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今,100年に1度の危機なの?/憲法9条を輸出しよう!(090131)
今年も1月28日の父の命日を通過。実家で母と弟と他愛もない話をしながら,母の料理を堪能しました。オフクロ様の料理はやっぱり旨い。見た目はゴツイけど,いろいろなことを気遣いタップリで話してくれる弟と一緒にいるのもうれしい。ホントに兄貴みたいな弟であります。弟から見ると私は頼りない兄貴ってことなんでしょうけどねえ。もう逆転はありえない。「有能な叔父さんと使えないオヤジ」ってのがわがツマ,子たちの評価としてもすっかり定着。
あれから7年。さすがにこのところは,いきなり父のことを思い出して泣いたりはしないようになったんですが,心の中にドカンと空いた穴は埋まらない。つい最近“働きモンで明るいヨッパライ”として天寿(最長65年ぐらいにしておいてほしい)を全うするぜと覚悟はできたつもりではあるんですけどねえ〜。結構頻繁に,いくつか空いたココロの穴がシュクシュク痛むときがあり,ふと気がつくとど〜んと沈み込んでたりするんですな。心の中にボコボコ穴の空いている人は少なくないと思いますが,皆さん,どうして元気にしていられるのか私は不思議。母や義父母などが強いのはわかります。悲しいことがいっぱいあったんですよね。私の親から上の世代の人たちは…。
ダメなときは「ダメなんですう〜」と,もっと言いやすい社会だといいのになあ〜。凹んだ人の前でほぼ無意味な虚勢を張れる自分が嫌いではないけれども,何のためにこんな無理をしているのかなあ〜と考えるような場面ではそれをするのがいい加減イヤになってきました。家でできる仕事をわざわざ会社に行ってやる…とかがかなり辛いときが増えてきました(冬は寒いし… )。それに加えて,社内でいかにも「働いてまっせー」風にムズカシイ顔をしたりとか狭いフロアで走ったりしてる人を見るとゲッソリきます。ウソ臭えんだな。これが。“そうしたインチキなふるまいが君にとって生きることなのか?”とか思ってしまいます。50歳にもなってねえ〜。自分だけでなく周囲にもイラツクこの愚かさが悲しい。だから余計にひきこもっていたくなっちゃうんですねえ(中年の「ひきこもり」って絶対あると思いますが,あまり聞かないですねえ。自殺が増えているとの報道はあるけれども,自殺に至る人と至らない多くの人がひきこもっていると思いますけどねえ。何故だろう? 調査しづらいんでしょうねえ。きっと)。
さてさて。「100年に1度の金融危機」とか,「未曾有(みぞゆうではありません。ミソアリとか言うとかなり面白いけど,それも違う)の経済危機」とかいう言葉が,極悪非道な社員解雇などの言い訳に乱用されております(「派遣切り」「合理化(不合理な雇用をしてたって意味なのね。つまりは)」「人員整理」「非正規雇用」なんてヒドイ言葉も飛び交っていますが…)。グリーンスパンが言ったのは「アメリカがヤバイぞ」という話ではなかったんですかね?
それと,世界史で学んだ世界大恐慌は1929年の話で,そのときより今のほうが悪いんですかね? 日本について言うと,東京が焼け野原で真っ平らになっちまった1945年より今のほうが悪いわけないだろ,と言いたい。みんながトイレットペーパーを買いに小売店に殺到した1973年の1回目のオイルショックと比べてどうよ? なんてことも思いますし,オイルショックは1978年だかにもう1回ありましたよね。また,失われた10年と言われたバブル後の1990年代の長期低迷と比べてどうよ? とも質問したい。ニクソンショックもありましたし,2001年には9.11ショックもあった。100年に1回とか未曾有とか私には全然わからない。「100年に1度といわれる今般の金融危機」なんて,人のせいにしながら言うマスコミや評論家のインチキさもメッチャ腹立たしい(もしかしたら,後から見れば本当に100年に1回の大事件かもしれないんですが,それを言ったのはグリーンスパンだとも言わない,そのココロは何よ? とも思うんですねえ〜)。
アメリカという大市場の消費が冷え込めば確かに世界経済は縮小するでしょう。その影響がかつてないほどのスピードと規模で襲ってきているので大企業は慌てているのでしょう。でも,そうした中でも「日本が受けるダメージは相対的に大きくない」と,世界の人が思っているから,今,1ドル=90円を切る円高になっているんじゃないですかね? ユーロなど他の通貨との交換比率も日本に有利になっています。私たちは,今,もっと自信を持っていい場面なんだと私は思います。周りの人たちと一緒に「ヤバイぞおおおお〜。氷河期になるぞおおおお〜」と慌てることはないんじゃないですかねえ。結構「便乗人員整理」的なことが起こっているような気がしますけどねえ。私は。まあ,遠くの津波がこちらに来るのとは違い,世界が小さくなっている現在,特に金融面のショックなどは,ほぼタイムラグなしに世界に波及するのでこういうことになるのかもしれませんが…。であるなら,立ち直るにも昔ほどは時間がかからないんじゃないでしょうかねえ? もうちょっと何とかここを凌ぐ方法を考えてもいいように思うんですよね。「会社なんて苦しくなれば,すぐ社員を捨てるんだ」と思うのと,「あの苦しいときに,よく守ってくれたよなあ」と思うのでは,社員としてだけでなく退職後も,その企業に抱くイメージが全然違ってきますものねえ。
