『看護婦が見つめた人間が病むということ』宮子あずさ(090126)

 『ナース がん病棟の記録』『看護婦だからできること PARTI〜III』を拝読して,だいぶ気持ちが落ち着きました。あさっては父の命日。来週は正俊の一周忌。

■『看護婦が見つめた人間が病むということ』(宮子あずさ/海竜社/本体:1,400円)

 皆さんは、どうにも気がふさぐ時期ってありませんか? 私は二月あたりが毎年鬼門。この時期は些細なことが気になって落ち込むことが多く、気分が乗らないからしようもない失敗を繰り返す、嫌な循環に入り込んでしまいます。(68ページ)

 精神科に移って、うつ病の患者さんとかかわるうち、こうした自分の気ふさぎのメカニズムが少しわかった気がします。それは気力が落ちたときに、忘れる力が落ちるということ。(68ページ)

 なるほど。元気なときは嫌なことがあっても「ヤなことは忘れて。次行こ。次!」ってのができるんですねえ。してみると,ブアッっとビールでも飲んで忘れちまえ作戦もそうは悪くないんでしょうねえ。たびたびでなければ。

 近頃のアタシがよろしくないのは,「どうにも気がふさぐ時期」がほぼいつもで,しょっちゅう無理矢理「忘れる力」をアルコールで呼び覚ましていることなんですね。何だ。わかっちゃったな。うつなんだか更年期なんだかよくわからないけど,ともかくアル中ではあるんです,どうやら。情けないことに。しかも医療者が最も嫌う投げやりな,緩慢な自殺系なのね。

 精神科におけるひとつの概念として、「強迫性」というものがあります。これは、自分でもそのおかしさに気づきながらも、どうしてもやめられないせっぱつまった行動とでも言えばいいでしょうか。不潔恐怖の人の手洗いなどがその典型でしょう。(120ページ)

 私の目から見ると、強迫性のキーワードは「今すぐ」と「もっと」。(120ページ)

 「こうでなければならない」枠が狭く強いほど、強迫性は育ちやすい。(128ページ)

 根っからいい加減なので,強迫性がないのがせめてもの救いかなあ。


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