『気分の社会のなかで 神戸児童殺傷事件以後』野田正彰 (080531)

 2003年の『喪の途上にて』,2004年の『コンピュータ新人類の研究』以来,久しぶりに野田正彰先生のご著書を拝読いたしました。先生の文章はいろいろなところで目にするので,4年ぶりの読書と気づいてびっくり。

■『気分の社会のなかで 神戸児童殺傷事件以後』(野田正彰/中央公論新社/本体:1,850円)

 本書は2000年1月発行。野田先生の1990年代後半の評論をまとめたもの。

 I 神戸連続児童殺傷事件―経過とともに考える―
 II まちの人類学
 III「明るい自閉」社会のディスコミュニケーション

の3部構成。“何て物知りな方なんだろう”“生真面目”“硬派”と感心させられる論評多数。“これは忘れたくない”という記述があるページの端を折りながら読んでいたら,半分近くのページを折るハメになりました。その中からさらにちょっと覚書。

・今や私たちは,ペット,とりわけ犬を通じて,他者への信頼をかろうじてつなぎ留めようとしている。孤立感が深まり,人は信じられなくとも,犬は信じられるというわけだ。昔むかし農耕以前の社会にあって,人間も犬と同じぐらいよい動物であったことをすっかり忘れている。(92ページ)
→野田先生は,動物療法と園芸療法(こんな方法もあるんですねえ。私のヘッポコな土いじりでも癒されるような気がするのですから,これは有効でしょう)を評価されており,ここでは“でも,やっぱり基本は対人間です”と強調。

・私たちはこの二十数年の間に,あまりにも政治から遠くなりすぎた。経済活動と消費にしか関心を持ち得ないようにされてきたことも,またある種の政治であったとも言えるが,都市を歩く人間はなんと非政治的人間になりきっていることか。
 政治とは,この世に生まれた者ひとりひとりに出来る限りの可能性,つまり幸福を準備する仕事である。
 国家や地方自治体はそのための装置にすぎない。
(中略)
 いま生きている者を幸せにするのが政治であり,民族や国家の栄光を保つのが政治ではない。(中略)国家や民族の栄光がなくとも,個々人は幸せでありうる。(中略)
 どうしたら正常な政治的人間でありうるか,問い直してみたい。(93〜95ページ)
→私も人は「ポリス的」であるのが本来だと思っています。が,本書第III章のタイトルにもあるように,他者や社会への関心は薄れ「明るい自閉」社会がどんどん深化している気がします。で,この深化は強欲な人たちの“思う壺”でもあり,彼らにいいように搾取されるのは,結局政治的弱者(下流とか負け組とか)なのでございます。雨宮処凛さんに一票!

(自虐史観と題された一文で)あえて問うが,自虐はそんなに悪いことなのか。加虐よりも悪いのだろうか。(中略)良心は攻撃性を自分に引き受けることによって生まれる。(中略)人間は,そして人間社会は,自虐より加虐に傾きやすい。世界戦争の二十世紀をへた後,私たちができることは過去の事実をしっかりと見つめ,攻撃性を他者に向けるよりは自らに引き受けるしかないだろう。(135〜136ページ)
→そーなんす。ツラの皮が厚いとか,弱い者イジメとかは,数あるダササの中でも最高位クラスだと,私は幼い頃教わった気がしますが,今は自分の意見をど〜しても通すための「論争に絶対負けない法」みたいなものが讃えられ,自分のミスを絶対認めないとかが流行ってる。そんな技を駆使するタコに限って「WIN-WINの関係で行きましょう」なんて言ってくる(歯も変に白かったりして)。間違いを認められないヤツは信用できないってのは,万国共通の“身体感覚でも伝わる常識”だと,私は思います。もっとも,信頼=契約なんてレベルで考えているような人には,ここで言った「信用」の深さは理解できないでしょうが…。そういう人には「お前,犬とも暮らせないぞ,多分。犬とWIN-WINになるの,難しいし…」とアドバイスするのが親切かも。でも「おせっかい」も私のダササランクでかなり上位なんで,アドバイスはしないですね。多分。

