『ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を』菊地敬一(090822)

 お盆休みで子どもたちが集結して,何かの拍子に「お父さん,この本面白いよ」と,二女と長女から薦められた本。 本書は2005年12月5日第1刷,私の手元にあるのは2006年2月5日第2刷。地道にコツコツと売れているという感じでしょうか。

■『ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を』(菊地敬一/新風舎文庫/本体:753円)

 この本は面白かった。名著です。上の写真の帯にあるように,脱サラをしてユニークな本屋さんを起業した方の話。『ヴァージン』を思い出しましたねえ。痛快。こんな風に仕事をしたい。こんな風に仕事と付き合いたい。ちょっと抜粋。

――ヴィレッジ・ヴァンガード PAPAの準備は全て済んだ。(中略)いつもそうだが、出来あがっていく店を見つめているのはなかなかいいものである。(中略)梱包を解き商品を取り出す。全て僕らが注文したものばかりだ。知らないものは何一つない。(中略)
「客は来てくれるだろうか?」という不安は、ない。どのみちマーケティングで本屋をやっているのではない。「僕らが楽しいんだから客もきっと……」という思い上がりで一〇年やってきた。(中略)楽天的な社長と悲観的な専務(女房)と仕事熱心な社員、社員になりたいために仕事熱心にならざるをえないアルバイトでヴィレッジ・ヴァンガードは持っている。(167〜168ページ)

――本の真の実質は、思想にある。書店が売るものは、情報であり、霊感であり、人とのかかわりあいである。本を売ることは、永久に伝わる一連の波紋を起こすことである。書店は、書棚に魔法を満たすことも、嵐を吹かせることもできる。書店人は、人々を日々の抑圧から解き放し、楽しみ、希望、知識を人々に贈るのである。書店人が、特別な人間でなくてなんであろう。ロバート・D・ヘイル――
 これは僕の座右の銘である。
(143ページ)
→この言葉をクリエイターの端くれである息子に贈りたい(ま,実際は無愛想に本を渡しちゃうんですけどね)。アタクシ的にはさらに拡大解釈して,コミュニケーションというのはこういうもので,人にはアリだけでなくキリギリス的な側面があり,それを発揮するときは皆,「特別な人」になる…なんて言いたいですねえ。さらにさらに実は読者なり聴衆が,クリエイターにとって特別な人間でなくてなんであろうとかとも言ってしまいたい。はは。特別じゃなくなるのは結構ムズカシイんだ。もう一歩これは蛇足っていうことになりそうですが覚書。「君がどんなにうまく嘘をつこうと,2人だけは真実を知っている。神と君自身だ」。この言葉を一体どこから仕入れたのか,私にはもうわからない。神様,わかります?

 いや〜,このところ“滑空状態”で仕事をしているアタクシには,ちょうどいい刺激でございました。そろそろまた,エンジンに点火しなくちゃね。燃えてなきゃ,面白くないよね。

 ちょっとオマケの覚書。図書館に行った菊地さんの感想。

 赤川次郎や西村京太郎を置いていったい何になるというのだ。ここには図書館司書がいないのか。新刊やベストセラーをタダで読もうとする客も客だが、おもねって安っぽいニーズに応えてしまう図書館も図書館である。街の本屋の真似してどうするんだ。近くにある本屋を定期的に回って、置いていない本を並べるべきではないか。図書館の社会的意義をどう思っているんだ。これでは無料の貸本屋ではないか。(84ページ)

 もう一つ。ヴィレッジ・ヴァンガードの理念(のようなもの)とされているもののうちの一項目。

 一、本屋の仕事とそれにかかわる事務を愛そう。(142ページ)


Google


TOPへBACK

このサイトは「目次部分」「本文部分」という2分割の画面で表示される仕様にしていますが,検索エンジン経由ですと単独のページがピックアップされる場合があります。そのような場合には,恐れ入りますが以下をクリックして,新たにアクセスし直してください。
【注】2分割で表示されている場合に下をクリックしますと,フレームの中に2分割の画面ができてしまいますのでご注意ください。その場合はブラウザの「戻る」ボタンを押していただくと,現在の画面に戻ります。
http://homepage1.nifty.com/kanen/