『クオリティ・エデュケーション』(創刊号/2008.3)国際教育学会 (080601)

 ちょっとご縁があって,国際教育学会の機関誌『クオリティ・エデュケーション』(Journal of Quality Education)創刊号を拝読。特集は「再チャレンジ可能な社会の条件−社会と教育の格差構造−」。

■『クオリティ・エデュケーション』(創刊号/2008.3)国際教育学会 (080601)

 興味深いテーマについて,錚々たるメンバーの先生方が執筆された論文が8本。いずれも,一般人にもわかりやすくまとめられています。これは編集をされた先生方のセンスかもしれませんが,とてもありがたかった(でも学会誌なので,統計学や英文のムズカシイところはもちろんあって,それは申し訳ありませんが読み飛ばしました)。皆様,お疲れさまでした。どうもありがとうございました。特に興味があったところにつきちょっと覚書。

1.学歴社会の再構築と人材の流動化−再チャレンジ可能な知識社会への見取り図
 大森不二雄(熊本大学大学教育機能開発総合研究センター)
・反学歴社会的言説は,(中略)「知識社会」への日本の適応にとって有害である。(1ページ)
・グローバル化時代において,日本は,学歴社会の再構築と知識労働者の流動化によって再チャレンジを可能にする知識社会を目指すべきである。(2ページ)
→外国との比較データも用いた力の入った論文で,非常に説得力がありました。論文のタイトルどおり,[1]日本は「学歴社会」からはほど遠く(というのは,大学院卒など,本来,「実力の証明」となるべきキャリアが軽視されているから/たまたま5月30日の日本経済新聞朝刊で,「政府の規制改革会議が,教職大学院の修了者について教員採用試験で優遇しないよう求める意見書をまとめた」という記事がありました。“これだな”と思いましたねえ),[2]雇用は非流動的であり,この2つを同時的に克服することが喫緊の課題であるというご提案。

運良く定職に就けた正社員も,転社は困難で,「就社」した会社の檻の中の成果主義で閉塞している”という,「先生,ホントにそうなんですうぅ」と言いたくなる文章もありました。経済学的直観として「参入退出が容易でない市場は非効率」ということなんだと,私は思いますねえ。ワークライフバランス(近頃はワークライフハーモニーとか言うようです)も考慮して,いかに限りある人材の能力を有効活用していくかということに政治や企業はもっと関心を持っていいはずですよねえ。

2.ゆとり教育政策による格差拡大効果と企業による雇用可能性
 浦坂純子(同志社大学社会学部)
 西村和雄(京都大学経済研究所)
 平田純一(立命館大学経済学部)
 八木 匡(同志社大学経済学部)
・フリーターとして働き始めると,人的能力の蓄積につながるような仕事に就くことができないため,雇用可能性が向上しないことになる。(26ページ)
→マニュアルどおりの「これでよろしかったでしょうか?」なんてことばかりして歳をとっていくハメになると…。おそろしい話です。こういう代替可能な仕事は賃金の安い人(外国人,若者など)に,とって替わられやすいということもありますよねえ。
・雇用可能性の本質が学力にあるのであれば,(中略)学力の再構築のための政策も必要となる。(26ページ)
→ここでの「学力の再構築」は,いわゆるフリーターとしてしか働けない人について,こういうことも必要だろうという話。最初の大森先生の論文の「学歴社会」の再構築でなく「学力」の再構築がここでのテーマ。昔々のあるとき,「時速60キロで1時間走ったら,どれだけの距離を走るか?」という問題を現役大学生に出して,「わかんなーい」と答えられたときの衝撃を思い出したことでした。

