『与謝野晶子』松村由利子(090502)

 なるほど。『薄荷色の空に』『鳥女』『物語のはじまり 短歌でつづる日常』『語りだすオブジェ』,本書と拝読してきて,“松村由利子にハズレなしだわ”と思ったことでした。

■『与謝野晶子』(松村由利子/中公叢書/本体:2,200円)

 本書は,本の仕上がりとしては,評伝ということで,松村さんの“新境地”と言えるでしょうが,元新聞記者というキャリアを考えれば,資料検討を含む取材をして,構成を決めてドカドカ書くのは,基本的には“お得意”なはずです。とはいえ,これだけの分量を構築して(書き下ろして)いく作業は大変だったことでしょう。お疲れさまでした。松村由利子様。大変楽しく勉強させていただきました。どうもありがとうございました。

 さて,本書の柱は大きく5本(5章)。

I  科学へのまなざし
II  里子に出された娘たち
III 「母性保護論争」の勝者は誰か
IV 童話作家として
V  聖書への親しみ

 これに先立って「まえがき」,簡潔にまとめられた「昌子の生涯」。巻末には「あとがき」,記述の根拠となった出典などを示した丁寧な「註」,「昌子主要作品年譜」,歴史的仮名遣いによる五十音順に配列したとカッコ書きのある「昌子短歌索引」(五十音順に昌子の短歌が並んでいます),「人名索引」がついています。かなり煩雑で手間のかかるおまけですねえ。これらは。しかしそのおかげで,おそらく与謝野晶子の勉強をしようとする人は,今後かなり助かると思います。

 本文は,第I章がさらに3節に分かれ,各節では5〜7項目について書かれています。第II〜V章には節はなく,それぞれ9〜15項目の記述があります。こうした構成のあらかたを先に決め,エクセルか何かに入力して,書き終わると色をつけていった,なんて工程があったんじゃないかと思えるほど,本書を読んでいると,カチっとした構成や,項目名に示されるライティングの方向というものを随分意識させられます。「ほうら,ここからこうやって見ますよ〜。そうすると,私にはこう見えますが,あなたはどのように見えますか〜?」というのが本書の基本的なスタンス。

 本書は与謝野晶子の評伝の体裁となっております(帯もそのセンで「知られざる全貌に迫る」なんてなっています)が,その「正体」は,与謝野晶子の残した言葉や行動を素材としてまとめた,松村さん流のモノコトの見方・受け取り方や反応です。“名著”ですよ〜。松村由利子ファン必読!!ってのはもちろんとして,女の子の大学・短大の入学祝いとか就職祝い,結婚祝いなどにピッタリです。ついでに松村さんの他の本も混ぜればなおよろしいでしょうねえ。18歳以上の女性にはぜひお読みいただきたい。もちろん男性にもオススメです。

 さて,元に戻って。いかにも松村さんらしいなあと思うのは第I章。松村さん以外のどなたがここから与謝野晶子の評伝を始められるでしょうか。科学に強い歌人の矜持がうかがえますねえ。それと,昌子は『みだれ髪』の改作を何度かするのですが,歌の改作前後のデキを分析するところでは,まさに松村さんの歌人としての解説が参考になります。

 春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
 春みじかし何に不滅の命ぞとちからある血を手にさぐるわれ

(前略/上が改作前,下が改作語)『みだれ髪』の代表作の一つと言ってよい作品である。乳房を他者に「さぐらせ」るからこそ大胆な恋愛賛歌だったのであり、自らの血潮を探るのでは全く肩すかしを食らったような感じがする。上の句の切迫した雰囲気も、下の句に来て台なしになってしまう。(55〜56ページ)

 本書には,与謝野晶子の歌がたくさんちりばめられています。出産の歌。

 悪龍となりて苦み猪となりて啼かずば人の産み難きかな

 子供の歌。

 小き手を横に目にあて泣く時はわが児なれども清しうつくし

 『みだれ髪』の歌があまりに有名すぎて,こういう歌があまり知られていないように思いますがいかがでしょうか? 現代の女性にも随分参考になったり励まされたりすることを与謝野晶子は残してくれており,であるからこそ松村さんも取り上げられたわけなのですね。第III章では,母性,ワーキングマザー,アンペイドワーク,ワーク・ライフ・バランスといった言葉が飛び交った後(ここの部分の松村さんは歌人ではなく社会派のライターそのもので,実に迫力のある重厚な読み物となっています),「ワーク・ワーク・バランス」という考えが紹介されます(198ページ)。ここ,感動します。

 本書にはこんな記述もあります。これは松村さんの地の文章。第IV章。

幼年向けの童話において、最も大切なことは世界への信頼である。「行って帰る」物語が普遍的なのは、どんなに遠くへ旅しても必ず帰るところがあり、そこには誰かが待っていてくれるというのが、人間にとって根源的な幸福だからである。(223ページ)

 これは童話だけの話でなく,実生活でもそのまんま妥当すると思いますねえ。本書も『語りだすオブジェ』とともに,お年頃の長女宛に送ります。


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