長崎(020713)
 熊本から10日に戻って中1日置いて12-13日で長崎に遠征。中1日でほぼ疲労回復しており(というか緊張が抜け切れなかったのかも。いまにして思えば…),比較的元気に7/12昼頃会社を出発。仕事は,7/12夜と7/13朝。

 7/12は好天。行きの飛行機の座席は左の窓側。こちらだと海ばかり見るようになるな〜と思っておりましたところ,結構陸の上を飛んでくれて,このように富士山が見えました。仕事の準備が不十分だったので,飛行機の中では結構必死に書類を読んだりメモを取ったり…。でもこういうのを見るとつい撮影してしまうのでした。

 長崎空港から長崎市内(駅周辺)へはいつもはバスで行きます。でも,今回は市内の中心部よりちょっと手前のところで仕事をすることになってました。フトひらめいて,長崎空港から,前から乗りたいと思っていた高速船に乗ることに。

 上:長崎空港から見た大村湾は真っ青。右上:この高速船に乗りました。下は高速船から海を撮影(船の中でも必死に仕事の準備をしてたんですが,一方でこういうこともせずにはおれない性分。(^_^;))。高速船は快適。

 高速船は,空港から時津まで。乗船場で高速船の会社の方に「(時津のそばの)○○に行きたいのですが…」と相談をしていたら,何と,そばにいらした50歳ぐらいの女性が,「私,近くに行くから車で送ってあげますよ」とおっしゃってくれました。で,お言葉に甘えて,船を下りた後車に乗せていただき,家族の話などしながら無事仕事場に着きました。こういうご親切は本当に嬉しいですね。九州に来ると,こういういい思い出が必ずできるって感じです。残念ですが私は人相悪いです。東京でこんなことは一生ないでしょう。ありがとうございました。何のお礼もできないので,名刺をお渡しして,何かお役に立てそうなことがあったら是非ご連絡くださいと言うのが精一杯でした。

 予定より早く仕事場に到着。時間ができたので不足だった仕事の準備もそれなりに終えてから仕事に取りかかれました。お蔭様で無事終了。一緒に仕事をした方に誘われて夕食。生ビール・焼酎をいただいて,ホテルに帰って爆睡。前回こちらに来たときは佐世保で泣きそうになるぐらい美味しいイサキをいただいてますので(吉野ヶ里・平戸・長崎(2001.7.15)),今回も夜はイサキを食べに行こうかな,なんて思っていたのですが,熊本のときと違って,そんな元気はありませんでした。

 翌朝の仕事は8時30分から11時30分ぐらいまで。これも無事終了。実は会社にはすぐ帰るように届けを出したものの土曜日なので会社に戻る必要がありません。というわけで,帰りの飛行機の予約は夜の便にしてありました(元気があれば長崎にもう一泊して日曜日に帰ってくるなんてスケジュールも考えられるのですが,さすがにそこまでしたら身体がもたない〈オヤジのくせに楽しいことには目一杯集中してしまうので…〉と思って自重)。そうしておいて,仕事の後どうするかはツラツラ考えようなどと思っていたのですが,前日夜の食事の際,県内に「遠藤周作文学館」というのがあると聞いてしまい,“絶対行く”と決めました。私は中学生の頃から遠藤周作先生の大ファンでして,これまでに最も多くの書籍を読んでいる作家です。150冊は超えてます。行き方がわからないので,とりあえず仕事場から路面電車(100円!)に乗って長崎駅へ。左下:長崎駅に渡る歩道橋で。奥右が駅。右下:歩道橋から反対方向を見たカット。右の奥に小さいですが路面電車が写ってます。そういえば熊本にも路面電車が走ってますよね。可愛い。

 長崎駅の観光案内所で「遠藤周作文学館」の行き方を聞きました。バスで移動とのこと。バスは1時間に1本ぐらい。片道1時間30分以上はかかりそう。私すごい方向オンチなんです。ビビりました。でも,「うまく行かなかったら飛行機をキャンセルしてもう一泊すればいいさ」なんて気合いを入れ直し(ほらね。入れ込んだらこうなっちゃんですね)。バスは約15分後に来る予定。本数が少ないのでこれはラッキーといえばラッキー。仕事の荷物で両手がふさがってましたが…(東京に荷物を送る時間がない!)。長崎駅から揺られ揺られて1時間ぐらい。途中「桜の里」というバスセンターでバスを乗り換え,さらに30分。

 「黒埼支所前」なるバス停で下車。そこで見た左の白い「ザケンナ看板」。何と「遠藤周作文学館 600m」と書いてあります。ここ結構な登りの坂道。この道の反対側は中学校の入口です。ですので,ここにバス停をつくるのはいいですが,でも,「文学館に行く人は,この坂を歩いて登れってかあ〜!」と思いました。実際,歩きはきつかった。(--#)重い荷物持って,ゴルゴダの丘に向かうイエスのよう。オーバー過ぎですが…。

 汗びっしょりになって,額にイライラマークをつけながら歩くこと10分ぐらい。丘の頂上からやっと文学館が見えました。ここにもバス停があればメチャメチャ楽だろーがよお!!(--#)と思ったことでした。丘の頂上にはちょっとした広場があり,本当に美しい海を見下ろしました。そこから3分ぐらい下ってようやく外海町立・遠藤周作文学館(0959-37-6011)に到着(すぐ下の写真)。向かって左側が文学館で,右側は食堂です(余談:煙草はどちらでも売ってませんでした)。入口から入って海のほうにずっと抜けた先に見えた景色がその下の写真(2枚の写真をつなげたので,調子がちょっと変ですが)。空も海もあんまり綺麗なので,ほとんどの人は文学館に入る前にこちらを見ると思われます。実に素晴らしい景色でした。

