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“50歳の憂鬱”/さよなら,チェ・ジウの花(080522)
本日も睡眠時間4時間30分。6時起床。体重69.0kg,体脂肪率23%,血圧127と75,脈拍81。腕立て・腹筋各30回,腿上げ50回消化。腕立て・腹筋はいつもより10回増。できそうな気がして,やってみたらできました。でも歌はまだパス。腰痛いまだ消えず。胃痛もうっすら残っています。気分はイマイチのまま。“50歳の憂鬱”。
“具体的には生活苦”とか“漠とした将来への不安”とかいうのではなくて,“無常観のかたまり”になっちまうという感じ。やれやれ。もうちょっとここに浸って“飽きる”のを待つばかり。身体もココロもいったん調子が悪くなると戻すのが大変。これが歳を取るということなんだなあ,なんて思います。家事と同じで「大事(おおごと)にしない」のがうまく楽にやる(生きる),コツなんでしょうねえ。
今朝もトボトボと出勤。途中で,思い切りガックリ。
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左は,2004年7月31日に出会って以来,毎年夏,“チェ・ジウの花”と名づけて楽しみにしてきた近所のムクゲ。何とこれが,根こそぎなくなっておりました。
この木は民家の前の歩道にあり,その民家は今,建て壊して何かの工事中で,大きな穴掘り機が立っております。くうぅ〜。「この木は○日に抜きます。欲しい人は申し出てください」とか言ってほしかったなあ〜。ツライ。通勤路だけに今後,朝夕,“ここにはチェ・ジウの木があったんだ”と何度思うことでしょうか。 |
もっとも,なくなってしまったがゆえに,もうこの木・花はこれで私のココロの中に,私が生きている限り生き続けるともいえるわけで,私は同じことを亡くなった父などについても思います。キリスト教のいう「復活」も同ような考え方ではないでしょうか。こんなふうにでも考えないと,乗り切れないということでもあるでしょうが…。
仕事は例によって淡々と消化。17時ちょっと過ぎに退社して18時ちょっと過ぎに帰宅。
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