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またまた別れ&この夏の最終イベント(050820)
夏休みが終わり,8月17日(水)から19日(金)まで今ひとつ仕事になじみきれない身体を叱咤してそれなりにお仕事。成果最小。はは。ま,仕方ないか。
| 19日(金)の午前中,ここ数年アトピー性皮膚炎に苦しんで出社と休職を繰り返していた10年選手が退職の挨拶に回ってきました。業務上,親しくしていたし,我が社にはすっかり少なくなった「向上心」のある人だっただけに残念(私は年少の彼に対し“会社にいる年の離れた弟”を見ているような気分で接していました)。夜はあと2年も働けば定年,もしかすると役員になれたのではないかと思う部長(わたくし的には“会社にいる10歳ぐらい年長の叔父さん”)の送別会。右の写真は新宿・靖国通り沿い。 |

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その部長の送別会に出るために会社を出ようとしたところで,会社の後輩(この後輩もガンで入院していて,つい最近復帰したばかり。わたくし的には“会社にいる年の近い弟”)のお兄さん(おそらく私と同世代。妻子あり)が亡くなり,その通夜と告別式のお知らせが回覧されてきました。
先輩と後輩の退職については,当然事前に知っていたのですが,それでも各セクションに「長い間お世話になりました」と言って回っている姿を目の当たりにすると,「ご苦労様でした。こちらこそお世話になりました」という以外にいろいろな思いが込み上げてきます。「“個体”としての自分」だけが「自分」という観念は私にはほとんどなく,「“個体”としての自分」は核ではあるけれども,その外側には家族親戚友人知人と交わるボヤ〜っとした領域があり,そこまでを「自分」だと思っています。今回のようなことがあると,かなりの喪失感があるのはそんな「自分観」のせいでしょう。お二人とも長い間お付き合いいただいたので,それなりに仕事だけではない思い出があります。部長については,若い頃に赤ん坊だった長女を連れてご自宅に伺ったことがあります。20年も前の話。10年選手とは一緒のセクションになったことはないけれども,関連する仕事についていろいろ質問をされ,熱心に学んでくれたことが思い出されます。その他諸々。
部長の退職の理由は実は定かではありません。「気力・体力の限界」とのことですが,私の印象としては「組織を見限ったんだな」というところ。あと2年も辛抱すれば,まだ会社に多少の体力があるので,それなりの退職金がもらえたハズなのに,そうされず自己都合で退職されたところが,この方の“最後の意地の見せ所”だったのではないでしょうか。男の子として,そういう心情はよくわかる。「ナメテンジャネエゾ」ですかね。何があったのかは存じませんが。大袈裟に言えば,人には“ここでそうしなければ自分でなくなる”という時がありますよね。そんな選択ではなかったかと,送別会場で遠くから部長の姿を見ながら思いました。長年勤めた社員をそんな気持ちにさせてしまうところに我が社の深〜い病理があります。現状,エライさん方が心底そのことについて考えてくれそうにないところが救いがたい。「企業は結局は生身の人間の集合体なんだ」という意識が,エライさん方の中で,組織が大きくなるにつれ希薄になってしまったんですね。きっと。退職する部長と同年代の女性部長が「若い頃に聞かせてくれた『白いブランコ』を歌っていただけませんか」と言ったときには涙が出そうでした。そうなのよ。みんな光り輝く青春の一時期を,この会社で過ごしてきた(いる)のであります。
部長は57歳を過ぎての再出発。10年選手は「実家のある静岡に帰ってまた頑張ります」とのこと。お二人とも元気に頑張っていただきたい。人生イロイロ。またね。ここで腹据えて,奥歯噛みしめて,大きく目を将来に向けて。「いざ,生きめやも」でございます。
ガンからやっと生還した(と言っても転移がまだまだ心配な)後輩のお兄さんの急逝の知らせもコタえました。お父さんの健康状態も芳しくないと本人から聞いていますので,後輩自身やその親御さん,ご家族の心情を思うと胸が苦しくなります。「何で私たちなんだよ」と心の底から次々と湧き上がってくる言葉を押さえきれないことでしょう。そんな問いに答がないことはわかっていてもどうしようもない。本当にかける言葉がない。私もね。病気をし,このところ父や伯父や友が立て続けに亡くなって,そんなときの心情を察することはできます。今は,(生きてたって幸福でないことは多いけれども,それでも)生きている限りは,最終的には,先に亡くなった方の分も上乗せして,楽しく生き切ってやると思っています。でも,悲しいことがあった時々には,そんな気持ちにはとてもなれないですよね。“喪の時間”が必要です。切ないなあ。
部長の送別会は新宿の靖国通り沿いの東京大飯店で行われました。一方,10年選手はひっそりと去って行き,同じ時間にもう一人の後輩は名古屋で兄貴の通夜。長年お世話になった部長には悪いけれども,とても送別会の2次会に行く気は起きず(ただでさえ送別会は淋しくなってしまって苦手なのに,いろいろな思いがグチャグチャになり),即退散。大はしゃぎの歌舞伎町を抜けて,真っ直ぐに帰宅。珍しく子どもたち全員とツマが家にいました。例によって末娘を中心に他愛もない話をダラダラと。こんな時間が本当にありがたい。ウイスキーをガブガブ飲んで爆睡。
本日は後輩に弔電を打ち,(私のほうは)ちょっと気持ちの整理がつきました。今頃はお焼香の時間です…。ふうぅ。今日の東京は怖いぐらいのいい天気。何でこんなにいい天気なんだかなあ〜とか,それでも地球は回っているんだよなとか,何で世の中普通に動いてるんだとか,病室から外を見ていたときや斎場などで何度も思ってきました。今日もそんな感じで,テレビに写るホリエモンさんも亀井静香さんも口パクの金魚みたいに見えます。
明日からは毎年恒例のツマの家族との旅行。信州。この夏の最終イベント。仕事の都合でみんなより1日早く帰ってこなくてはなりませんが,(去年は出張で参加できなかった分も含めて)貴重な旅の時間をよ〜く味わってこようと思います。
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