|
異動後3週間。平穏。(090620)
6月1日以降,20日間ノン・アルコール。エライぞ,自分! 人事異動後は妙な忙しさ。前の部署からの仕事と,新しい部署の仕事がダブっております。まあ,「超急ぎ」の仕事が重なっているわけではないので「必死で処理」という状況ではなく,他の部署と比べれば比較的のんびりしていて平穏ではあるんですが…。
19日(金)は,前の開発部門の業務として検討してきた新企画を誠にイカンながらボツにしました。個人的には是非進めたかった企画なのですが,前の部門の業務やメンバーを前提に進めてきた企画のため,今般異動した部門の業務にはなじまないし,異動した部門では担当業務で課題が山積しており新企画どころではないのでした。
現場の状況を全然調査しないでエライ方々の都合で組織改編をするものだから,私たちがそれまでにかけた開発調査費用やその過程で得た知見や人脈のほとんどは生かされず,ビジネスの芽もほぼすっかり潰れてしまうこととなりました。で,こんなことを社内のそこら中でしているのに,業績が思うように上がらないと「みんなのせいだ。甘受するしかない。給与の削減もやむをえない」なんてことになるんですから,まったくわが社はオモシロイ。大真面目にビジネスをしているフリをして,実は冗談ばかり言って遊んでいるんですね。これがわかるまでに25年もかかってしまった,私は。はは。
6月18日の日本経済新聞の夕刊に,あの大平健先生が“「アラ還」の戸惑い”というテーマでインタビューされた記事が載っていました。ちょっと引用。
栄達より、のんきで楽なほうがいい。企業内の地位とか勲章とか.僕はもういい。患者さんの人生を眺めていて、つくづく感じた
自分の目の前の問題がどれほどのことか考えてみる。つまらない事柄に、自分の全人格をかけてしまっていないか
→岸田秀先生も,どこかで「たいていのことはどうでもいいことだ」とおっしゃっていましたねえ。宮子あずささんも,「命にかかわることでないのなら,あとはほとんどがどうでもいいこと」なんておっしゃっていた気がしますねえ。
『たかが○○じゃないか』と発想すると、実像が見えてくる。小さな事柄を大げさにしない視点だ
→和田誠さんの『お楽しみはこれからだ』のPARTいくつだったかは忘れましたが,で,ヒッチコックがバーグマンに,「イングリッド,たかが映画じゃないか」と言ったという話を読んだことがあります。
「アラ還」ぐらいになったら,ギラギラしないで少しゆっくりしたら?…というのが,大平先生のご提案と拝読いたしました。賛成。『おやじ国憲法でいこう!』でも同じようなことが書かれていたと思いますが,アラ還といわずいくつの人でも,ときには“アタシ,オッケーかな?”と立ち止まって考えてみることが大事なのでしょう。強迫神経症的になっていたり依存症的になっていないか…なども含めて。
話はちとズレて。アラサー,アラフォーからちょっと遅れて,何かのコマーシャルで西田敏行さんが「アラ還」と言ったのを初めて聞いたときは可笑しかった。うまいもんだね…と思ったことでした。われわれ50歳辺りは,アラフィフ,アラゴ,アラ半世紀? どうもしっくり来ないのが残念。いかにもこの年代らしい気もしますが…。「アラコキ」「アラ喜寿」「アラ八」「アラ卒」「アラ百」「アラ110」(アライチイチマル。以下同),「アラ120」「アラ130」。アラニヒャクも悪くないですねえ。加齢のネガティブな面を踏まえつつも,区切りの年齢まで生きてこられたことを喜びましょうよって趣がいいですねえ(言い過ぎ?)。そうそう,先日書店で,グレート義太夫さんの『糖尿だよ、おっ母さん』という本を見たときは,その書名に爆笑してしまいました(アタシもC型肝炎で入院するハメになったとき「闘病だよ、おっ母さん」とか言いたかったなあ〜。亡父もきっとひと笑いしてくれただろうになあ〜)。入院中に腹水がたまってしまってお盆に家に帰れないのを「腹水盆に帰らず」と言ったりね。こういう洒落っ気にわれわれは随分救われますよね。
18日の日本経済新聞の朝刊では,麻生・鳩山の党首対決について,昨年『日本国の原則』で石橋湛山賞を受賞された原田泰さんと『情報政治学講義』の高瀬淳一先生がコメントをしていらっしゃいました。日経の担当者さん,なかなかいい人選でしたな。岡村美奈さんもオススメです。19日の同紙夕刊には,臓器移植法の衆院通過に関し,小松美彦先生のコメントが載っていました。個人的に注目している人が新聞に出たりすると,何だかうれしいですねえ。ミーハーのワタクシとしましては…。
19日(金)は母とガストで夕食。ヘルシー・メニューをゴチになってしまいました。ありがとうございました。オフクロ様。本日20日(土)はゆっくり休むつもりでしたが,新宿に買い物に行き,休日なのに7,000歩も歩きました。よかった,よかった。
|