・中年とは,「生まれてから何年」と数えてきていた人生が,「あと何年あるのだろうか」と思えるようになった日から始まる。(中略)自分にとって確かなことをしたい,と思うようになるのが中年である。
 こんな相談に対し,私は「まず幼い日に戻り,十歳ぐらいの自分を想像し,あの頃,何をしたいと思っていたか,すべて書いてみてはどうでしょうか」と勧めることにしている。(中略)無作為に書き連ねるのである。(中略)三日間ほどは願望を思い出すことに集中する。(中略)その後,願望の分類,整理に入り,最もしたいものは何か,この夢想の裏に隠されていた願いは何なのか,それはいかにすれば実現できるか,考えてみる。(中略)自分はこの人生に何を期待したのか,問いかけてみたい。(174〜175ページ)
→なるほど。「折り返し感」が生じたときが中年を自覚したとき。あまりに上手すぎる。先生,これ思いついたとき,うれしかったでしょうねえ〜。異議なし。でも「自分にとって〜中年である」は,中年に限らないと思います。それはともかくとして,いつでも困ったら,願いなり問題点を書き出して,自分でできること,どうしようもないことを分けたり,優先順位をつけるなど整理して,行動するってのは有効ですよね。倉田真由美さんの
「魔人方式」とか渡辺健介さんの『世界一やさしい問題解決の授業』に書いてあったことと一緒。慣れないと書き出すのが面倒かもしれませんが,書き出すのがクセになると,書き出さないと大事なことを見落としたり忘れてしまったり,優先順位を間違えてしまいそうで怖くなります。
「自分はこの人生に何を期待したのか」…,この問いは重い。私は子どもの頃は何も期待してませんでした,というか,普通にしていれば幸せになるだろうと,ば〜っとしてました。多分,幸せだったからでしょう。「人生に期待」するようになったのは,結婚して子どもが生まれてから。父母を含め,幸せな家族の一員でいたいと,常々期待しております。あと何年こうしていられるのかわかりませんが…。(^_^;)

・いじめられ始めたら,日々,何があったか記録に付けることである。正確な記録は独り言や愚痴より役立つ。記録が少したまれば,相手のやり方,考え方を分類する。同時に,いじめられた時の自分の反応の癖に気付く。(中略)こうして鬱屈した怒りは,開放された怒りとなる。理解してくれる人々の支援を受けて闘うことも,裁判を起こすことも,卑劣な職場に要求を出した上で去っていくこともできる。
 精神的に逃げてはいけない。いじめによって人は傷つくのではなく,いかにいじめを受け止めたかによって人は傷つくのである。(229ページ)
→これは「中年の夢分類法」的手法の強烈な応用編。生きていく上で「やられたらやりかえす」のも大事。父は私に「喧嘩に負けちゃイカン」と教えてくれ,私は子どもの頃は確かに喧嘩で負けたことがありませんでした。でも高校のアマレスの試合ではよく負けました。選手人口が少ないので都のチャンピオンには何度がなりましたが,それ以上では全然ダメでした。そんな経験から息子には,「負けるときは負ける。それはしょうがない。でも簡単に負けちゃダメだ。それなりに相手に“こいつとやったらタダじゃすまない”と思わせろ。そしたら2度と闘わないですむから」と教えました。息子の戦績は知りませんが,喧嘩の強うそうな友だちもよく遊びに来ていますので,まあ何らかの方法でうまくやってきたことは間違いなさそうです。息子のノウハウを,息子がその息子に教えているところを盗み見たりして知りたい。(^_^) それはともかく。社内いじめの話。チェーンメールではないですが,イジメられたら(セクハラ含む)そのイジメの連関や拡散を断つべく,毅然と上のような作戦で行きましょう。も一つ。私が子どもたちに小さいときから言ってきたこと。ピンチのときに目をつぶったり泣いたり怒ったりしちゃダメ。目をしっかり開いてクールに対応策を考えろ…と。でも実は「酔っぱらって誤魔化すのもダメだ」とは言ったことがありません。言わないでも,もう子どもたちは,パパを見てわかっていると思えてしまうところが情けない。(^_^;)

・遊びのカネを少しばかり欲しいと思った者,生活費が足りなくなった主婦,家族の入院医療費を工面しなければならなくなった主婦,さらには手形を落とせなくなった零細企業の経営者の四グループが,多重債務者になる予備軍である。(235ページ)
→最初から3つまでわが家にも妥当しそうな話。おそろしか〜。特に最初。私は常に遊びのカネがほしい。(^_^;) 少しばかりでなく,いっぱい欲しいからアキラメがついて多重債務者にならないで済んでいるのかと思ったりもします。

 随分と引用が多くなってしまいましたが,本書では本当に幅広い分野にわたって細かい文章がたくさん収められており,どれもいろいろ考えさせてくれます。変な例えかもしれませんが,聖書のように,いつチョロっと開いて読んでも必ず何か得るものがあるという感じです。野田先生は凄い。お疲れさまです。ありがとうございます。どこかでご講演も,ぜひ聞いてみたいものです。

 本書は次は息子へ。


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