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鹿児島・小倉・那覇遠征(050712-15)-1 鹿児島
■鹿児島(7月12-13日)
| 7月12日(火)は信じがたいことに朝1分遅刻。半休ということになりました。出張手当を半日分ソンしてしまいました。10時30分頃会社を出て羽田に。東京の天気は曇り。上空ではほとんど雲しか見えませんでした。機内でデスクワークの続きと,鹿児島での仕事の準備。やれやれ。 |
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| 鹿児島は空港から中心地の鹿児島中央駅までリムジンバスで約50分かかります。片道1,200円。右は鹿児島中央駅にある「若き薩摩の群像」という彫刻。1865年(明治維新が1868年…なので江戸時代の末期),鹿児島からイギリスに留学した17人,森有礼・寺島宗則といった人たちが,ラファエロの「アテネの学堂」のように,その特徴を織り込んで表現されています。いつもお世話になっているG先生から「帝国博物館の初代館長とビールを日本に持ち込んだ人がいるから撮影してくるように」と指示があり。 |
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帝国博物館の初代館長・町田久成は,この銅像の一番上の段。両手を高く天に突き出している新納久脩(にいろ ひさのぶ)の裏側で駅のほうを向いて立っていました。あまりに高いところにありすぎてうまく撮影できず。一方,「ビールな人」のほうは,酒つながりですっかりこの人だと思い込んで「ぶどう王」と言われた磯長彦助の写真をたくさん撮影してしまいました。日本のビールの生みの親である村橋直衛は,上右の写真の右の人物。はは。村橋直衛が写っている写真はこれしかありません。すみません。G先生。我ながらホントに役に立たないヤツで情けない。
そんなことをしていたら会社からメールあり。すぐ見てほしいFAXを送りたいので,電話をくれとのこと。周囲をキョロキョロして,コピー屋さん発見。そこに駆け込んで,FAXを受け取り,即電話。その後喫茶店に入って,仕事の準備をしてタクシーで仕事場へ。
| 仕事場は右のようなところ。やっぱりね。この景色は東京ではありません。暑い。仕事は無事終了。夜は現地の方に連れられて魚の美味しい和食のお店へ。生ビールと焼酎も旨い。昨年,鹿児島に来たときは「森伊蔵」をゴチになったのですが,今回入ったお店では1杯1,000円もしたので,注文するのは遠慮しました。 |
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今回の遠征のホテルのチケットや電車のチケットは,すべてここで受け取ることになっており,それらを確かにいただいて,ホテルにチェックイン。JR九州ホテル鹿児島。長崎もよかったけれどこちらも上々。
さっと荷物を置いて,軽くシャワーを浴びて,繰り出しました。天文館文化通りへ。上右のように大盛況。
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飲み屋に入って早速お目当ての「森伊蔵」を注文しましたが,運悪く売切れ。「村尾」をいただきました。驚いたのは焼酎のメニュー。鹿児島の人は2合とか5合,1升単位で注文するんですね。2回お代わりしたら,もう6合!! 私はすでに充分にお酒が入っていたので,軽いつまみを頼んで,焼酎は1合で出してもらって,キュッと飲って退散。 |
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7月13日(水)朝は元気に起床。左は鹿児島中央駅前。鹿児島には路面電車があります。近くのバス乗り場から,再びリムジンに乗って鹿児島空港へ。バスの中では,例によってデスクワークの続き。本当に余裕のない,自転車操業でございます。この時点で,小倉での仕事の準備もできていませんでした。 |
| 鹿児島空港で,「この飛行機は気象の関係で,福岡空港に着陸できない場合は,鹿児島に引き返すことがあります」とのアナウンスあり。慌てて会社に電話して,もし戻ってくることになった場合,電車で間に合うか,ルートと時間を検討してもらいました。速攻で折り返し連絡をもらって,いちおう最悪戻ってきても,新幹線で熊本に行って,そこから電車を乗り継いでも何とかなることを確認。 |
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飛行機は上右。プロペラのYS-11。搭乗は,地面に降りて歩いて乗りました。“「カサブランカ」じゃん”と思いました。機内はプロペラの音がうるさく響き,また上空では結構揺れて,心臓がおかしくなりそうでした。人生もだいぶ振り返りました。あ〜怖かった。地面が見えたときは,本当にうれしかった。「翼よ,あれが福岡だ」と叫びたかった。。。
→「鹿児島・小倉・那覇遠征(050712-15)-2 小倉」
→「鹿児島・小倉・那覇遠征(050712-15)-3 那覇」
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