株のことを考えるとわかりやすいのですが,強気が強気を呼ぶ(で,調子に乗りすぎるとバブルになってパンクするわけですが),その反対で弱気も弱気を呼ぶんですね。これは経済学のジョーシキであります。
日本経済をマクロで見れば,今は円高を生かして,世界から様々なものを購入してストックするチャンスなんだと思います。定額給付金もまあありがたいけれど,そういうお金があるならば,外国から優秀な人を招いて,国民の教育投資に回したほうがおそらく将来的なリターンはずっと大きくなると思います。たとえば海上保安大学校とか気象大学校とかは,学費を取るのではなくて,(研修という意味合いなのでしょう)学生に給料を払うんですね。というわけで,勉強をしようとする人にお金を払うというノウハウは,少なくとも国にはある。年齢を問わず就職したくてできない人にはいろいろなケースがあるでしょうが,根っこのところでは憲法25条を根拠として,各人の事情を精査し,場合によっては3年間教育給付金を支給するとかあっていいんじゃないでしょうか。世の中を明るくする最大の要素は,子どもの成長を見守る大人と,その大人を信頼する子ども…がいることだと思います。そうなるためには,安定した生活が必要ですし,もちろんその前には平和がなくてはいけません。こういったところにお金を回してほしい。
だもんでもう一つ。今こそ,水島朝穂先生(『武力なき平和 日本国憲法の構想力』)や『平和をつくる構想』で安原和雄先生がご提案されている,「地球救援隊」(戦争や災害の被害にあった人や地域を支援する組織)のようなものをつくるチャンスなのではないですかね? 国内で雇用を維持できないのであれば,国外で働いてもらって,その労働に対して賃金を払えばいいんじゃないですか。隊員にとっては定期収入に加えて外国語や外国文化を学ぶいい機会にもなりますし,日本らしい国際貢献策だとも思います。憲法9条を輸出したい。そうかあ〜,輸出してもいいし,それを大きな国内産業に育成してもいいんじゃないですかね。たとえば「地球救援隊員養成学校」それ自体が日本大学のような巨大な教育機関になればいいんですね。年齢を問わず有給で勉強でき,かつ(多くの有能な外国人を含む)教員を採用したり事務員を採用したり建築物を造ったりすれば,すごい規模のニュー・ディール政策になるんじゃないでしょうか? 建物については「かんぽの宿」を使ってもいいかもしれませんね。日本のいろいろなところにあるし,とりあえずどうしていいか困ったことになってもいるようですので…(笑)。それはともかく,地球救援隊も含めて,平和・環境・医療・介護を重視した国づくりや国際貢献というのは,多くの日本人に支持され,かつ就職も希望される分野なんじゃないですかねえ??? こういうところで,うまく投資できないものでしょうかねえ。
何の映画だったか忘れてしまいましたが「戦場で傷ついた兵士を治療し,また戦場に送るのが私の仕事だ」なんて軍医のセリフがありました。「平和のために人殺しをするなんて理解できない」という意味合いのことを,多分,『真昼の決闘』でグレース・ケリーも言ったように思います。こういう馬鹿馬鹿しいことやめようぜと世界中の人たちに,それこそ人的資源を投入してアピールしたい。どういう社会にあってもユニークであること,オンリー・ワンであることが大事。国際社会で日本が尊敬されないのは,アメリカのポチだからです。失礼ながら全然賢いと思えないフランスのサルコジさんが,国際舞台でいろいろな役回りを引き受けたがるのも,フランスという誇り高い国家の戦略なのでしょう。それよりも遙かに上等で,中国でもインドでもない,もちろんアメリカでもイギリスでもフランスでもない,「地球救援隊」は,日本ならではのユニークな施策だと思います。
願わくば,その地球救援隊隊員の募集については,年齢制限を設けないでほしい。私はそういう組織ができたら本気で志願したい。これ,日本人の相当の人が応募すると思います。石破クンの国防オタク(農林水産大臣になったら食糧自給率を高めようと言い出すその一貫性には真面目に感心・感動しますが)と全然違う,素朴な国民の,平和憲法に対する思い,誇りがきっと顕在化することでしょう。
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