『夜はまだあけぬか』梅棹忠夫(080614)

 『こころの処方箋』(河合隼雄)『神も仏もありませぬ』(佐野洋子)に続いて,名著3連発。

■『夜はまだあけぬか』(梅棹忠夫/講談社/本体:1,262円)

 たまたま本日14日の日本経済新聞朝刊文化面「文化往来」というコラムの記事が「梅棹忠夫、米寿を祝う会で記念シンポ」というものでした。梅棹先生は昨6月13日で米寿になられたとのこと。1920(大正9)年のお生まれ。先生,おめでとうございます。お元気で何よりです。

 さて。本書は,以下の文章(「まえがき」より)から始まります。

 一九八六年の三月、突然に両眼の視力をうしなってから、三年以上の年月がながれた。(1ページ)

 1986年3月12日朝, 突然,目の異変に気づかれたたとのこと。 

 時間を聞けば、七時すぎだ。わたしはそれまでなんの疑念もなく夜あけまえとおもっていた。わたしははじめておかしいと気がついた。(中略)わたしは視神経をやられたとおもった。(9ページ)

 朝起きたらこういう事態になっていたのですねえ。私はカフカの『変身』はこういうことを踏まえて読み直す必要があるのかもしれないと思ったことでした。おそろしいことです。略しておりますが,先生はこのとき,それまでのご経験等から,眼底の毛細血管や網膜でなく視神経だ…と断定されています。この冷静さがすごい。

 しかし…

 不安は夜中にあらわれるのである。夜中におこる不安というのは、ちょうど胸から腹にかけて、だだっ子をだいているようなものだ。その子が泣きわめく。(中略)
 気もちをおちつかせるいちばんいい方法は、その日の体験のなかで希望がもてるようなあかるいできごとをさがすことであった。きょうはあれがみえたとか、まえよりはっきりみえたとか、よくなったとおもわれる兆候をさがす。またよからぬ想像がでてくるまえに音楽やラジオ、おしゃべりなどで思考をとめてしまう。(中略)
 不安との闘争にうちかつために、いかにして精神技術を習得するかが、わたしにとってのいちばんの問題だった。(32〜33ページ)

 と。知の巨人,巨大知的生産工場である梅棹先生にして,であります。病人あるいは大きな病気をした方ならわかりますよね。「怖い考え」が頭をよぎるんですね。“治らなかったらどうすりゃいいんだ…”とかね。こんな記述もありました。

 精神はしばしばくらい淵におちこむ。わたしはベランダにでないようにした。自分でだいじょうぶとおもっていても、ふと精神が平衡をうしなうかもしれない。(101ページ)

 これもね。インターフェロンの副作用で“「うつ」になって自殺”なんてことがあると知っていた(病室の窓は15センチぐらいしか開きませんでした)私にとっては,過去に通ったことのある道だと思われました。同病同年代の患者仲間のSさんのハゲましや,毎日見舞いに来てくれたツマや子どもたち,父母親戚友人知人の皆さんや医療スタッフのおかげで何とか「怖い考え」の増幅やら「怖い行動」への衝動を抑えられたのでしょう。

 本書では,上のように梅棹先生はまず淡々とご自身の当初の動揺や不自由について話してくださり,その後は,口述筆記や口述校正などで秘書の方々などの助けを借りて,著作を刊行されていく様子が書かれています。最後のほうはすごい迫力です。巨大知的生産工場が,一部ラインに支障が出たものの,工程やマンパワーを増やすことによってそれをカバーし,後はフル操業に突入という感じです。

 その後,梅棹先生の視力が戻ったという情報は,ネットで調べた範囲では見当たりませんでしたが,先生はお元気とのこと。1986年から22年も経ってます。

 そうそう。こんな一文も紹介させてもらいます。

 世のなかには、ちいさいときからいっぺんきいただけで、歌をすぐに正確にうたうことができる子どもがいる。(中略)わたしにはそういうことはまったくない。(中略)ハイケンスのセレナーデのつもりのメロディーが、気がついてみると「ショ、ショ、ショージョージ」にばけている。(198ページ)

 素晴らしい。おもしろすぎる。山口昌男先生とか木田元先生とか奥井智之先生など,デキル人はユーモアのセンスがいいと,常々思っております。おそらく日本だけでなく外国の方のギャグのパターンのようなものが身体に染みてらして,つまりは引き出しが多いんですね。苦しいときとか,自分の能力がどうも劣っているなと思ったときなど,こんなふうにさらっとひと笑いしてから次の一手を考えたいものです。ちなみに最後の「ばけている」という言い回しも,タヌキ的なトボけた感じが出てよろしいですねえ〜。

 梅棹先生かあ。山口昌男山脈をつらつらさまようのが一段落したわけですが,この後は梅棹忠夫ワールドへ行くことになるのかなあ〜??? それはヤバイぞ〜と,私の読書の本能は言ってますけど…。

 あ。どうでもいいことをもう1つ。本書は,出版社名(講談社)が背にしか入っておりません。多分帯の裏表には入っていたのでしょうが,帯がなくなったら社名は背だけになってました,というところでしょうか。これ,ありそうであまりないことだと思いますのでいちおう覚書。(^_^;) 本当にどうでもいいことですみませんが…。


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