。こんな素晴らしい芸を堪能しないで凹んでばかりいてもしょうがねえぞ,なんて思わせてくれます。
(円生ばりの江戸弁で…)悲しくってしようがねぇんだけれども,そらぁそれとして,円生,志ん朝だけは目の黒ぇ(くれぇ)うちに,見聞きできるものはしときてぇ…ってなことでございます。そういや,『バガボンド』も『リアル』も完結してねぇし,オイラにゃ青森県と愛媛県の土を踏むてぇ課題(かでぇ)も残ってら(これで日本全県の土を踏むことになるのです)。そうそう,ガキどもにハッパをかけて,名実ともにジジイにさしてももらいてぇ。カカアをバアサンと呼んでもみてぇ…なんてね。
11日(水)の建国記念の日は家でノビて,本日12日(木)は久しぶりに出勤。メチャメチャ疲れた。
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