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『モンガイカンの美術館』南伸坊,『ゾウの時間ネズミの時間』本川達夫,『インナーチャイルド』ジョン・ブラッドショー(020228)
先週は結果的に10〜20年前の本ばかり読んでいました。『モンガイカンの美術館』は以前読んだことがあるのですが文庫で再読。最初は1983年に情報センター出版局というところから出た,確かB5判の本でした。いまも我が家のどこかにあるはずなのですが,なんとなく文庫でも読んでみたくなってしまったのでした。
■『モンガイカンの美術館』(南伸坊/朝日文庫/本体1,200円)
「あとがき」で伸坊さんは,こうおっしゃっています。「私がこの本で,始終一つ覚えのように言ってたのは,オレはどこかのエライさんのいいなりに何かを見たり考えたりはヤダ,ヘタでもクソでも,自分で見たり考えたりしたい。ということでした」。この本は約20年前に出たのですが,いまでも十分面白い。おススメです。
味覚もへぼけりゃ,絵心なんてちっともない私ではありますが,若い頃この本に出会ったおかげで,つまりは,好き嫌い善い悪いうまいまずいなんてことは自分の持っているところの全知全能をカタムケテ感じ取るあるいは理解しなければ,ショセン生身の私自身のものではないではないか…とすっかり開き直ることができたのでした。以来,現代美術に開眼(というかビビらず自分なりにパクつくことができるようになりました)。細かいジジョーはよくわからないが,表現された絵画だけ見れば,ともかく,カンディンスキーさんはきれいだとかミロは楽しいとかクレーの謎の面白さはなんなんだろうかとかブラックもいいなあ〜なんて思えるようになったのでした。
私の場合,ある絵画を見て,「安かったら買いたい」とか「いい偽物があったら買いたい」(どうせ,その作品の深いところのヨサなんてわからないので,私のわかる範囲でいいな〜と思えればニセモノだって十分)なんて思えるのが好きな作品です。ま,コローだって,アングルだって,ラファエルロだって,佐藤忠良さんや北村西望さんの彫刻だって結局いまはこんなふうに鑑賞してます。ツウな人から見ればおそらく「無知で鈍感で可哀想な人」なわけなのですが,こういうことを積み重ねていかないと,伸坊さんのおっしゃるように結局権威の言うことを鵜呑みにしてホントのところでは感じていないようなコトを感じた気分になって満足してしまうようになるのではないでしょうか。伸坊さんの若い頃の文章なので「げ。そりゃ言い過ぎってもんだ」と思うところも多少ありましたが,そんな記述は無視して,「エラソーにゲージツを鑑賞しなきゃいけないなんてことはないんだよ」ということを世に広めた伸坊さんの功績は,もっともっと讃えられていいと思います。
■『ゾウの時間ネズミの時間』(本川達夫/中公新書/本体641円)
1992年8月に出版され,世の中に大ショックを与えた本。例によって古本で「いまさらながらのお勉強」。ゾウはネズミより長生きだが,それぞれの心臓の拍動数を時計と考えるといずれも20億回なのだそうです。ゾウの心臓がドックンとする間に,サイズの小さいネズミはトクトクトク…っと拍動が多いということで。で,拍動数を時計と考えれば,ゾウもネズミも20億回なので一生を生ききった感覚は変わらないのではないか…なんてことが書いてあります。呼吸数も同様に哺乳類なら5億回だそうです。この辺のことは本書の冒頭部分に書いてあります。実は読み進めていく途中で出てくる数学的統計的記述がよくわからず読むのが面倒になって,結局,ほっぽり出して私より数学のできる高2の娘に渡してしまいました。(^_^;)
「あとがき」で,人間と違う動物の世界観を理解するにはよほどの努力を払わねばならないが,「その努力をしなければ,決して人間はさまざまな動物を理解し,尊敬できるようにはならない」なんて書いてあります。動物を〈尊敬〉ですって。こういうコトを考えて研究生活をしている,この先生は素晴らしいなあと思いました。続いて「私たちの常識の多くは,ヒトという動物がたまたまこんなサイズだったから,そうなっているのである。その常識を何にでもあてはめて解釈してきたのが,いままでの科学であり哲学であった」「今までの物理学中心の科学は,結局人間が自然を搾取し,勝手に納得していたものではなかったか?」といった文章があります。こういう文章を書く方が変な人のはずはなく,きっと〈いい人〉で,その学問の方向・内容は必ずや面白いに違いないという確信めいたモノはあるわけですが,本川先生すみません。次回は面白そうなトコだけつまみ食いさせていただいて,もしまた10年後にでも,もう少し数学ができるようになっていたら再度頭からチャレンジさせていただきます。
■『インナーチャイルド』(ジョン・ブラッドショー/新里果春監訳/NHK出版/本体2,233円)
1993年1月初版。ずっと本棚に入っていたのですが,父の死を機に読んでみようと思いました。A5判420ページの大著。内なる子ども(インナーチャイルド)について書かれた本です。心理療法やカウンセリングで採用される交流分析療法について多くの紙面を割いています。私は治療する側ではないので治療に関する方法論には関心がなく,残念ながらこの本も途中でパスしてしまいました。
インナーチャイルドという概念については,直観的におおむねわかっていました。つまり,子どもの頃の経験が将来に大きく影を落とす。「三つ子の魂百まで」は本当で,子どもの頃に心に損傷を受けた人はなかなかそこから脱却できない…というのは,われわれ日常よく感じるところです。残念なことですが,私の身の回りでも子どもの頃親と別れざるをえなかった人や親との関係がうまくいっていなかった人の結婚生活が破綻してしまったという事例が数例あります。そういう人と話していると,夫婦や親子関係への配慮が普通でないと,やはり感じてしまいます。一方で私たちは子どもの頃,親や先生に誉められた一事を人生の支えにしていたりもします。子どもの頃の育てられ方や環境は本当に人の一生にとって大事なのだと思います。
この本は3部構成。第1部は傷ついたインナーチャイルドの問題,第2部は傷ついたインナーチャイルドの再生,第3部は傷ついたインナーチャイルドの擁護,第4部は新生となっています。私は第1部と2部に入って少ししたところまで読みました。自分のこれまでを振り返り,ほとんど傷のないままに育っていることに感謝しました。それと,我が子との関係を振り返るいい機会でした。我が子に重症の心の傷を負わせないということは当然の前提として,しかし,傷つかないよう傷つけないよう温室育ちにするのでなく,多少の傷があってもそれを超えられるように育てること。ま,「育てる」っていうのも大袈裟ですが,心づもりとしては,そのようなことに配慮していこうと改めて思ったことでした。
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