小倉(031105)
 11月5日は小倉出張。10時45分羽田発北九州空港行き。

  

 左上の写真は搭乗口近辺。何だか真っ黒。お仕事で出かけるオヤジさんばかり。上右は富士山。例によって仕事の準備ができておらず,飛行機の中で資料を広げてお勉強。そろそろ富士山かなと窓の外を見たら眼下に富士山があったのでした。慌てて撮影。

  

 北九州空港から小倉駅へ。小雨。小倉駅から速攻でタクシーに乗り小倉城へ。噂に聞いていた「松本清張記念館」(上左の写真)がお城の入口右手にあったのはラッキー。ここで上右の一番右に写っている,「松本清張記念館・小倉城・小倉城庭園共通の入場券」を購入して即入館。どどーっと見学。松本清張記念館はよくできています。親切な案内多数あり。清張さんの単行本作品全部が展示されていた壁は圧巻(私が読んだのはこのうち3〜4冊。勉強不足でこういうところに来るとつらい)。それと清張さんの足跡を時代の流れとともに追った年表は優れモノ。時間がなくきちんと見られなかったのが残念ですが仕方ありません。で,とっととお城を目指しました。

     

 入口の石垣から先には「武蔵」の幟(のぼり)あり(上左)。お城の入口では小学生が見学に来ており,このお城の職員と思われる方から説明を受けておりました。この子達と一緒になるとチトつらいので,追い抜いて城内へ。和歌山城にもこんな宣伝や教育的サービスがあってもいいのにと思いつつ…(和歌山遠征)。

  

 お城の中の展示は武蔵ゆかりのものが多かった。武蔵が中心すぎてちょっとこのお城の歴史としては歪んでないかな? という気もしましたが,駆け足で見て回りました。どなたかのご研究で,武蔵が島原(?)に出陣したのは○○藩からということになっているが,中津藩というのが真実と思われるという文書は重要そう。それと,武蔵とは直接関係がないのですが,キリシタン弾圧の際の踏み絵に使われたと思われるマリアが描かれた彫刻の板がありました。磨り減った表面。遠藤周作さんが何かで書かれていたこの板を踏んだ信者の方々の心の痛みと「踏むがよい」というキリストの声などのことを思い出し,しばし眼を閉じてしまったことでした。上右は天守閣から下を見た図。小倉も秋。

  

 お城から出て,もう1度振り返って撮影(上左)。勉強になりました。ありがとうございました。時間がなく小倉城庭園はパス。そのまま食事もせずに仕事場に(上右)。雨がすっかり強くなっており,帰りのことを思ってゲッソリ。昼過ぎから夕方にかけての仕事はいまひとつのデキで小倉のお客様にはチト申し訳ない思いが残りましたが,無事終了。この次はもっとうまくやるぞお〜。

 小倉に来たのはこれで3度目(2002.11.6と思い出したくない今年の7月に来ています。7月に来たときは無理矢理門司に寄りました)。交通の便が良すぎて,いつも帰りは時間がない。今回は偶然,帰りの小倉駅に入るところで右のような小路を発見。小路の真ん中ぐらいまで行って戻って観察したところ飲み屋が多数あり。ちょっと奥に入るとストリップ劇場もあり,この辺りは何やら怪しげな雰囲気。昔の新宿・ゴールデン街とおなじような空気が漂っておりました。チャンスがあれば,ぜひここらで一杯やりたい。

 帰りは小倉―博多―福岡空港―羽田。18時30分頃には小倉にいたのに,このルートで21時30分には東京に戻っていました。朝会ったオトウサンたちにも私のようなスケジュールの人はいたはず。うー。みなさんお疲れさまでした。


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