『ラーニング・アロン 通信教育のメディア学』佐藤卓己・井上義和=編(090115)

 例によって,「私なりの要約」も交えた覚書。

■『ラーニング・アロン 通信教育のメディア学』(佐藤卓己・井上義和=編/新曜社/本体:3,400円)

 本書を執筆された先生方のご専門は,歴史学,メディア学,社会学,社会心理学,女性学,広告学,宗教学などいろいろ。でも,各執筆者は次の一点については,関心を等しく共有していたそうです。佐藤卓己先生の「はじめに」から。

 通信教育という「孤独な学習」(Learning Alone)が社会関係資本(ソーシャル・キャピタル/人と人のつながりが生み出す一般的信頼性・関係積極性)にどのような影響を及ぼすのか,という問いである。(9ページ)

 通信教育って,面白いですよね。好きな時間に好きな場所で好きなだけ勉強できるというイメージがあります。あの宮子あずささんも大好きだそうです(『大学通信教育は卒業できる!』 ) 。本書でも,

 通信教育とは,何らかの事情から学校など教育施設に行けない個人がメディアを利用して行う「孤独な学習」とされてきた。それゆえ,「いつでも・どこでも・だれでもできる」という通信教育の理念が,時間と空間と集団を超えるメディアと結びつくのは自然である。つまり,通信教育とはメディア教育なのである。(11ページ)

と述べられています。しかし,郵便,FAX,電話,インターネットなどを駆使しても,

 書物,雑誌,新聞からラジオ,テレビ,インターネットまでメディアに対する人々の誤解のうちで最大のものは,「メディアがコミュニケーションを豊かにし,連帯を促進させる」という教育的幻想である。とりわけ通信教育の現場では,「メディアは教師と生徒を結びつける」と素朴に信じている人も少なくない。しかし,メディア普及は不登校やいじめや学級崩壊を減少させただろうか。(中略)結局,メディアの本質的機能は結合化ではなく細分化なのではあるまいか。(12ページ)

という指摘のとおり,あくまでもメディアを通じた交流は「孤独」なのでした。『論座』(朝日新聞出版),『月刊 現代』(講談社),『ROADSHOW』(集英社)などの休刊のことを思いますねえ。いわゆる“総合雑誌”的なものは,どんどん廃れていって,よりターゲットを絞ったものへと移行していくのでしょう。通信教育では,たとえば「中学3年生一般」でなく,科目ごとに「偏差値○○」の子供向けとか,志望校別スペシャルコースとか,採算を睨みつつ,どんどん細分化していくことでしょう。しかし,インターネットの発達により,よりインタラクティブ(双方向的)な通信教育が発達するだろうと随分期待されてきましたが,個人個人のニーズに合わせようとすれば,当然,事務が煩雑になりコストがかさむこととなりますから,この方向は基本的にキビシイのではないかと,私は思います。それよりも期待されるのは,論文をいつでもメールで送れるとか,スクーリングの予約がいつでもできるとか,問題演習が携帯電話からでもできて履歴が残るとかの,メカニカルな部分なのではないかなという気がします。

 通信教育市場は,受験サポート産業であると同時に,生涯教育の掛け声のなかでアメリカ型の趣味と実利をかねたプラグマティックなサービス業として巨大化している。しかし,市場としてはメジャーでありながら官公庁統計でも扱われないマージナルな存在であり,さまざまな矛盾の受け皿,解消役である。通信教育によって何らかの技能,資格証明を獲得したり,よい趣味を持つことによって高等教育の正規ルートからもれた大衆を救済し,オンリーワン幻想の維持をサポートしている。「ベネッセ」と「ユーキャン」に代表される通信教育各社は,このような市場特性に対応し,巨額の広告費を使い,ブランド確立を生き残りの鍵として熾烈な市場競争を戦っている。(17ページ)

 私の関心は“今後,通信教育はどうなって行くのか?”というところにあるため,歴史に関する記述や現状分析に終始している本書とはズレがあるのですが,しかし,こうした歴史や現状分析を学べたのは面白かった。わが国における通信教育の始まりが大学の講義録だったなどいい勉強になりました。そういえば「祖父が大学の講義録を取り寄せて勉強していた」といった記述を何度か目にしたことがあります。先に引用した文章のうち「さまざまな矛盾の受け皿,解消役」という部分の意味には,学校不足の隠れ蓑,知識獲得を通じた職業人の社会上昇意欲を「挫折=冷却」させるものとして機能(16ページ)といったことも含まれます。オンリーワン幻想の維持をサポートというのも鋭い指摘だと思います。本書はとてもユニークな労作です。通信教育に関心をお持ちの方には,ぜひご一読をおススメしたい。

 ちなみに,私が通信教育に関心を持っているのは,もし遠隔教育というもののノウハウが確立されれば,教育そのものがもっと「競争的」になり,コストが下がり質が向上すると思うからです。私も東大や京大の先生の講義を受けてみたい。さらに言語の問題もうまくクリアできれば,アメリカの大学の先生に政治学だの経済学を教えてもらうことだって可能になります。また家政学とか看護学とかも学んでみたい。何らかの資格の勉強もしてみたい。そんな期待を持っているのです。最後にいくつかまた抜粋。

 学校から社会に出るという言い方がなされるが,現代では両者はそれほど隔絶したものではない。むしろ,この両者の往復を積極的に行なうことが求められている。(290ページ)

 教育・学習においてインターネットを活用することは生徒児童の間でももはや特別のことでは全くなくなっている。(中略)情報化が教育を変化させるのではなく,むしろ教育のなかに情報化が組み込まれていく(311ページ)


Google


TOPへBACK

このサイトは「目次部分」「本文部分」という2分割の画面で表示される仕様にしていますが,検索エンジン経由ですと単独のページがピックアップされる場合があります。そのような場合には,恐れ入りますが以下をクリックして,新たにアクセスし直してください。
【注】2分割で表示されている場合に下をクリックしますと,フレームの中に2分割の画面ができてしまいますのでご注意ください。その場合はブラウザの「戻る」ボタンを押していただくと,現在の画面に戻ります。
http://homepage1.nifty.com/kanen/