親友・正俊を送る(080221)

 本日は2月19日に亡くなった親友の正俊・U君(「親友・正俊逝く」(080219))の告別式。昨日の通夜に続いて,会社を休んでカーちゃんと参列。

 本日もいい天気(下)。気温は低かったですが…。

 昨日の通夜に来られなかった小学校・中学校の仲間数人と再会。そうそう。昨日の通夜でも(まあ,正俊のことを伝えた電話連絡で,でもでしたが),何年も会っていなかった友人と話すことができました。そんなことで思うのは,大事な友を失ったダメージを,より多くの別の友と会ったり話したりすることによって,少しでも埋めようとしてるな,ということ。“故人のおかげ”でみんなが会えたと言ってもいいですが,善い悪いでなく,これは自己防衛の連鎖でもあるんですね。特に故人と親しかった人たちにとっては…。

 告別式の後,ツマとMちゃんに火葬場まで行ってもらいました。本当は私も行って親友の「骨を拾う」という役割を担うべきなのだろうと重々承知してはいたのですが,私には「焼かれて骨になった友」を見るのは,とても耐えられない。私の家族と親類の分だけで十分であります。

 そんな次第で,亡き友とツマ達を見送った後は地元に帰還。下は駅前のバス停で目撃した「ハトの集団ひなたぼっこ」。

 地元の様子(下)はもちろん「普段どおり」に見えました。当たり前です。でも,私のように気分ヘロヘロな人もきっと混ざっていることでしょう。亡父のがんを宣告されたときだって,父が亡くなった後区役所などに行ったとき,去年,上司が亡くなったときも,町の様子はこんなふうに見えましたもの。

 19日に撮影した新宿御苑の梅の写真(上2つ)を残しておきます。“東京で梅が咲き始めた頃,正俊は逝っちまったんだ”と,覚えておくために。それと今宵は満月(下)。正俊は子どもの頃から満月みたいな丸顔で,小学校のときは「健康優良児」で表彰されたし,中学校卒業時には「体育優良生徒」でも表彰されました。最期は随分やせて,死顔は「真昼の決闘」のゲーリー・クーパーみたいでした。“いい男すぎるぜ”と心の中で声をかけました。

わが親友(とも)の 回復祝う 妻の声
早く聞きたし できれば明日

 …なんて思ったのが,2年前の2月でした。ふぅ。

亡き親友(とも)に「お疲れさま」としか言えぬ
シラフで過ごす 満月の夜

 随分早く逝っちまったんで,ちょっと長く待たせることになるかも知れないが,その間にそちらの受入れ態勢を整備しておいてな。私もこっちでそこそこ義理を果たしたら,なるべく早くそっちに行こうと思ってるんで(誰かを見送るのを最少限にしたい),よろしく頼んます。


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