3.項目反応理論による英語能力推移に関する研究の比較
 熊谷龍一(新潟大学全学教育機構

4.高齢化・所得格差・教育問題
 大竹文雄(大阪大学社会経済研究所

・2000年代に入ってくると日本の所得格差は,低所得層の所得低下という形で拡大の兆しをみせている(37ページ)
・教育訓練の必要性は高まっているにも関わらず,日本の義務教育の授業時間数は(中略)低下傾向(中略),公的教育費が先進国でも最低水準にある。(38ページ)
・近年,日本の高齢者も教育よりも福祉を選好するようになってきた。高齢者が教育の重要性を認識しないと,公的教育の質の低下が進み,教育の必要性を認識している勤労世代は子供の数を少なくすることで対応する。(47〜48ページ)
・貧困世帯の子供に対する就学前教育に対する補助や初等・中等教育における公的補助の質の向上を図っていくことが,将来日本を格差社会にしないためにもっとも有効な方法である。(48ページ)
→この論文を読んで改めて,ビンボー人が浮かび上がれない社会の構造を思い知らされた気分がしました。小泉元首相ではありませんが「米百俵」は,健全な社会の発展のための先人からの知恵だったんですねえ。明治維新を成し遂げたのが中央のエリートでなく,中四国・九州の人たちだったなんてのは,もしかしたら当時の日本人の底力が相当なものだったということの証左なのかもしれない,なんてことも思いました。全然,裏づけのないただの思いつきでナンですが…。

5.学校における職業教育の経済効果
 玄田有史(東京大学社会科学研究所)
 佐藤 香(東京大学社会科学研究所)
 永井暁子(日本女子大学人間社会学部)

6.選別主義と格差
 太田肇(同志社大学政策学部)

7.教員評価制度によって「現場は混乱している」のか?
 −教育改革の社会学・試論:教育改革から教育政策へ
 諸田裕子(東京大学大学院教育学研究科)

8.格差を拡げる入試制度はどのように始まったのか?
 −日本におけるオープンアドミッション・システムの淵源
 木村拓也(京都大学経済研究科)

 もう1冊(下)。『京都大学経済研究所 教育経済学(漢検)寄附研究部門 活動報告書(2007年4月〜2008年3月)』。A4判約240ページ。

 こちらもかなり読み応えがありました。特に『現代日本の格差と教育』というシンポジウムでの講演やパネルディスカッションの記録が参考になりました。少しだけ引用。

 東京学芸大学・山田昌弘教授の報告から。
・家で新聞を取っているか,(中略)親が読んでるかどうかを聞いたんですが,取ってると答えたのは3分の1ですよ。(中略)子どもの教育環境の格差が拡大しています。(32ページ)
→新聞を読まないオトナって,そうかあ〜。いるかあ〜。確かにねえ。節約しやすいところかもしれないし…。

・今第一子の4分の1はできちゃった婚による誕生です。20代前半までに生まれる子どもの過半数ができちゃった婚によるものです。(中略)できちゃった婚で生まれた子どもの父親の収入は有意に低いんです。(32〜33ページ)
・私立中学校を受けさせるほど余裕があり熱心な親というのが4組に1組,逆に収入が少なくて学費や給食費の援助を受ける親も4組に1組。(33ページ)
・必要なのはカウンセラーじゃなくて親の生活を立て直すためのケースワーカー(33ページ)
・子どもの認知的能力の差というのは親の家の本の量とか,親が知的な会話をするかどうか,親がコンサートや展覧会に連れて行ってるかということで決まってしまう(34ページ)
→上記はいずれも私には大ショックでございました。具体的に,新聞を「取っている」家庭が3分の1なんて言われるとビックリしますよねえ。わが家も余裕はもちろんないのですが常に2紙取っています。(1)私が朝,日経新聞を持って会社に行く,(2)日経新聞はツマや子どもには読みづらい模様,といった事情もありますが。で,私は日経新聞で面白い記事があると,家族に「読んでみ」と言って破いた新聞を家内回覧しています。ちなみに最近では,2008年5月29日朝刊文化面の「くいだおれ太郎 波瀾万丈」(くいだおれ女将・柿木道子さん)を回覧しました。文末の「さようなら,くいだおれ太郎。さらなる活躍を願ってます。今まで,おおきにな。」という文章を読んで,涙が出そうでした。こんなことも少しは子どもたちの足しになっているか,と改めて思ったことでした(本当は多分,ウザイとか思うことも少なくないでしょうが。本も同様に回しますし…)。新聞を読まないのであれば,クイズ番組を子どもたちと楽しみながら見る,なんてことも大事になってくるのかもしれませんねえ。特に小さいとき…。

 今回の2誌からは学ぶことが多かった。西村和雄先生がつくられた自学自習のできる算数・数学教材の話なども大変参考になりました。


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