|
どうせアホなら飲まないで躁躁(そうそう)/牧野記念庭園(080712)
若き薩摩の群像記念日(2005年)
昨7月11日(金)は元気一杯でしっかり仕事。23時に就寝。本日は休日。5時に起床。体重70.8kg,体脂肪率22%,血圧123と78,脈拍65。朝からやる気マンマン。絶好調。これも病んでる。“ひどい躁(そう)状態だ”と思ったことでした。でも,“どうせアホなら飲まないで躁躁(そうそう)”なんて思いつき,“それならそれでええわい!”と開き直ることとしました。Yシャツやパンツ(まだマイブームが継続しています),バンダナにアイロンをかけ,シャワーを浴び,テレビでニュースをチェック。今日はメチャメチャ暑そうだけど,明日からまた天気が悪くなるらしい…。“んだば,今日は,日に当たったろ!”なんてね。アグレッシブ(aggressive/積極的・前向き)!
わが家では長女が置いていった自転車が,ブレーキが壊れたため放っておかれてあることを思い出し,これを自転車屋さんに持っていくことにしました。ホースを引っぱり出し路上で,まずは自転車を洗車。それから11時頃,ブレーキのきかない自転車に乗って自転車屋さんに向かいました。途中,パンクしたと思われる自転車を押しているオトウサンを発見。こっそりニヤケつつ心の中で“お先に”と言って追い越し。
自転車を自転車屋さんに預けて光が丘公園(上)へ。はは。真夏! 12時頃修理の終わった自転車を受け取って,わが家に戻って昼食。昼食を食べた後は,牧野記念庭園に行くことを思いつきました。お昼を家で食べて,その後自転車に乗って遊びに行くのがうれしい。小学生みたいだ! アイスコーヒーを入れた水筒も持参。 遠足みたいだ!
牧野記念庭園までは,わが家から自転車でチンタラ40分ぐらい。夏の花。ヒマワリ(上左)と富士の湯さんのサルスベリ(上右)。
上左が牧野記念庭園の入口。ここは植物学者の牧野富太郎博士(上右)の居宅跡。牧野博士はここを「わが植物園」と愛されたそうで,世界中から集めた340余種の植物が生育。昭和33年12月開園(私は昭和33年10月生まれ。同い歳!)。入園無料。
わが家の近所で名前のわからない花などがここにもあって,それに名札がついているといいなあ〜なんて思って小学校の社会科見学以来の訪問。Tシャツ・短パン・ビーサン(サングラスもしていましたが,ここではもちろんはずしました)…この格好で植物の多いところにきたらどうなるでしょう? はい。その通りであります。蚊に刺されまくり。入園料を蚊に血で払った感じ。数匹の欲張りモノには天誅を加えましたが…。
残念ながらわが家の近所の草木で名前が不明なものがわかったということはありませんでしたが,そう広くないスペース(2,229平方メートル/674坪)に,本当に多種多数な樹木があって(それも結構大きい。ドウダンツツジを見上げたりして…)驚きました。
上左は記念館陳列室にあった短冊。説明をよく読んでいないので何と書いてあるのか全部は読めません。「昭和3年戌辰元日?? 眼もよい歯もよい足腰達者 うんとはたらこ此御代に ??」であります(昭和3年,博士は67歳)。この陳列室には顕微鏡や植物の細密画や押し花などが展示されています。
上右上は記念館入口にある「花在れバこそ吾れも在り」という博士の書の入った碑。その前のササは「スエコザサ」。博士が発見し,博士より先に亡くなられた寿衛子夫人を偲んで名づけられたそうです。帰宅してから像の前にもスエコザサがあったかもしれないと思いましたが,これの確認は次回の宿題。
上右中は,博士の直筆の原稿。文字がとてもきれいなので驚きました。私から見ると「顔真卿(がんしんけい)みたいですね!」というところ。これ,内容は結構激しい文章です。「我身命ヲ賭シテ」という文言も見えます。「大日本植物志」を編纂するにあたっての決意文とのことですが,不遇な研究者の矜持のようなものが感じられる何とも言えない文章でした。全部をしっかり読んだわけではないのですけれど…。
上右下は,二間の書斎兼書庫。この家屋の外には往時の写真が展示されているのですが,こんなに整頓はされておらず,ほぼ本の中に埋もれるという感じでした。なお,この家屋自体が記念館とは別の建物の中に保存されています。鞘(さや)堂というのだそうです。なるほど。「いい家は鞘に入っている」なんてね。
帰宅途中,古本屋さんを見かけたので寄って,面白そうな本を100円で2冊購入。私は今,書店・古書店を見かけると,ほぼ必ず入って「『酒とつまみ』というミニコミありませんか?」と聞いております。(^_^;) 今回もまた空振り。でも,当たったときのうれしさを考えるとやめられない。
本日はしっかり日焼け。腕が赤い。結構。結構。明日は家でノンビリする予定。
|