 文学館の中ではさすがに厳粛な気分に。遠藤周作先生が(私に)残してくれたもの,コルベ神父のことなど,いろいろ頭の中を駆けめぐるものがありました。帰りのバスの時間(あの“ザケンナ看板”を見た後,帰りのバスの時間を確認していたのです。この辺りはちょっと旅慣れたかも)があるので早々に退散。おみやげも見ましたが,結局何も買いませんでした。いいものがない! 遠藤先生のサインや直筆イラストのコピーを入れた栞とかバンダナとかそういう安くていいもの(旅人が持ち帰りやすいもの)を考えてもらいたい。外海町の方には小樽に行って,石原裕次郎記念館を見てきていただきたい。裕次郎記念館ほどド派手にすることはないと思いますが,お客さんをもてなすという点でも,町にお金を落としてもらうという点でも学ぶモノは多いと思います。この文学館はいかにも町の施設”,公民館的発想で運営されている感じ。遠藤周作先生はわが国を代表する作家です。「県外国外からいろいろな人に来て欲しい」とか「遠藤ファンの方々が遠くから来られるだろう」ということを考えてしかるべきなのに,そうしたことに配慮している形跡がほとんどありません。そんな大げさなことでなくとも遠藤周作先生のファンならば,もっと他人に優しい施設や交通アクセス(これは町単独で決められることではないでしょうが)も含めた仕組みづくりをしようとすると思われますが,そうでないのが実に残念でした。このままなら,ここはいつまでたっても流行らないでしょうから町的にはひっそりとしていて満足なのかもしれませんが,それはゴッホの絵を買って「死んだら一緒に燃やしてほしい」と言ったといわれ,世界中から大叩きされ笑われた某損保会社のエライ人と同じような考え方でございます。イカンです。

 ふう。バス停の表示から始まって諸々の(--#)事項もありました(煙草を切らしていたのも一因か?)が,久しぶりに遠藤周作先生を偲べて,それはそれでよかったです。超暑い中,再び喘ぐような足取りで歩いてバス停に戻り,待つこと約10分(歩いた後の汗の噴き出し方がすごい。大ジョッキ1杯分ぐらいは体中から垂れ流し。もしかするとお尻にデカパン型のシミができているんじゃないかと思うぐらいすごかったです。怖くて確認しませんでしたが…)でバスに乗りました。バスの中での女性の高校生の会話。「○○ちゃん,どこに行きよっとか?」なんてね。可愛いです。こんなささいなことも旅の収穫。この時点では空港へのアクセス法がわかっておりませんでしたが,乗換ターミナルの「桜の里」でバス会社の人に親切に教えていただき,来たときと同じ時津の高速船乗場へ(方向オンチの私がバスを乗り継いで!)戻って来ました(ありがとう「桜の里」の人!)。予約した帰りの飛行機は19時30分発。これに乗るにしては結構時間的余裕がある16時50分頃でした。坂道を歩いたこともあって疲労はピーク&足の裏にマメまでできて,さらに熊本・長崎と続いたお仕事九州遠征第一弾が無事終了した安堵感もあって,もう動けない”という感じ。とっとと空港に行っておみやげを買って,荷物を東京に送って大ナマ飲みつつ休憩しなきゃという状態。できれば横になりたい。そりゃ無理だとわかっていつつ…。

 そんなだったくせに,前日ここ時津に来たときには気づかなかった高速船乗場の近くにある「日本26聖人上陸の地」という石碑を見たら,バッグからごそごそとデジカメを出してつい撮影をしてしまいました(左下)。今回の長崎遠征では,いつも行く26聖人像のある小高い丘の上の公園に行きませんでしたが,「私たちのことを忘れないでね」と言われているような不思議な気がいたしました。殉教者たちは「耳をそがれて,大阪・堺を引き回され,首・両手足を縛られたまま山陽道から唐津を経て,小舟で1597年2月4日の夜11時頃こちらに着いた」と石碑の下の案内版に記されています。彼らは,夜の闇で見えなかったでしょうが,右下の海を渡って処刑が行われる長崎に連れてこられたのでした。

(外海町立「遠藤周作文学館」パンフレットより)

 何だかんだと文句を言いつつ「遠藤周作文学館」のパンフレットから地図を転載させていただきました。ま,これも宣伝になると思いますのでご容赦ください。超方向オンチのわたくしが辿った今回の軌跡。時津は空港の西対岸。そこから長崎市の中心に下って,長崎駅からバスで外海町へ。帰りは外海町から長崎市内に向かうバスに乗って,大村湾の地図で見ると左下ぐらいのところで下車(横道という地名)。そこから直角に上がって時津着。

 …と,これでまた高速船で長崎空港,飛行機で東京と,スムーズに行くはずでしたが,何と空港に着いたら予定の飛行機が機材に不備があったとかで欠航になっておりました(こんなの初めてです)。その便の代わりに,予約した会社でない他社の1時間早い便(18時30分発)に乗ってくれなんて案内をしていました。ヘロヘロだったので早く行ったお蔭でその飛行機に乗れました。いつものように30分前ぐらいに空港に行っていたら,もう1泊だったかも(それはそれで面白かったかもしれませんが…)。17時30分頃空港について,慌てて別の便への変更・チェックインをして,おみやげを買って,おみやげを含めた重い荷物を東京へ送り,大ナマを喉に流し込みつつツマに飛行機変更のメールをし(ラッキーかどうかは着いたときにわかるとかなんとか),慌ただしく18時30分発の飛行機に乗り込んだのでした。6月下旬の山形遠征の帰りのトラブルもちょっと面白かったですが,これもまた今後の「話の種」(会社ではできませんが)になりますね。ふうぅ〜。

 今回の遠征も疲れましたが満足満足。いい思い出がまた増えた長崎遠征でございました。


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