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『神も仏もありませぬ』佐野洋子(080614)
『こころの処方箋』(河合隼雄)に続いて,本書も大当たり! これもまた,名著でございます。
■『神も仏もありませぬ』(佐野洋子/筑摩書房/本体:1,300円)
本書はいきなりこんな文章から始まります。
八十八歳の痴呆の人が聞く。「あの失礼ですけどお幾つでいらっしゃいますか」。痴呆でも「失礼ですけど」と云うんだと感心しながら「はい、六十三ですよ」と答える。答えても無駄なんだよなあと思ったとたん「あの失礼ですけどお幾つでいらっしゃいますか」「六十三です」「あーあー六十三、そうですか、あの失礼ですけどお幾つ?」。自分で何回も「六十三」「六十三」と発音するのにくたびれて「お母さん。わたしゃ六十三だよう」とすごんだ声になる。(3ページ)
本書はあの『100万回生きたねこ』の絵本作家である佐野洋子さんの身辺記。佐野さんのご著書では,20年以上前に『嘘ばっか』という本を読んだことがあり面白かったという記憶はあるのですが,内容は全然思い出せません。(^_^;)
今,ウィキペディアで見たら,本書は2004年度の小林秀雄賞受賞作品。小林秀雄賞ってムズカシイ本に与えられそうな気がしますが,そんなことはないんですね。本書はちっともムズカシくありません。適当にお行儀の悪い1938年生まれ(私よりちょうど20歳年長)のオバサンの「おもしろ話集」。2003年11月第1刷。私の手許にあるのは,2004年2月の第4刷。
いくつか引用。
利口な奴は生まれた時から利口なのだ。馬鹿は生まれつき馬鹿で、年をとって馬鹿が治るわけではないのだ。馬鹿は、利口な奴が経験しない馬鹿を限りなく重ねてゆくのだ。そして思ったものだ。馬鹿を生きる方が面白いかも知れぬなどと。(10ページ)
母は云った。
「私が生まれたのはねー、そうねー、私がずい分小さいときだったわ」
息子が三歳の時、「ねえ、僕が初めて僕に会ったのはいつ?」と聞いた時のことを思い出した。(116ページ)
自然体というか,適度な緊張と弛緩,孤独と交流ってんでしょうかねえ…,文明と自然なんてことまで考えさせられるところもあり,いい本です。
玄関のわきの夏椿の一ミリ程の花芽を手をのばしてつめで千切ると、外側は枯土色でも中にあざやかな若緑がみっしり固くつまっている。(13ページ)
これを読んだとき,「おお〜,すごいご縁だ〜」と感動しました。夏椿=ナツツバキでございます。10日前に読んだら,私はこの文章のイメージがわからなかったんですねえ。何せ6月7日にナツツバキ(漢字がいいですねえ)をマスターしたばかりなんですから…(ナツツバキ/シャラノキ記念日)。ついでに,最初のほうで夏椿の話題を出した佐野さんは,最後の「あとがきにかえて」でも夏椿の話をされます。で,最後の文章は以下。
そして、私は不機嫌なまま六十五歳になった。
冒頭の六十三歳と対になって,きれいなフィニッシュ。読後にこんなにスカッとくるのはありそうでなかなかないことです。構成もしっかりしているんですね。さすがに。
あ〜,気持ちよかった。おもしろかった…っと。
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