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『泣き言はいわない』山本周五郎(081011)
『酒とつまみ 』だったと思うのですが,何かの雑誌でどなたかが,旅に出るときは本書を持っていくと書いておりました。山本周五郎さんの格言集というか覚書集というか,短文の羅列ですのでどこでも読みやすい。
■『泣き言はいわない』(山本周五郎/新潮文庫/本体:476円)
カバーデザインは新潮社装幀室。カバー装画は香月泰男さん。皿だけが絵なのか,背景の(紺色がかった?)黒まで絵なのかわかりませんが,ともかくそれらと文字がビシャッとはまっていてカッコイイ。
中身も素晴らしい。一つの文章を読んでは遠い目になり,何やら考えてしまうということの繰り返し。それらを本書に書き込んだら「私家版・泣き言はいわない」ができあがりますね。私の場合だと,『「泣き言はいわない」に書き込んだ泣き言など』といったものになってしまいそうですが…。(^_^;) いくつか抜粋&私の書き込み例。
どんな過でも、この世で取り返しのつかぬことはない。人間はみな弱点を持っている。誰にも過失はある、幾度も過を犯し、幾十度も愚かな失敗をして.そのたびに少しずつ、本当に生きることを知るのだ。それが人間の、持って生れた運命なのだ。
――五月雨日記――(37〜38ページ)
→そーなんす。日々失敗ばかりでやんす。恥多し。生きてきてごめんなさいであります。取り返しがつくといいのですが,取り返そうとするとまたコケル。あ,あ,あ。
人間というものは一方から好かれれば、一方から憎まれる、好評と悪評は必ず付いてまわるものだ、あらゆる人間に好かれ、少しも悪評がないというのは、そいつが奸譎(かんけつ)で狡猾だという証拠のようなものだ
――樅の木は残った――(123ページ)
身についた能の、高い低いはしようがねえ、けれども、低かろうと、高かろうと、精いっぱい力いっぱい、ごまかしのない、うそ偽りのない仕事をする、おらあ、それだけを守り本尊にしてやって来た
――ちゃん――(142ページ))
→近頃の平民は,家庭では親,学校では先生,友人との間では空気,就職先では上司の顔色…それぞれに合わせるってな生き方を学んでるようで,こういう内側に「守り本尊」を持っていない人が多い気がいたしますねえ。
花を咲かせた草も、実を結んだ樹々も枯れて、一年の営みを終えた幹や枝は裸になり、ひっそりとながい冬の眠りにはいろうとしている、自然の移り変りのなかでも、晩秋という季節のしずかな美しさはかくべつだな
――晩秋――(220ページ)
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